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    サクノ

    創庫

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    サクノ

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    pixivの再掲

    迷い子の辿り着く場所 瓦礫の中から中也を引っ張り出し、太宰は溜息を吐いた。

     いくらなんでもやり過ぎだ、この莫迦。
     腹いせに頭を殴る。
     中也は呻き声を漏らしたが、起きる気配は無い。
     
     月明かりに照らされる光景を太宰は一人眺めた。
     
     此処に居た人間は一人残らず死んだか、消失した。
     ポートマフィアの威光を知らしめろと森が下した命令は達成された。

     良くも悪くもこの噂は広まるだろう。

    「僕、疲れたぁ」

     太宰は伸びをして、空を見上げる。
     視界に入った月に、何か、不自然に浮かぶものが見えた。

    「……なにあれ」

     凝視すればそれは徐々に大きさを増し、正体がわかった時には既に遅かった。

    「ッ!!」

     人智を超えた速度で太宰に接近して来たそれを避ける術は無かった。
     迷いなく急所を狙った攻撃は辛うじて回避したが、額を深く切った。

     溢れ出てくる血に視界が悪くなる。
     血に染まった包帯が落ち、保護をしている片目が外気に晒されるが構っている余裕はない。

     正体を確かめようと今目の前に現れた人物を太宰は睨む。

     それはまるで重さを感じさせない動きで地面に降り立った。
     質量を無視したかのような軽さは誰かの異能と重なる。

     目深に被ったフードのせいで顔は見えない。

     「……君は、この組織の人間じゃあないね」

     片側が赤く染まる視界で、太宰はそれでも目を逸らす事なく相手を睨む。

     相対する人物は周囲を見渡し、一度頷く。

    「……その人に用がある」

     発した声はまだあどけない少年のものだった。
     
     その人、と指した先には確認するまでもなく中也が転がっている。
     異能を使用した反動でまだ目は覚さない。

    「君は、何者だい?」

     沈黙が返って来た。

     何か動きがあるのかと身構えると、弾丸の速度で太宰に体当たりをして来た。

    「ッ!!」

     目では追えた。
     だが、避けられる速度では無い。

     見た目よりも重い一撃に太宰は吹っ飛び、地面に叩きつけられながらも拳の重さと体の軽さの正体に薄々気付いていた。

     気付いて、認めたくなかった。

    「ッ……カハッ……ゲホッゲホッ……」

     背中を打ちつけたせいで呼吸が苦しくなる。
     涙が滲む目を無理矢理開いて周囲を見る。

     そいつは何事も無かったかのようにそこに佇んでいた。

     その姿が、かつて羊の王と相対した、記憶の中の光景と重なる。

    「……ッ重力操作か……!」

     太宰に異能は効かない。
     だが、異能を乗せた拳や蹴りは届く。

     任務の関係上、此処には太宰と中也しか居ない。
     例え、応援を呼べたとしても無駄に消える命が増えるだけになるが。

     予測していなかった事態に何も出来ず、太宰は拳を握る。
     フードを被った人物はゆっくりとした足取りで近付いて来る。
     直感で理解していた。
     殺される、と。

