(いるかつ)いるかさんのカキ氷を食べる話(ときかつ!時空)「俺のカキ氷があるんだと」
鞍作にそう切り出され、奈良へ足を運ぶことになった。近鉄奈良駅を降り、商店街の小道を抜けるとお目当ての喫茶店があった。店内は昭和の匂いを漂わせる作りだった。四角い木のテーブルがいくつかあり、壁には古代モチーフの新聞やPOPなどが飾られている。
「鞍作のカキ氷とはなんだ」
メニュー表を手に、葛城が尋ねる。
「何って、見ての通りだろ。こいつだよ」
鞍作が指差したのは、すもものかき氷だ。蘇我入鹿と名前がついている。なぜすももが入鹿かというと、6月28日に毎年、入鹿神社のある橿原市小綱町では「すももの荒神さん」という祭りが行われいることにちなんでいるのだそうだ。現代の人間は面白いことを考える、と葛城は思った。
「ふむ、では私もそれにしよう」
鞍作と葛城は、それぞれスモモのかき氷を注文した。
「思ったより大きいな」
こんもりと盛られたかき氷は、雪のように細かく、真っ白でふわふわしている。口に入れるとすっと溶け、ひんやりとした甘さが広がった。
「美味しいな、これは」
葛城は目を細めた。
「だろ? 赤いのが血みたいだよな」
「反応しづらい」
高齢者が自らの死期が近いことをジョークにすることがあるが、それと似たようなものを感じる。生前の鞍作を乙巳の変で殺したのは葛城なのだ。
こうして誘いに来ている以上、根に持っているわけではないようだが、どうにも反応に困る。
「そう言うわりにちゃんと食べるよな」
「食べられるものは食べる主義だ」
「なるほどな」
鞍作が頷く。
「ところで、なんで私を呼んだんだ?」
「え、なんでってそりゃあ……」
「わざわざ呼び出すくらいだ、何か理由があるのだろう」
鞍作は目を泳がせた。
「いや、まあ、そうだな……」
歯切れが悪い。
「なんだ?」
葛城は先を促す。すると、鞍作は意を決したように口を開いた。
「いや、たいした理由はないんだ。葛城とどこかへ行きたかっただけで」
「……」
葛城は無言のまま、鞍作を見つめる。
「なんだよ、黙るなよ」
鞍作が気まずそうな顔をする。
「いや、少し驚いただけだ。鞍作がそんなことを考えていたとは」
葛城は素直に心情を吐露した。
「普通、自分を殺した相手と外出しようとは思わないだろう」
「その話はあのとき散々しただろ。これからずっと長い間祀られるだろうってのに、ギスギスしたままだともったいないだろ。俺も暇なときあるし」
「そういうものか?」
「そういうもんだよ」
鞍作はにこやかに答える。
「ま、俺のこと恨んでるって言うなら無理強いはできないけどな」
「いや、その心配は不要だ。今の私に鞍作に対する怒りなどはない」
葛城はさらりと言ってのける。
「そっか、それならいいんだ」
鞍作は安堵したようだった。
「さっきもいったけど、これから時間は長いだろ。責任とって暇つぶしに付き合ってくれ」
鞍作が冗談めかして笑うのを見て、葛城もつられて微笑んだ。
その後、鞍作と葛城は他愛のない会話を交わしながらかき氷を完食した。