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    ほしみや

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    ほしみや

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    モブランド展示用小説

    ・モブ×モブ
    ・エース寮服パソストに出てくる、実家の猫に赤ちゃん言葉で喋りかけてしまう猫好きのモブくん×ハーツラビュル寮唯一の猫獣人族モブ先輩のお話
    ・モブ×モブとか誰にも需要がないだろうなとは思いましたが、私に需要があったので書きました
    ・あまずっぺぇ〜青春BLを目指しました
    ・トレイ先輩がちょろっと出てきます

    寮でウワサの猫先輩 放課後、鏡舎からハーツラビュル寮へと向かう石畳みの道すがら。はぁ、と吐いた自分のため息が静かに響く。
     憧れの魔法士養成学校、ナイトレイブンカレッジに入学して浮かれていたのは良いけれど。数ヶ月も経つ頃にはすっかり意気消沈してしまっていた。
    「う……ミィちゃん……」
     手にしたスマホに映るのは実家の愛猫の写真。もふもふの毛並みに触れた時の感触が懐かしくて、無意識に手が空をかいて動く。
     ミドルスクールの頃までは毎日当たり前に傍にいて、寝る時だってずっと一緒で。毎日世話を焼いては撫でていた。そのせいで数ヶ月触れられていないだけで落ち着かない。離れて暮らしたことなんて今までなかったから……こんなにも恋しくなるなんて思わなかった。
     こんなこと、クラスの奴や寮生の誰かに打ち明けようものなら「おまw 実家の猫に触れなくて落ち込んでるとかww マジかよwww」「猫ちゃんに会えなくてホームシック〜とかw ガキじゃねーんだからww」なんてバカにされてゲラゲラ笑い者にされるに決まってる。この学園で自ら弱みを見せるなんて愚か者以外のなんでもない。だから誰にも相談出来ずにいた。
     誰かにとっては取るに足らないくだらないことでも、俺にとってはかなり深刻な問題だ。次のホリデーで帰省するまでなんてとても耐えられそうにない。禁断症状で情緒もおかしくなりそうなくらいには追い詰められていた。
     今日はもういっそ猫ならどの子でもいいと、トレイン先生にお願いしてルチウスを撫でさせてもらおうとした。けれどミィちゃんの代わりにしようとしたのが伝わったのか、ルチウスは「〜!」と鋭い鳴き声を上げるとするりと身を捩り逃げて行ってしまった。トレイン先生からは「……動物言語学の習得に励むように」という言葉と共に肩をポンと叩かれる始末。
    「……オンボロ寮のとこの子には「俺様は猫じゃねー!」ってすごい剣幕で威嚇されちゃったし……」
     はぁ、と何度目かわからないため息を吐き出したところでハーツラビュル寮の建物が見えてきた。ふと薔薇の迷路の入り口に向かう誰かが見えた気がして目を凝らす。アッシュグレーのふわふわ。ぴん、と立つ三角の耳とゆらゆら揺れ動く尻尾。
    「あ……猫先輩だ……」
     思わず呟いた声が僅かに上擦る。そわり、俄かに気持ちが浮き立つのが自分でもわかった。
     猫先輩は二年の寮生だ。もちろん本名じゃなくて、俺達一年生の間で密かにそう呼ばれている先輩。ハーツラビュル寮で唯一の、猫の獣人族だったから。
     獣人族の生徒はサバナクロー寮に選ばれる事が多い。実際、学園のほとんどの獣人族の生徒がサバナクロー寮生だ。だからハーツラビュル寮生の獣人族は珍しくて目立つ存在だった。
     加えてハーツラビュル寮は、全810条に及ぶハートの女王の法律に従う事が第一に求められる。そして女王の法律には猫に関する決まり事も多い。
     法律のせいで先輩は祭典には参加出来ないし、『満月の夜にステーキを食べたなら、猫がバイオリンを奏でなければならない』という珍妙な法律で嫌々バリオリンを弾かされているのを見たこともある。なんでもない日のパーティーでは、猫にとって有害になってしまう食べられないケーキや飲めない飲み物もあるらしい。