     その時、相手の歩みが止まった。

    「誰だ、あんた」

     中也が背後から、フードの人物の肩を掴んでいた。

    「助っ人か?」
    「ッ違う中也!! そいつの狙いは君だ!!」
    「あ?」

     太宰の言葉が咄嗟には理解出来ず訝しむ中也の腕を、フードの人物は掴んだ。
     異能を発動する気配に、中也も即座に対抗しようと異能を発動する。

     発動した重力同士がぶつかり合う。
     性質が同じ異能の場合、単純に異能が強い方が勝つ。

    「ッ!!」

     中也は一瞬で重力のベクトルを自身にかけ、距離を取る為に太宰の方に飛ぶ。
     狙い通りの場所に着地し、フードの人物を睨む。

    「……押し負けたの?」
    「態とだタコ。手前こそなンだよその怪我」

     中也は自身の額を指差し、未だ血が止まらない太宰の怪我を揶揄する。
     太宰は忌々しげに額を拭う。

    「率直に聞くけど、知り合い?」
    「……知り合いに重力の異能を使える奴は一人しか居ねぇよ」

     視線を再びフードの人物へと向ける。
     小柄な体躯は頭に浮かんだ人物とは余りにも違う。

     それには太宰も納得したように頷く。

    「では、あれは誰だい?」
    「俺が知るか」

     短い会話を切るように、フードの人物は異能を発動する。
     足元に転がる手近な瓦礫を拾い上げる。

    「君に用があるそうだ、二人で話し合い給え」
    「これが話し合い出来そうな雰囲気か?」

     手にしている瓦礫を軽い動作で投げる。
     重力のベクトルを操作された瓦礫は弾丸の速度で太宰に迫る。

    「ッ!」

     中也が瞬時に割り込み異能を発動し、飛来する瓦礫の重力のベクトルを変える。

     自身に迫る瓦礫などものともせず、フードの人物は中也に接近していく。

     当たれば無事では済まない弾丸の速さを乗せた瓦礫が僅か数ミリの位置を通過する。

    「マジかよッ」

     中也の眼前、触れそうな距離まで接近され、細い腕が伸ばされる。

    「伏せろッ!」
     
     太宰の急な声に中也は反射的に膝を曲げ、地に伏せる。
     フードの人物の腕が空を掴むのと銃声が鳴ったのは同時だった。

     異能発動が間に合わなかったのか、太宰の放った銃弾は肩に命中し、距離をとるために後方に飛ぶ。

    「逃がすかよッ!」

     その後を追う為に異能を発動しようとする中也の頭を太宰は鷲掴みにする。

    「追うな! 莫迦犬!」
    「誰が犬だ!! てか手をどけろ!!」

     太宰に触れられたせいで異能は無効化され、フードの人物の姿は既に闇に消えていた。

     舌打ちをして頭にある太宰の手を鬱陶しそうに払う。

    「いいのかよ」
    「無闇に追うのは愚行だよ」

     傷口から垂れる血を太宰は忌々しげに拭う。

    「どうやらお目当ては君のようだからね」

     太宰は嫌味を込めてにこりと笑う。

    「きっとまた会えるよ、中也」

     その笑顔に、中也は顔を歪めて溜息を吐く。

    「……嬉しくはねぇよ」





    *   *   *

     太宰は報告書を持参するついでに、重力操作の異能を持つフードの人物に遭遇したことを森に報告した。

     豪奢な作りの椅子にゆったりと腰掛けた森は、報告の内容を吟味するように一度目を伏せる。

     開いた瞳の先には朝焼けが見える。

     首領執務室はその威厳を表すかのように広く、華美だった。

    「ふむ……君達に壊滅を命令した組織にそんな異能力者は居なかったはずだが……」
    「それは私も確認したから間違いないよ」

     起きた出来事を思い起こすように太宰は顎に手を当てる。

    「おそらく組織とは関係無い。偶々、あの場に現れたんだ……中也が居たから」

     まだ痛みがある、包帯の下の傷を思い出し太宰は顔を歪める。

    「中也くんに用とは何かな……異能の件といい、矢張り関係あると思うかね?」
    「……さぁ、どうかな、僕には重要機密を知る権利は無いもの」

     殊勝なようすで肩を竦める太宰に森は苦笑を返す。
     非常事態とはいえ、幹部以上にしか開示する事を許されない情報を太宰に見せるわけにはいかない。

    「こちらで調べておくよ」

     どんな理由があろうと例外は無いという判断に太宰は顔に出さずにがっかりした。

    「太宰くんは中也くんの側に居てあげ給え」
    「はぁ?! なんで?!」
    「その異能力者がいつ来るかわからない、太宰くんの無効化があれば対処可能だろう?」

