Family Tree移動式DevilMayCryの車が、拠点のフォルトゥナを抜けDevilMayCry本店へと向かって走る。
気がつけばレッドグレイブ市が壊滅状態になってから数ヶ月たった。あの悪夢を引き起こした原因は魔界へ飛び出し…あれ以来何も音沙汰はない。
ラジオのニュースからは多くの死者を出し、多くのものが破壊されたが街は再生に向かっていると流れていた。
ネロは人が死ぬようなニュースよりは遥かにマシだとつぶやきながら助手席のダッシュボードに足を投げ出して、詩集をめくった。
運転しているニコがタバコの煙を大きく口を開けながらゆっくりと吐いた、社内に広がる煙の匂いに、ネロは原因の元を睨みつけるがそんなことで諦めるようなやつじゃない。
「おいネロ、ほんとにダンテの事務所行くのか?」
「あぁ? そうだ」
「まだ戻ってきてねぇんだろ?」
「あぁ戻ってきたなんて聞いてねぇ、でもあの事務所にはレディかトリッシュか…ネルソンかともかく誰かいたはずだろ」
手元には父親という男が去り際に投げてよこした詩集らしきもの、何度読んでみても全く理解できないおかげで、未だにあの男のことはわからない。
「なんだよ、パパが恋しいのかよ」
「パパ? そんなのいねぇよ。俺の家族はクレドとキリエと彼らの両親であるおじさんとおばさんだ、人のこと産み捨てした親なんか知らねぇ」
「んじゃなんでわざわざ事務所に行くんだよ」
運転席から絡んでくるニコの揶揄を交わしながらつまらなそうに詩集をパラパラとめくっても、…こんなのを子供時代に好きで読んでいたやつの頭の中なんか理解しようとも思えない。
「俺、ダンテのこと何も知らねぇんだよ。叔父ってだけじゃねぇ、恩人なのに…だから長い付き合いのあの二人に聞けねぇかなって」
「ほーうネロくんはダンテ叔父さんのことが知りたくて事務所に行きたいんだぁ?」
そう笑うとニコはタバコを吹かしながら楽しそうにハンドルを切った。
「うっせぇな…前見て運転しろよ…」
「で、なんで急に知りたくなったんだよ?実は家族だったからか?」
「…自分のルーツなんざ悪魔だってわかっただけでもう十分なんだけどな……」
「まぁ気持ちはわかるな、どんなクソでも親父は親父だ。親父のことや家族のことが知りたいってのは当然の権利だしな」
車は風を切って縫うように走る、気がつけばいつの間にか陽が傾きかけているのがフロントガラス越しに見えた。
ダンテが魔界に行ってから赤いネオンサインに明かりは付いていないが、トリッシュやレディが我が物のように使っているので営業は続けている。
今日は入り口にはClosedの札がかかっているが、それでも誰かがいるらしく扉は開くようだ。
「ネロ、あたしはちょっとこいつの面倒をみるから先に行ってろ、やっぱり長い距離走りすぎたな」
そういいながらニコが車のボンネットを軽く叩いた。
確かに、魔界化したレッドグレイブ市でも大活躍した車だ。常にメンテナンスは必要だった。
「終わったら、向かう」
「あぁ頼んだ」
ニコはそう言うと車内から工具を持ち出し車のエンジンルームを開ける、ゴホゴホと咳き込む声が聞こえたがあとは任せることにした。
「おい、誰かいるのか?」
そう言いながら扉をあけ、あたりを見渡す。ダンテが飾っていたPLAYBOYの写真は取り外され、いつもうるさいくらいかき鳴らしていたはずのジュークボックスもそのままだ。
雑然とした事務所にはかわらないのだが…使っているのがトリッシュやレディなのでだいぶ綺麗にしている感じはする。
「あら、いらっしゃいネロ…珍しいわね?今日は休み?」
レディ…彼女はダンテのことを知る数少ない人物だった。若い頃からデビルハンターを生業とし、ダンテと同業でずっと組んでいるとは知っているがそれ以外はしらない。
