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    soni_anokoro

    JP EN | 🏀仙牧左右固定投稿用・たまーに他のキャラ(notカプ) | REPOST IS PROHIBITED 無断転載・配布・再利用禁止
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    soni_anokoro

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    3/19 誤認識描写や誤表現を修正(末尾に修正箇所を追加)&福田と植草のシーン等細かく追加しました


    仙道とりょなんの人々、とくにうおずみさん、田岡、越野。1%くらい牧さん。仙道の母親も出てきます。
    カプ要素なしですが、仙牧で物事を見ているので、そういう要素をうっすら感じるかもしれません
    また、教師による生徒への指導という名目のもと行われる暴力に関する描写が含まれています(田岡先生は手をあげません)。


    自分の考える仙道の感想をまとめたい、と去年漫画にする予定だったプロットですがずっと放置していたので形を変えました。

    【更新】ぼんやりとわからない男東京から神奈川へバスケットボールをするためにやって来た仙道彰という少年は、何処にいても目立つ存在だった。
    身長は自動販売機を超えて2mに近く、鳥のトサカのように立てられた髪型のせいで、高身長が余計に際立っていた。歩き方はゆったりとし、慌てて走る姿を部活動以外では見せなかった。眉毛と睫毛の濃い面長の顔は、すれ違った生徒が驚き振りむく程度には注目を浴びやすい顔立ちだった。口数は少ないが声は大きく、声変わりを終えた声色も他の生徒より幾分か低かったので、それに驚き黙る者もいた。
    初めて彼と遭遇すると、たいていの陵南生はその存在の大きさに気圧されたものだった。
    だが、仙道は他人に対して公平に接する生徒としても有名だった。男子生徒と女子生徒。優等生と不良。クラスの人気者とクラスのはみ出し者。クラスメイトとその他。彼は相手の立場によらず同じ対応をした。
    さらに仙道は誰に対しても愛想がよかった。耳通りの良い低い声でよく声を掛け、よく返事をした。声をかけてはいけない、という気配もなく、刺々しい返答が返ってくるかもしれない、と畏れる必要もなかった。自分が何者だから、と考える必要を感じさせない生徒だった。
    なので誰しもが彼に気持ちよく声をかけられ、次第に彼を好きになっていった。
    彼から気軽に「おーはよっ」と挨拶をよこし、話かければ嫌な顔せず世間話に付き合ってくれる。席替えをする頃には、誰しもがすっかり彼と仲良くなってしまえた。試合では歓声には手を振り答え、時には腕を上げ叫び返したりもした。知り合いでもなんでもない下級生が、試合頑張って下さい、と声をかけると、サンキュー、と歯を見せた笑顔と共に応えた。
    東京から来た奴はいけすかない、エース様だ、と嫉妬し、嘘とも本当ともいえない噂を流したり、皮肉を彼に投げつける者も少なからずいた。しかし、一度彼と交流してしまうと直ぐに、悪い奴じゃないかも、と言い始めてしまうのが常だった。もしそれでも彼を悪しく思い続ける人間がいても、当の仙道は気にする素振りを見せなかった。
    仙道彰は悪い奴ではない、むしろ良い奴だ。そんな具合に、彼をよく想う生徒が多かった。
    しかしその一方で、陵南高校の在学生に、仙道彰ってどんな人?と尋ねると、大抵は曖昧な答えが返ってきた。マイペースで誰にも囚われない自由な人間。そう表現する生徒も多かった。
    だが厳密には、誰も仙道彰という男をよく理解しきれていなかった。
    常に人の輪の中心にいるが、気付くと誰にも行き先を告げずにふらりと何処かへ消える。先輩や後輩、同級生から声をかけられ出かける姿はよく見るが、自分から誰かに声掛て連れ立つ姿はない。彼を好く生徒からの貰い物をきちんと使う律儀さはあるのに、贈り主の名前は忘れる。授業用の教材を運ぶ生徒を見かけると助けるが、目的を果たすと手伝っていた相手に挨拶もせずにいつの間にか消える。女子生徒がデートに誘うと時間があれば付きそうが、告白は全てきっぱりと断る。
    何色が好きか、と問えば、自分に似合う色、と答え、好きな食べ物は何か、と問えば、なんでも、と答えるが、嫌いな食べ物は何か、と問いても、なんでも、と答える。
    好きな女の子のタイプは、と問えば、好きになった人、と答え、嫌いなタイプの女の子は、と問えば、嫌いになった人、と答える。
    優しいかと思うと急に冷たくなり、楽しく過ごしていると思うと急に何処かに消える。質問に対して明確に答える時もあれば、はぐらかし続けてこちらの反応を楽しむ意地悪さを見せる時もある。
    だれしもが仙道彰をうっすらと好ましく思っていたのに、人物像については皆がぼんやりとしか理解していなかった。

     

