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    黒トトロ

    @UuvsZvにアカウントを持つ似非絵描きであり、似非文字書き。
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    黒トトロ

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    ちゃんと作動するか、年に一回ほどの確認のために鳴らすことはあっても、外部からの信号で鳴らすことは殆ど無かった。
    どこにでもあるありふれた電子音が、診療所で患者の治療を行っていた彼女の耳に入る。
    顔色一つ、眉根を欠片も動かさず淡々と患者に治療結果を伝える。
    「経過は問題なし。しばらくは違和感が残ると思うけど、その内気にならなくなる。痛みが走ったら処方する薬を飲むこと。次は今日渡す薬が切れて、それでも痛かったらでいいわ。お大事に」
    目の前に座る、明らかにカタギではない男がバツが悪そうに笑い、診察室を後にする。
    完全に退室したことを確認すると、今まで見せていた表情から感情を消し、机に広げていたカルテ他の紙資料を急速に整える。
    「確認してバハと交代」
    「はい」
    背後に控えていたアルビノの看護師に端的に言うと、彼女は即座に窓口受付に控えるバハマールの元へと向かう。
    その間、必要な道具を確認し、手元の薬を補充した。
    「今は社員の皆様はどなたもおいでになっていません」
    診療室のカーテンを開けながら確認結果を伝え、バハマールは顔を覗かせる。
    社員とは、彼女の所属する組織のメンバーの隠語である。
    だが、バハマールもプレアマールもそれがどういった組織であり、何を行っているかは全く知らないため、心から社員と伝えていることに変わりはない。
    彼女、組織ではシーブリーズと呼ばれている女医はデスクから簡易的な探知機を取り出し、診察室中を軽く調べ、盗聴器が仕掛けられていないことを確認する。
    「これから無期限でアタシは不在になる。白衣を着ることを許すからここの全権はアンタ達に任せた」
    パソコンでいくつか操作をし、並行してパッドと見比べる。
    「必要ならララ達に連絡してもいい。報酬は情報と人員以外なら何でも好きに言わせてやりな」
    ララとは、同じ組織に属するマイアミとの共通の旧知の闇医者であり、組織外の人間だ。
    兄がおり、兄妹とあわせて非常に優秀な医者のため、有事の際は詳細を伏せた上で協力を仰ぐこともある。
    「今日は7に52と30、8に15、10に15と16、11に7、9に44と必要なら50を処方して乗り切ればいい」
    成人済みのバハマールが真っ直ぐ見ているにもかかわらず、シーブリーズは目の前で白衣を脱ぎ、下着姿になって服を着替える。脱いだ白衣を慣れた手つきでカバンに入れると、その奥にある医療器具を含めて隠すように、財布などの必需品を後から入れる。
    「質問は」
    「ありません」
    勤めを行っている雰囲気などない、昼下がりに買い物に出た主婦のような出で立ちになると、パソコンをシャットダウンし、パッドをカバンに仕舞うと靴を履き替えて裏口から診療室を後にした。