彼女はダンテの机の上で何やら雑誌を読んでいた途中だった。暇なのかわからない、いや暇だろう。
「モリソンは数日前から仕事探し中、トリッシュは今買い物でいないけど、ろくなもてなし出来ないわね。ピザでも頼む?」
「あーピザは大丈夫だ。それよりもダンテからなにか連絡きてないのか」
流石に彼女たちは電気や水を止めるようなことはしてないらしい、普通に生活するなら当たり前なのだが…電話が止まれば仕事も受けられないと思うのだが。
「魔界に電話があればかかっくてるかもしれないけど、さっぱりないわね」
「そうか…しかしあっちいなぁ…相変わらず空調きかせねぇのかここ」
ネロは持ってきた詩集をうちわ代わりに扇ぐとレディは彼の答えよりも先に問いかける。
「その手に持ってるの、V…いや、確かバージルのものだっけ」
「あ?これ‥そっあの男のだ、読んでもさっぱり意味がわかんねぇ」
本当にわからないとジェスチャーすると彼女は珍しく寂しそうに微笑んだ、そういえば彼女はあの時車の中で「絶対に父親を殺してはいけない、一生後悔する」と言っていた。
彼女のそんな傷口を掘り返すことはできればしたくないが…なんと言えばいいのかわからずにネロは詩集とレディを交互に眺めた。
「もしかして、お父さんのこと知りたくなったの?」
「……俺の家族で父と呼べるのは自分の家族がいながら俺を育ててくれたおじさんだ。いきなり出てきて父親面されても何も感じねぇよ」
ネロ自身、子供の頃に他人とは違う容姿と力のせいでいつも迫害されてきた、それをずっと君はみんなと同じだよと区別も差別もせず優しく受け入れてくれたのはあの家族だけだ。
「まっそれはそうね…でも…まさかって思ったけどね…」
「まさかって、あんたはバージルのことなにか知ってるのか」
「やっぱり聞きたいのね?」
「おい、揚げ足取るなよ、そりゃ聞きたくないか聞きたいかって言われたら聞きたい」
父親というらしいあの悪魔のことを知ったところで何も起こるわけでも変わるわけでもないが…未だに腑に落ちないものは沢山あった。
レディはまた一瞬ふっと悲しそうに微笑んだ、理由はわからないが、これは話したくないことも話さなければならなくなるのか。
「…殺したくなるわよ」
「まじかよ、あいつ何やったのか聞いていいのか不安になってくるな…じつは、ダンテのことが聞きたいんだ」
その答えは予想外だったのかレディの目が少し見開いてネロの顔を真正面から見つめる。
「ダンテ?」
「あぁ」
「またどうして?」
「…だってあいつ俺の命の恩人なのに肝心なこと何も知らねぇんだよ、そもそもダンテに双子の兄貴がいることすら知らなかったんだぜ……」
「それはまぁ…あいつの過去もいろいろあって難しいのよ…そうね、いくらあいつでもネロに話すわけないか、あなた叔父に大事にされてるじゃない。もっと胸張っていいのよ?」
「なんだそれ…」
「せっかくだから昔話教えてあげようか」
レディはそう言いながら、また悲しそうに微笑むと、覚悟を決めたようにため息を付いた、手に持った雑誌を置き、そのまま席から立ち上がり腕を組んでネロを見つめた。
「…あなたのお父さんは、昔魔界にどうしても行きたくてある街を壊滅させたことあるの」
息が詰まった、なんだって?過去に街を壊滅させたことあるだと…
「…はぁ?????レディ、なぁ軽く言ってるけど、まさか今回で二回目なのか!?」
「そうよ、すごいでしょ?あのときも沢山の罪のない人たちが犠牲になったわ…とんでもない悪魔よ。殺したくなるでしょ?」
「…クソすぎて返す言葉もねぇよ…」
「テメンニグルという塔を建てて…ね…それに協力した…悪魔と契約した神父が…私の父…」
「え…」
「…私の父とあなたの父は魔界への扉を開くために協力したのよ、それを止めようとしたのがあなたの叔父のダンテと私」