    彼が所属するバスケ部の部員たちや顧問の田岡でさえ、何を考えているのかさっぱりわからない、と皆々が悩んでいた。
    コート上での意思疎通に支障はなかった。入学時から任されているショートフォワードはもちろん、チームメイトとの交流や繋がりが重要な、言ってしまえば好かれる人柄が好ましいと言われるポイントガードというポジションでも、部員たち、特に普段はガードを担う植草からの信頼を完全に勝ち取っていた。
    彼がコートに居ればどうにかなる。どうにかしてくれる。オレたちが彼を見られなくても、彼がオレたちを見てくれる。
    仙道彰がコートにいるだけで、教員を含めバスケ部に関わる人々は奮起した。それほどまでに、仙道彰という選手は輝きを放っていた。
    しかしその輝きはあくまでも、コート内に限っていた。
    陵南高校バスケ部の顧問である田岡茂一の仙道彰に対する第一印象は、バスケに対して本気なのかどうか判断しかねる、だった。
    中学時代の仙道は東京の男子バスケ部強豪校に所属し、関東では少し名の知れた生徒だった。ゆえに深体大附属高校など、彼の実力と期待される伸び代に見合う名の知れた強豪校が彼を注視していた。
    しかし仙道は最終的に、県内ランキングでは上位に入りはするが、誰しもがその名を知る強豪とは言い難い陵南高校を選んだ。
    田岡が選考理由を仙道に尋ねると、彼はこう答えた。
    「強豪校は、練習だけじゃなくて規則とか上下関係がキツ過ぎて合わないんです。とにかくイロイロ合わなかったんです。それに、インターハイ常連校の記録を守るより、初めてインターハイ本戦に出場するほうが挑戦しがいがあって面白いじゃないですか。あと、試合には一年の時から全試合出たいんです。他の学校からは、一年からスタメンになれるかどうかは入部してから君がどれくらい頑張るかによる、って言われました。でも田岡先生ははじめっから、魚住さんっていう先輩とオレでチームを組み立ててインターハイ出場を目指すと言ってくれ。それで、陵南を選びました」
    田岡は感心した。あまりにも生意気な物言いではあり、練習が苦手だという入学前の宣言には、大抵のコーチなら呆れ返っただろう。だが、自分が入ればこの学校はインターハイに出られる、と言外に主張するその態度を、田岡は好意的に受け止めた。
    しかし彼の母親は、「どうなんでしょう」と、懸念を示した。
    「恥ずかしいお話なのですが、彰にはサボり癖があるんです。中学は強豪校でしたから練習や上下関係が厳しくて、嫌だったのかもしれません。練習に遅れてきた罰としてスタメンから降ろされた時期があったくらいで。先生からは、とても才能があるのに怠け癖がある、治さないと厄介なことになる、と言われて。何度も息子と相談したんですが、怠けているわけじゃないと言い張って。時間がたつにつれて遅刻は直りましたし、実績は残せましたが、あまり楽しい思い出はなかったみたいです。高校まで無理してバスケを続ける必要はないよ、とも話したのですが、バスケは続けたい、試合にも出たい、と言うので、あの子の気持ちは尊重してあげたいと思っています。ただ、親としては心配です。下宿させることになるでしょうし」
    仙道との先立った面談での主張から、田岡はすでに彼の練習嫌いは覚悟していた。彼が在籍する中学校から提出された調査書や、校長の推薦書も確認したが、田岡には仙道が学校を頻繁に休むような子供とは思えなかった。むしろ、彼は将来日本を担うバスケット選手になるかもしれない、という熱の籠り具合が伝わる文だった。
    そして何よりも、田岡は仙道の入学を熱望していた。
    このレベルの生徒が陵南に入るチャンスを逃すわけにはいかない、なんとしてでもこの子が陵南バスケ部に欲しい。彼の一年時は難しいかもしれない、だが魚住キャプテンを務める事にになるであろう二年時にはインターハイ出場が叶うかも知れない。そして三年となった仙道がキャプテンを務めるだろう93年度バスケ部は黄金期を迎える。
    そんな野心が田岡の背中を押した。
    「彰くんの生活面も、我々学校側が下宿先の管理人と協力してサポートします。安心してください」
    田岡は彼の母親にはっきりとそう伝えた。
    そして仙道は入学した。だが彼の母親が伝えた通りに、彼は頻繁に遅刻した。ホームルームや授業にはきちんと顔を出すが、部活動時間には現れないのだ。
    土曜日のチーム練習に現れないので学校周辺を探し回ると、ぼんやりとした様子で釣り竿片手に海岸沿いへ向かう姿を見つけ、田岡が追いかけた日があった。
    「お前はバスケをやりたいのか?やりたくないのか?」
    彼をきつく問い詰めると、仙道は申し訳なそうに笑った。
    「すいません。でも、強豪校みたいな練習は合わないって言いましたよね」
    仙道の言い草に田岡は声を荒げたが、彼は驚いた顔をするばかりだった。
    東京出身の仙道は家族から離れ、元陵南高校出身の女性が管理する木造建築の一軒家を増築した下宿先から通学していた。生徒が前日に提出した希望時間までに大家が朝食を用意し、配膳は生徒自身が各々行うシステムだった。ゆえに大家と下宿生は毎朝必ず顔を合わせた。
    朝の様子について田岡が彼女に確認すると、起きてこない日も時にはあるが、毎朝六時頃には朝食を済ませて出掛け、朝食はいらないと宣言した日でも声は必ずかけてくるらしかった。
    「無断外泊もない、とってもいい子ですよ」と、事情を聞いた大家は電話越しに田岡に反論した。
    田岡はますます不可思議に思い、迷った。
    あれだけ自分の意思を主張するのだから、プライドが高いのだろう。無理をさせず、褒めて伸ばすよう努めよう。
    仙道の態度は変わらなかった。
    彼は確かに特別だが、指導方針まで甘やかすべきではなかったし、彼は思っていたよりも図太い神経の持ち主だった。厳しい態度で接しよう。
    しかし、仙道の態度は変わらなかった。
    田岡は悩んだ。選手としての仙道彰に対する不安は一切なかった。だが、部活動とは試合をするだけが全てではない。そういう点では、仙道は文句のつけどころのない生徒、とは決して言えなかった。彼が三年に進級した際にはキャプテンに任命するという構想も、今となっては不安要素でしかなかった。
    なによりもこのままでは選手として育つかどうか以前に、人間性に問題のある男に育ってしまうかもしれない。一人の教師として、田岡はそれを一番に心配した。



    部員間でも彼の人間性に対する意見は分かれた。
    練習に遅れたとしても、それでもなお陵南バスケ部で一番の選手は彼だからいいのだ。手段が目的になるのは意味がない。
    仙道彰は確かに信じられないくらいすごい。すごいが、それなら何をしたっていいのか。彼は陵南高校バスケ部の顔だという自覚が、あまりにもなさすぎる。
    気兼ねなく彼とぶつかり合える同級生である越野、植草、福田の意見もまた様々だった。
    越野は仙道を深く信頼している一方で、のらりくらりとした態度で練習に顔を出さない仙道を頻繁に叱りつけていた。次第にそれもなくなり、最低限の練習に顔を出し、試合に遅れなければ良いと諦めた態度を見せていた。ただ、彼の堪忍袋の尾が切れるのも時間の問題だと、周囲の目に見ても明らかだった。
    思慮深い植草は、仙道には何かしら考えがあるのだろう、と意見の主張は希薄だった。その一方で、仙道が三年時にキャプテンになりえる人物かどうかについては、薄らと疑問視していた。
    一年の時点で仙道を超えたエースになると息巻いていた福田は、彼が練習に来ないのならばその間に自分が、と奮起し続けた。
    エースに対する意見のすれ違いが部員間での軋轢を生む場面も少なくはなかった。だが練習試合が行われれば必ず仙道が輝く。そうするとあっという間に、やはり仙道が一番だ、と部員全員が一丸となる。そしてしばらくしてから、また軋轢が生まれる。その繰り返しだった。
    そんな状況が本人の耳に無理やり入れられる環境になってもなお、仙道の悪癖は改善されなかった。
     
     
     
