はっきり言って、不快だった。
変に馴れ馴れしいし距離が近いしでとにかく鬱陶しい。
「話しかけるな」
そう言ったのに図々しく詰め寄る。煩い声で煽り散らかしてるくせにツノが丸出しなのは本当に馬鹿だと思った。
本当に馬鹿だ、そう心で蔑んだ。
俺は親父を殺すことだけを考えて生きてきた。あの時、俺の人生からすべてを奪った男。俺の人生をひっくり返した男。許せなかった。なぜ、鬼というだけで母と姉は殺されなければならなかったのか。アイツに人の心なんてなかった。本当の鬼は、アイツだ。
アイツを殺す。殺された母と姉の雪辱を晴らす。そのために俺は強くなる。
羅刹に入ったのは強くなるための過程でしかない。一刻も早く俺は戦場に出てアイツを殺す必要があった。だから隣で喚く馬鹿が煩わしくて仕方なかった。どうせこんなやつは大した理由もなくここに立っているのだろう。だから四季が言った目的をくだらないと罵った。
俺の傷跡を見た四季は、ぎょっとして化物でも見るような顔をした。
―あぁ、まただ。
その表情に、俺は慣れていた。かつて路地裏で生活していたときから、傷跡を隠すためにサイズの大きな黒マスクを顔を覆うようにつけていた。周りの大人どもが下衆た笑みを浮かべ近付いてきたが、一度俺の全身の傷跡を見れば、まるで人でないものを見るかのような顔で気持ち悪いと罵って逃げていった。数え切れないほどの負の感情を向けられてきたが、そんなものはどうでも良かった。父を殺すことしか考えていなかったから。
古傷違う、これは事実だ。
母と姉があのクソ野郎に殺されたということを示す事実だ。
結局四季は大口を叩いたくせに血蝕解放すらできないカスだった。やっぱりその程度だったのだ。くだらない。
屏風ヶ浦の血蝕解放が発動した。ありえない巨体を前に斬撃を繰り返すも効果がなかった。四季は隣で這い蹲って涙を流していた。くだらない、馬鹿が。弱くて何もできないくせに。
その巨人は何度斬っても斬れなかった。苦戦していると、突然爆音とともに凄まじい衝撃を感じた。四季が血蝕解放をしたのだった。なぜださっきまで何もできなかったカスだったのに。しかし結局四季は突然高濃度の血をぶっ放したことによる貧血で倒れた。考えなし血を使うあたり本当に馬鹿だ。
それよりも、
眼の前に現れた担任無陀野無人を殺すべく体を動かした。こいつを殺せば俺は希望の部隊に入れる。そうすればアイツを葬れる日も近付く。先程巨人を出した女が重度の貧血で倒れていたが、そんなやつは関係ない。俺は俺の目的のために生きる。
そんな俺を無陀野は嫌いだ、と言った。
傘を広げた無陀野は凄まじかった。血も使っていないのに、攻撃はおろか近付くことさえできない。あまつさえ背中を取られ拘束された。無陀野は俺の父親が桃太郎だということを知っていた。俺からすべてを奪った男。そうだ、俺はアイツを殺すためなら、死んだって構わないのだ。
しかしその考えを無陀野は受け入れなかった。
そして無陀野と四季が去った。
木に縛り付けられ動けない俺の眼の前に、去ったはずの四季が現れた。助けてやるから協力しろ、と言った。意味がわからない。なぜ俺がこんなやつに助けられなくてはいけないのか。断った、しかし四季は食い下がった。目的のためなら嫌いなやつとでも手を組むと、そう述べる意味がわからなかった。なぜそこまでして人と協力しようとするのか。目的があるなら一人でそれを貫けばいいじゃないか。自分の目的に他人が介入する必要はない。
四季の父も桃太郎らしい。しかしなぜその程度の共通点で協力を求めるのか疑問しかなかったが、このままでは俺は退学になってしまう。仕方なく今は眼の前の鬱陶しいガキに協力させてやることにした。助けてやったのに俺に囮やれって意味わかんねぇよとほざいていた気がするが聞こえないふりをした。
俺と四季で無陀野を挟んだ。根比べの後無陀野がボールを落とした。
奪い合い、そうなると思ったのに、四季は俺にゴールするよう言った。意味がわからない、脳みそ湧いてんのかしかし退学になってしまっては元も子もない。俺はボールを取って走り出した。
きっと、あの発言は本当に何も考えてなかったのだろう。
目の前のことしか見ていなくて、後先考えず行動する。
相手の黒い感情なんて見えていないのだろう。
性根が優しくて、正直で真っ直ぐで、
―眩しかった。
何となく、何となくだ。アイツにゴールしてほしかった。
この感情が何なのかは分からない。借りを作りたくなかっただけだ。
きっと、そうだ。それだけだ。