     それに、先輩はどうやら人嫌いらしい。誰かと馴れ合う素振りもない。笑った顔なんて一度も見たことがなかった。喋り掛けられればあからさまに嫌そうな顔で、態度も口調も必要最低限の素っ気なさ。決して人に懐かない、手懐けられない野良猫のように孤独を好み、一人で行動していた。
     ハーツラビュルは明るく陽気な性格の寮生が多い。集団で協力する事が求められるトランプ兵としても、悪く言えば先輩は『浮いている』存在で。あまり治安が良いとは言い難い学園内では、『目立つ』のも『浮いている』のも格好の餌食だ。猫の獣人族であることで揶揄われたりバカにされることも多いようだった。
     よく薔薇の迷路で一人日向ぼっこをしているのを見かける。その時だけは誰にも邪魔されず、のんびりとくつろいでいるように見えた。
     ……でも。本当はみんな先輩に近付きたくて、ふわふわの耳や尻尾に触れてみたいんだと思う。俺が猫好きだからそう思うんじゃなくて。だって、いくら珍しくて目立つ存在だったとしても。気になるから、わざわざ揶揄ったりちょっかいをかけたりするんだろうから。
     先輩のことが気になっているのは俺自身も同じだ。入学してからずっと話してみたいと思っていた。けれど今日まで一度もなんの関わりもないまま、遠くから眺めているばかりの日々を過ごしていた。
     さっき目にしたふわふわがやたらと脳裏にチラつく。焼きついて離れない。ぴるぴると小刻みに揺れる耳と、さらさら毛艶の良い尻尾。同じ色のアッシュグレーの髪は緩くウェーブがかかって柔らかそうで。毛並みが少しだけミィちゃんに似てる……触りたい。撫でたい……。
     湧き上がる衝動に突き動かされて、気付けばふらふらと薔薇の迷路へと足を向けていた。
     追っていった先、薔薇の迷路の行き止まりの場所に先輩はいた。陽当たりの良い生垣の根元に丸くなって座り込み、ぽかぽかとした光を浴びている。気持ち良さそうに目を閉じて、くぁ、と緩慢に欠伸をしていた。
     と、近づくこちらの土を踏む音に気付いたらしい。途端に閉じられていた目がぱっと見開かれる。上体を起こした先輩はリラックスしていた雰囲気から一変し、警戒するように耳と尻尾がぶわりと毛羽立つ。サファイアブルーの瞳はすっと鋭く細められた。
    「……何、お前……」
     低く唸る声色で不機嫌そうに睨まれて、ようやくはっと我に返った。一体何をしているんだろうと思う反面、後に引けない勢いのままに頭を下げる。
    「っ、あの、急に邪魔しちゃってすいません……っ! ほ……ほんとに嫌だったら構わないんですけど、お願いがあって……す、少しでいいんで、先輩の頭を撫でさせてくれませんか……っ!」
    「……は?」
     あからさまに怪訝な顔をする先輩。いやうん、そうだよ、急にこんなこと言われて迷惑だし気持ち悪いし、良い気持ちになるわけないよな。ますます焦りながら膝を折って必死に地面に額を擦り付ける。
    「す、すいませんっ……! 俺、実家の猫に触れなくて禁断症状が出そうで、情緒不安定なんです! ルチウスやオンボロ寮の子にもお願いしたんですけど断られちゃって……こ、これ、見てくださいっ、うちの猫なんですけど! ちょっとだけ先輩に毛並みが似てるなって、それで、つい追いかけてきちゃって……」
     わたわたしながらスマホを見せる俺を呆気に取られたように先輩は見つめ返していた。ドン引きしてるようにも見える。どうしよう、どうしよう、ダメだ。喋れば喋るほど裏目に出てる。泥沼にはまるように状況が悪くなっていってる気がする。焦燥感から変な汗が浮き上がり、涙まで溢れそうで、じわりと視界が滲む。
    「……っ、その、だから……嫌じゃなかったら……少しだけお願いします。か、代わりになんでもするので……!」
     潤んだ声を悟られないように堪えながら再び頭を下げる。
     しん、と痛いくらいの沈黙が突き刺さる。実際にはほんの数秒だったのだろうけれど、俺にとっては永遠にも感じるほど長く感じた。
     沈黙を破ったのは、張り詰めた空気を震わせる微かな笑い声だ。恐る恐る顔を上げると先輩は口元を手の甲で押さえて肩を震わせていた。