     
    92年度バスケットボール部キャプテンの魚住純も、仙道彰という選手については理解が追いつけど、仙道彰という後輩については理解しきれないでいた。
    陽気ではないが愛想がよく、口数が多いわけではないが不必要に口を開く男ではない。強く、そして存外に優しい。それが魚住の考える仙道彰だった。
    敢えて言うならばマイペース、と表される仙道の人柄を、魚住はコレと決めたら絶対に譲らない我の強さだと受け止めていた。得てして感情に重きを置いて咄嗟に動いてしまう自覚のある魚住からすれば、仙道の心の強さは宝に思えた。
    自分より少し小さい優れた後輩の入学以来、彼に関するネガティブな噂を口にする輩を魚住はこれまで何度も目にしてきた。だが当の本人が噂に対する反論、悪口、陰口を口にする姿を魚住は見た試しがなかった。彼がもし腹の立つ扱いに遭遇すれば、先輩であろうが他校の生徒であろうが、鋭い指摘を本人に伝えただろう。よく知りもしない誰かに対して一方的な不満を抱え、敬意を忘れるような男ではなかった。
    入部当初は彼をバカにする態度を見せていた先輩たちが、仙道の愛嬌の良さに絆されて態度を簡単に変えた時も、魚住は嫌な気分になった。だが当の仙道はその変化を気に留める様子はまったくなく、しかし先輩たちに対して過度に謙るような仕草は一切見せなかった。筋の通った仙道の態度に、魚住はひどく感心した。
    仙道が2年にもなると、バスケの技術を問わず後輩と気さくに接する姿をよく目にするようになった。他校の生徒にも気軽に声をかけ、勢いがあり面白い選手に育ちそうな後輩に至っては、必要なアドバイスを自ら積極的に残していく時さえあった。
    だが自ら後輩の成長を促すような行動はみせず、求められた時だけ動いた。過保護になるような行動も、お節介な面倒くさい先輩になるような態度もみせなかった。
    こういった二年間の付き合いによって、魚住の仙道に対する印象は、陽気ではないが愛想がよく、口数が多いわけではないが不必要に口を開く男ではない。強く、そして存外に優しい、になった。
    それでもなお、魚住は仙道彰という人間について、よくわからなかった。
    ある日、俺は仙道彰の親友だと主張する生徒は数多といるが、結局誰が一番親しいのか、という議論が起こった。言い始めたのは彼の在籍するクラスの、暇な誰かだった。
    バスケ部の練習量は凄まじく、サボり癖で有名なエースの仙道であっても、朝と放課後、学校生活の大半を練習に費やしている。だから彼の親友は共に長い時間を過ごしているバスケ部かつ同学年の生徒だろう、という話に意見が集中した。とはいえ、クラス内でも彼と時間を過ごす人間はそれなりに多かった。
    仙道彰本人に聞いてみよう、と、愚かかつ大胆な生徒が、親友は俺だよな?と、本人に尋ねた。
    仙道はにっこり笑い、どうかな、と答えた。
    別の男子生徒が、俺じゃないのか、と尋ねると、仙道はニヤニヤと笑いながら、どうかな、と答えた。
    更に別の生徒が、越野くんでしょ、と続くと、仙道は歯をみせて笑いながら、どうかな、と答えた。
    彼の隣に座る生徒が、福田くんだよ、と切り出すと、わざとらしく困ったように首を傾げ、どうかな、と答えた。
    議論は余計に拗れたが、当の仙道はそんな様子をぼんやりと眺めていたらしい。
    そんな話を植草から聞いた魚住は、仙道と二人きりで帰宅する際にこっそりと、お前の親友は越野じゃないのか、と尋ねた。それが彼の客観的な意見だった。
    すると仙道は、魚住さんだから言いますが親友はいません、と答えた。
    驚いた魚住は理由を尋ねた。
    「一番親しいし信用しているのは、確かに越野と植草と福田で、親友に近いのはアイツらだなって考えてます。だけど親友っつーのは、腹割ってなんでも話せる奴、とか、何も言わずに理解し合える奴、とかを指しますよね?だとしたら、親友はいません。他人に自分の全部を曝け出すってヤツ、無理なんで」
    いつも通りの調子で説明され、魚住は面食らった。
    「お前が親友だと思うなら、それでいいんじゃないのか」と、魚住はつっかかった。
    仙道は唇を開け、どう返事すべきか考えているようだった。だが表情は変わらなかった。
    「でも、誰かと腹割って話したい気持ちも、理解してもらいたい気持ちも持ち合わせないまま、誰かを親友って呼ぶ方が残酷だと思いますよ」
    またしてもいつも通りの調子で、仙道は返答した。今度は魚住がどう返事すべきか考え、結局は何も言わなかった。
    しばらく二人で黙ったまま歩道を歩き続けた。時間はすでに20時を超えていた。海から流れてくる風がひどく冷たい。
    あと信号を二つ過ぎれば別れるという頃合いに、仙道は前を向いたまま、「魚住さん」と、切り出した。
    「オレ、けっこう冷たい奴ですよ」
    仙道は独り言のように呟いた。魚住には意図の分からぬ宣言だった。
    「オレはそうは思わない」と、魚住は慌てて切り返した。
    「部での人間関係しかわからんが、お前はいつだって冷静で、誰に対しても優しいじゃないか。お前にひどく当たる先輩たちの悪口さえ言わなかった。お前は立派だったと思っている。練習のサボり癖は本気でどうにかすべきだが、どちらかといえば、お前は優しい奴だ」
    仙道はすこしの間、何も言わなかった。
    それから、「オレは他人にあんま興味ないんです」、と言った。
    「バスケが強い奴は好きです。特に流川とか桜木みたいな、技術の割に度胸があって打たれ強くて、挑発に簡単にノッてガンガン攻めてくる元気な奴ら。そういう奴らを叩き潰すのが気持ちいいんで。でも興味があるって言っても、バスケを通じた面にしか興味ないんですよ。あいつら誘って遊びに行こうとか、そういう気持ちは全くないんです。陵南の部員についても、部活動以外の行動とか好みとか興味ないんです」
    仙道は少しだけ下を向いたが、歩調は保たれていた。
    「誰に対しても興味がないから、公平に優しくできるだけですよ」
    仙道は低い声で呟いた。
    もう少しで道を分かれてお互いの帰路に着く頃に、魚住が再び口を開いた。彼にはこのまま後輩を帰らせるわけにはいかなかった。
    「バスケ以外に興味がないと言う割には、練習をサボる理由はなんなんだ。お前はみんなの事をよく考えているようにも見える。もしお前が本当に冷たい奴なら、こんな話だってオレにしないはずだ。違うか?」
    仙道は顔をあげ、背の高い彼よりもさらに上背のある先輩を見上げてから、口角をあげるだけの微笑みをみせた。
    「どーなんでしょうね、わかりません」
    仙道はそう言ってから軽く会釈をし、背を向けて歩き去っていた。
     
     
     
