(いるかつ)ひまわり迷路に行く話(ときかつ!時空)なぜこんなことになったのだっけ。ひまわりに見下ろされて葛城は考える。ひまわりの隙間からは晴れ渡った青空が見えた。
鞍作の思いつきでひまわり迷路に連れ出されて、どちらが先にゴールできるか勝負することになったのだ。
鞍作の背は高い方だが、2メートルを超すひまわりに遮られて姿は見えない。もうとっくにゴールしているのか、迷路のどこかに迷い込んでいるのかも分からない。
葛城はひまわりと格闘しながら歩いた。しかし、相手の姿が見えないのでは走り回るわけにもいかず、ぐるぐると同じ場所を歩いている気がしてならない。通常の迷路と違って壁の境目も分かりづらい。風もなく日差しが照っているため、かなり暑い。息が切れてきた。立ち止まって空を仰ぐ。すると、ひまわりの壁を隔てた向こうから、誰かがこちらに向かってくる足音が聞こえてきた。
なんとなく、音のする方へ向かう。迷路を進んでいると、やがて目の前に壁が立ち塞がった。しかし、その先で人の気配がする。
「鞍作、そこにいるのか?」
声をかけると、壁の向こうから「葛城」という返事があった。どうやらまだ迷路にいたらしい。
「そのまま、そっち側に進んでくれ」
と言われたので、迷路の壁に沿って右に進む。すると、急にひまわりの壁が途切れ、鞍作の姿が現れた。
「思ってたよりも難しいな」
鞍作はそう言いながら、額の汗を袖でぬぐっている。葛城が苦笑いする。
「さっさと出て、コーラでも飲みたいところだ」
そう言って、鞍作は葛城の手を取る。そのまま先へを進んでいく。
「勝負はもういいのか?」
「目を離してた間、気が気じゃなかった」
「自分から言いだしたんだろ」
鞍作は、小さく笑うと、葛城の手を引いたまま少し早歩きになる。
それから、ひたすら無言で歩いた。迷路の中をひたすら進むのは正直しんどいが、鞍作に手を握られているので心細くはない。二人でただ、黙って歩く。やがて、不意に視界が開けた。目の前にひまわりの絨毯が広がっていた。
「着いた」
鞍作が言って、やっと手を離される。葛城はその場にしゃがみ込み、息を整えた。日差しは先ほどと変わらず、じりじりと照り付けている。そのせいか、吹く風も冷たくはないが、迷路から出たことで開放感はあった。
「飲み物を買ってくる。日陰にいてくれ」
「ああ、分かった」
鞍作が飲み物を買いに行き、葛城は壁沿いの日陰に座り込んだ。ぼんやりひまわりの絨毯を眺めていると、自然とあくびが出た。疲れのせいだろうか。だんだん瞼が重くなってきた気がする。いつの間にか、葛城は目を閉じていた。
目を開けたとき、鞍作の顔が目の前にあった。慌てて体を起こす。
「悪い、寝てた」
「気にするな。ほら、飲み物」
鞍作から炭酸飲料の缶を受け取り、飲む。冷たくて喉が心地良い。
鞍作が隣に座る。ジュースを飲みながら、ひまわりを眺める。葛城は横目で鞍作の横顔を盗み見た。
彼の横顔は穏やかだった。きっと、出会ったばかりの彼ならば、もう少し顔が引きつっていただろう。
葛城が黙っていると、鞍作がこちらに顔を向けた。
「どうかしたか?」
「いや、別に」
葛城は、緩く首を振る。そして、缶の中に残っていたジュースを飲み干した。
「暑いな」
鞍作の言葉に、「夏だからな」と返す。ひまわり畑の外では、蝉の鳴く声が響いていた。
視線の先にどこか遠くを見ている鞍作の横顔がある。その瞳には夏の日差しが映り、彼の輪郭を縁取っている。
「葛城」
ふと、彼が名前を呼んだ。葛城がそちらを向くと、鞍作の手が伸ばされた。指先で顎に触れられる。そして、そのまま軽く上向かされた。
唇が重なる。少し驚いて目を見開くと、鞍作が至近距離でこちらを見ていた。その目は穏やかだった。
唇はすぐに離れた。
「何だ、いきなり」
「なんとなく」
葛城の問いに、鞍作が曖昧な返事をする。それから、「行くか」と言って立ち上がった。
葛城も立ち上がる。そして、太陽に顔を向けた。眩しさに目がくらむ。しかし、どこか心地よい感覚だった。