    「……お前、必死すぎ……どんだけだよ、必死すぎてウケるわ。……ま、いいぜ、撫でさせてやっても。代わりに俺の言う事なんでも聞くんだよなぁ?」
    「えっ! は、はいっ、それはもちろんですっ!」
     ニヤッと唇を歪めて、悪戯っぽく笑ってみせる先輩。心臓がギュンと跳ね上がる。機嫌の悪そうな顔か、ツンと澄ました顔しか知らない。見たことのない先輩の笑顔。こんな顔で笑うんだ……とドキドキ鼓動を早める心臓が苦しい。
    「じゃあお前、俺の代わりにリドル寮長に首刎ねられろ。今日のフラミンゴの餌やり当番サボっちまったから。身代わりになれよ」
    「わかりましたっ! 喜んで首を刎ねられます!」
     そんなことくらい、先輩を撫でさせて貰えるのならお安い御用だ。胸を張って満面の笑みで頷く俺に、先輩は肩透かしを食らった顔をした後で小さく舌打ちをする。
    「……ちょっとは躊躇ったりしろよな、変なヤツ……。ほら、撫でるならさっさとしろ」
     面白くなさそうにこちらに向けられる頭。太陽の光をいっぱいに含んだ柔らかなアッシュグレーのふわふわ。嬉しくてたまらずぱあっと顔を輝かせてしまう。先輩はますます渋面で口をへの字に曲げていた。
    「……えと、じゃあ、失礼します」
     膝をついて近寄ると、そうっと伸ばした手で後頭部に触れる。先輩の髪は思っていた通りの温かくて柔らかな感触で。ずっと求めていた喪失感が埋まるようにじわりと胸を喜びが満たしていく。
     おずおずと触れていたところから、毛の流れに沿うように少しずつ掌を行き交わせる。力加減は大丈夫か、嫌がられてないか気を付けながらそっと先輩を伺う。目を閉じた先輩は最初は固い顔で身体を強張らせていた。けれど徐々に表情は緩まり、全身から力が抜けていくのがわかった。
     そのうちに無意識なのか、ぺた、とこちらが撫でやすいように斜め後ろに耳が折り畳まれる。ミィちゃんを撫でている時にするのと同じ癖に、嬉しくて口元がむずむずしてしまった。尻尾もリラックスしているようにゆらゆらと揺れてる。嫌がられてない、気持ちいいみたいだ、良かった……。
    「……お前、撫でるの上手いな」
     安堵していると、先輩からもほうっと吐き出した息と共にそんな台詞が聞こえてくる。
    「へへ……家で猫ちゃんの奴隷してたんで!」
    「猫ちゃんとか言ってんのかよ、キモ……」
     褒められてつい調子に乗った俺に、先輩は顔を顰める。けれど最初よりも纏う雰囲気は穏やかで。気持ち良さそうに目を細める様に、少しだけ気を許してくれたのが伝わった。
     ……そういえば前にハリネズミに赤ちゃん言葉で話しかけてしまったことがあって、同じ一年のエースにもドン引きされたことがあったっけ。思えばルチウスにも赤ちゃん言葉で話しかけてた気がする……だから逃げられちゃったのかも。今、先輩相手に同じことしたら……。本気で殴られそうだ。二度と口もきいて貰えなくなるかもしれない……気を付けよう。
     心の中で一人頷いていると、先輩の方から微かにゴロゴロという音が聞こえた気がして目を見張る。……あれ、先輩……もしかして喉が鳴ってる? と思った次の瞬間、素早く手を振り払われてしまった。
    「っ、おいしつこい! いい加減にしろよ」
     素気無く言い捨ててそっぽを向く先輩。その頬は心なしか薄っすらと赤くなっていて。照れ隠しとわかる反応に緩みそうになる顔を必死になって耐えた。
    「……すいません、ありがとうございました。助かりました」
    「……おう。てかお前、この後ちゃんと寮長のとこ行けよな」
    「もちろんです」
     気まずいのか横を向いたままフン、とぶっきらぼうに息を吐き出す先輩。失礼しますと頭を下げて、立ち上がると俺は薔薇の迷路を後にした。
     足元は浮かれたように覚束なくて、掌には柔らかくて温かな感触がいつまでも残っている。
     本当に、ずっと近付いてみたい、喋ってみたいって思っていた猫先輩の頭を撫でさせて貰えたんだな……。じわじわと改めて実感が湧き上がり、溢れる笑みが抑えられない。
     ……そのまま笑顔で首を刎ねられに行った俺は、リドル寮長に大変不審がられることになったのだけれども。それはさておき。