     
    魚住は母親が作ってくれたカレーライスを口にしながらも、仙道の宣言について考え続けた。
    必要な言葉以外を口にしない仙道がああいうのだからあれは本心なのだと、心のどこかで確信していたからだ。そして魚住も仙道の指す彼の冷たさを理解できると、嫌でも認めざる終えない事も理解していた。
    仙道はバスケの上手い人間を認めるという以前に、挑発し打ち負かすのを何よりも楽しく思う人間だと魚住は受け止めていた。
    明らかに強気な他校のエースに興味を持つと、お手並み拝見するよなどとヘラヘラと笑いながら愛想よく挨拶をし、ポスタライズダンクをして見せ、1人で30点も打つなどして、徹底的に潰しにかかった。相手は青ざめた顔になるか、泣きじゃくるか、憤慨した。その様をニコニコと楽しげに眺めるのだ。
    そして解散する際に相手に近寄り、試合で得た直感を一言二言伝える。そうされた相手は、痛いところを突かれたと怒りやショックのあまり震えるか、仙道の寛容さに驚き頬を赤らめる。そしてついに彼を忘れられなくなった相手は困惑か喜びを胸に、視線が再び交えるのを期待して別れ際に振り向くのだ。
    特に湘北高等学校の桜木花道と流川楓に対する興味はあからさまだった。試合中も試合後も挑発し、帰路の最中に「ああいう奴ばかりだと面白いんだけどなぁ」と声に出してこぼすほどだった。
    副キャプテンの池上は、「強すぎて立ち向かってくる奴がほとんどいないから、果敢に追いかけてくる後輩が可愛くて仕方がないんだろう」と分析していた。
    魚住の意見は違った。あれはまるで、釣り上げた大物が地面の上でビチビチと跳ねる様子を楽しげに見つめるようなものだと考えていた。別れ際に愛想を振り撒くのも、大きくなって帰ってくるように、また懲りずに自分の釣り針に噛み付くように、と願いながら、陸で死ぬ直前に放流するようなものだと。
    くわえて、試合の最中に相手の実力や気合いが彼を驚かせるほどではないと解ると、その相手に対する興味をすっかり失う時があった。人間的に大変好ましい人柄であったり、仙道に対してむず痒くなるほどの畏敬の念を示す生徒だったとしても、彼の興味がぶり返すことは決してなかった。
    仙道彰は、ひどく愛想がいい。どのような出来事が発生しても、気分を引き摺る男でもなかった。
    ゆえに彼が誰かに対する興味を失ったのだと気付けるのは、ほんの一部の親しい人間、それも興味を失った時の顔を見た者だけだった。
    強い選手が弱い選手を残酷な視線で見定めるのは珍しくはない。情や優しさはスポーツには重要だが、それだけでは乗り越えられない壁がコート上で確かに存在した。魚住はそれを痛いほど理解していた。
    コート上やその周辺で目撃できる仙道が時折みせるある種の冷たさは、彼と同等かそれ以上に強い選手たちと渡り歩いてきた経験から生まれた、合理的な判断に見えた。
    強い者は孤独になる、という田岡先生の言葉を魚住は思い出した。
    バスケットボールという競技は、言葉を求めぬ信頼と絆がなければ強くなれない。しかし、個として絶対的に強い選手というのはいつか、孤独になる。その孤独は仲の良いチームメイトや気の置けない親友、気兼ねなく相談できる大人達がいても解消できるものではない。強くなるには仲間や自らを認め、信頼しなければいけない。だがある瞬間に、孤独になる。そして1人きりで対処しなければならない覚悟が必要になる。そんな話だった。
    魚住は仙道がわからなかった。部屋の電気を消し、布団に潜った後もわからなかった。
    彼にとっての仙道彰は、マイペースで我が強く、なんだかんだと誰からも好かれる不思議な吸引力のある後輩だった。なのになぜ、まるで自分を突き放すかのような言葉を伝えてきたのだろうか。なぜ彼は、真剣にバスケに取り組んでいるのかどうか、他者が判断に迷うような態度をとるのだろうか。彼は田岡の指す、孤独な選手になりたいのだろうか。
    それから魚住は、もしかしたら仙道は彼自身を他人に理解させたくないのではないか、と思い至った。
    魚住は、無性に寂しい気持ちになった。
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
    事態が一変したのは、92年の夏の終わりだった。
    インターハイ予選通過とならず涙を飲んだ、8月の下旬。少しばかりの休暇を終え、魚住や池上ら三年生の引退と共に、次期キャプテンに仙道、副キャプテンに越野へと移行した。期待と同程度の不安を胸に、新たな体制をなんとか構築しようと部員一同が試みている。そんな頃だった。
    その日、昼休憩直前に第二体育館へと顔を出した仙道に対して、越野が激昂した。
    「ヘラヘラ笑ってんじゃねーよ!!」
    越野が仙道に向かって叫びを浴びせるのは初めてではなかった。ことあるごとに、越野は仙道のマイペース過ぎる態度を叱り付けてきた。
    だがその日の彼の声色には、高く上擦るほどの強い怒気が含まれていた。
    体育館中に響いたその怒声に驚き、自主練習を行なっていたバスケ部員たちは一斉に動きを止めた。そして向き合う二人に視線を向けた。
    体育館の中央入口の縁に立つ仙道の手の中には、越野が叫ぶと同時に投げつけたバスケットボールがあった。新キャプテンは肩にスポーツバッグをかけ、服装は校舎に入ってきたそのままの、ベージュのカーゴパンツに黒いTシャツという出立ちだった。
    「こんな時間にヘラヘラしながら現れやがって、いったいどういうつもりだよ!何が、なにが、悪い越野、だよ!少しも悪いなんて思ってねーんだろ!!」
    叫び続ける越野の側に、シュート練習をしていた植草と福田がすかさず駆け寄った。だが肩にかけられた二人の手を払いのけて、越野は微動だにしない仙道ににじりよった。
    「頭に来てんだよ!お前はいい選手だし、いい奴だし、ダチだと思ってんのに!何にも知らねー他の連中から、仙道彰は練習にもこない碌でもないエースだとか、あんな奴に頼ってるからバスケ部は負けたんだとか、好き勝手言われてんだぞ!?それでも、お前はバスケに嘘つかないからって、魚住さんがいなくてもお前が動けるようにって…来年はお前と一緒にインターハイ行けるようにって!キャプテンがいない間はオレが副キャプテンとしてって!必死で練習してんだぞ!!こっちはよ!!」
    顔を真っ赤にした越野の叫びを、仙道は黙りこんだまま表情を変えずに聞き続けていた。
    「魚住さんがお前を信じて任せたのに、その期待を裏切っておもしれーのかよ!インターハイに魚住さんを連れてってやれなかったのも、何とも思ってねーのか!?わけわかんねーよ、お前が何考えてんのか、全然わかんねーよ!!」
    越野の叫びのこだまが消えた後、体育館は静まり返った。
    サッカー部の部員たちが校庭をかける掛け声が、遠くからクリアにきこえるほどだった。
    イチ、ニ、サン、シ、イチ、ニ、サン、シ。
    イチ、ニ、ソーレ。サン、シ、ソーレ。
    それからしばらくして、「なんか言えよ!」と、越野が悲鳴を上げた。
    仙道は越野からの叫びを一身に浴び続ける間も、視線を彼から逸さなかった。
    「悪かった」
    仙道は時間をたっぷりかけてからたった一言、静かに言った。
    越野はその言葉を聞くや否や歩き出し、仙道に肩をぶつけるように彼の横を通り過ぎ、部室へと向かっていった。
    植草は仙道に近づき、「今のは仙道が悪い」と、小声で声をかけた。
    後ろから近づいてきた福田はじっと仙道を睨んだあと、何も言わずに通り過ぎた。
    それから二人は駆け出し、越野の後を追った。
    残された仙道は手に持っていたバスケットボールを一番近いリングに向かって打った。ボールは音も立てずに綺麗に赤い輪をくぐりぬけ、床に落ちた。静まり返った体育館にバン、バン、バンと跳ねる音を響かせながら、仙道の足元へ吸い寄せられるように綺麗に転がり戻った。
    部員たちは、仙道をねめつけた。
    「仙道!今日は帰れ!」
    体育教官室から駆けてきた田岡が、体育館の端から端まで届く大きな声を出した。
    入ってきた時と同じ場所に立っていた仙道は少し逡巡した後、頭を軽く下げて会釈し、その場を後にした。
     
     
     
     