     太宰は不快さを思いっきり顔中に押し出す。

    「森さんは中也に対して過保護過ぎる!! 姐さんの部隊に配属するし、任務で優遇するし、見習いなら下積みからでしょ!!」

     ぷりぷりと怒りながら執務室の出入り口である扉に向かう。

    「太宰くん」

     ドアノブに手をかけたところで呼ばれ、振り返る。

    「中也くんを頼んだよ」

     優しげな光をたたえた瞳で云う森に、太宰は一瞬戸惑うように視線を泳がせる。

     だが直ぐに外した視線を森に返す。

    「……森さんに云われるまでもないよ、あれは僕の犬だからね」

     パタン、と扉を閉めた。
     
     森はその背を見送り、深い深い溜息を吐いた。
     側に居たエリスが上目遣いにその様子を伺う。

    「……あの資料を私一人でひっくり返すのか……」

     森の脳内には押収したはいいものの、選別されることなく資料庫に突っ込まれている大量のファイルが浮かんだ。

     機密情報のオンパレードの為、組織内の人間とはいえ不用意に見せるわけにはいかず、森一人で整理する羽目になっていた。

     多少軍の知識はあるとはいえ、あくまでも軍医としてだったため、異能研究は専門外だ。
     何をどう区分していいやら、何をどう扱っていいやら頁を繰る度に頭が痛くなっていた。

     思い出すだけで吐き出す溜息は無限に出てくる。

     だが今は緊急事態ゆえ、弱音を吐いている場合ではない。
     森は豪奢な椅子から重い腰を上げる。

    「仕方ない、可愛い部下の為だからね。徹夜の覚悟で頑張るよ……」
    「リンタロウ、オヤジ臭い」
    「酷い!!」

     せめて、可愛いエリスから励ましの言葉が欲しかった。






    *   *   *

     太宰は手にしていた携帯端末を眺めながら、自分の執務室に向かおうとしていた足の向きを変えた。

     森が重要機密を見せないというならこっちはこっちで動くしかない。

     手掛かりが無いのなら作るまで。

     着いた部屋のドアを一応ノックする。
     応答を待っていれば、内側から開いた。

    「太宰?」

     出た中也が首を傾げる。

    「やぁ、中也」
     
     にこりと笑いながらそのまま中也の横を通り、室内にお邪魔する。
     部屋は意外にも片付いていた。

    「……なンだよ、何か用か?」
    「不本意だけどね」

     くるりと振り返り太宰が云う。

    「森さんからね、中也の護衛をしろと云われたのだよ」
    「護衛だぁ?! 手前が?!」
    「それだ、僕としても御免被りたいのだよ。だから」

     太宰は手にしている携帯端末を中也が見えるように掲げる。

     その画面には地図と、一箇所だけ光る赤い点があった。

    「奴は手負いだ」

     不適な笑みをたたえ、太宰が云う。

    「こちらから挨拶しようじゃあないか」

     その言葉の意味と画面に表示されている意味を理解して、中也はにやりと笑う。

    「手前の手癖の悪さだけは認めてやるよ」
    「それはどうも」

     太宰は肩をすくめ、携帯端末にある赤い点が指す場所を確認する。
     中也も横から覗き込む。

    「どこだ? 此処」
    「郊外だね……ポートマフィアの影響下じゃない処のようだから、敵対組織が牛耳ってるのかも」

     それを聞き、中也は一瞬戸惑う。

    「いいのかよ」
    「何が?」
    「下手したら抗争になンじゃねぇのか?」

     数年前よりポートマフィアの権威が浸透しているとはいえ、落とし穴のように所々抜けた地域がある。
     そこで何が行われているか、何が起きているのか、ポートマフィアは把握出来ていない。