    ******


    電子音は警鐘だった。
    所属するマフィア組織『ショットバー』の上層部、特にボス・マティーニに有事があった際の緊急ダイヤルの受信音だ。
    常に本部に居るわけではないシーブリーズへの至急呼び出しに使われるもの。そのダイヤルを知っているのはマティーニ、マンハッタン、マカルーン、XYZの4人のみ。
    恐らくマカルーンかマンハッタンが鳴らしたのだろうと予想をし、シーブリーズは迷わず人通りの多い道を進んでいく。
    診療所から出て10分ほど歩いた先、窓の少なく壁ばかりに囲まれている住宅街の路地に入る。
    片道一車線あればいい程の道を、少し歩速を落として進んでいると背後から迫る車の気配を感じた。
    立ち止まり避けるような素振りを見せると、車はその場に停車し、助手席の窓が開くと中からは若い男の声がした。
    「よお、重そうな荷物だけど良ければ運ぼうか?」
    「料金をツケといてくれるのなら、是非」
    可否を聞く前にシーブリーズは助手席のドアを開け、中に乗り込む。
    運転席でハンドルを握るオールドファッションドは軽快に笑った。
    「ツケとくもなにも、こんな美人を助手席に乗せるのに金なんて要らねえよ」
    シートベルトを締めるのを待ってか待たずか、すぐさま発進するとシーブリーズはカバンからパッドを取り出し、慣れた手つきで操作をし始める。
    「しかし本当に指示された場所にあんたが居るんだな」
    「そういう決まりだからね。指示してきたのはマカルーンかい?」
    「いや、マンハッタンの旦那だよ。10分以内に行けって言われた時は焦ったぜ」
    「アンタなら間に合うと思ったんだろう」
    「そいつはお有難い評価だな」
    ポン、とショートメールの受信音が鳴る。
    まるでこちらの動向が見えているかのようなタイミングで、マンハッタンから詳細が届いた。
    シーブリーズは無言で目を通し、その内容を把握するとすぐさま削除した。
    「アンタはどこまで聞いてる?」
    「オレ? オレはアンタを拾って指示された場所に送り届けろってところまでだぜ」
    「その理由とかは聞いてないってワケか」
    「隣の愚か者のためにかっかするな、ってね」
    スペイン語で言われた内容にピンと来ず、そのままパッドで検索をする。
    結果だけ知ると、シーブリーズはそのまま作業に戻る。
    いくつかのメールを送り、調べものをし、必要な人員や機材の確認をしかかったところ。
    「着いたぜ」
    オールドファッションドに声をかけられて初めて気付いた。
    それほどのスピードが出ていたわけでもないのに、車が信号等で止まった気配がしなかった。
    それほどまでに速く、効率よく運ばれていた。
    「やるねえ」
    「ん?」
    「この後も頑張れって事だよ」
    心から尊敬の念を込めた言葉と共に、助手席に小さめの袋を置く。
    荷物を手に車を降りたシーブリーズを見送った後に、オールドファッションドは置いて行かれた袋を手に取った。
    (チップかな?)
    わざわざ袋に入っているなんてどういう事だろう、と首をひねりながら開くと、そこには全く予想外の物が入っていた。
    「……湿布?」
    意図がくみ取れないまま、とりあえずコンソールボックスに入れておいた。


    ******


    そこは密かにショットバーの息のかかっている大病院だった。
    基本的には本部の医務室、シーブリーズの診療所等を利用するファミリーだが、緊急時にそれらが近いとは限らない。
    設備不足の可能性が考えられる場合も含め、利用される公共病院の一つだ。
    それなりの大きさの病院に対して、医師患者に限らず人の気配が比較的少なかった。
    その違和感の正体をすでに知っていたシーブリーズは気にも留めず、目的の部屋へと足を急がせる。
    目的地に至るころには、その場に一人以外誰も居なくなっていた。
    「状況は」
    「応急処置はされてる。それ以外の詳しいことは中にいるニコラシカに聞いてくれ」
    「そうか。じゃあアタシが手術に合流する事をマンハッタンに連絡しといてくれ」
    「あ? 何で私が」
    「今からアタシの全部はボスを生かすために使うからだ。こんな時にガキっぽい事言ってんじゃないよ」
    着ていた服の一部を脱ぎ、カバンに入れていた手術着を着、髪をまとめる。
    反射的に口答えをしそうになったシャンゼリゼに、二の句を告げさせまいと淡々と、しかし語気は強めに告げる。
    「……くそウゼェ」
    「頼んだよ」
    短く言うと、そのまま手術室に入っていった。


    ******


    手術室から出ると、よくよく見知った二人が増えていた。
    「クローバー、ルシアン」
    「リズ姉さん、ボスは」
    「一命は取り留めたよ。今はドクターニコルに投与する薬の最終チェックを頼んでる」
    「そっか……」
    その場に居たクローバーナイト、ブラックルシアン、シャンゼリゼが各々安堵の雰囲気を醸し出す。
    思わず溜息と共に声が出たのはクローバーナイトだった。
    「でもいつ目が覚めるかは分からない。体は治したけど、こっからはボスの気力と体力次第だからね」
    再び空気がヒリついた。
    その空気は今までシーブリーズが何度も感じた事のある、患者とその関係者の絆を物語っているものだった。
    「無理もないけど、いちいちそんなに空気をザワつかせてんじゃないよ。上から言われた指令があるんだろう? ドクターの処置が終わったら病室に運ぶから、護衛は頼んだよ」
    「あれ、シーブリーズさんは」
    「アタシは本部に連絡してから先に休む。ボスの隣の病室に居るから、何かあったら呼んでおくれ」
    手術着を緩め、髪を解きながらカバン片手に用意されている待機用の病室へと向かう。
    携帯電話を取り出し、病院内であることもお構いなしに電話を掛けた。
    「手術は成功した。今は寄越した二人が護衛に付いて、ニコラシカが容体を診てる。アタシは交代で診る予定だ」
    電話口の相手は穏やかながらも安堵の表情を言葉尻に隠せないようだった。
    「一命は取り留めたけど、いつ起きるかは本人次第だ。でもすぐ目覚めようと絶対安静に変わりはない。暫くはアタシやドクターニコルの指示に従ってもらうからね」
    責任感とプライドの塊のような男だと思っている。
    だが、ここで無理をさせて倒れられては何のために助けた命かわからない。
    「面会は問題ない。タイミングがあれば声を掛けに来てやるといいさ。じゃあね」
    通話を終了すると、窓から朝日が目に入ってきた。
    とても慌ただしかった時間の後とは思えないほどの、静かすぎる日の出。
    むしろこれからが本番であり、加速度的に忙しくなるのだろう。


