家から徒歩で一五分ほどにある商店街は、人通りも多くいつも賑やかだ。
車で二〇分ほどの観光地には、大型のショッピングモールがいくつも点在したが、そこから離れたこの町は、まだほとんどが個人商店ばかりで、この雰囲気にほんの少しだけ、ボクの故郷である薔薇の王国を思い出させた。
一応、商店街から更に一〇分程行った駅の近くにはスーパーも存在するとは聞いていたが、陽光の国でアルマに買い物を頼まれたボクは、生まれて初めてスーパーの目が回るような品数や、圧倒されるような背の高い棚に、見ているだけで胸が圧迫され息苦しさを感じた。その時からほんの少しだけスーパーというものに苦手意識を持っていたボクは、この商店街で十分満足していた。
今日だって急ぎ足で調味料を買いに行けば、グロッサリーストアの女主人は明るく挨拶してくれたし、オマケだとマーマレードジャムの小瓶までくれた。お花屋さんでは、たまに前を通ると、完全に開ききってしまった花の束を、持ってっておくれと渡されることもある。本屋さんにはレシピ本や、子供たちが好む絵本、アズールが好きそうなビジネス書だって揃っている。
商店街からほど近い公園には、たまに家族揃ってピクニックに行くこともある。その時はこの商店街のパン屋さんでパンを買って、公園でみんなで食べるのだって好きだった。それに、お惣菜屋さんのほうれん草とサーモンのキッシュを子供たちが気に入って、お店の前を通る度に買って欲しいとねだられてしまう。
こうして引っ越して半年程度なのに、思い出がたくさんできた愛すべきお店が並ぶ商店街だ、不満なんて持つわけがないんだ。
調味料を買った帰り、ついでにジュリオが務めている青果店に寄って、明日の朝食用に二人の好物であるブルーベリーとラズベリーを買って帰ろう。少し多めに購入し、シフォンケーキに使ってもいいかもしれない。
「こんにちは」
店先に立つ店主に挨拶すれば、ボクがジュリオの知り合いだと知っている店主は、気さくに微笑んで「いらっしゃい!」っと威勢のいい声を上げる。
「ジュリオに用ですか? それとも何かご入用で??」
「明日の朝食用とシフォンケーキ用に、ブルーベリーとラズベリーが欲しいんですが」
「量は如何ほどご用意しましょうか?」
「朝食はヨーグルトに使う程度で、シフォンケーキも各三個ほど焼くぐらいなんで……そうだな、今日は手持ちで各二〇〇グラム、明日の配送時に一緒に八〇〇グラムを持ってきてもらえますか?」
「よろこんで! 少々お待ちくださいね」
ガサガサと紙袋に入れられたブルーベリーとラズベリーは、少しグラムが飛び出たが、常連さんへのオマケだとその分はタダでいただいてしまった。
「そう言えばジュリオのやつ、配達の時にご迷惑おかけしてませんか? アイツは仕事熱心で良いやつなんですが、こと嫁と娘の話になると仕事を忘れちまうのが玉に瑕で、私らも困ってるんですよ。何か粗相をした時は、いつもで仰ってください、ガツンと言ってやるんで!!」
「いえ、彼の奥様はボクの友人でもあるので、元気にしているのか話しを聞くのが楽しみなんです」
だから大丈夫だと言えば、ジュリオの困ったところも込みで彼を気に入っている店主は、ニコリとボクに微笑んだ。
青果店を後にしたボクは、帰り道をほんの少し足を早めて歩く。アスターとサミュエルが護衛の人に迷惑をかけていないかも心配だったが、アズール達の帰宅に合わせて夕食を用意しておきたかった。きっと疲れたとお腹をすかせて帰って来る二人に、とっておきのメニューを出してたくさん食べてお腹いっぱいになって欲しい。
デザートや飲み物にもこだわった方が良いだろうかと考えを巡らせるボクの目の前、手芸用品店のショーウィンドウに秋らしいディスプレイが並んでいた。
まだ夏も真っ盛りだが、確かにそろそろ、二人が去年着ていた秋服を見返して、サイズが合わなくなったものを、こちらの気候に合わせて作り直さなければならない。グングン大きくなっている二人のことだ、きっと去年の服は半数以上は着れなくなっている可能性が高い。
秋が去ればすぐに冬だってやってくる。毛糸で編んだ物は解いて編み直さなければならない。去年は車と飛行機の柄にして欲しいと言われ、編み物の本を何度も読んで、作図した編み図と睨めっこしながら頭を悩ませ。出来上がったほんの少し歪んだ柄に、それでも子供たちは喜んでくれた。あれから更に練習を重ねたんだ、きっと今年はもっと上手く編んであげられるだろう……とそこまで考えて、ボクの胸にちらりと、アズールとフロイドの顔が浮かぶ。
(二人にも、何か……例えばマフラーや手袋を編んだら、嫌がらずに使ってくれるだろうか?)
アズールは普段から、彼が好むブランドの洋服にしか袖を通さない。上品でスタイリッシュなブランドを好むアズールは、もちろん小物にだって妥協なんてしないし、ボクや子供たちに洋服をプレゼントしてくれる場合も、基本的には肌触りの良いハイブランドばかりだ。フロイドも昔から派手なデザインの洋服ばかり着ていたし、ハーツラビュルのハートの女王の法律にあった、フラミンゴの世話をする時に着るピンク色の服だって、フロイドの蛍光色で彩られた派手な服の前では霞んでしまうだろう。
こんな二人なら、ボクが編んだ物など趣味じゃないと言って、使ってくれないかもしれない……それでもなぜだが今、二人のために編みたいという思いが後から後から込み上げてくる。
二人のために何かしたいと思う未来があるなんて……アズールと一緒に住み始めた頃や、フロイドと五年半ぶりに再会した時のボクでは、きっと考えもしなかっただろう。
それに、時間はまだある。二人の好みをしっかり勉強して、絶対に身につけたくなるようなそんな、ブランド品にも引けを取らない大作を編めばいいだけだ。
そうと決まれば、早く帰宅して食事の用意をし、空いた時間で改めて二人の好みを調べ上げなければならない。他にもやることはたくさんある。こんな所で油を売ってはいけない。
馳せる気持ちから足早に帰宅し、リビングでアニメを熱心に見ているであろうアスターとサミュエル、そして護衛の彼に「ただいま」と挨拶すれば……しかし、そこには、もうボクの日常はなかった。
「「か……かあさん」」
絶対に忘れることのない黒い呪除けのローブを着た複数人、その足元には、護衛の彼がピクリとも動かず地に伏している。涙目になったアスターとサミュエルは、首に腕をかけられ拘束され、奴らに捕まっていた。
「おかえり、リドル・ローズハート。随分待ったよ……」
ダーハム・グレイソンの濁った白い瞳の中に、青ざめたボクの顔が映る。
あぁ……これは、
多くを望みすぎたボクへの、罰なんだろうか?