    越野が仙道を怒鳴りつけたその日の夕方、田岡は魚住宅に電話をかけた。
    「明日、仙道に説明させる。引退直後に悪いんだが、可能ならあいつらのために同席してくれるか。信頼するお前の前でなら二人も醜い態度はとらないだろう」
    事態の説明を終えた後、田岡は魚住にそう伝えた。
    そして、「答え方によっては、仙道をキャプテンから下ろす」と、続けた。
    魚住は少し間を置いてから、「わかりました」、とだけ返答した。
    電話を切った後、魚住は少なからず仙道に失望している自分に驚いた。キャプテンに任命すれば仙道彰の態度がすぐさま変わる、という期待は実現し得ないと覚悟していたはずだというのに、いざその時がくると、簡単に傷ついてしまう自分自身の心の弱さが魚住は嫌だった。
    田岡と魚住が相談の上で仙道を次期キャプテンに決定した時点で、このような事態に陥ると二人は予想していた。そうなってしまう前に環境が好転するようにと、魚住は仙道の成長を願い支えて、田岡は指導者として導いてやるつもりだった。
    だがこんなにも早く起こってしまうとは、双方共に思ってもいなかった。予選通過を果たせなかったからか、魚住が引退時に涙を流していたからか、理由は定かではないが、堪忍袋の尾が切れた、という言い方が一番正しいのかもしれなかった。
    その夜、魚住と田岡はうまく寝付けなかった。
     



     
     
     
    次の日の朝、空いている三年C組の教室に四人は集まった。
    前方の四席から椅子だけを抜き出し、二脚ごとに対面させ、一番に教室へ着いた越野は入り口に近い席に、彼の前に窓に背を向けて魚住が座り、魚住の横に田岡が着席した。
    それから最後に、仙道が現れた。
    「遅れてすいません」
    前日に指定した時間の5分前に現れた仙道は、着席する三人を目にし、そう言いながら教室の前方入口で会釈した。
    顔をあげた魚住と田岡は軽く頷いたが、足元をじっと見つめ続けていた越野は、膝の上に握った拳をさらに強く握りしめた以外は無反応だった。
    「呼び出した理由はわかるな」と、仙道が座るや否や、田岡は切り出した。
    「はい」と、広げた足の前で手を組み座った仙道はいつもと様子も変わりなく答えた。
    「次期キャプテンに指名すると伝えた時、お前はお前なりに責任を果たすと言っていたはずだ。にもかかわらず、お前は態度を変えなかったな」
    すこしの間を空けてから、「はい」と、仙道が答えた。
    「お前の行動が、昨日みたいな状況を生んだのは承知しているな」と、田岡は言った。
    「はい」と、仙道は続いた。
    「まず、越野はどう思っている」
    田岡は越野に視線を送ってから言い促した。
    越野は顔をあげ、仙道を横目で一瞥した。
    「陵南で一番強いのはコイツだし、実力でいうならどう考えてもコイツがキャプテンになるべきだと思います」と、越野は切り出した。
    「こいつは友達です。どういう人間かある程度わかっているつもりです。」
    それから、越野は下唇を噛んだ。
    「でも、バスケ部の代表になるにはあまりにも無責任です。部員だって一枚岩じゃありません。コイツがどういう人間かしらない一年が来た時に、うまければ練習をさぼってもいいとか、うちのキャプテンは協調性がないとか、思いかねないじゃないですか。というか、すでにそう言っている部員だって、います」
    そこまで言うと、越野はもう一度唇を噛み締めた。
    「田岡先生は、仙道をスカウトしたからどうしても信頼したいのかもしれないし、オレだって仙道を信じたいです。でも、今は難しいです。コイツが一体どういうつもりなのか、わかりません」
    下を向いたまま越野はつぶやいた。ひどく悔しそうな声色だった。
    越野が話す間、彼を見守りながら背筋をまっすぐに立てて座っていた魚住は、恐る恐る仙道に視線をやった。
    仙道は長い脚を窮屈そうに折り曲げて股を広げ、身体の前で手を組み、彼の体格に見合わない小さな椅子の背もたれに体を寄りかからせていた。表情はなく目は座っており、怒っているのか、飽きているのか、彼がいまどういう気分なのかを魚住は掴めなかった。
    「仙道、お前の言い分は」
    田岡は言った。
    それからしばらく、沈黙があった。
    しん、と教室がとたんに静まり返り、誰も言葉を口にしなかった。
    数秒経ってから、魚住と越野はほとんど同時に顔をあげ、仙道を見た。その場にいる3人がこんなに仙道が黙り続ける姿を見たのは、初めてだったからだ。
    仙道は口数が多いとは言えなかったが、意見を求められた時には即座に的確な意見を返せるていどに頭の切れる、そして周りをよく見ている男だった。だがそんな彼が今は、黙っていた。
    田岡はじっと仙道をみつめた。最初は、長いまつ毛のついた瞼をいつものようにゆっくり瞬かせる以外は微動だにしないでいた。だがしばらくしてから、仙道は顔を下にぐっと下げた。
    視線の先をみると、組んでいたはずの手は解かれ、左手の親指の付け根を落ち着きなく右手の人差し指と親指の爪先でさするように、皮の表面を掻いていた。
    それから何度も唇を開けては閉じを繰り返し、眉間に皺を寄せながら唇を舐めていた。
    そんな仕草をする仙道を、田岡は初めて見た。
    「解りません」
    仙道は独り言のように、弱々しく切り出した。
    越野はいつのまにか身体を仙道に向け、彼の横顔をじっと見守っていた。越野の表情には、もはや怒りの色はなかった。
    「バスケはもちろん、大好きです。特に試合が。チームのメンバーも好きです。信頼してます。一緒にプレイするのもバカをやるのも楽しいです。陵南にきてチームでやるのにハマった気がします。オレがこんな感じのヤツなのになんだかんだ信頼してくれて、ありがたいです、本当に」
    仙道は顔をあげ、忙しなくあたりを見回した。
    田岡はじっと見つめ続けたが、仙道は視線を返さなかった。
    「それでも、一人にならないとどうにもならない瞬間があるんすよ。わけわかんないんですけど、そうなんです」
    仙道の声は、徐々に三人が聞いたことがないほどに低くなっていった。
    「時々、急に消えたくなるんです。誰かに囲まれてる時とかどこかで集まろうって時に。何も聞こえない、誰にも見られない場所に一人きりで行きたくて。そういう考えが常に頭の中にあるわけじゃなくて、ある日、ふとした瞬間に急に浮かぶんです。たいていは、目を瞑って何も聞こえないって言い聞かせて落ち着かせれば、元に戻るんですけど、それでもダメな日は実際に行動に移します。何にも聞こえない、誰の視線も感じない場所に行って一瞬頭を切り替えないと、どうにもうまくいかなくて。それから学校に行ったり、部活に顔を出したら調子が戻るんで、よくわかりません」
    仙道は言葉を切った。それから、唇をまたもう一度舐めた。
    「バスケは続けたいです。田岡先生のオファーを受けた責任、っつーか期待に応えたい気持ちと自信もある。だけど、そういう問題じゃねーのは理解してます。わけわかんねーこと言ってるのは、自覚してます。でも自分でもどうしようもないんです」
    そこまで言うと、仙道はまた視線を泳がせた。
    「オレがキャプテンでいるのが…オレのこういう感じがバスケっていう競技に向いてないなら、チームのためにもやらない方がいいかもしんねーな、とは思ってます」
    そう言ってから数回小さく頷き、独り言のように「はい」と、仙道は言った。
    越野はただただ困惑した。仙道の横顔を見つめるしかなかった。
    魚住は助けを求めるように、横に座る田岡に視線をやった。田岡は腕を組んだまま、下を見つめていた。
    田岡は迷っていた。教員として、行きたくないから練習に出ないだなんてふざけるな、言い訳なんて聞く耳持たん、と胸ぐらを掴んで頭を殴ってでも叱咤激励という名の説得をすべきかもしれなかった。
    なぜなら自分も子供の頃、そうされてきたからだ。指示された練習はこなす、学校には登校する、先生や上級生の良いつけは絶対であり、決まり事は守る。学校の、特に部活のルールを守らないならば、体育教師から拳骨で思い切り頭を殴られるか、分厚い手のひらで顔を叩かれた。どんな理由があったとしても、泣きながらでも遂行しなければいけなかった。それは期待されているから、直ると一心に想われているから、可愛がってもらっているからだと信じながら。そして殆どの教師、特に体育の授業を持つ教師はそれが当たり前だと信じていた。
    だが田岡は、そんな教員にはなりたくなかった。そして仙道彰という生徒は、得体はしれないが決して嘘を口にせず、必要であると判断した事しか言わない子だと田岡は知っていた。彼が今しがた口にした内容は、彼が伝えるべきと判断した本心に違いないと、彼は受け止めた。
    田岡は顔をあげ、改めて仙道を観察した。いつもはまっすぐ見つめ返してくる仙道の視線は、床に向けられていた。その表情は田岡にも珍しく読めるものだった。
    どうせ言っても無駄だろう。こんなこと、解ってもらえない。そんな諦めの表情だった。
    田岡はふと、唐突に思い至った。
    もしかしたらこの子は、これまでもこういうやりとりを友人や大人と交わし、諦めてきたのではないだろうか。
    「わかった」
    田岡のその言葉に、仙道はやっと顔をあげた。
    「越野はどう思った」
    田岡は越野に視線をやった。仙道を見つめていた越野は田岡に視線をやり、魚住を見つめ、それからまた仙道の横顔をみた。
    少しばかり時間をかけたあと、越野は「コイツは」と切り出し、それから「仙道は」と言い直した。
    「自分の話をほとんどしません。特に弱音らしい弱音は、これまで一度も聞いてません。ボヤきとか、そういうのはするけど。その仙道があえて言うんだから………正直、意味わかんねーなと思いましたけど、本当の話だと思いました」
    「オレもそう思います」と、魚住がすかさず続いた。
    仙道は越野、そして魚住に視線をやった。田岡の目には、ひどく驚いているように映った。
    田岡が名を呼ぶと、仙道はゆっくりと視線を返してきた。
    「キャプテンを続ける気はあるのか」
    田岡は言った。
    「続けたいです。許されるなら」と、仙道は言った。
    田岡はそれを聞き、頷いた。
    「いままで言ってきたように、可能な限り練習に出ろ。だが何をしてもどう頑張っても出れないなら、出なくていい…いや、違うな…必要なだけ十分休め。その代わり、誰にも言わずに休むんじゃない。先生は7時には学校にいるし、もしいなくても教員室に電話すれば誰かは出るはずだ。もし先生に繋がらなかったら、越野経由でも構わない。遅れてきたらちゃんと部員全員に謝れ。遅れてきた分まで人一倍真面目に練習するのだ。それも難しく必要なだけの練習に出られなくなったら、その時はちゃんと先生か越野に言え。それ以外も、ちゃんと越野やチームメイト、それと先生と話そう。保健室の長岡先生にも相談しよう。越野、どうだ?」
    「わかりました」と、越野ははっきりと答えた。
    「仙道、できるか?」
    田岡は言った。
    それから仙道は、「はい」と、小さく答えた。
    「今日は出られそうか?」
    田岡は続けた。
    仙道はまた、「はい」と、小さく言った。
    田岡が話し続ける間じゅう、仙道は驚いた表情を浮かべていた。目と口をいつもより見開き、太く凛々しい眉の端は下がり続けていた。
    久しぶりに16歳の年に相応な顔になったな、と田岡は思った。
     
