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    幕内将軍

    @yurushiteanpan

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    幕内将軍

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    for根津さん!

    おなかとせなか起きた。体が動かないのに落ち着かない、寒くてなぜだか少し、イライラする。
    「さ、い、あ、く」
    一音ずつ、空気に放つ。そうしたところで何かが変わるわけでもない。この苛立ちも。
    明らかに体が不調を訴えている。立つこともままならないのに金を稼ぎに行ったところで無駄なので早急にバイト先に連絡をした。体温計はどこにやっただろう、風邪薬なんて持っていただろうか。痛み止めはどうだろう、病院には行くべきだろうか。
    ぐるぐると考えて、苦しさに負けてベッドの上で丸くなる。身体が震えている。寒くて苦しくて、さびしい。
    気がつけば寝る前に枕元に放ったスマホに腕を伸ばしていた。
    「おはよう、どうした?」
    朝食を摂っているのか咀嚼音と箸か何かを皿に置く音が聴こえた。朝からやたらと元気な大の声と、少し遠くからテレビの音が聴こえる。玉田は気を使っているのか黙っているようだ。テレビの音も小さくなっていく。
    「……からだ、うごかなくて……やばいかも」
    「おいマジか雪祈!今行くっちゃ……玄関だけ開けとけ!」
    「ん……わり……」
    今ある力を振り絞って伝えると、慌てた大の声が頭に響く。痛くて仕方ない体を無理矢理に起こしてずるずると玄関扉を目指した。電話の向こうからはオレが着くまで電話切るなよ、と声が響いていた。
    「今、開けたから」
    「おし、わかった。オレも今出たっちゃ、ちょっと時間かかっけど待ってろよ。電話、このままな……電車乗ったら黙るけど」
    「たまだ……」
    「玉田は学校あんべ、でも必要ならすぐ行くって。あいつ泣きそうな顔してたべ」
    大の足音と声に安堵し、玉田の泣きそうな顔を想像して少しだけ笑う。体を引きずってベッドに戻ると、大の言葉に返事もできないくらいに疲弊していた。
    返事のないオレの呼吸が聞こえているのだろうか、大は何度も大丈夫だからな、と言った。やがて電車の音がして、大の声は聞こえなくなってしまったが代わりにスマホが何度も通知音を鳴らした。おそらく大が何かメッセージを送っているのだろう。身体が思うように動かずにその内容を確認できないが、きっとそうだ。
    目を閉じて、呼吸を意識する。身体は辛くて今にも壊れるのではないかと思うほどだ。けれど、さびしい気持ちは少しずつ薄らいでいった。


    「雪祈!ごめん、待たせた……やいや、やばそうだな」
    大きな音を立てて扉を開き、片手に袋を提げた大が現れる。実際に目の前にいる大と、スマホから聴こえるノイズ混じりの大、2人の大の音が耳の中でぐちゃぐちゃに絡まって消えた。やがて通話を終える電子音が響き、大が服の袖で汗を拭いつつベッドの傍にしゃがみ込んだ。
    らしくないと思う。彼の顔を見るだけで安心してしまう自分が。
    「ジャズっちゃってんなあ、雪祈」
    「……ん」
    額に手のひらが当てられると、さほど冷たく感じるわけでもないのに気持ちが良かった。大の手のひらは分厚くて、いつもあたたかい。
    オレの体温が高いことを確認した大が手のひらを離し、立ち上がって肩を回す。寒くて肩まで掛けていた布団を捲り上げられ、そっと肩に手が触れた。
    「座れるか?」
    頷いて、痛む体を起こしてベッドに座ると、大が背中を向けてかがんだ。その背に手を置いて立とうとすると、おぶってくから、と大が言う。そのまま病院に連れて行く気だということは回らない頭でもわかった。付き添ってもらうか、薬を買ってきてもらうか、それだけでよかったのに。今ここまで来てくれただけでも充分、泣きそうなくらい嬉しいのに。
    「雪祈、大丈夫か?」
    「あ……うん、わりい」
    腕を伸ばし背中から覆い被さる。後ろから抱きしめるようでどこか気恥ずかしい。大が後ろから抱きしめてくる時は何度もあったし、抱かれる時だってそうだ。後ろから覆い被さるのはいつだって大だった。オレがしたのはせいぜい肩を組んだくらいで、こんなことは初めてで、目頭が熱い。
    バイトより楽だとかなんとか言いながら大は立ち上がる。天井が近くてこわい。靴はどれだ鍵はどこだ上着はいるかと次々に問う大に指をさして場所を伝えた。
    「頭ぶつけんなよ」
    大にしがみつく腕に力を込める。身体が苦しいからなのか、さびしかったからなのか、この状況への恥ずかしさからか、もしくは天井が近いことへの恐怖か、考えても理由のわからない涙があふれた。
    玄関のドアノブに触れようとした大の手が直前で止まり、顔がこちらに向けられる。彼の首筋に瞼を擦り付けて誤魔化しても、漏れる嗚咽は直ぐには止まなかった。
    「まつげ、くすぐってえっちゃ」
    朗らかに笑う大が優しくて、余計に溢れた涙を彼の服の襟に染み込ませ、言葉にならない声を漏らして泣いた。


