「じゃあリドル、また昼になったら」
「リドルちゃん、またね!」
「うん、はい……トレイ、ケイト先輩。またお昼に……」
お母様は、人に向かって大きく手を振る仕草を下品だと言われたが、ケイト先輩が明るく振る舞って手を振る姿を見ると、その好意を返したくて、どうしても同じ様に手を振り返したくなり、ボクは2人に小さく手を振った。
2人との朝食はとても楽しかった。トレイからはチェーニャの話や学園の話、ケイト先輩はマジカメとやらに夢中なのか、食事の前に「記念の1枚」と3人揃った写真を撮られ、他にもケイト先輩が頼んだメニューが盛られたプレート、食事中のトレイやボクの写真を撮影し、流石に食事中にマナーが悪いのでは? とボクの考えが顔に出ていたのか、ケイト先輩は「ごめんねリドルちゃん」とニコリと笑ってスマートフォンをポケットに入れた。
2人からは学園の話し、この先にあるマジカルシフト大会の話やハロウィーンの話を聞けて、ボクはますますこの先の学園生活が楽しみになった。
しかし、2人とも学園の事は話してくれても、ハーツラビュルの事に関しては全く会話に上がらなくて……2人は寮の事をよく思っていないのだろうか?
朝食の後、大食堂外の壁に、大きく一年生の組み分けが張り出されていた。
ボクの名前はE組にあって、それを確認してこれから一年使う教室に向かい、黒板がよく見える位置に座ると、通路側から呼びかけられた。
「お隣、よろしいでしょうか?」
目線を向ければ、そこはまた胸元しか見えず。ぐっと上を向けばそこには、昨日ボクの髪を不躾に掴んだ男が立っていた。
「お前は……!!」
ぶわりと膨らむ怒りに、顔が熱を持つ。ギロリと睨みつければ、昨日の一件がまだ記憶に新しい周囲の生徒は警戒し、目の前の男は「おやおや」と含みのある表情をする。
「初めまして……の方がよろしいでしょうか? 昨日、新入生代表さん……いえ、リドル・ローズハートさんとお呼びしたほうがいいですね。貴方容赦なく吹っ飛ばした男の兄弟で、名をジェイド・リーチと申します」
「き、兄弟……双子かい?」
「明確には双子ではないのですが……まぁ、人間から見れば双子の様なものでしょう」
不思議な言い回しをするジェイドと名乗った彼の頭からつま先までを見れば、昨日の着崩した式典服の男のイメージにない、きっちりとした制服の着こなしだ。本当に昨日の男ではないようだ。
そうこうしている間に先生が入室され、今日のスケジュールを説明された。前もって調べておいた年間レクリエーションの軽い説明に始まり、寮分け後に寮長から渡された生徒身分証代わりのマジカルペンの話、また学校の理念に校則を話し最後、「間違っても、腹が立った程度の理由で先生の目の前でクラスメイトを魔法で吹っ飛ばさない様に」と念を押された。
「おやおや、まるで先生の目のない所なら良い様な言い回しですね」
ジェイドは薄く笑い、隣に座るボクにだけ聞こえる声音でそう言う。例え先生が見ていなくとも、学園内で私闘が駄目だと言われたら駄目に決まっている。ルールの穴を突こうだなんてとんでもない。
「キミ、ジェイドといったね。ボクの前で堂々と校則違反をしようとする発言をするなんていい度胸だね」
「リドルさんはルールを尊重なさるお方なんですね、僕も学年首席のリドルさんを見習おうと思います」
口角を上げて顔は微笑んでいるのに、全く心にもない事を言っている様に見えて、なんだか底の知れないジェイドは、彼の兄弟と同じく警戒した方が良さそうだ。
それからグラスごとに固まって、学園から支給される教科書や運動着を受け取りに、大食堂まで向かうこととなった。
その道中、無視しているのにも関わらず、無言のボクの横にぴったりとくっつくジェイドを鬱陶しがれば、ジェイドはまるで玩具でも見る子供の様な顔でボクを見て、ジト目で睨んでやっても「おやおや、何か問題がありましたか?」なんて、ボクが初日のように腹がたったからと言って、簡単に魔法を使って反撃できないことを知ったせいで、随分見くびられているように感じる。本当に、意地の悪い男だ。