「……」
街を破壊したことが過去にもあるだって?それがレディの父親と一緒に…?思った以上の話なのか頭に一瞬入ってこなかった。思わず拳を握りしめ眉間にしわが寄る。
「私は元凶である父を止めることが自分の責務だと思っていた。父親だからこそ自分が止めるべきと…それはダンテも同じだったわ、絶対にバージルを止めるって覚悟を決めていた。彼らを止める、すなわちそれは殺すこと。わたしはそうだと思っていた、多くの命を犠牲した彼らにはそうして代償を払うしかないって」
レディの瞳の端に雫が浮かんでいるのが見えた、今どれだけ彼女が辛い事を話してくれているのか、伝わってくる。ネロは拳を握りしめたままゆっくりとつばを飲み込んだ。
「…父親を…兄を…殺す…」
「…そうよ、家族を殺すの。それが世界を守るための最善の策だって思っていたけど…ダンテ本当はバージルと殺し合いなんかしたくなかったんじゃなかったって今でも思ってる」
「ただの兄弟喧嘩とか言ったけどそうには見えねぇよ」
「そうね…そう、あのときは魔界に堕ちたのはバージルでダンテは勝って戻ってきた。私と同じ、でもどんなに悪魔になってもそれが自分の家族で、失った哀しみは変わらないんだって思い知らされたのよ。ダンテはね、雨の中ずっと泣いてた…わたしには父と過ごした記憶は殆どないけど、あいつは違う…兄と家族と一緒に過ごした記憶がある」
そうだ、あの時Vが言っていた。自分はあの家で生まれ育ったが、悪魔に襲われすべてを奪われたと…悪魔に襲われるまでずっと幸せだったと……
「ダンテが泣く…」
「あいつお母さんの写真をこうやってデスクに飾ってるくらいだから、私よりもずっと家族思いよ。きっと甥のあなたに逢えて心から嬉しかったんだろうし、それこそ守りたかったんだと思う。ダンテに愛されてるのは本当だからもう少し自覚しなさい」
「…自覚しろって言われてもな…」
そうやってレディにマジマジと言われると改めて恥ずかしくなり、生えてきた腕の方で思わず頭を掻いた。
「ダンテの話はここで一度置いときましょ。そうそう、バージルのことはあいつ殆ど語らないわね。ずっと昔から…私から言わせるとダンテに外見がそっくりな悪魔、悪いけどこれ以上はよくわからない」
「そうか…」
ネロの残念そうな表情に何か思ったことがあるのか、彼女は思い出すように首を横に傾けた。
「そうね、でもそういえば一言だけあったわ…」
「一言だけ?」
「ぽつりとね」
「何を」
レディはふふふと微笑むと、複雑な顔をしながら腕を組み直した、本当に言っていいのか悪いのか悩んでいるような表情だった。
「…私もここまでは話しすぎたって後悔してるわ」
「だから何だよ、おいここで焦らすなよ」
「これ言っても大丈夫なのか心配になってきたのよ」
「もういまさら何聞いたってビビらねぇから言ってくれよ」
ネロはレディに頼み込こんだ、それが一番聞きたいかもしれない。
ダンテがそう簡単に心をひらいてくれない事は知っている。だから今がそのチャンスだとおもった。
「私が言ったっていうのは本人には黙ってくれる?」
「もちろん」
レディが一つため息を付いた。
「多分あいつ自身あの時なにかあったんだと思うんだけど、珍しく結構参っていたみたいで酔ってて、一緒に飲んでた誰かなのか忘れたけど、家族の愚痴話してたっけな…同じように遠回しでボロクソに言ってたんだけどポツリとこんなこと言ってたの
『面倒見がいいのもどちらかというとオレじゃねぇし…本当は優しい兄貴だったんだ…』
ってね、続き聞きたかったけど、やめたの」
思わず目を見開く、優しい???
街を壊滅させ沢山の犠牲を出し、そもそも自分の存在すら気が付かなかった悪魔が優しい???