     以来、猫先輩が一人でいるのを見かける度に積極的に声をかけて話しかけるようにしている。あれきりで終わらせたくなくて、先輩ともっと仲良くなりたくて。少しずつ距離を縮めていけたら……なんて。身勝手で一方的な想いでしかないけど。
     先輩の方も「またお前かよ」と毎回呆れ顔をしつつも、なんだかんだと交換条件と引き換えに俺が撫でるのを許してくれた。交換条件と言っても餌やり当番を代われとか、購買まで使い走りしろとか本当に些細なものだった。
     数週間も経つ頃には交換条件を持ち出させることすらなくなった。「仕方ないから撫でさせてやる」と自分から頭を向けてきた先輩にたまらない気持ちになった日のことは忘れない。素っ気ない言葉と裏腹に、撫でられることを期待するような色が先輩のサファイアブルーの瞳にゆらゆら浮かんでいて。尚更嬉しくて仕方なかった。
     どうやら先輩は俺の撫で方を気に入ってくれたらしい。その頃には撫でている最中に先輩の方からすりすりと額を擦り寄せてくるようになっていた。
     ただ、不可抗力で喉がゴロゴロと鳴ってしまうのは恥ずかしいみたいだった。最初の頃は喉が鳴ると、撫でるのは終了だという合図のように手を振り払われていた。最近では「俺の意思じゃねーし、勝手に鳴るんだから仕方ねーだろ!」と半ば投げやりに言われたので、そのまま撫で続けているけど。
     そういう時の、恥ずかしそうに頬を染めて上目遣いで睨んでくる先輩になにかおかしな気持ちになりそうで……。うっとり恍惚とした表情で俺に撫でられている先輩を見て、ドキドキ苦しくなるような、劣情に似た感情が湧き上がることも多々あった。
     ……先輩のこういう顔を、他の誰にも見せたくないな……。
     人嫌いで常に一人で行動している先輩の、他の人には絶対に見せないような表情。俺だけが知っていたい。俺だけが先輩を撫でられるんだ、特別に許されてる特権なんだ、って。いつの間にか、俺の中には独占欲や優越感が芽生えるようになっていた。