学園からは教科書と制服と運動着のはじめの一着を支給される。教科書は見るからに重そうで後回しにして、まずは運動着だと運動着を手渡すゴーストの所に行こうとすれば、遠くからやけに弾んだ大声が聞こえた。
「あ〜〜〜〜〜、金魚ちゃんだ〜〜〜!」
一体どこの誰が大声で叫んでいるんだと辺りを見回せば。満面の笑みの、だらしなく着崩した制服姿の男が、ズカズカと周りの生徒を押しのけ、ボクの前にやってきた。その男が、昨日のあの無礼な男だとボクの冷めぬ怒りに着火される前に、ジェイドの横に並んだ男があまりにも二人してそっくりで、目を丸く見開いて驚いてしまう。
「フロイド、そんな大声で叫ばれては、リドルさんを驚かせてしまいますよ」
「え〜? きの〜の金魚ちゃんのクソデカボイスの方がでけぇって……それよりさぁ、ジェイドだけ金魚ちゃんと同じクラスとかズルくね? オレとクラス変われよ」
「ふふ、無茶を言ってはいけませんよフロイド」
へらへらとした2人の会話……その殆どは右から左に通り過ぎて頭に残らなかったが、たったひとつ、気になる単語があった。
「金魚……ちゃん? 間違いでなければ、このボクを“金魚”とお呼びかい?」
ボクがジェイドに“フロイド”と呼ばれた彼に問えば、腰を折ってボクの鼻先に触れるほどの距離で、先程よりも大きな笑顔をニコリとボクに向ける。
「金魚ちゃんはねぇ、赤くて小さくて食べるところなさそうだから、金魚」
ボクにピッタリのあだ名を付けれたと喜ぶフロイドは。自分の事を「オレって天才〜!」なんて持ち上げ上機嫌だ。だが……金魚……? このボクをそんなくだらない理由で金魚……あまりにも酷い侮辱にボクの顔が沸騰しそうな熱で赤く染まる。
「あはは〜! 怒ると真っ赤になって余計に金魚じゃん、あはっ」
「ウギィィィィィィ!!!」
やっぱりこの男の首だけは本当にはねなければと、マジカルペンを手にしたボクに、ジェイドのやつが「リドルさん、私闘は校則違反ですよ」とひとこと。ハッとなりボクの怒りがスッと体から抜けた。まずい、この男に関わるとまたルールを破ってしまう所だった。
無視を決め込んで、運動着の支給列に並べば、フロイドもジェイドもボクの後ろにピタリと並んだ。
「金魚ちゃん〜、きの〜みたいにさぁ、魔法バァ〜ン! ってやって遊ぼうよ。あれめちゃくちゃおもしろくてさぁ、オレ、きの〜はずっとテンション上がっちゃった!」
昨日のアレをただの遊びだと思うなんて……ボクにあんな事をしておきながらなんて態度だ。
「フロイド……と言ったね、まずボクはキミと遊ぶつもりは「ジェイド〜〜! 金魚ちゃんに名前呼ばれちゃったぁ」
ボクの言葉を遮って、キャッキャと喜ぶ子どものような姿に、ボクは腹が立って「フロイドッ!!!」と彼を呼ぶ声も大きくなる。
「フロイド、リドルさんも、お二人がコントを繰り広げている間に、列の先頭になりましたよ」
さぁ運動着を早く受け取りましょうと、ジェイドはすでに自分のサイズのオクタヴィネルカラーの運動着を受け取っていた。フロイドも同じ様に服のサイズを言えば、ゴーストが「はいどうぞぉ」と運動着を手渡す。
「キミはぁ、どのサイズにするかい?」
ゴーストに聞かれてMサイズの運動着を指さそうとすれば、後ろからボクを覗き込むフロイドが「んぇ〜、金魚ちゃんは小さいから、そのサイズじゃデカいでしょ」なんて、XSサイズの運動着をグイグイとボクに押し付け言ってきた。
あぁもう! 何が小さいだ!!!
「ボクは早生まれでね、あいにく来年には間違いなくこのサイズがベストになっているよ。その頃には、ボクを“金魚”なんて呼ぶことに違和感さえ感じるようになっているさ!!!」
胸を張ってゴーストから受け取ったハーツラビュルのMサイズの運動着は、1年後もボクの体格に足らず、ダボつかせたままだったのは、また別の話だ。