今日の宴はずいぶん豪勢だな、と手元のジョッキを見つめた。ミスラにはよくわからないことだが、船員が言うには、この酒はめったにお目にかかれない上物らしい。一気に飲み干す。まずくはないがやっぱりよくわからなかった。空になったジョッキに気づいた船員が機嫌良さそうにおかわりを注いでくる。浮かれた調子の歌は、どこかで聞いたことがあった。
「それ、何の歌ですか」
「そりゃあ、キャプテンの誕生日を祝う歌さ! こんなめでてえ日、歌わずにはいられないだろ!」
ミスラも歌えよと返事も聞かずに肩を組まれ、かと思えばワンフレーズだけで満足して去っていく。スキップするような足取りは、何も今の船員だけじゃなかった。船中が浮かれ、笑い、祝いの声であふれている。
今日はブラッドリーの誕生日らしいと、ミスラはこの時初めて知った。そのことがやけにむかついた。
ジョッキを置いて立ち上がり、船員たちの中心で揺れる白と黒の髪に向かって歩き出す。手を伸ばして引き寄せた。機嫌のよさそうな赤い瞳がミスラを見上げる。それにまた腹が立った。
「よお。どうした?」
「賭けをしませんか」
ミスラの言葉に目を丸くしたかと思えば、すぐに楽しそうな笑い声が上がる。いいぜ、と頷いたブラッドリーが軽く手を振ると、船員たちがミスラに場所をあけた。テーブル代わりの大きな樽の前を指さされ、腰を下ろす。
「どういう風の吹き回しだ?」
「だって、あなた、こういうの好きでしょう」
いつか、好物を与えると隙ができると言っていたのはブラッドリーの方だ。あれは確か魚の話だったような気がするが、まあ、あまり変わらないだろう。最後にミスラが勝って、ブラッドリーを捕まえられればいいのだから。
ミスラの言葉を聞いて、ブラッドリーの瞳が嬉しそうに細くなる。とろりとした赤色は、少しだけミスラの気分を良くした。
「だったら、存分に相手してもらおうじゃねえか」
カードが配られ、勝負が始まる。周りを取り囲む船員達から野次が飛んだ。手元のカードを眺めていた赤い瞳がちらりとこちらを見る。
「てめえは何を賭ける?」
そう聞かれて、ふと思い出した。ポケットに入れたままにしていたものを樽の上に転がした。鮮やかな緑色の宝石。以前ブラッドリーに渡した耳飾りについているものよりも明るい、海のような色の石だった。以前寄港した島で見つけたものだ。装飾品に加工されてはいないが、まあいいだろう。
「あなたに、似合うので」
耳にはもう付けられないから、次は首だろうか。腕でもいいかもしれない。カードを持つ手をなぞると、するりと指が絡んだ。軽く手の甲を撫でるように指先が動き、引き剥がされる。
「後悔すんなよ」
「それは、あなたの方じゃないですか」
どんな勝負だとしてもミスラが負けることなどありえない。この石が欲しいとブラッドリーが泣いたところで、勝負に勝てなければ手に入れることはできないのだ。目の前の、ぎらぎらと輝く赤い瞳に小さく笑った。
「さあ、勝負しましょう」