     そんなある日のことだ。ハーツラビュル寮二階の窓からいつものように薔薇の迷路に向かう先輩を見かけて、当たり前のように後を追っていた。
     先輩がよく日向ぼっこをしている行き止まりの場所へと向かうと、そこにいたのは猫先輩だけではなくて。思わず薔薇の生垣にコソコソと隠れるように身を隠してしまう。
     ……あれは猫先輩と……副寮長?
     猫先輩と一緒に居たのはハーツラビュル副寮長のトレイ先輩だった。猫先輩が誰かと一緒に居るのも意外だったけれど、それより目を奪われたのは。猫先輩が副寮長に対して気を許したように小さく笑みを浮かべていたことだった。
    「……じゃあ今度のはそういう予定だから、よろしくな」
    「……了解っす。なんか……いつも俺のせいで色々と気遣わせちゃってすんません」
    「はは、気にするなよ。せっかくだから俺はお前にも楽しんで貰いたいんだ」
     なんの話をしているのかまではわからない。けれど、副寮長がぽんぽんと猫先輩の頭を慈しむように柔らかな微笑みで撫でていて。猫先輩は、はにかんで肩をすくめて笑っている。
     二人の間を流れる親しげな様子を目にした瞬間、ガツン、と。頭を殴られたようなショックを受けていた。気が付いた時にはくるりと踵を返し、逃げるようにその場から足早に離れていた。
     ……そっか。俺だけじゃなかったんだ……特権なんかじゃなかった。先輩には俺以外にも撫でられても大丈夫な人がいる。撫でるのを許してる人がいる。撫でられて嬉しい人がいるんだ。
     自分だけが猫先輩に許されているなんて、自意識過剰の思い上がりだった。俺は、先輩の特別なんかじゃなかった。
     勘違いして調子に乗っていた愚かな自分が恥ずかしい。勝手に先輩に裏切られたような気持ちになってるなんて、ただの傲慢じゃないか。
     早歩きから小走りになって。どこに向かって走ってるのかもよくわからない。次第にはっはっと上がる息が苦しくて、胸の内が黒い感情で埋め尽くされてモヤモヤぐるぐるした。