    ******


    「リズ姉さん、ボスが起きたよ」
    「今行く」
    術後五日が経過し、そう言って呼びに来たのはクローバーナイトだった。
    目覚めたときにはマカルーンが居たという。現状の説明は当たり前のように不要だろう。
    「アンタも同席するかい?」
    「え……いや、俺はルシアンくんと外で待ってるよ」
    「そうかい。何かあったら呼ぶから手を貸しておくれよ」
    手を貸す必要ある? とクローバーナイトが呟くと、シーブリーズは少し丸まっている背中をバシッと叩いてから病室へ入っていく。
    「おはよう、ボス。気分はどうだい?」
    「悪くはないな」
    マカルーンが起き上がらせたのか、ベッドの上体が上がったままマティーニは首だけをシーブリーズに向ける。
    シーブリーズは先程までマカルーンが座っていた椅子に腰かけると、体温、心音、呼吸、患部の状態を迅速に確認していく。
    「経過はとりあえず良好。ドクターニコルの薬もよく効いている。顔色も悪くない」
    一安心の声が背の向こうから小さく聞こえる中、シーブリーズは少しだけ声に緊張感を持たせる。
    「ただもう暫くは幹部たちに仕事を任せるべきだ。良好とは言ったが、毒に銃創に本当にひどい状態だったんだからね。どうしても指示が必要なら、病室から遠隔でやってくれ。ボスといえどもこれらは必ず守ってもらうからね」
    じっとマティーニを見て一気に伝えると、当然と渋々の狭間のような了承の返答が返ってきた。
    点滴の残り具合と傍らに置かれた薬の内容を確認し、医療機器に少し調整を施す。
    「あと何日かはアタシも様子見て、その後はドクターに引き継ぐよ。今の主治医は彼だからね」
    ニコラシカが来ても問題がなく治療に取り掛かれるように、共有の電子カルテを更新する。
    「そろそろアンタ以外も気に掛けなきゃいけない頃合いだろう。折を見てそっちの面倒を見るようにするさ」
    「ああ、存分に腕を振るえ」
    笑える状況ではなく、実際に被害も大なり小なり出ている。
    その中で、そのただ一言で、思わず口角を上げてしまうほどに高揚する自分が居ることを、シーブリーズは知っていた。


    ******


    ニコラシカの判断もあり、最大限の注意と箝口令を敷きその日の深夜に病院から本部の医務室へとボスを搬送した。
    勿論、ホーネットからの襲撃に備え、迅速かつ最低限ながらも優秀な護衛をつけた。
    幸いなことに何事もなく本部へ到着するや否や、すぐさま誰にも見つからないルートにて、普段使いとは別の医務室へマティーニを運ぶ。
    病院と遜色ないほどに設備と環境が整っているその部屋は、おそらくマンハッタンが用意したのだろう。
    マティーニは漸く落ち着いてベッドに横になると、その場に居たマカルーンと数人の幹部たる護衛に指示を出し、そのまま瞼を閉じた。
    「気を張っていたんだろうね。本部に着いて少しは安心したのか、病院に居た時よりも数値が安定してる」
    バイタルモニタを見、正常値なことを確認してから点滴を少しいじる。
    「……さて、アタシの待機部屋に案内してもらおうか。さぞ豪勢に迎えてくれるんだろう?」
    「君が気に入るかどうかは分からないけど、ある程度の用意はしているよ」
    冗談で言うと、マカルーンは苦笑しながら返してきた。
    数日前は彼の顔にも不安や緊張、様々な感情に疲労が重なって隠しきれていない様子だったが、どうやら冗談を返せるほどには回復できたようだ。
    通された待機部屋は普段と然程変わりなかったが、淹れたての香り立つ紅茶がポットで用意されていたので、良しとした。


