何が楽しいのか、髪の毛を一本一本確かめているらしかった。二色の髪色は確かに珍しい部類に入るが、ブラッドリーしかいないわけではない。シティポリス内にも数人いるのだからそっちにしろと手を振り払った。不満げな声が邪魔をするなと生意気に文句を言っている。
「大人しくしてねえと追い出すっつっただろうが」
「だから、大人しくしてます」
ここから動いてないので、とブラッドリーより上背があるくせに子供のようなことを言う。実際、生まれてから二桁も過ぎていないアシストロイドなんて子供同然なのだろう。鮮やかな赤い髪を揺らして、緑の瞳がどことなく自慢げに瞬いた。思わずため息を吐く。
本当はこの署長室になど入れたくはなかったのだが、どこぞの研究機関のトップからの要望だ。無下にはできなかった。これをブラッドリーに預けて何がしたいのかは知らないが。
再びブラッドリーの髪の毛を弄り始めたアシストロイドの手を振り払い、応接用におかれたソファを指さす。
「てめえの居場所はあっちだ」
「違います」
「は?」
「俺の名前はてめえじゃないです」
旧式だと言っていただけあって融通が利かない。再びため息を吐いてミスラ、と名を呼ぶと、嬉しそうな声が形だけは整った返答をする。先程と同じことを命じれば素直に移動を開始した。ブラッドリーの腕を掴んで。
「おい! 俺は移動しねえんだよ」
「はあ。そうなんですか」
言葉だけは素直だが、ミスラの手はブラッドリーを離そうとしない。それどころか更に強く引っ張って膝の上に乗せられてしまった。戦闘用でもあったのかやけに力が強い。名前を呼んで離せと命令するが、どことなく眠たげに見える顔が不思議そうに傾いただけだった。
「でも、さっきから働いてばかりでしょう」
休まないといけないですよね、と行動とは裏腹にアシストロイドらしいことを言う。人間に休息が必要なことは間違いないが、それを決めるのはミスラではなくてブラッドリーだ。
「てめえに決める権利はねえよ。離せ」
「いやです」
子供のように首を振って、抜け出そうともがくブラッドリーの体を抱きしめる。ここにいてください、と懇願されたところで頷いてやる義理はなかった。再三にわたって離せと命じても従う様子はなく、それどころかますます力を強めてくる。肩と肩がぶつかって、やけに整えられた相貌が近づいた。
「俺の傍にいたくなんですか?」
「分かってんじゃねえか」
そう答えてやると、気分を損ねたようにミスラの顔が歪む。拗ねた子供のような顔で、ブラッドリーの頬に頬をすり寄せた。
「俺と一緒にいてください」
どこの三流映画だと眉を顰めたところでミスラに見えるはずもない。何を言われても、と口を開こうとしたところで入室の許可を求める声が響く。最悪のタイミングだった。扉の向こうの署員に任せていた仕事を脳内に呼び出し、早急に確認しなければならない書類はないと結論付ける。少なくとも、こんな状態で受け取る仕事はない。
出直すようにと声を掛ける前に、頭上からいいですよと勝手に許可が出た。扉が開き、署員が顔を出す。上司の状態を目に入れて見事に固まった。ああ、だか、うう、だか不明瞭な呻き声を上げ、お邪魔しました! と悲鳴のように叫んであっという間に立ち去っていく。あれは完全に勘違いしている顔をしていた。思わず天を仰ぐ。
「俺が、手伝ってやりました」
自慢げな声に、このポンコツと返すことしかできなかった。