     ……その日から先輩を見かけても前みたいに声をかけられなくなった。こちらに気が付いた先輩と目が合った時も、避けるようにそそくさと背を向けて逃げ出してしまった。一度避けてしまったら気まずくて、もう目も合わせられない。子供じみた態度をとった自分の小ささに自己嫌悪する。どんどんと悪循環に陥っていた。
     ほとんど毎日のように声を掛けてきてた俺があからさまに態度を変えて、近寄らなくなったせいだろう。先輩からじっと注がれる視線を痛いくらいに感じることが日々の中で多くなった。気にしてくれているんだと悦に浸って、仄暗い喜びを覚えている自分が、浅ましくて、疎ましい。
     こんな態度をとり続けていたら、嫌われてしまうってわかるのに。せっかく仲良くなれたのに。嫌われてしまったら、きっともう二度と先輩の頭を撫でさせてなんてもらえない。
     太陽の匂いをたっぷり含んだ、柔らかいアッシュグレーのふわふわ。温かな地肌の体温。掌が覚えてしまった感触。恥ずかしそうに染めた頬で見上げてくる熱を帯びた綺麗な瞳も、全部。手の届かないところに行ってしまう。誰かのものになってしまう。嫌だ、そんなの嫌だ。俺の、俺だけのものにしたいのに───。
    「おい」
     はっとのめり込んでいた思考の沼から呼び戻される。ぐいっと強い力で手首を掴む手に驚いて振り返れば、殺気だった猫先輩が俺をキツく睨みつけていた。
    「えっ!? あ、せ、せんぱ……!?」
    「……ちょっとこっち来い!」
     地を這うような低い唸り声で言うや否や、先輩は俺の腕を引いてずんずんと歩き出す。戸惑ってついていく斜め前、先輩は耳も尻尾も毛が怒りで盛大にぶわりと逆立っていた。
     昼休み中の外廊下は人目も多く、なんだ? 喧嘩か? と好奇の目が次々と追ってくる。けれどもそんなもの意に介さないというように先輩は黙って歩き続けた。
     ほとんど引きずるように連れてこられた空き教室の扉が閉まった音を合図に、先輩は俺の胸ぐらを両手で掴み掛かかる。そのままドンッと勢いよく壁に押し付けられ、衝撃と痛みに顔を顰める。
    「お前ッ、なんで最近俺のこと避けてんだよ! 前までうるさいくらいにまとわりついてきてたくせに……! 猫撫でてないとまた禁断症状ってやつが出るんじゃねーのかよ! …………俺だって、お前のせいで撫でられないと落ち着かなくなっちまったのに……」
    「え……」
     ぼそり、視線を外して小さく付け加えられた言葉に目を見張る。色々な感情で埋め尽くされた胸がドキドキ鼓動を早めて苦しい。
     顔を上げた先輩は再びキッとこちらを強く見据えてくる。
    「撫でたい時だけ好き勝手やってきて、用がなくなったら黙って避けて逃げるとか、最低のクソ野郎だろ! 俺の意思は無視かよ! 責任とれよ馬鹿が!」
    「っ、お……俺が最低のクソ野郎なのは間違ってないですけど……! でもっ、先輩には俺以外にも撫でてくれる人がいるじゃないですか! トレイ副寮長とか……っ」
    「はぁ!? なんでここで副寮長が出てくるんだよ? 関係ないだろ!」
     本気で何を言われたのかわからないと言うように眉を寄せる先輩。副寮長に頭を撫でられて、はにかんでいた姿が脳裏に蘇る。あんなに親しげな様子だったのに関係ないわけないじゃないか……!
    「だ、だって! 俺見たんですよ! 薔薇の迷路の行き止まりで先輩と副寮長がなにか話してて……副寮長が先輩の頭撫でてるとこ……」
     俺の台詞に思い当たる節があったのだろう。サファイアブルーの宝石みたいな虹彩が僅かに見開かれ、胸ぐらを掴んでいた両手の力が緩む。先輩の反応に、やっぱりトレイ副寮長とは特別な関係なのかと目の奥が真っ暗になってぐらぐら揺れる。
    「……お、俺……俺はっ、先輩とずっと仲良くなりたいって思ってたから……仲良くなれて、先輩が撫でるの許してくれたのが、すごく嬉しかったんです……俺だけの特権だとか勝手に思ってて。でも副寮長と先輩の仲良さそうな様子を見て、俺だけじゃなかったんだって気付いて……」
     話しているうちに極まった感情でじわりと視界が滲む。格好悪くて情けない。改めて口に出したら、避けていた理由として、あまりにもしょうもなくて馬鹿みたいだ。
     見られないように精一杯顔を背ける俺の胸元から、するりと完全に手が離れていく。眼前の先輩は困惑した顔でぽりぽりと頭をかいていた。
    「いや、あれは……次のなんでもない日のパーティーで副寮長が作るケーキのことを相談されてただけだぞ? ほら俺、食べられない食材が多いだろ。だから毎回副寮長が確認しにくるんだって」
    「え……」
    「あの人の幼馴染にも猫の獣人族がいるらしくてさ。俺が一年の頃からずっと気にかけてくれて、毎回俺だけ別のケーキ作ってもらったりしてるから……そりゃ少しは懐きもするだろ。でも別にお互い特別な感情とかねーの。あの人、後輩はみんな自分の弟みたいな扱いで頭撫でたりするし、歯磨きの後で口ん中見せろとか言ってくるし。それにトレイ副寮長は学園内に付き合ってる奴いるだろ? それくらい匂いでわかんねーの?」
    「わ、わかんないよそんなの!」
     そんな、獣人族あるあるみたいなこと言われたってわかるわけない。思わず敬語をすっ飛ばして叫ぶ俺に、先輩は可笑しそうに肩を震わせる。先輩なりの冗談だったんだとようやく気付けば、伸ばされた手がしょうがないなと言うようにくしゃくしゃと俺の前髪を撫でた。
    「……俺が撫でられたいって思ってるの、お前だけだから」
    「……っ!」
     呆気に取られたところからじわじわと顔が熱くなる。いつもと逆の立場で柔らかく俺の頭をかき混ぜながら、先輩は静かに言葉を紡いでくる。
    「……最初に「撫でさせて欲しい」って頼まれた時、そんなこと言われたのが初めてでびっくりした。今までどいつもこいつもみんなこっちの都合なんてお構いなしで、線引きしてるとこまで強引にずかずか踏み込んで勝手に触ろうとしてくる奴らばっかだったから。お前は泣きそうなくらい必死で、そのくせ最後までこっちを気遣って頼み込んでくるから変なヤツ……って思った」