    「仕方ないじゃない、森さんは秘密主義だし」

     携帯端末を振りながら太宰はうんざりしたように云う。

    「厭だよ僕、いつまでも中也の護衛なんて。犬は君の方だろ」
    「犬じゃねぇって云ってンだろ」

     反論しながら赤く光る点が指す地域を頭の中の地図と照らし合わせる。

    「敵対組織のど真ん中だとしても狙われてるのは君だ。いずれ衝突することになるよ」

     太宰の言葉に中也は悩むのをやめた。
     癪だが、太宰の考え通りに動いて失敗したことはない。

    「ま、確かにそうだな。ポートマフィアよりやべぇ組織なんてそうはねぇよな」
    「それは、過去に敵対した君の方が知ってるんじゃない?」

     肩をすくめて太宰は云った。






    *   *   *

     画面が示す場所に着いてみれば、放置されたことにより草木が生い茂り、手入れのされていない荒れた地帯だった。

    「……本当に此処かよ」

     人の気配どころか建物らしきものも無い。
     
     太宰のようすを伺えば、携帯端末とこの場所を照らし合わせるように交互に見ている。

    「間違いなく此処だ、途中で発信機を捨てられたかな」

     その言葉に一応中也は地面を確認する。
     機能している以上、壊されてはいないはず。

     周囲を注意深く歩けば、草の影に人工物を見つけた。

    「……おい、あったぜ」

     拾い上げると太宰に放り投げる。

     正確な軌道で飛んで来たそれを受け取り、手のひらの上で確認する。
     握れば隠れてしまうほどの大きさの無機質な物体には微かに赤黒い汚れがついていた。
     
     破壊しなかったのは此処に誘導する為か、本来のアジトを知られない為か。

    「どうする? 他に手掛かりなンざねぇだろ」

     どれだけ見渡してもやはり此処には何も無い。
     草木が生い茂り、人が立ち入った様子のない此処にこれ以上何かが有るとは思えない。

     手の上の発信機を太宰は眺め続ける。

    「向こうから来るのを待つか?」
    「目的が君ならそれでも悪くないかもね」

     発信機から目を逸らした時、携帯端末が鳴った。

    「森さんだ、何かわかったのかな」

     応答を押し、耳にあてようとした時。

    「太宰くんッ!! 時間が無い!!」
    「ッ?!」

     森の切羽詰まった大声は中也にも届いた。

    「なんだ?!」
    「森さん?! 何かあったの?!」

     言葉を返すと携帯端末の向こうから爆音が聞こえた。

    「ッ資料庫を襲撃された……! 今の処わかったことを伝える!」
    「襲撃?! 奴か?!」
    「森さん、何がわかったの」

     電波が悪いのか向こう側の音がはっきり聞こえず、太宰は携帯端末を耳に押し当てる。

    「手短に云えば、それは中也くんと同じものだ」
    「?!」

     森の言葉に太宰の顔が険しくなる。

    「押収した資料には欠けが多くてね……仔細は不明だが、間違いなくそれは……」

     不自然にぶつりと切れた。

    「おいッ! 何が起きてる!」

     肩を掴む中也を睨み、太宰は云った。

    「中也、ポートマフィアに戻ろう……どうやら僕達は此処に誘導されたらしい」
    「あ?」
    「奴の最終目標が君なら、潰せるものから潰すって事だよ」
     
     太宰は肩を掴まれた手を払うように踵を返す。
     その背に中也が、

    「太宰、説明しろ! 首領は……!」
    「あくまでも推測だ、だから冷静に聞け」
    「ッ」

     太宰のまっすぐな瞳に中也は押し黙る。

    「最初に現れた時、奴は君の存在を確認する為に接触した。……“荒覇吐”は異能生命体に近いのか、それとも人間なのか」

     太宰は発信機を睨む。

    「そして次は現存する資料を抹消する為にポートマフィアを襲撃した。その際、邪魔に入るだろう君を遠ざける為に此処にこれを置いた」
    「なんのために……」

     困惑する中也に太宰は僅かに視線を向ける。

    「さぁ、目的なんて僕にわかるわけないじゃない」

     発信機を仕舞い先を歩き出す太宰。
     拍子抜けしたように中也がその背に、

    「その口振りだと“荒覇吐”が目的ってことじゃねぇのか」

     足を止めた太宰は振り返る事なく、

    「云ったでしょ、推測に過ぎないと」

     再び歩き出すと、

    「……蘭堂さんの時とは違うよ」

     なんの感情も含まない声音で云った。







    *   *   *

     郊外に来た時と同じ手段、バイクでポートマフィアへ戻る。
     後部に乗る太宰は不気味なほど静かだった。
     何かを考えているのならそれを邪魔するつもりは無い。

