SS「りつ……っ」
俺を求める甘い声。泣き出しそうなふたつの瞳。汗ばんだ素肌をぶつけ、粘度を増した互いの熱を絡め合えばいっそう悲鳴は艶を帯びる。
綺麗だと思った。妙なぐらい、彼の何もかもが俺の心を擽る。
今まで見たこともないような表情で俺に縋る彼へ、言いようもない愛しさを覚えながら、けれども何かが腑に落ちないと首を捻る。
そうだ、俺は確かに見たことがない。こんな彼を一度も見たことがないはずなのに──。
違和感に導かれるままよくよく目を凝らして見れば、薄暗い部屋の中、一糸まとわぬはずの彼の全身は靄が掛かったかのように不鮮明で曖昧だ。真っ白なのか、赤いのか、暗いのか、さきほどまで鮮明だったはずの彼の肌色さえ分からない。泣き出しそうだと思っていた瞳も、顔全体が夜の色に覆われて今となっては何も見えないでいる。
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