拝み屋ドタバタ聖杯戦争①【CASE1:召喚】
拝み屋はそもそも呪術師と同じ括りにされるので、つまり自分自身がキャスターなんだな。と生駒は考える。午前二時、草木は眠るが魔性は騒がしい丑三つ時のことであった。
高架下の一角に構えた城、拝み屋生駒の看板は営業時間外を示して静かである。
折口生駒はしがない拝み屋だ。
奈良から上京し、治安が良いとは言えない高架下で細々と拝み屋を営んでいる。
元はと言えば「奈良の折口は貧乏拝み屋」と揶揄されつつも、それなりに長い歴史と実力を持つ拝み屋を両親が営んでいた。その両親が死んで、食うに困った生駒は「きっと依頼が沢山舞い込んでくる」と浅はかにも上京し、なんやかんやと苦労しながらどうにか拝み屋家業も右肩上がり気味の今日この頃である。
「西洋の魔術はイマイチ肌に合わんなぁ」
拝み屋の店内には血の匂いが漂っていた。足元に記された幾何学的な図形の重なりは、端的に言えば「魔法陣」と呼ばれる類のものである。そも、生駒は拝み屋だ。
市井の人々の、人ならざるものによる困り事を解決するのが拝み屋の仕事である。
さて呪術師かと言えばそんなことは無い。陰陽師かと言われても、そんな高尚なものでも無い。
ただし拝み屋は祈祷師ではある。
彼らは「彼ら自身が祈祷の通じるものと認識すれば、如何なるものとでも交渉することができる」。いわば、祈り、拝むことにかけては他の者の追随を許さないエキスパートであった。
これを西洋魔術ではまとめて「呪術」と呼ぶらしい。生駒は自分にそう教えてくれた男を思い出す。しかめっつらの印象が強い、長く艶やかな黒髪を靡かせる男は生駒が拝み屋―――祈祷師であることを知って、首を傾げたものである。
『―――ミス・折口。それは「相手を無理矢理自分の有利な場に落とすことができる」類の能力だ。構造を見抜かずとも、自分の理解の範疇に相手を落とし込む……最早呪術ではなく、思想魔術の域に足を踏み入れている……』
君が類稀なる善人であることが、せめてもの救いだ。と彼は言った。
きっと褒められているのだとはその時思ったが、そもそも生駒は自らの才能を信じていない。謙虚に出来ることをこなす。それが人々と共に生きる事を良しとした拝み屋の在り方で、故に西洋の魔術師とは馬が合わない。
成り立ちから全く異なる東西の魔術だが、英霊を召喚するための魔術に限っては馬が合う合わない以前の問題である。やらねばならぬ儀式であるからには、やるのだ。
生駒は足元に描いた召喚陣に右手を翳す。
「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公……祖には我が太祖、役小角」
魔力とは、要は祈りの力であると彼女は解釈した。
「降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、冠より出で、
都に至る三叉路は循環せよ」
みたせ、みたせ、と繰り返す。
この街の、東京のどこかに「聖杯」なるものが存在するのだという。これから行われるのは、願望器である聖杯に願いを掛けた殺し合い。今から呼び出す使い魔と、呼び出した主人が、最後の一人になるまで覇を競い合う殺し合い。
「繰り返すつどに五度。
ただ満たされる刻を破却する」
「―――告げる」
「汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に」
次第に、足元が光を放つ。渦巻き始めた魔力を感じながら、生駒は思う。
何があっても、自分はこの聖杯戦争なる儀式に参加しなければいけないのだ、と。そうでなければ、「彼」によってとんでもない事態が引き起こされる。生駒はそれを止めるために、殺し合いに身を投じる覚悟を決めていた。
ぐっと両足に力を入れ、声を発する。
「聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ
誓いを此処に。
我は常世総ての善と成る者、
我は常世総ての悪を敷く者。
されど汝は剣。破邪の鏡。
我は鏡に映り、願う者」
心がざわめいた。なにか恐ろしいものが、この輪の向こう側からこちらへやって来ようとしているのだと、肌が叫んでいた。
恐れであり、畏れである。ヒトより上位の存在、神秘を纏う英霊。生駒は眼を見開く。
「汝三大の言霊を纏う七天。
抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ……!」
渦巻く魔力はやがて形を呼び起こす。冥府の如き冷気を掻き分けて、それは姿を現した。
正直なところ、完全な相性による召喚だ。普通は呼び出したい英霊の遺物を触媒にするらしいのだが、生憎生駒には持ち合わせが無い。故に己を触媒に見立てての召喚……つまり相性召喚を試みたわけである。全くどのような英霊が現れるか、検討もつかなかった。
その場にシャン……シャン……と鈴の音が響いた。見上げる程の巨体が、すっかり色を失った召喚陣の中心に立っている。緑と、赤と、黒、奇抜ながら和装の趣がある装束を纏った男だ。肉体を持った男が、英霊が、そこに立っている。
生駒は息を呑んだ。
そのはちきれんばかりの筋肉からも、懐に仕込まれた呪符からも、ただならぬものを感じていた。男は、生駒を見た。
「ンン……はて、懐かしき香り……。貴方が拙僧のマスターで?」
ここに召喚の儀、相成る。
【追記】
・黒髪の魔術師はお察しの通りあの先生
・生駒は魔術師ではなく祈祷師であり、折口家は東洋思想の一つ、陰陽五行説を重んじる家柄
・思想魔術に近く、それでいて思想盤への接続をもすっ飛ばしたようなトンデモ術をいつも使っているのでなんと表現すべきか悩んだというメタな話
・「自分の理解の範疇」に相手を引きずり落とすのが生駒ちゃんのいつものやり方なんだけど、その途中で真名看破とかちゃんと過程を踏んでやってはいるよねという
・なんで役小角?
→折口の親戚である加茂は役小角の末裔とされていて、加茂の縁者である折口家もまた役小角に連なる一族ではあるため
・道満来ちゃったね
・来ちゃいましたね