【二次創作】夏祭りで花火を見る話(春クリ)中学校の帰り道、クリスはとあるポスターを見つけた。隣を歩く春の袖を引く。
「春さん、夏祭りですって」
「ああ、もうそんな時期なんですね」
世間が夏休みに入った頃、毎年夏祭りが開催される。もちろん近所の神社でも、境内で夏祭りを催している。
「今年は浴衣を着て、遊びに行きませんか?」
クリスは満面の笑みを浮かべる。だが、春は困った様子で笑う。
「ええと、私はそういうのはあんまり……」
「そうですか……」
クリスは、見るからにしょんぼりと肩を落とす。
「あ、いや、別に嫌ってわけじゃないんですよ? ただ、男の浴衣は目立つだろうな、なんて……」
「そうでしょうか、とってもかっこいいと思います!」
クリスは思わずずいっと詰め寄るがハッとして「あ、でも……春さんの楽しめる服装が一番ですね」と距離を離す。
「いえ、私も楽しみですよ。じゃあ、今度の休みに予定を開けておきますね」
春がそう提案すると、クリスは再び顔を輝かせた。
***
神社に辿り着くと、沢山の屋台が軒を連ねていた。焼きそば、わたあめ、金魚すくい、ヨーヨー釣り、射的など様々な屋台が並ぶ。それらから漂う賑やかな気配を感じながら、クリスは彼が来るのを待っていた。
「お待たせしました、クリスちゃん」
振り返ると、そこには浴衣姿の春が立っていた。普段と違って、凛とした佇まいが気品を感じさせる。
「は、は、は、春さん……!」
クリスは思わず動揺する。心なしか、周囲の喧騒がいつもより小さく聞こえる気がした。
「夏祭りのことを家族に話したら、従兄弟から浴衣を借りてきてくれまして……」
春がはにかんで困ったように頬をかく。紺絣の袖が揺れる。
「春さん、すごく似合っています。素敵です!」
「ありがとうございます、クリスちゃんも可愛いですね」
春はさらりと言って、クリスの浴衣姿を褒めた。クリスの浴衣には、青地に柑橘系の柄が入っている。
「でも、やっぱり視線が少し恥ずかしいですね」
春は僅かに目を伏せる。周りを見渡せば、女子たちは可愛らしく着飾っており、男子たちは普段着か涼しげな甚平姿が多く、浴衣は少数のようだった。
「き、きっと慣れますよ!」
「そうですね。それじゃあ、行きましょうか」
二人は笑い合って、境内を歩き出した。
***
まずは、腹ごしらえをしようと屋台を回ることになった。焼きそば、わたあめ、りんご飴などお祭りの定番メニューを食べ歩きする。
「とっても美味しいですね」
クリスは焼きそばを頬張りながら、目を輝かせる。
それを見た春はりんご飴を舐めながら微笑む。
普段とはまた違う柔らかな表情に、クリスの心も踊った。
浴衣姿も注目が集まるかと思ったが、意外と視線は集まらなかった。
「何かやってみたいことはありますか?」
「そうですね、金魚すくいがしてみたいです!」
そして歩き出すした拍子に、クリスの下駄の鼻緒が切れた。
「わ。わ、切れてしまいました……!」
「大丈夫ですか?」
慌てて雑踏の中に座り込むクリスを、春は心配そうに見る。
「え、えっと、ちょっと待って下さいね。ハンカチがあるので応急処置はできるはずです…!」
「どこか座れる場所に移動したほうがいいですね」
失礼します、と断りを入れて、春はクリスを抱き上げる。
所謂、お姫様抱っこという状態になり、クリスは慌てた。
「あ、は、春さん!?」
「すみません、とりあえず人が少ないところまで移動しましょう」
春は恥ずかしがる様子もなく、クリスを抱えたまま歩き出す。クリスの心臓の音がバクバクと激しく脈打つ。思わず彼にぎゅっとしがみついた。
***
春は人通りの少ないところに出ると、人気のないベンチにクリスを座らせた。そして下駄の状態を確認すると、「見事に切れていますね……」と困り果てた顔をする。
「こういうこともあるかもしれないと、母が直し方を教えてくれたんです」
クリスは懐からハンカチと5円玉を取り出し、慎重な手付きで処置を施した。履き心地をたしかめるが、なんとか歩けそうだ。
「すごいです、クリスちゃん。よく知っていますね」
「春さんに褒めてもらえると嬉しいです! ご迷惑をおかけしました」
「いえいえ、直ってよかったです。こちらこそ急に抱き上げて……」
さっきのお姫様抱っこを思い出し、二人は赤面する。
男の浴衣姿より、さっきの方が目立ってしまったかもしれない。周りを見ている余裕はなかったので実際のところはわからない。
「す、少し休憩していきましょうか。飲み物を買ってきます」
春は立ち上がると、財布を取り出した。
***
「夜風が気持ち良いですね」
屋台が建ち並ぶ参道から少し離れた神社の裏手にある、人気のないベンチで二人は休憩していた。
クリスの下駄を直した後、再び人波に揉まれながら祭りを楽しむ気力は残っていなかったのだ。
離れた場所から聞こえる喧騒が心地よい。
クリスはそっと、春の肩に寄りかかる。
「さっきはありがとうございました。……あんなふうに抱き上げられるのは初めてで、どきどきしてしまいました」
「す、すみません、あのときは夢中で」
「いいえ、嬉しかったです。やっぱり春さんのこと大好きだなと思いました」
クリスは優しく微笑んだ。どちらともなく顔を寄せる。
と、まぶたを閉じる直前、鮮やかな光が夜空を照らした。遅れて大きな音が鳴る。
「そうか、花火の時間でしたね」
春が顔を上げると、夜空には大きな大輪の花が咲いていた。
一瞬の静寂の後、辺りが照らされる。そして、次々と打ち上げられる花火に、二人は歓声を上げた。
「わあ、綺麗ですね!」
クリスは目を輝かせて、両手をぎゅっと握り合わせる。
色とりどりの花火が夜空を彩る。クリスは子供のようにはしゃいで、その光景に見とれていた。
「また来年も来たいですね」
「そうですね」
花火の音にかき消されないように、クリスが声を張る。春もそれに応えた。
様々な形の花火が舞っては消えていく。二人は夜空が静けさを取り戻すまでそこにいた。