     中也自身も前方を睨みながら少ない情報で推測する。
     奴の狙いは荒覇吐ではなく中也自身。

     同じ重力操作の異能を有し、中也と同じもの。
     それが示す意味とは。

    「ッ太宰!!」

     急ブレーキをかけたせいで太宰の体が中也にぶつかる。

    「ッいたた……いきなりなに?!」

     上体を起こしながら太宰は喚く。
     それに構わず、中也は横目で視線を送る。

    「目的地は本当にポートマフィアでいいのか?」
    「……どういう意味?」
    「奴は……」

     言葉にしようとして、戸惑いに声が詰まる。

    「そう、中也も気付いたでしょ。あれがなんなのか」

     暗く沈むような太宰の瞳を見返し、中也は険しさに顔を歪める。

    「僕だって押収した資料を確認したわけじゃあない。だけど、中也が行方不明になっていた数年間、何もせずにいたとは思えない」
    「……奴は、俺ってことなのか……?」

     喘ぐように絞り出した中也の言葉に、太宰はほんの少し首を振る。

    「違うよ、あいつは君じゃない。あれは……」

     一瞬目を閉じる。

    「ただの模造品だ」
    「模造品……?」

     開いた瞳には何かを誤魔化すような色は無かった。

    「中也の研究データを元に作ったのでしょ。君と違って人間かどうかも怪しいよ」

     何気ない事のように肩をすくめて云う太宰。
     それが慰めや偽りではない事はわかった。

     太宰は表面上だけの優しい言葉など云わない。

    「それでもあいつは、俺と同じなンだよな……」

     複雑な感情が湧く。
     同情とは違う何か。

    「君は物事をごちゃごちゃ考えるのが好きだね」
    「あ?」

     あっけらかんとした太宰の物言いに中也は苛立つ。

    「今しなきゃいけないのはポートマフィアに戻って現状を確認する事だ。上手くすれば機密事項を見れる」
    「手前……」
    「何をするにも情報だ、推測の域を出ないうちは空想と同じだよ」