    「はい、お大事に」
    「ありがとうございました!」
    ここが病院とは思えないような声で大が言う。
    診察と点滴を終えて病院を出る頃にはすっかり涙も引っ込んでいた。点滴の透明な袋の中から徐々に液体が落ちていくのを眺めている間、大は看護師が出してくれた椅子に座り、ベッドの横で黙って待っていた。診察の時も、受付でも、大はずっとそばにいた。
    病院の自動ドアを抜け、少し歩いたところで大に腕を軽く叩かれた。一歩だけ前に進んでかがんだ大の意図を、オレは今度こそ間違えることはなかった。
    「ちょっとは楽になった?」
    「そうだな、大が離れてくれないからあんまり」
    「なんだそれ」
    自分より背の高い男をおぶって歩くのは大変だろうに、彼はずんずん歩いていく。迷いのない足取りで力強く。一歩進むたびに彼の腕に引っ掛けた薬の袋がガサガサと音を立てて足にぶつかってきた。
    いつもライブの時に眺める大きな背中にぴったりくっついて目を閉じる。サックスを吹く彼の、汗でシャツがまつわりつく背中を思い描く。今、彼の背中にまつわりつくのはオレだ。胸も腹も、上半身の表側はぜんぶくっつけてしまった。額に当たる風と、規則的な彼の呼吸を頭の片隅で楽譜に起こし、意識を沈めた。


    目を覚ました直後の数秒間、夢と現実、自分がどちら側に立っているのか理解ができなかった。
    「あ、起きた?」
    前にいつ使ったのかわからないガスコンロで青い火が揺れて、いつ使ったのかわからないフライパンで、いつ使ったのかわからない菜箸で、ここにいるはずのない人間が料理をしている。
    窓に視線を向けるとまだ明るい時間のようで、張り巡らされたさまざまな電線の向こうに真っ青な空が見えた。
    「もうちょい待ってて、卵入れたら終わりだから」
    ここに越してから嗅いだことのない、あたたかい匂いが鼻腔をくすぐる。こめかみを押さえて未だ痛む頭をごまかしつつ起き上がる。この痛みが目の前の光景が現実であることを思い知らせてくれる。
    ゴミを片付けたシンクの周りに色々と材料を並べてテキパキ動く後ろ姿を目で追った。なんでもできるんだな、と感心した。
    「そこの袋の中、さっき兄ちゃんが買ってきたやつ。起きれたらなんか食うべ」
    フライパンの中をかき混ぜながら大が放つ言葉に頭の痛みが薄れた。オレとかお前でもなく、はたまた今は大学にいるであろう玉田でもない、全く別の呼称がそこにあった。
    「……っクク」
    笑わずにはいられなかった。
    どこかで買ってきたであろう紙皿にフライパンからなにか移し替えている大が不思議そうに振り返った。
    「どうした?」
    「にいちゃん……」
    「あ……や、これはその、クセで」
    あっという間に耳まで真っ赤に染めた大を見ると更に面白かった。
    コンコン、と音を響かせて大がフライパンの中身を全て紙皿に移し終わる。同時に盛大なため息をついた。
    「はっずかしいべ……どうせ雪祈はずっとからかってくるっちゃ、あぁもう」
    ぶつぶつ文句を言いながら、彼はスプーンと紙皿をベッドの横にある小さなテーブルに置いた。雑炊とお粥、どっちがどうだか分からないが、おそらくそのどちらかが紙皿に入っていた。
    「はい、これなら食えるだろ?ちゃんと食べないと薬飲めねっちゃ」
    「ん……ありがとな、お兄ちゃん」
    いつもならここでキスのひとつでもしたかもしれない。が、今は我慢してからかうだけに留め、大を見つめる。ごくり、と唾液を飲み込んだ大が一瞬だけ目を逸らしてスプーンを握った。
    「……わるくねえ、かも」
    大が紙皿の中身を掬って数度息を吹きかけて、ほんの少し震える手でスプーンを持ち上げる。髪を耳にかけて、あ、と口を開くとちょうど良いあたたかさのやわらかい味が舌に乗った。
    「うまい」
    スプーンの柄の向こうに見える大が白い歯を見せて笑った。これだけでも充分、元気になれる気がした。


    すっかり身体も良くなり、ふたりでライブを観に行った帰りにどこかで飲もうと誘いを受けた。断る気は少しもなく、じゃあオレの家で、と手を繋いで酒を調達しに向かった。
    コンビニで買い込んだ酒とつまみを互いに一袋ずつ提げ、指を絡ませて歩く。
    不意に湧いたいたずら心から、自分の持っていた袋を大に差し出した。
    「お兄ちゃ〜ん、こっちも持ってぇ」
    「わっるいこと覚えたべ……雪祈」
    むう、とあからさまに嫌そうな表情で大が言う。その顔が結構好きなんだと言ったら今度はどういう顔をするのだろう。
    「それ、持ったらこの手離すけどいいのか?」
    「暑苦しいからちょっと離してもいいです」
    「あっそ、あーっそ」
    言いながらも繋いだままの手をぶんぶん振って怒る大が面白くて、夜の街に笑い声を響かせる。
    けど、そうは言ったものの、この手は未だ離したくなかった。このあたたかい手に包まれるのは心地が良かった。
    「やだ、やっぱり」
    体を寄せて大の顔を覗き込む。くちびるを尖らせて、できるだけキスをする前の顔を心がけた。
    大の表情が強張り、喉仏がひくりと動いた。ふっと息を吹きかけて、まばたきを2回。完璧だ。
    「な、おんぶしてくんね?お、に、い、ちゃ、ん」
    「……っだぁもう!可愛く言っても無理だべ!雪祈のことまで持てねえっちゃ!」
    オレが放った見当違いの言葉にますますむくれる大はやっぱり可愛くて、繋いだままの手を持ち上げて指先にキスをした。
    帰ったらきっと、後ろから抱きしめてやろうと思う。

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