    ******


    「おそよう、もう起きて大丈夫なのかしら」
    軽口をたたきながらやって来たアンダーボスを視界に入れる。
    (戻ってきていたのか)
    XYZは長期の遠征任務で不在を聞いていたが、襲撃の日から考えたら比較的早い戻りとなるのだろうか。
    マティーニはブラックルシアン、クローバーナイトの手を借りながら少しずつリハビリを進めていた。
    リハビリと言っても、そこまで深刻なものではなく、傷の回復のために減った体力を取り戻すためのものだった。
    護衛の手を借りながら、必ず少しずつ進めて焦らないことと言い含めていたのに、数日前にはスタスタと一人で病室から出てうろついていた。
    その場にクローバーナイトも居たというのに、力強く止めなかったという。
    彼の性分だからなのだろうが、丁度病室に戻るところを発見したシーブリーズは、二人まとめて静かに叱りつけた。
    その時の反省から、丁度主な護衛の二人に対し、マティーニへのリハビリ方法を伝えているところだった。
    「ああ、もうほとんど回復したんだが、こいつらが心配性でな」
    「いやアンタ5日寝てたんスよ」
    いい加減にして、と言うクローバーナイトの雰囲気もどこか柔らかそうだった。
    だが、そんな各々の心境の変化などは治療行為には一切関係なく、シーブリーズはちくちくちくちくと言葉に棘を含ませながら、ボスを見やる。
    雑に話を逸らされるも、XYZからの冗談を受けて再び咳き込んだマティーニを見て、再び声を荒げた。
    「負担をかけるなと言っただろ!」
    「あら、わたしは何もしていないわ。かれが勝手にむせたのよ」
    「きっかけを作ったのはアンタだろ。いいからさっさと任務でもなんでもこなしてきな」
    「やだわ。遠い土地から帰ってきてまだ日がないのに、すぐ働けだなんて」
    「それを言うならアタシはここ一週間働き詰めだよ。それにアンタが動けば早めに終わるモンもあるだろ? アンダーボス?」
    立場に差はあれど、マフィアショットバーへの加入時期が近しいためか、シーブリーズはXYZに若干気安く接していた。
    「……そういう言い方をされて、ノーとは言えないわ」
    「そうかい、じゃあ頑張ってきな。出来れば一人二人土産に持って帰ってきておくれ」
    少々ぶす、とするXYZを横目にシーブリーズはその場を後にして、医務室へと戻っていった。


    ******


    白衣を洗濯乾燥機に掛けると、ラフな格好でシングルソファに腰掛けてパッドの画面を指でなぞる。
    各所の被害状況と襲撃結果、スカイダイビングを始めとした諜報員として動ける者たちから次々と寄せられる敵組織『ホーネット』の構成員の情報。
    一週間ほどマティーニの回復に掛かりきりだったため、随分と状況把握に間が空いてしまった。
    出来る限り、開示されている情報に目を通し、頭に叩き込む。
    これから持ち込まれるであろう患者の、病状の、毒性の可能性を考え、思考を巡らす。
    (レッドアイやアラスカはどこまで用意している? アプレスキーにも連絡を取って連携を取らないと)
    どれだけの被害を想定すべきかはまだ分からないが、全部が全部を本部の医務室で診ることは不可能だろう。
    その場合、現場もしくは現場近くに急行し、緊急治療を開始する必要も出てくるはずだ。
    (そうなるとアタシら医療班はほぼ丸腰だ。再襲撃を受けることを考えての護衛も必要だし、急行するための足も要る。今の状況から、そこまで人員が割けるかどうか)
    机上の空論、そういう思索をするのは性分ではない。
    思考を放棄することは愚かだが、巡らした思考に絡めとられるのならばそれは同じことだ。
    そもそも人員を割くだの、誰を配置するだのというのはシーブリーズの職務外の話だ。
    (……とりあえずシャワーを浴びて、寝るか)
    とれる内に休息をとり、数時間もしない間に来るかもしれない急患に備えることが最善と結論を出すと、パッドの電源を切り軽い足取りでシャワー室へ向かった。



    -END-












    ▼引用記事(敬称略)
    『A goal without a plan is just a wish.』夕陽
    『Love does not consist in gazing at each other, but...』夕陽
    『2021/03/15 22:50:32 記事』みねくら
    『The most I can do for my Buddy is simply to be his Friends.』夕陽
    『I would rather walk with a friend in the dark,』みねくら
    『【SB】帰還、そして』はな_


    ▼Thank you(登場順)(敬称略)
    マイアミ/haguo.
    マティーニ/夕陽
    マンハッタン/ゆにーた
    マカルーン/御池野さかな
    XYZ/はな_
    オールドファッションド/食パン!
    シャンゼリゼ/夕陽
    ニコラシカ/0814
    クローバーナイト/みねくら
    ブラックルシアン/コ コ ナ
    スカイダイビング/intention
    レッドアイ/POE
    アラスカ/いろ.*i
    アプレスキー/なぎか
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