     励ましの言葉ではなく真意から太宰は云った。




    *   *   *

     ポートマフィア本部に到着すれば騒ぎになっていた。

     あちこちが混乱し、右往左往する黒服を尻目に太宰と中也は首領執務室を目指す。

     昇降機は問題なく稼働していた為乗り込み、最上階を指定する。

     開き始めた昇降機の扉が全開になるより早く、首領執務室の扉まで辿り着いた太宰の首めがけてそれは振り下ろされた。

    「ッ!!」
    「……おや、太宰かえ」

     金色夜叉を出現させた紅葉が居た。

    「……姐さん、随分な歓迎だね」

     自身の首に触れた瞬間、異能は消えたが殺気は残っていた。
     悪寒がするまま、太宰は首を摩る。

    「非常事態ゆえ、来るもの全て切るつもりでおるからのう。して、用向きは?」

     仕込み刀を抜いたまま、紅葉は僅かな隙も無く太宰と中也へ視線を向ける。

    「森さんに話がある」
    「首領は無事ですか?!」

     焦る中也の様子に、紅葉は口元にのみ微かな笑みを作る。

    「案ずる必要は無い、被害が出たのは資料庫のみ。鴎外殿が居たようであったが擦り傷すら無いわ」
    「そうですか……」

     胸を撫で下ろす中也を他所に太宰が問う。

    「会う事は出来そう? 僕達は森さんに聞かなきゃならない事がある」

     太宰の真剣な瞳に、紅葉は黙ったまま首領執務室に続く扉を開けた。
     
    「心配せずとも童らが来たら通せと云われておる」

     今度はふわりと安心を与える笑みを浮かべ、太宰と中也を室内へ促す。

    「事の解決はそなたら二人に掛かっておる、頼んだぞ」

     パタン、と紅葉は扉を閉めた。

     横濱が一望出来る窓は、今は壁になっていた。
     太陽光の入らない室内は照明にのみ照らされ、その広さも合間って薄暗い。

    「待っていたわ。オサム、チューヤ」

     幼女のあどけない声に太宰と中也は虚をつかれる。
     赤いドレスを翻し、エリスが二人を出迎えた。

     その奥、執務机に居る森が太宰と中也を見据える。

     説明するまでもなく、互いに状況はわかっていた。
     森は前置きもなく本題に入る。

    「不測の事態だからね、本来なら幹部では無い構成員に開示していい情報では無いが特例だ」
    「当事者が蚊帳の外では対処も出来ないものね」

     戯けて云う太宰に森は苦笑を返す。

    「残念だが資料は全て消失した。その為、私が記憶している事を話す」

     二人は真剣な瞳で頷いた。

     森は脳内で散らかる記憶を整理するように一息吐いた。
     重々しく口を開く。

    「太宰くんを襲い、ポートマフィアを襲撃し、中也くんを狙う存在。あれは間違いなく……“異能生命体“だ」

     半ば予想していたが、中也はそれでもまだ受け入れたくはなかった。

    「人間じゃ、ないンですか……?」

     森は確実なこととしてしっかり頷く。

    「対峙して確信したよ、あれは人間じゃない。中也くんが行方不明になっていた数年間、ただじっと潜んでいたはずはないと思ってはいたが……同じ存在を生み出そうとした結果、粗悪品にしかならなかったのだろうね」

     自身が目で見た資料と体感した存在を脳裏に描き、森は話す。

    「異能は人間を求める。あれが中也くんを求めるのも道理、中也くんの研究データから生み出された存在だからね」

     胸に湧き上がる不快感を中也は隠す事なく顔に出す。

     あの事件について、その犠牲者について、まだ記憶は褪せていない。

    「自分に関する資料を消失させようと行動しているのは、自分が中也くんに成り代わるためだろうね」
    「成り代わる? 全然違う存在なのに……」

     自身の思考に思い当たったのか、突然笑い出した太宰に中也は驚く。

    「はぁ……なぁんだ、行動が短絡的過ぎて惑わされてしまったよ」
     
     笑い飛ばして気がするんだのか、太宰は不穏な笑みを貼り付けて中也に云う。

    「ねぇ中也、どうしたい?」
    「なにが」

     中也は訝しむ。

    「あれは君の模造品だ。森さんが情報を開示したのも君に判断を委ねるためだよ」
    「どうするって……」

     迷うように視線を逸らす中也に、太宰は続ける。

    「中也、君が君である事は僕がよく知ってる。君は“異能生命体”でも“荒覇吐の器”でもない」

     合う視線には絶対的な信頼があった。

    「ポートマフィアの中原中也だ」
    「ッ」

     皮肉気な太宰の笑みはいつもと代わりが無い。
     そのいつもと変わらない笑みこそが、一つの証明にさえ感じた。
     
     人は誰かになる事なんて出来ない。

     太宰と中也のやりとりに森は微かに笑う。

    「この件は二人に任せたよ。解決も対処も、君達ほど最適な人員はいない」

     森の言葉に太宰は眉間に皺を寄せる。

    「そうやって森さんはまた僕に面倒を押し付ける」
    「だが、中也くん一人に任せるつもりもないのだろ?」

     不貞腐れたように太宰は視線を逸らす。

     隣に立つ中也は深刻な様子で、

    「……首領、奴は俺を殺すつもりなんですか?」
    「それはわかりかねるね」

     森は中也の内にあるものを察したように、

    「すまないが、今の君達以上にこの件を解決出来る人員はポートマフィアには居ない。情けないが、君達だけが頼りだ」

     その言葉に、中也は迷いを断ち切るように真っ直ぐに森を見た。

    「俺はポートマフィアの構成員です。首領に害をなした存在として敵を葬るだけです」

     その瞳を受けて、森は微かな笑みを浮かべる。

    「エリスちゃん」

     名を呼ばれた少女は太宰と中也の前に立つ。
     
     訝しむ二人に、エリスは小さい両手に乗せた物を差し出す。
     それが何かを確認して、太宰は顔色を変える。

    「森さん、これって、奴の居場所?」

     エリスの手から取り上げた紙切れを振り、太宰は不機嫌丸出して問う。

    「お土産くらいは置いていって貰おうと思ってね」

     飄々と笑う森に、太宰は顔を顰める。

    「これだから厭なのだよ、結局森さんの思う壺じゃない。はぁ、やだやだ」

     太宰の手で振り続けられる紙切れを中也は引ったくる。

    「あっ!」
    「手前が行かねぇなら俺一人で行く」
    「誰も行かないとは云ってない。てか、君一人で何が出来るのさ、実力はあっちのが上だろ」
    「は、はぁ?! ンなわけねぇだろ!! 奴が俺の模造品だって云ったのは手前だろ!!」
    「中也より数段頭が良くて、数段異能を強くしてるのかもねぇ。ついでに身長も高くしたのかも」
    「身体は関係ねぇだろ!!」
    「はいはい、そこまで」

