たぶん、一生に一度の大恋愛だった。
そして、一生に一度の大失恋だった。
卒業後、そこそこの大企業に入社してそこそこに稼ぎ、ばあちゃんを養いながらそこそこ不自由ない暮らしを送っていたオレだが、ひとつだけ心残りがあった。
レオナさんのことだ。
オレは学生時代、レオナさんと付き合っていた。
と言っても学生にありがちなキャピキャピした感じではなく、たまにレオナさんが笑ってくれると嬉しかった。それくらいの関係だった。
当時、卒業したらどうするつもりなんだろうなあとぼんやり考えていたが、ぼんやり考えているうちにレオナさんは卒業し、オレも卒業した。
卒業すればもちろん、第二王子と一般市民の人生が交わる機会は一切ない。
そう、オレの一生に一度の大恋愛は、この上なくサラッと終わったのである。
しかし、サラッと終わったとはいえ、人生で唯一ちゃんと好きになった人だ。
オレにとっては大失恋だった。
卒業してすぐは感傷に浸ったりもしていたが、時間が経って冷静になってくると、最後まで何も言ってこなかったレオナさんにだんだんイライラしてきた(盛大なブーメランだが)。
オレは失恋ごときで思い悩むような性格ではない。
ただ、貧乏人根性だけは人一倍で、ただでは転んでたまるか、そんな気持ちが日に日に大きくなっていった。
オレは考えた。
この大失恋をどうにかして金に変えられないだろうか?
バカなオレは、
失恋を金に変えられる職業を1つしか知らなかった。
オレは、シンガーソングライターになることを決めた。
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レオナさんのことを考えながら、頭の悪いラブソングを一曲書いた。
音楽の良し悪しは正直よくわからなかったが、身内には『ラギーの気持ちが伝わってきて良い』と言われたので、調子に乗ったオレは次々と曲を書き上げていった。
オレもレオナさんも、楽しい曲のほうが好きだった。
だから、楽しい曲だけを書いた。
はじめこそ泣かず飛ばずと言った具合だったが、オレの人脈の広さと、大衆の貧乏人を応援したい心理(大企業と二足のわらじだったので実際はもうそこまで貧乏ではなかったが)が上手く働いて、1、2年もするとそこそこ有名なシンガーソングライターになっていた。
そろそろ本人の耳にも入ったんじゃないのか?
そう思ったが、電気屋のテレビに映る第二王子は、そんな低俗な文化知りませんが?といった顔でニコニコ微笑んでいた。
腹立つな。
そんなある日、シンガーソングライターとしてのオレにそこそこでかい仕事が入った。
マジフトの試合での国歌斉唱の仕事だ。
どうやら、オレが学生時代マジフトをやっていたことが協会のお偉いさんの耳に入ったらしい。
マジフトをやっていた歌手なんていくらでもいそうだが、オレに依頼がくるなんていよいよネタ切れなんかな、と思った。
正直、歌を歌うことそのものにはそこまで自信はなかったが、引き受けることにした。
金のためだ。
マジフト用のバカでかいグラウンドのど真ん中に立つ。
マジフトと言われると、どうしてもレオナさんのことを思い出してしまってちょっと感慨深い。
あの頃は何にも分からなかったけど、何にも分からないなりに楽しかったよなあ。
国歌斉唱、とアナウンスが入った。
感動している場合ではない。
歌おうと顔を上げた。
すると遠くに、頭の中にしかいないはずだった人の顔が見えた。
レオナさんだった。
レオナさんは、このグラウンドのいちばん高いところにある、偉い人しか座れない席に佇んでいた。
絶対オレだと分かっているはずだが、相変わらずテレビで見た時みたいに薄っぺらく微笑んだままこちらを見ていた。
何でそんな赤の他人みたいな顔できるんだよ。
オレら、一応恋人同士だったじゃないっスか。
やっぱり腹が立った。
夕焼けの草原の国家は歌い出しがアカペラだ。
オレはマイクを取って思いっきり息を吸うと、シンガーソングライターになっていちばんはじめに書いた曲を歌いはじめた。
視界の端でスタッフの人たちがぎょっとするのが見えた。
オレは気にせず歌い続けた。
頭の悪いラブソングが、神聖なグラウンド中に響いた。
オレが歌うのをやめないので、いよいよスタッフの人たちが出てきて数人がかりでオレを退場させようとした。
オレは抵抗しながら歌い続けた。
レオナさんに聴いてほしかった。
その場にいたみんなが、連行されるオレを見ていた。
レオナさんを気にする人はひとりもいなかった。
オレはレオナさんを見た。
レオナさんは、爆笑していた。
かつてマジフト大会の後、ラフウィズミーで笑わせたときと同じ顔だった。
ちょっと、普通に失礼じゃないっスか?
アンタのために書いたのに。
オレも、つられて笑った。
オレは、シンガーソングライターをやめた。
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「……ということで、夕焼けの草原における文化・芸術活動の保護や支援にも力を入れられているレオナ殿下ですが、今回対談のお相手にシンガーソングライターのラギーさんを選ばれたのはどうしてですか?」
「だからオレもう歌はやめたって言ってるじゃないっスか!」
「ククッ……そうですね、以前マジカルシフトの公式試合を観戦させていただいた際、彼の歌に感銘を受けまして……」
「その話はもういいっスからぁ!!!!!!」
完