     

     
     
    その日の午前、第一体育館で他の部員たちが自主練習を行う間、越野と仙道は舞台の淵に座り話し合いを始めた。
    二人は長い足をぶらつかせながら部員たちのシュート練習を眺めていた。時折、今日の日差しの強さや、サッカー部の掛け声の大きさなど、意味のない会話をゆっくりと進めた。
    そして少し経った頃に二人で舞台にあがり、座り込み、正面を向き合った。
    「練習に来ないのは困る、でもお前がめちゃくちゃになるのはもっと困る。嫌だ。副キャプとして言ってんじゃねぇ、ダチとして言ってんだ」
    越野は言った。
    あぐらをかいて座っていた仙道は足首を両手で揉みながら、「おう」、と答えた。
    「お前はさ、オレにどうしてほしい?」と、越野は言った。
    仙道は館内に視線を向けた後、「何も」と、返した。
    「ただ、オレはこういう奴だって知ってて欲しい」
    仙道は静かに言った。
    越野は数度頷いた後、「おうよ」と、答えた。
    「わけがわかんねーけど、わかったよ」
    越野の言葉に、仙道は息を吐くように笑った。
    越野もまた、つられて笑った。
    と、大声で名前を呼ばれて顔を上げた仙道は、舞台下から勢いよく飛んできたボールを片手で受け止めた。
    「終わったか」
    福田は投げ終えた手を下にさげてから、植草を連れ立ち舞台に歩みよった。
    「終わってねーよ、何にも。でもわかんねーことがわかって、まずは納得した」
    越野は仙道の顔を観察しながら言った。
    仙道は両手で挟むように持ったボールに力をすこしばかりかけていたが、いつも通りの微笑みを浮かべていた。
    「僕らが知っておくべきことは?」
    舞台によりかかった植草が心配そうに言った。
    「今はねーかな、だろ?」と、越野は仙道をみつめながら言った。
    「今は、ねーかな」と、仙道は見つめ返しながら言った。
    「よくわからないけど、話さないと。そうじゃなきゃ僕がキャプテンになるからな」
    植草の宣言に驚いたのは仙道だけではなかった。
    「オレを差し置いてなにいってんだよ」と、越野は大袈裟に言った。
    「だってオマエは仙道に甘いだろ」と植草が淡々と言うと、越野は顔を赤くして文句をぶつぶつと垂れた。
    二人を横目に福田は舞台に飛び乗り、座る仙道の横に立った。
    「ダセェ失敗してこそだろ、バスケは。お前がスカしてる限り、いつだってオレが陵南のエースを名乗る隙はある。お前がダサくても、不器用でも、笑うやつはココにはいない。言いたいことは吐いたほうがいい」
    福田は言った。
    彼の言い草に、仙道は呆気に取られたように眉毛をあげて唇を開いた。だが何も言わず、ニヤリと、しかし照れくさそうに笑って見せた。
    「いやぁ、福田はカッケーよ、がむしゃらでよ」
    仙道は言った。
    彼の言わんとする内容を察した越野と植草もまた、「福田はイケてんだよなぁー」、「かっこいいよ、福田」と続いた。
    福田は途端に顔を赤くし、目を瞑りながらブルブルと身体を嬉しそうに震わせた。そんな福田の様子をみて、三人は満足げに笑い合った。
    それから仙道は口元の横に手を置き、練習中の部員たちに向かって「集合!」とよく通る大きな声を出した。
    1、2年生たちが駆け足で近づいてきたのを見てから、仙道は舞台から軽やかに飛び降りた。
    「迷惑かけて、本当にすまん」
    着地から間髪を入れずに、仙道は腰を折った。
    顔を上げると、自分より小柄な後輩たち、特に彼を一番に敬う相田はすっかり萎縮していたので、仙道は思わずといった具合に笑った。
    「本当だよ、バカたれ」
    越野がそう言いながら、仙道の立ち上がった髪の毛の隙間に滑り込ませるように、後から手刀を入れた頃になって、やっと部員たちも笑った。
    顧問の田岡と魚住は教員室の扉の横に立ち、部員たちを見守っていた。



