寒夜の説得寒風吹きすさぶ真冬の夜。
頼光の布団の中では、毎晩恒例の「鬼切湯たんぽ」が稼働中だった。
頼光は眠りながら無意識に鬼切をがっちりと抱きしめ、その体温を余すことなく享受している。
布団の中はぬくぬくと暖かいが、鬼切の心中は穏やかではない。
「……厠に、行きたい」
鬼切は小声で呟き、なんとか布団から抜け出そうと足掻くが、頼光の腕の力は一向に緩む気配を見せない。
まるで寒さを察知したかのように、ますます強くなっていく。
鬼切はじっと頼光の顔を見上げた。
「頼光様、頼光様、起きていますか?」
頼光は返事の代わりに小さく唸り、さらに鬼切を抱き寄せる。
頼光の腕力はまるで鉄のようで、驚くほどにびくともしない。
「くっ……これでは出られない……!」
鬼切は考えた。ここで無理に動こうとするのは逆効果だ。
ならば、頼光を説得するしかない。
「頼光様、少しだけ…少しだけ離していただけませんか?」
鬼切がそっと囁くように言うと、頼光は寝ぼけた声で「何を言う。冷えるだろう」とだけ返した。
「頼光様、本当に申し訳ありませんが、どうしても用事が……!」
頼光は目を開けずに、無愛想に返事をした。
「私とそれとどっちが大事だ」
鬼切は天を仰いだ。
「頼光様と俺のために、大事な用なのです……!」
鬼切の必死な訴えに、ようやく頼光が目を開けた。
鬼切の焦りきった声を聞いてようやく危機的状況を察したらしく、少しだけ腕を緩める。
「……行ってこい」
鬼切は「ありがとうございます!」と一言残し、部屋を飛び出した。
深夜の廊下は凍てつく寒さに包まれており、鬼切は厠から戻る道すがら、冷たい空気に背筋を震わせながら歩いていた。
足音が静かに響き、ほのかな月明かりが床に淡い影を落としている。
部屋の前に立つと、鬼切はそっと中を覗き込んだ。
布団に包まった頼光が静かに眠っているが、その身体は小さく縮こまっているように見え、どうやら寒さに耐えているらしい。
鬼切は少し躊躇した後、静かに部屋へと足を踏み入れた。
冷えきった手足を感じながらも、頼光を冷えさせないように慎重に、布団の中に潜り込む。
ところが、気遣いの甲斐もなく、頼光はいつものように鬼切を抱え込んだ。
「頼光様? 離れないと冷えますよ」
鬼切は少し困った顔をして頼光に伝える。
冷えた身体を頼光に触れさせないように、身体を引こうとするが、頼光の腕は鬼切を離す気配すら見せない。
「外は寒かったろう。遠慮するな」
頼光はそのまま鬼切を抱きしめ、温かい手で鬼切の背中を包み込む。
鬼切はその手のひらの温もりを感じ、次第に冷えきった身体が温まっていくのを実感する。
鬼切は頼光の腕の中で、安心したように深く息を吐いた。
身体が温かくなるのを感じながら、少しずつ震えが収まっていく。
「……朝まで頼むぞ、鬼切」
頼光の寝息が穏やかになるのを感じ、鬼切もほっとしたように息を吐く。
鬼切も体が温まり、気づけばうとうとしてしまっていた。
布団の中には二人分の温もりが広がり、冬の夜も穏やかな静けさに包まれていった。