独白 フリント式ライターのヤスリが擦れて火がともる。君待はタバコを咥えたままぼんやりとそれを見ていた。喫煙所は君待以外に誰もおらず、気の抜けた溜息を漏らしても気にかけられる面倒がない。
最近、ぼんやりすることが増えたように思う。あの事件が終わってから魘されてばかりで眠りが浅い。いやに器用な性格のせいで、課の人間に悟られる程の支障はないのだが。
「零課の奴らだったら、バレてるなぁ」
呟きに揺れるタバコにようやく火をつける。吸う本数も以前より増えた。こういう変化に霜原は気付くだろうし(そのくせ何も言ってこないだろうが)禁煙中の国木田は顔をくしゃっと歪めるかもしれない。宗像はやけに察しが良いから、一番に言及してくるかもしれない。そこまで考えて自嘲したところで、喫煙所に上司が入ってきた。
「新しい班はどうだ?馴染めたか」
お前なら大丈夫か、と笑いながら続ける男に、君待も軽っぽい笑みを返す。
「そうですねぇ、ま、そこは俺自身も心配してないっすからね」
「ゼロの中でも話しやすい奴だったもんなぁ」
そこまで言ってから男はハッとして、気まずそうに胸ポケットからタバコを出した。君待は肺を通して目減りした煙を吐き出す。
「何すか。別にケンカ別れってワケじゃないんですから」
「でもお前、あいつらのこと避けてるだろ。特に、宗像とか。いや、避けられてるのか?」
まぁ、露骨すぎるよな、と君待は思った。だって仕方がない。今となっては話すこともないし、話す権利もない。タバコを咥え直して深く息を吸う。
「そこまで険悪なモンじゃないっすよ?なんていうか、合意の上的な。納得した上で、みたいな?」
そんな曖昧な言葉を返すしかなかった。向けられた銃口を思い出す。国木田の前に立って対峙した暗い穴。撃たれてしまいたかった。あの時死んでしまうのが、いっとう楽だった。けれど。何度も間違えたこの身は、全部背負って生きるのが道理なのだと思う。楽になるなんておこがましい。
「宗像のこと、霜原に話してやろうか?」
「勘弁してくださいよぉ。マジで大丈夫なんで!ガキじゃないし、自分で何とでもできますって」
どうこうする気はもうないけれど、そう言って黙ってもらうしかない。取り繕ってばかりの自分に反吐が出る。
「まぁでも、霜原さんって、警察官の鑑って感じですよね」
「いやぁ、あいつはすごいよ!あんな風にはそうそうなれねえな」
本音を込めたつもりだったが、帰ってくるのは薄っぺらい感想だ。外野なんてそんなものなんだろうけれど。
「あいつの補佐やってて、重圧とかあったんじゃないか?」
「そうですねぇ……」
霜原の言葉を思い出す。兵器を作った者よりも、使った者の方が罪が重いという言葉。救いのようでいて、責任を忘れるなと思わされる言葉。ずっと呪いのように重く肺と心臓にのしかかっている。紫煙で汚れた息を吐きながら呟いた。
「重圧に負けるような奴は、警察向いてないっすよ」