「はぁぁ?え???ダンテが何いってんだ??」
「私もダンテが何いってんだってこの時思ったけど。もしかしたら子供の頃そうだったかもしれない、喧嘩ばっかりしててもダンテにとって面倒見のいい優しいお兄ちゃんだったのかもね」
「うわっ!!やめてくれよ、すげー頭の中が混乱してきた…あれに優しいって言葉選び絶対に間違ってるだろ」
「ちょっとネロ目開きすぎなんだけど、びっくりしすぎじゃないの?黙っといたほうがよかったかしら」
「いや、めちゃくちゃ混乱するだろ…そんなこと言われたら…」
「そりゃ、お父さんのことだもんね…」
「レディまじやめてくれよ…」
このままレディの揶揄が暫く続くかと思われた、その時後ろからネロの名前を呼ぶ声が聞こえる。
「おいネロ!」
後ろからニコが扉を開けて大股でやってくる。どうやら車の修理が終わったらしい。
「おっレディか…あんたが一人とか珍しいな…なんだよ深刻な話してたのかよ?お前がキリエの他に手を出すなんて絶対にありえねぇからそんなこと思ってないぞ感謝しろ。まさかネロ…レディに人生相談?」
「バカ、ちげぇよ」
「ひさしぶりねニコ。人生相談っていうより、彼が聞きたそうな昔話を聞かせてあげたの。ダンテいないし、ここまで来たのに手土産なしじゃお客様に失礼でしょう?」
「そうかーダンテまだ戻ってこないのか〜いつ戻ってくるんだ?」
ニコが今までレディと話していた内容を詮索してくるのかと思えば、どうもそれには興味がないらしく、ネロはなぜかほっと胸をおろした。
「さぁ?いつになるんだか、生きているうちに逢えるのかもわからないわ」
「そんなにかよ、あたしがババアになる前に逢いたいな」
「ところでネロ今日はどうするの?帰る?」
そういえば窓の外はすっかり日が落ちて暗くなっていた。特にこれ以上は尋ねることはない、いろいろと附には落ちないが…ダンテが絶対に話してくれない事を話してくれた、感謝しかない。
「ダンテがいないんじゃもう用はねぇな、ありがとうレディいろいろと教えてくれて感謝するぜ、でニコ悪いが」
「あっネロわりぃけど、車のパーツ買い足してくるからまだここにいろよ」
「なんだよ、あのポンコツまだ駄目なのか」
「おいおい、魔界を疾走した車だぞ? 父親の残したものが一ミリも理解できない、お前の頭よりは優秀だから安心しろ。それにあたしがついてる。当然治るに決まってるだろ、少しレディとおしゃべりの続きでもしてまってろ、じゃっ行ってくるからな!」
「余計なものも買うんじゃねーぞ」
ニコはまくしたてるような話をし終わった後ネロに向かって中指を立てながら事務所の扉を開けた。
「うわあああああ!わっまじかよ!? ネロ!おいネロとんでもねぇニュースだ!!」
突然入り口からニコの悲鳴みたいなものが聞こえてきた、思わずレディと一緒に顔をしかめる。
「なんだ、うるせぇぞニコ!」
ここまで悲鳴をあげるとは情報屋のモリソンや買い物へ行ったトリッシュとは言いがたい。そのニコが突然こちらを振り向いて満面の笑みを浮かべると一気に扉を開けた。
後ろにかなり大きなシルエットが現れると、ネロは息を呑みこんだ。まさか…まさかそんな事があるのだろうか…?
「ダッダンテ!!!まっまままじかよ〜〜!!!!ダンテだ!!!」
「お嬢ちゃん久しぶりだな〜もしかしてネロも一緒か?あっいたいた、おっ珍しい組み合わせだなレディ、帰ってきたぜ」
「え?ちょっとホントに帰ってきたのね」
「ダンテ!いきなり今帰ってくるなんて、まじかよ信じらんねぇ!」
「おーネロまた男前上がったんじゃねぇか?わりぃな〜連絡できなくて、あいにく魔界には電波も電線も無くてよ」
「私が生きてる間帰ってこないと思ったわ」
そう言いながらレディはダンテの机に腕を組みながら座った、その顔には少し笑顔が溢れている。
「おいそりゃねぇだろ」
信じられない、本当にダンテだった。しかし赤いコートも伸ばしっぱなしの銀髪も別れた時とかわらない。魔界の時間は一体どうなっているのだろうか。
「ダンテ、あたし…いまっちょちょっと車のパーツ仕入れてこなきゃいけなくて、戻ってきたらなっなな、魔界の武器のはなしとかっなっなな」
「あぁ、いいぜ。話してやるぜお嬢ちゃん」
「よっよし!やった!じゃあネロとっとと行ってくるぜ」