    その日の夜、田岡は仙道家に電話を掛けた。
    「今度、夫と一緒に本人と話してみます」と、母親は答えた。
    少しばかり黙った後、仙道の母親は息子と似た口調で続けた。
    「あの子をよくみていただき、本当にありがとうございます。これからもよろしくお願いします」
    電話を切った田岡はしばらくの間、自分は本当に保護者からの感謝に値する指導者だっただろうか、と悩んだ。
    強い者は孤独になると、教え子の理解を放棄していた自分の責任だった。あの子を信じるしかないが、本当にそれが彼にとって良いあり方だったのだろうか。自分の判断は合っていたのだろうか。
    田岡は自分は指導者失格だと、考え続けた。その思いは長らく拭えなかった。
     

     
    夏休みが終わる前に、仙道は越野を連れ立って田岡のいる体育指導教員室に現れた。
    試合や練習などゲーム面のリーダーや練習ルーティン決めを仙道が、練習態度や生活指導などのチーム面でのリーダーを越野が担当する案を、彼らは田岡に提示した。どちらが何を担当するのかを彼らは事細かに田岡に説明したが、つまりはキャプテンを二人たてるという案だった。
    「このほうが、オレにはありがたいです」と、仙道は言った。
    「オレも、コイツに書類の管理とか生活面の指導はされたくないです」と、越野が続けた。
    田岡の目には、二人は憑き物がおちたように思えた。
    「キャプテンが二人いるチーム構成なんぞしたことはない」
    田岡は言った。
    それから、「だがまぁ、ありたいようにあるのが一番だ」と、続けた。
    越野と仙道が目を見合わせてニヤリと笑った。
    それを見て田岡は密かに、そっと胸を撫で下ろした。
     



     
     
     

     
    この件を境に、ピタリと無くなる、とまでは行かずとも、仙道の遅刻癖は激減した。
    集合時間の5分前に汗まみれで滑り込んでくる、というのが常ではあったが、何も告げず現れもせず部員が困り果てる、という事態は無くなった。
    当初は仙道の変化を認められずにいた部員、特に後輩たちも、時が経つにつれて彼は本当に覚悟し始めたのだと認めた。自分こそがキャプテンに相応しい、という二年生の声も薄れていった。
    越野と仙道が提案した“二人キャプテン制度”も、彼ら自身が予想したよりも早くチームに馴染んでいった。そもそも、オンコートで仙道がリーダーシップを発揮し、上下関係問わず部員たちと気楽な関係を築く横で、オフコートで越野が仙道を始めとした部員の生活面や態度のフォローアップに回るという関係性は、すでに存在していた。どちらがキャプテンなのか、という部分が解決し、役割の異なるキャプテンが二人いる状態はむしろ、陵南高校バスケットボール部にとってはストレスのないものだった。
    頻度は格段に減少したが、朝の練習に来ない、放課後の練習に現れない、という日もあるにはあった。そういう日は、朝の六時半や七時頃に仙道から体育教官室に電話がかかり、ホームルームを終えた越野が仙道の顔をみて、「行けるか?」と声をかけた。連絡がない日は、簡単に見つけられる場所に仙道は必ず現れた。
    体育教官室に在籍する一部の体育教師は、田岡の行動を理解しなかった。規律がなっていない、上下関係を叩き込まなければいけない、甘やかすとダメになる、というのが主たる指摘だった。田岡より早く出勤し、仙道からの電話を受け取り説教する教師もいた。だが田岡は頑なに周囲の反応を無視し、対応を変えなかった。
    越野は徐々に、どういった頃に仙道が来なくなるのか読めるようになっていった。ほとんど勘のようなものだったが、それは仙道をひどく驚かせた。
    仙道は後日、越野、そして魚住と田岡に伝えた事柄を、「お前らも知っておくべきだと思う」と、植草と福田に伝えた。
    「教えてくれてありがとうな」と植草は仙道に伝えると、それ以上の詮索をせずに越野と田岡の対応に従った。時には、越野の代わりに植草が仙道の様子を伺う日もあった。何も尋ねてこない植草の行動が、仙道にはありがたかった。
    福田はしばらくの間、仙道と共に帰宅する時間を増やした。それからしばらくして、帰路の途中にぽつりぽつりと少しずつ、福田自身について話し始める日が増えていった。仙道は福田の気持ちに共感こそできずとも、無性に嬉しく感じた。
    仙道は時おり、保健室を訪ねているようだった。どういった会話が行われているかは、誰も知らなかった。
    バスケ部内での四者面談を終えた直後、仙道は国民体育大会に出場する神奈川県代表選手として招集された。陵南高校在校生が招集されたのは初であり、バスケ部関係者を始め陵南高校は大いに盛り上がった。
    魚住も大いに喜んだが、仙道の告白を聞いた後では不安が残った。代表監督を務める海南大学付属高校バスケ部の顧問である高頭力と田岡は知古の仲で、魚住が心配するまでもなく既に仙道の話は伝えられ、合宿には田岡も同伴した。どういった対応が取られたのかは知らされずとも、魚住は田岡を信じた。
    10月、魚住は陵南高校の部員たちを引き連れて大会会場に駆けつけ、彼の全国デビューを見守った。
    観客席から眺める仙道彰は、魚住の目には水を得た大魚のように活き活きとして見えた。まるで自分の手から可愛がっていた後輩が離れてしまったようで、魚住は少しばかり寂しかった。だが以前感じたような、重苦しい寂しさではなかった。
    海南大学附属高校の牧紳一がキャプテンを務めた神奈川県代表は、優勝という快挙を成し遂げた。