     森は手を打って言い合いを制止する。

    「仲が良いのは結構だが、終わってからゆっくりイチャつき給え」

     異口同音で否定の言葉が返ってきた。







    *   *   *

     最初にフードの人物が現れた場所を再び訪れた。

     森に託された紙切れには、此処を示す簡易的な地図が描かれていた。
     確かに、潜伏するには都合がいいかもしれない。

     敵組織を壊滅させたとはいえ、此処はまだポートマフィアの手中には無い。
     かといって、壊滅した組織の所有のままというわけでも無い、まだ空白の土地。
     
     散乱する瓦礫、破壊し尽くされた建物はそのままで、まばらにあった死体だけが片付けられていた。
     
     何処かに潜んでいるはずのフードの人影を探し、注意深く辺りを見渡す。

     重力操作により、隠れているのが地面の上だけとは限らない。
     崩壊した建物の壁、散乱する瓦礫の裏。
     厄介だが、目に入る全て隠れる場所になる。

     太宰は溜息をついて瓦礫に腰掛けた。
     
     奴の狙いは中也だ。
     求める餌は此処に居る。

     ふいに痛み出した額の傷に手を当てた時。
     ゴツ、と後頭部に金属質の物体が当たる感覚がした。

    「動けば撃つ」

     背後からの声は、聞けば中也の声音によく似ていた。

    「……ポートマフィアから奪った銃か、使い勝手はどう?」

     正面に顔を固定したまま太宰が云う。

    「あんたに異能は通じない、そうだな? 太宰治」
    「その通りだよ」

     答える太宰は僅かに顔を後方へ向ける。
     
     目深にフードを被った人物の顔はわからないが、その更に後ろ。

    「よぉ、俺に用があるらしいな」

     フードの人物の後頭部に銃口を当て、中也が云う。

     声がして初めて気付いたのか、一瞬驚きに振り返ろうとしたが、そこで止まった。
     銃口が太宰の後頭部から外される事はなかった。

     中也も相手に銃口を当てたまま、

    「目的を話せ、理由によってはこのまま死んでもらう。あんたは首領を襲撃した。マフィアに楯突いたって事だからな」
     
     迷いなく、指は引き金にかかっていた。
     頭を撃ち抜くのに一秒もかからず、異能を発動する時間すら与えない。

    「……知りたかった」

     こぼすような声が聞こえた。
     
     中也は無表情のまま、引き金にかかる指に力を入れる。
     太宰はその光景を無感動な瞳で見ていた。

    「最初に見つけたのは“中原中也”の記録だった」
    「俺の?」

     一度頷き、その人物は目深に被っているフードをとった。

     その顔は、中也と瓜二つだった。

     髪は長く高い位置で結えていたが、赭色の猫毛も釣り上がった澄んだ瞳も、何もかもが同じでまるで鏡のようだった。

     中也は驚きに目を見開く。

    「……ほんとに、俺かよ……巫山戯やがって……ッ!」

     込み上げる怒りは既に死んだ人間に向かう。
     此処でどれだけ憎もうが怒りを覚えようが、奴は既に死んでいて、犠牲となった存在は目の前に居る。

     無意識のうちに銃を握る腕は下ろされ、銃口は地面に向いていた。

    「……僕は、僕を知りたかった。探せるだけの、見つけられるだけの記録を読んだ」

     絞り出す声はまるで泣いているようだった。

    「僕は何なんだ……!」

     太宰に向いていた銃口が中也へ向けられる。
     その瞳は悲しみを堪えているように揺れ、中也を睨みつけていた。

    「読んだ記録はどれこれも、僕は“中原中也”だと記してあった」

     少年の中に渦巻く憤りを、中也は無言で見つめ返す。

    「けど違う。あれは僕のことじゃ無い……“中原中也”、あんたのことだ。だから……だから知りたかった」

     一方の銃口は殺すために相手に向けられ、一方の銃口は何処にも向けられないまま。

     同じ瞳が互いを見つめ返し、引き金にかかる指に力が込められる。

    「知って、どうするつもりだ」