ニコはそう言うとじゃっと手を上げると急ぐように扉を開いた、ガツンと嫌な音と悲鳴が聞こえてくるが、なんだあいつとネロは呆れた顔で扉を見つめた。
ダンテが手のひらをひっくり返すとやれやといったようなポーズをとった。
「実はネロに返すものがあってな?……約束してたんだろ」
「約束?俺に返すものだと?そんなこと俺はダンテとしたかな?」
彼はそう言いながら後ろを見ろとばかり親指を肩越しに指して、ウィンクをする。
指の先にはダンテと同じくらいの背格好であろう人物が見えた、ネロは目を見張る。まさか…そんな……
その男はダンテを押しのけるように現れる、やはりあの時別れた時と対して変わらない姿だった。
「お前は相変わらずゴミ溜めみたいなところに暮らしているな」
「住めば都、大丈夫すぐなれるって」
「どうだか…お前のだらしなさにすでに愛想をつかしそうだ」
「おっ…親父…」
「ネロとの約束これで守ったから、借りは帳消しな」
そういいながらダンテはそのまま固まったままのネロの頭を数回叩いて一回撫でると、同じように信じられないという顔をしたレディの座るデスクへ向かった。
「……ねぇ…本気?よく戻ってこれたわね」
「オレが魔界から帰ってくることは大したことじゃねぇよ、別に」
「違う、あれよあれ……バージルをよくまぁ……ねぇ、わかってやってるの?」
「約束だから返しに来たんだよ、そもそもネロに戻るって約束してんだ、それなら息子に戻さなきゃ駄目だろ?どんなにアレでもあいつの父親だ…」
「そうね…そうかも知れないけど」
レディは複雑な表情をしながら、バージルが現れてから壊れた機械のように止まったままのネロを見つめた。
ネロはバージルを見たまま金縛りにあったように動けず、何かを話そうと必死に口を動かしても空気しか出てこない、
バージルは感情のないまま事務所をゆっくりと見渡したあと、そのままネロと向き合わせた。
「……」
ただの生みの親だ、DNAが親ってだけで絆はまったく感じない、それなのにいざ目の前にすると何も言葉が出てこない。
自分は子供の頃容姿で忌み嫌われていた。お前のその髪もその力も悪魔じゃないのかと、教団の人間にも忌み嫌われ、汚れ役ばかりをこなしていた。
それなのにずっと受け入れてくれたのはクレドとキリエで、「ネロは人間だよ」とずっとかばってくれたのは、
彼らの優しい両親…区別も差別もなくただ一人の子供として迎えてくれた。
だが眼の前の男は…生みの親ってだけで……それに…ずっと自分の存在に気が付かなかった…
ネロは思わず拳を握りしめる。
親が悪魔ってだけでもう十分だった、これ以上ルーツを知らなくても生きていける…今更本当の両親を知りたい、逢いたいなんてずっと…
本当はずっと心のどこかで望んでいた、わからない「なにか」を期待しながら、それは無駄な事だとわかりきっていたのに。
「ネロ」
名前を呼ばれる、これも目の前の親ではなく他人が付けた名前だ、自分の名前を呼ばれる筋合いはない。
「……」
「ネロ」
もう一度、名前を呼ばれるがネロの口は閉ざされたまま動かない、小さなため息をつくとバージルは眉根を寄せ、諦めるように視線をそらした時だった。
「こっこれ、返す。俺に次にっ…再会まで持ってろって言ってただろ…なっ中身読んでも俺には一切わからねぇよ、なにがなんだか…こんなもん」
ネロはバージルに渡された詩集を目の前に差し出した。自分でもなぜそれが真っ先に出てきたのかわからなかったが、頭で考える前に体が動いていた。
バージル何も言わずにそれを受け取る、彼は詩集を軽く眺めたあと、ふっと笑うと突然ネロの頭をぽんぽんと数回軽く叩き、そのまま撫でた。
「!?!?」
「ならば教えてやろう」
「………クソ……こっのクっソ親父……俺が、今まで、どんな、気持ちで、ずっと、探したと…どんな思いで、待っていたと……」
意図せず自分の頬に一筋流れた雫はそのまま床に落ちる、いつのまにか雫はひと粒、ふた粒と床に小さなしみを広げてゆく、そのまま雫は流れることをやめなかった。
ネロは俯いたまま肩を震わせた、これではとても父親の顔をみれそうにない。
突然肩に手のひらの熱を感じる。ネロは一瞬驚くが、その手のひらは思った以上に暖かく、まるで顔を上げなくていいと言われているようだった。
「ネロ、ただいま」