    それからしばらくした後、ウィンターカップを前にした11月下旬に、魚住は久しぶりに再会した仙道と帰路に着いた。
    2人は海沿いの歩道を歩きながら、道を別れそれぞれの家へと帰るのを惜しむように、長い脚を4本もたもたと動かしながら共にゆったりと歩いていた。
    魚住の目には、仙道がすっかり落ち着いたように見えた。国体に向けた練習が厳しかったのか、他校のバスケ部員たちとの交流が彼に刺激を与えたのか、国体への参加を境に仙道は尚更変わったように魚住には思えた。技術は格段と上がったのはもちろん、選手としてのあり方に安定が見られた。もはや彼が朝練に現れないという日はなくなったと魚住は聞いていた。彼は何某か、覚悟を決めたようだった。
    陵南に戻ってきた後の仙道の様子を越野に尋ねたが、やっぱり実家が1番いいや、だなんて話すばかりで何があったのか教えてくれませんでしたよ、と返された。
    見た目にも多少の変化が現れていた。色白の肌はほんの少し赤く日焼けしていた。ウェイトも背丈も少し増えたようで、入部当初はぶかぶかだった制服の上着は、すっかり身体より小さくなってしまっているようだった。たった数ヶ月離れただけで、こんなにも変わるだろうか。魚住は感慨深く思った。
    そして、卒業する際には自分の制服を贈ろうか、そんな情のある行動は仙道は嫌がるだろうか、と、魚住は密かに考えた。
    「魚住さんくらいデッカくなれたら、すっげぇいいんですけどね」
    身長の伸びを指摘された仙道は、濃紺のマフラーに顎を埋まらせたまま、右隣に並び歩く魚住に向かって楽しそうに笑った。
    「お前の様子は先生から聞いていた。ただ、国体の合宿はどうなることかとヒヤヒヤしてたんだぞ」
    魚住の言葉に、仙道は「まいったなぁ」と困ったように笑った。
    「練習がめちゃくちゃハードで…考えてる暇なんてなかったです。ウチもだいぶやばいですけど、海南はもっとやばいですよあの様子じゃ」
    ほとほと困った、というような仙道の口ぶりに魚住は思わず笑ったが、一抹の不安を覚えた。魚住の顔を見た仙道は、大きく笑って見せた。
    「でも楽しかったですね、かなり」
    と、自分の不安が仙道に伝わっていたのだと気づき、魚住は恥ずかしくなった。
    「問題は…解決したのか?」
    苦し紛れに、魚住はおそるおそる尋ねた。
    魚住が指す問題が何を言わんとするのか、仙道はすぐに察した。
    「解決したかどうかはわかんねぇんですけど、なんつーか、どうですかね」
    仙道は少し身体をゆすってから、「安心できたんで、それが重要です」と答えた。
    「どうせ解ってもらえねーだろうなって思っていたんで…先生も越野も、魚住さんもすんなり聞いてくれたのが、うれしかったんだよなぁ」
    仙道は頭を下にむけて顎と口元をすっかりマフラーに埋めていた。魚住はそれを、彼が滅多に見せない照れ隠しの仕草なのだろうと受け止めた。
    海風も冷たくなり始めてきた時期だったが、夕陽は暖かだった。
    「オレからすると、お前の本音が聞けて嬉しかった。よく話してくれたな」と、魚住は言った。
    仙道はふと視線を外し、海に視線をやった。
    魚住が彼のみつめる先を確認した。波を待つサーファーの一団が、遠い沖合に黒い点を作っていた。
    「弱音は強くなればなるほど吐けなくなる。これを逃したらもう何も言えなくなるだろう、そういう瞬間は逃さない方がいい。…って言ってた人を思い出して」
    仙道は海に向かって言った。
    地平線に視線をやる仙道がどんな顔をしているのか、隣を歩く魚住には見えなかった。



    別れ際に、仙道は珍しく何か言いづらそうにしてから、切り出した。
    「夏くらいに、親友はいないって言いましたけど、ああいうの辞めることにしました」
    それから、「魚住さんが育てた陵南、ちゃんと全国に連れて行きます」と言った。
    魚住は大袈裟な笑顔にならぬよう、顔の筋肉に力を込めた。
    それから、「もちろんだ」とだけ返し、簡単な挨拶を交えてから仙道と別れた。
    自宅で母親の作った夕飯を食べながら、魚住は久しぶりの後輩との会話を思い返していた。
    「これいいでしょ、特にこの色が好きなんです」
    新しいマフラーを褒めた時の仙道の屈託のない笑顔を思い出し、魚住は思い出の中の後輩につられて笑った。






    仙道彰が三年になっても、陵南高校在学生の誰しもが彼をうっすらと好ましく思っていたのに、相変わらず人物像については皆がぼんやりとしか理解していなかった。
    ただ、彼の親友はバスケ部に所属する越野と植草、それと福田という生徒だと、広まりつつあった。
     
     
     
     
     
     終わり
     
     
     








    【修正箇所】
    ・「普段はガードを担う越野」→「植草」
    完全に誤植でした…。

    【ひとりこごと】
    ・「“二人キャプテン制度”」
    チームキャプテンとゲームキャプテンのことです。92年時にこのシステムを採用する高校があるかどうかは調べたりないのか判明しませんでしたので、陵南高校独自のもの的な描き方をしました。ゲーム開始時や抗議時に名前を明記するのがゲーム出場者のキャプテンになると聞きましたし、学校提出書類とかでは便宜上の名目が必要でしょうから、部長は仙道、副部長は越野だけど、実際にはゲームとチームでキャプテンを分けている、みたいなあり方を想像しました。

    ・「仙道は国民体育大会に」
    ここを流川も参加した全日本ジュニアにしようか悩んだんですが、予選敗退したチームから選出可能性ってありえるんだろうか?という気持ちが先立ち、実際にイラストもある国体にしました。


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    Replies from the creator

    soni_anokoro

    DOODLE3/19 誤認識描写や誤表現を修正(末尾に修正箇所を追加)&福田と植草のシーン等細かく追加しました


    仙道とりょなんの人々、とくにうおずみさん、田岡、越野。1%くらい牧さん。仙道の母親も出てきます。
    カプ要素なしですが、仙牧で物事を見ているので、そういう要素をうっすら感じるかもしれません
    また、教師による生徒への指導という名目のもと行われる暴力に関する描写が含まれています(田岡先生は手をあげません)。


    自分の考える仙道の感想をまとめたい、と去年漫画にする予定だったプロットですがずっと放置していたので形を変えました。
    【更新】ぼんやりとわからない男東京から神奈川へバスケットボールをするためにやって来た仙道彰という少年は、何処にいても目立つ存在だった。
    身長は自動販売機を超えて2mに近く、鳥のトサカのように立てられた髪型のせいで、高身長が余計に際立っていた。歩き方はゆったりとし、慌てて走る姿を部活動以外では見せなかった。眉毛と睫毛の濃い面長の顔は、すれ違った生徒が驚き振りむく程度には注目を浴びやすい顔立ちだった。口数は少ないが声は大きく、声変わりを終えた声色も他の生徒より幾分か低かったので、それに驚き黙る者もいた。
    初めて彼と遭遇すると、たいていの陵南生はその存在の大きさに気圧されたものだった。
    だが、仙道は他人に対して公平に接する生徒としても有名だった。男子生徒と女子生徒。優等生と不良。クラスの人気者とクラスのはみ出し者。クラスメイトとその他。彼は相手の立場によらず同じ対応をした。
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