ㅤこぽこぽと。青と赤の泡沫が私を呼んでいる。
ㅤ最近不思議な夢を見る。頭が時計の私のいったいどの部分で夢を見ているのだろうという疑問はあったが。
ㅤ夢見るそこは淡く煌めく海の底。温度を感じない海水に全身を浸しながら、私は大きな影に包まれている。鏡ダンジョンや鏡鉄道で邂逅する首の無い魚(いやあれは魚なんだろうか、手指とか、腹部の袋の中の何かとか。幻想体に普通の道理を期待するのは無駄なんだろうけど)、断首魚と呼ばれている生き物が、私を大きな手でそうっと掬い上げ、頬擦りでもするように生々しい断面を寄せてくる。人間に愛玩される小動物はこんな気持ちなんだろうか。
ㅤ夢に見る魚の大きさは一定しない。私より少し大きいくらいの体長なこともあれば、私を掌で包んでしまえるくらい巨大なこともある。しかし大きさがどうであれ、それは何故か私に対し敵意を向けることはない。比較的小さい時には全身でうりうりと懐かれ、今見ている夢のように巨大な時には大事そうに抱えられる。今までまみえてきた経験からすると、囚人たちをそうしてきたように私なんてぺちゃんこにされそうなものなんだけど。
――――これが夢だというのなら、私はこの幻想体に何か愛着でも覚えてるんだろうか?
ㅤ夢と自覚した海の中、コチコチと小さく音を立てながら思考する。その音をどこで聞き取っているのかはわからないが、首の無い魚は小さく体を揺すった。その動作に淡い不快を感じることができたのは、私の頭が生み出した都合のいい夢であるせいか、それとも。
――――う、わ。
ㅤ俄に視界が赤に染まる。私の全身は大きな掌の上から、大きな袋の内にむぎゅりと押し込まれる。
――――『保護』『親近』、そして……『憐憫』?
ㅤ思考を滑っていく感覚をぼんやり認識しながら、温い赤の液体の内で体を丸める。そうする内に目が覚めて、私の体は寝台の上に放り出される。それが惜しいな、と思ってしまった違和感は、全身ぐしょりと湿っている現実の前に吹き飛んでしまった。
ㅤきっと夢を見始めた時から。私はあの魚に喚ばれていたのだ。船から放り出され、荒れ狂う水中に落下しながら、遠くに囚人たちの悲鳴や怒号を聞きながら、暗い水中が鮮やかに夢見た海中にすり替わるのを見た。緩やかに沈んでいく私を、大きな掌が掬い上げる。淡い安堵を心のどこかに覚えながら、私はふつりと意識を失った。