無題少し前に引退した大御所俳優の訃報が流れた。
テレビはこぞって若かった頃の活躍がこんなに凄かった、世界の名俳優だったと何度も何度も繰り返していた。チャンネルを変えても、変えても、会った筈の無い、けれど見た事のある気がする男の白黒映像が流れている。 葬儀は、明日だ。
「僕が代表で行きます」
壮五が真っ先に声をあげた。ならば私も、と一織が続く。マスコミ対応も私と逢坂さんがしますので大丈夫です、と一織がマネージャーと話している。あともう一人、誰かと言われて、三月は手を上げた。 目線の先のドアは、未だに開かない。
「本来ならばワタシも行くべきなのでしょうが…今回だけは、」
彼の傍に居たいのです。固い声で呟いてドアを見つめるナギに、マネージャーが大丈夫ですと声をかけた。
「ナギさん、環さん、陸さん。大和さんを…見守っていてください。葬儀は私たちで行ってきます」
(中略)
テレビの向こうで、喪服に身を包んだメンバーの3人がフラッシュを浴びている。お世話になった。とても悲しい。トリガーの3人も、Re:valeの2人も、悲しげな表情でマイクにそう呟く。
入れ替わりインタビューを受けるモノトーンの人々。
テレビを見ている人達は気付くのだろうか。
私達は、確かに彼の人の死を悼んでいる。けれど、それ以上に「彼」を思って悲しんで居るという事を。
憔悴した顔で、それでも気丈に喪主を務める長年連れ添った彼の妻が、声を震わせてマイクに語りかけている。
テレビ局のカメラが一斉に慌ただしく生放送をしている。そんな最中に、葬儀を行なっている寺から何ブロックか離れた路上に一台の黒いセダンがゆっくりと停車した。
後部座席のウィンドウには濃いスモークフィルムが貼っていて、中を伺い知ることは出来ない。
運転手は若い青年で、眼鏡をかけ長い髪を纏めて束ねていた。万理だ。
万理はバックミラーをちらりと眺めて、後部座席の男に声をかけた。
「窓…少し開ける?大和くん」
ウィンドウ越しに葬儀会場を見つめる大和は、静かに首を振る。
その横顔からは、万理は大和の感情を読み取ることが出来なかった。悲しい事は、悲しいのだろう。以前のような憎しみの感情もあるのかもしれない。でも、今の大和からは何も感じられない。それほど、感情が無かったのだ。
少しの沈黙がのあと、大和は呟いた。
「ありがとうございます、万理さん。…行きましょう」
もういいのかい、と聞きながら万理はブレーキペダルから足を離す。そういえばサイドブレーキすら引いていない。そんな僅かな停車時間だったのだ。
「…充分です。本当なら来れない筈だから、もう、これで」
充分、です。
震える声で絞り出す様に呟くと、わかったと万理は返した。
壮五、三月、一織以外のメンバーは仕事で不在という事にしている。長い時間ここに居る事は悪手以外の何物でもない。
けれど。
後部座席で声を殺して泣く大和を見て、万理はせめて何か出来る事は無かったのかと繰り返していた。
事務所の玄関に車を寄せる。
帰りの間、大和は顔をずっと伏せていてその顔は見えなかったが、時折ぽつりと落ちる滴が光って落ちていた。
ナギのスマートフォンをコールした瞬間に寮の扉が開いて、ナギが飛び出してくる。環は玄関の扉を手で押さえて何か叫んでいた。陸も続いて飛び出す。