     涙を堪え、感情を押し込めるようにこぼした。

    「……僕は、あなたになりたかった」
    「中也ッ!!」

     引き金にかかる指が絞られるのを見て、太宰は銃を抜いていた。
     中也も気付き、一瞬遅れて銃口を向ける。

     発砲音は一発だった。

     そのたった一発が少年の心臓を撃った。

     硝煙を上がる銃の向こうで少年の体が倒れる。
     その向こうに、銃を構えたまま驚きに目を見開く太宰が居た。

     少年の持つ銃から弾は撃たれなかった。

     仰向けに倒れた少年は即死だった。
     
     少年に近付き、太宰はその顔を伺う。
     瞳孔は開き、その顔は生者とは違っていた。

     中也と瓜二つの死顔に、太宰は僅かに顔を顰める。

     少年の持つ銃を回収しようとした時、肩の部分に血が滲んでいる事に気付いた。

    「……あの時、撃った肩」

     思い当たり、服をめくり少年の肩を確認する。

     手当てされた様子のないそこは、まだ血は乾かず生々しい傷口を晒していた。

    「この傷じゃあ、銃は撃てない」

     中也はその光景を見つめていた。

     胸から込み上げるもののせいで喉に痛みが走る。
     手から力が抜け、銃が地面に落ちる。

    「……こいつ、最初から……」

     体から力が抜け、立っていられず膝をつく。
     支えるように両手を地面につけば、自分の真下の地面がぽつぽつと濡れ始めた。

     目頭が熱く、視界が歪む。

    「ッくそ……!」

     中也は嗚咽を噛み殺し、八つ当たりするかのように地面を叩く。

     その鈍い音を、太宰は無言で聞いていた。




     
     


    *   *   *
     
     夕陽に染まる空を背景に、中也はひっそりと立つ墓石の前にいた。

     名前は刻まれていない。
     刻む名前など持っていなかった。

    「物好きだよね、ほんと」

     背後からの声に中也は振り向かないまま応える。

    「……首領に許可はとってる、手前に関係ねぇだろ」

     立ち上がり、中也は振り返る。
     
     そこに意外なものを見て、中也は目を丸くする。

    「……なに、その顔」

     花束を抱えた太宰が立っていた。

    「……夢か?」
    「はぁ?」

     中也の隣に立ち、花束を墓石の前に供える。
     沈黙して手を合わせる姿を見た後。

    「……なぁ」

     中也の声に太宰は目を開ける。

     墓石と呼ぶにはあまりにも素っ気ない、質素な岩が置いてあるだけ。
     花でもなければ此処が墓だと誰も気付かないかもしれない。

    「なに」

     その墓石を眺めながら太宰が応える。

     言い淀み言葉を発しない中也に、太宰は付き合う気もなく立ち上がりその場を去ろうとする。
     
     その様子に中也は慌てて、

    「異能生命体って、死んだらどうなンだ」

     何が云いたいのか、察しがついた太宰は振り返る。

     その瞳は何かを願うように揺れていた。

    「……異能生命体は人間じゃあない」

     相手が何を望んでいるのか、太宰にはわかってしまう。
     かけて欲しい言葉がわかってしまう。

     それでも、太宰がそれを云うことはない。

     一瞬の安堵のための嘘なんて、気休めにもならない。

     太宰は揺れる中也の瞳から視線を逸らす。

    「それでも、生きていたというなら。眠る場所くらいあってもいいんじゃない?」

     その言葉だけを残して、中也に背を向ける。

     先に去ろうとする太宰の背に、

    「……ありがとう、太宰」

     と聞こえた。

     空耳のような小さい声に、太宰は思わず振り向いていた。

     だが、中也は既に背を向け、視線は合わなかった。

     だから、ふわりと笑って応えた。

    「どういたしまして、中也」

     


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