     小さく微笑んで語られる言葉と髪を梳いて行き交う掌が、温かく心に沁みていく。
    「それからもお前が来るたびに、最初は鬱陶しいなとか面倒くせぇなって思ってた。けど……、なぁお前さ、俺を撫でてる時に自分がどんな顔してんのか知らねーだろ」
    「え?」
     急にそんなことを言われて目を白黒させてしまう。どういう意味だろう? と首を傾げていると、先輩はなにやら気まずげに視線を逸らした。その頬は薄っすらと朱に染まっていて……。
    「……すげー嬉しそうな緩んだ顔でさ、ほんとに愛おしくてたまんないって慈しむみたいに、目ぇ細めて撫でてくんの。こっちが不快になってないかちゃんと探って伺ってんなってのがわかるし。あー、こいつん家で飼われてる猫ってめちゃくちゃ大切にされて愛されてんだなって思って……いつの間にか、羨ましいとか思うようになってた。バカみたいな話だけどお前んちの猫に嫉妬して……身代わりじゃなくて俺だけが独占したい、とか……」
    「えっ!」
     なに、なに、なんだそれ。先輩も俺と同じような独占欲を抱いてたってこと? 先輩も、同じ気持ちでいてくれた……?
    「俺は、触らせていいって思ってるのはお前だけだし、撫でられて嬉しくなるのもドキドキすんのもお前だけ、だから……くっそ恥ずいな、いい加減俺が言ってる意味わかんだろ」
     最後は半ばやけっぱちのように言い捨てて、先輩は真っ赤な顔で睨んでくる。ふわふわの耳の根元までほんのりとピンク色に染まっていた。つまり、それって……
    「……先輩、俺のこと……好きってことですか?」
    「ッ、そうだよ! 改めて言うなバカ!なんだよ、お前だってトレイ副寮長に嫉妬してたくせに!」
     噛みつかんばかりの勢いで言われてようやく自分の気持ちを自覚する。ああそうか、先輩のことを誰にも渡したくなくて独占したかったのも、副寮長に嫉妬してしまったのも、全部。俺は猫先輩のことが好きだったからだ。
     自覚した途端に一気に体温が上がり、つられたようにぶわりと耳たぶまで赤くなるのが自分でもわかった。そんな俺を見て、先輩は満足気にニヤニヤと口元を歪める。
    「赤くなってやんのー。図星ー? ま、お前は猫好きくんだもんなぁ。俺のことも猫の獣人族だから好きなんだろ?」
    「ちがっ、違います! 俺は! 先輩だから好きなんです! 先輩の、他人に興味無さそうで冷たそうに見えるけど、本当はちゃんと相手のことをよく観てて優しいところとか! 素っ気ない態度とりながらも、結構わかりやすく本心が見えちゃってるギャップとか! あとっ、俺が撫でてる時の先輩の表情なんて誰にも見せたくないくらい可愛くて、え、エロくて大好きですしっ! ふわふわの髪も耳も尻尾も宝石みたいにキラキラした瞳も全部……先輩だからっ、先輩じゃなきゃダメなんですっ! それに、」
    「ちょやめろやめろっ、わかった! わかったから、ちょっと黙れよバカ!」
     力強く拳を握り語る俺に、慌てた先輩は捲し立てる。恥ずかしそうに照れているのが可愛くて、胸がキュウッと変な音で捩れる。先輩も俺も同じ気持ちで想い合っているのが嬉しくて、じわじわと実感する多幸感に浮かれた気持ちが湧き上がってくる。
    「……あの、先輩……抱きしめてもいいですか?」
    「はぁー? 調子乗んなっつーの!」
     プイ、と横を向いてしまう先輩。けれど、俺が未練がましくじぃっと見つめていれば、ちらりとこちらを伺った後で一つため息を吐き出す。
    「……ったく、しょうがねぇな、ほら」
     さっさとしろと目線で伝えるように、先輩は俺へと向き直る。ぱぁっと満面の笑みになるのが抑えきれず、飛びつくようにぎゅっと身体を抱きしめた。
     腕の中に閉じ込めた温かな体温と、躊躇いがちにおずおず背中に回される両手にまた嬉しくなる。重なる二人分の心音はどちらも同じくらいに早かった。
    「……へへ、先輩、めちゃくちゃ心拍数早い」
    「……猫は人間より心拍数早いんだよ……お前こそ人の事言えねーだろ」
     雑な返しで誤魔化す先輩とくすくす笑い合う。その微かな振動すら愛おしくて。
    「……ね、先輩……キスしてもいいですか?」
    「……何でもかんでもわざわざ聞くな、ばか」
     また一つ調子に乗った俺の言葉に答える先輩は、しかめ面で。けれども重なる柔らかさを感じる頃にはもう。互いに肩を揺らして笑っていた。
     気持ちが通じ合った喜びと雰囲気に甘えて、もう一つだけ我儘を口にする。
    「先輩……今度その……先輩が嫌じゃなかったら、したいこと、あるんですけど……」
    「……なんだよ、エ、エロいことか!?」
    「エッ!? や、いやっ、エ、エロいことも、いずれは是非ともしたいんですけどっ! そうじゃなくてっ、その……うちで飼ってるミィちゃんを撫でる時と同じように、先輩のこと撫でたいっていうか……」
    「……あ?」
    「えっと……だからつまり、先輩のことを……赤ちゃん言葉で撫でてもいいですか……?」
    「…………」
     まん丸になった瞳とぽかんと半開きになった口。宇宙猫ってネットミームでよく見る姿そのものになって固まっている先輩に、おずおずと伺う。
    「…………ダメ、ですかね?」
    「…………ッ、お、おま、お前ほんと……バッカじゃねぇの!? へ、変なプレイに俺を付き合わせんな!」
    「な、プ、プレイとかじゃないですっ! 俺からの最大限の愛情表現なんです!」
     ーーーもう、と髪をかきむしり、これ以上ないくらいに染まる顔で睨みつけてくる先輩。
     ……だけど多分、多分だけど。あと少し、もう少しだけ押せば、きっと。先輩は許してくれそうだった。





    *************
    全然読まなくて大丈夫な後書き

    モブランドの開催ありがとうございます!!存在を知った時からいつか参加したいと思っていました!参加できて嬉しいです。

    エースくんの寮服パソストで、『実家の猫に赤ちゃん言葉で喋りかけてしまうモブくん』が登場するんですけども。まずね、男子高校生が動物に赤ちゃん言葉で喋りかけるとかめちゃくちゃ可愛いなと思うんですよ。
    しかもあのパソストを見るに、彼はリドル寮長が言った言葉をきちんと覚えていたり、率先してゴミ捨てに行ったりしてる。周りをよく見ていて、その場の空気に同調したり、気遣いの出来る真面目で穏やかなタイプのモブくんだなと思うんですよね。そんな彼の一人称が『僕』でも『オレ』でも『おれ』でもなく、『俺』であることにかなり私は痺れるんですよ……あぁ、この子は良い攻めの資質を持っているなぁと密かに思ったりしていました。

    話は変わりまして。ハッピービーンズデー、竪琴無用の場外乱闘のイベストにてハーツラビュル寮には猫の獣人族がいることが発覚したんですよね。
    その時にこう、ビビッと何かが私の中で繋がったといか。あー、あの猫好きのモブくんとラビュル寮に唯一いる猫獣人族の子とでBのLにしたら最高に滾るんじゃね〜〜〜の!?!??!?って。
    しかしそんなマイナーすら通り越した2人の話なんて一体誰が読むんだ????モブモブ??誰も求めてないな!?!??と尻込みしていたのですが。このモブランドの存在を知って、あ、書いてもいいのかなと勇気を貰いまして。例え誰一人にも需要がなかったとしても私にはあるから書いてみるか!と前向きに考えられたので最後まで書き切ることができました。
    もしここまで読んでくださっている方がいらっしゃったら、全力でエア握手したい気持ちですブンブン!!
    いるのかわかりませんが、私が私を救うためだけに書いた話を読んでくださってありがとうございました!感想などもしあれば、書き込みボードに一言だけでも書いていただけるととても嬉しく思います……!!

    機会をくれた素敵なウェブオンリーに感謝〜!!ありがとうございましたッ!!
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    ❤👏☺👍💯😺☺😺😺☺💒☺☺☺☺☺☺☺☺☺☺💖💖😻🙏😺😺😺❤❤❤
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    Replies from the creator

    ほしみや

    MAIKINGトレデュとケイエーの女体化百合のお話。
    (途中まで。続きを書いたら増えます)
    ※ナイトレイブンカレッジが女子校
    ※全員女の子
    ※ハーツラビュル寮にのみ姉妹制度がある
    という捏造設定です。
    書きたいエピソードがいくつかあるので、全てを書き終わったら手直しをしてまとめてpixivにアップする予定です。
    (こちらは以前、エース受けワンライで書いたにょたゆりケイエーちゃんのSSが元になっています)
    トランプ兵達の秘密の花園【始まりの話】

     ハーツラビュル寮には、いわゆる姉妹制度というものが存在する。ナイトレイブンカレッジの中でハーツラビュル寮にのみ存在する制度だ。
     なにしろトランプ兵たちは覚えることが多い。全810条にも及ぶ女王の法律を始め、独特の規律、『なんでもない日』のパーティーは準備から片付けに至るまで事細かにルールが決まっている。入学したての一年生などは毎年困惑し、戸惑ってしまう。
     そのため、いつしか上級生が下級生と擬似的に『姉妹』になるという制度が生まれ、伝統として根付いていた。日常生活から姉である上級生が下級生の世話を焼き、教えを伝え、規律と秩序を守るのが目的とされている。
     姉妹になるための方法は主に二通り。上級生が気に入った下級生へ妹にならないか誘うか、あるいは逆に下級生が姉になって欲しい上級生に申し出るか。
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