——入学したての1年生が3年に寮長の座をかけて挑むって? そりゃ無謀すぎんだろ。
——今年の新入生代表だったらしーぜ。
——あ〜〜、『ぼくちゃんは頭が良いから、寮長になれるんですぅ〜!』って頭でっかちの勘違い野郎かよ。
——それが、1年なのに火魔法でヤバい炎出したとかなんとか。もしかしたら、もしかしてがあるかもよ?
——そりゃおまえ、1年では確かにすごいかも知れないが、3年になったら出来ないこともないだろ。まぁ、俺はできんけど。
——出来ねーのに言ってんのかよ!!
——ハーツラビュル現寮長と、1年首席入学のリドル・ローズハート! さぁみんなどっちに賭ける!?
——俺は現寮長に1000マドルだ!!
——オレもオレも!! 現寮長500マドル!!
——おいおい、誰か新入生にも賭けてやれよ! 今ならオッズ30.0倍だぞ!!
——新入生どんなけ人気ねぇんだよ。
この一週間で一番騒がしい寮内は、ハーツラビュルだけでなく他寮の生徒もやってきて凄い人だかりだ。中には今日の決闘を賭け事に使い、さらには「ポップコーンにナッツ、ハンバーガーにポテト、ジュースはいらんかねぇ〜!」とぎゅうぎゅうにしたケースを抱えた売り子までしている生徒がいた。
寮長の座を賭けた決闘は、長ければ2時間、早ければ一瞬と言われ、その試合の長ささえ、賭け事にされる。決闘を娯楽にするなんて、本当になんて生徒が多いんだ。
「お〜い! 新入生!! ちょっとは面白い試合にしろよ〜〜!!」
ゲラゲラ笑いながら囃し立てる上級生たちの誰も、ボクが勝つとは思っていないようだ。ちらりと視線を向けた先、トレイやケイト先輩が、ルームメイトたちと祈るようにボクを見ていた。
(大丈夫、そんな顔をしなくとも絶対にボクが勝つよ)
前を見据えれば、寮長がいつもは身につけていない、腰までの黒と赤のマント。放射状の王冠は、スートを象った宝石がゴテゴテと飾り付けられている。鉄製の柄の長い槌は、彼の杖だ。
「おい! 身の程知らずの新入生に、ナイトレイブンカレッジがどんな場所か教えてやれ!!!」
「かわいい顔を涙と鼻水まみれにして、二度と先輩に楯突こうなんて思わせんな!!!」
そう叫ぶ上級生たちは、足を地面に打ち付け地を揺らす。数回ダン、ダン、ダン! と打ち付けられ、音が止まると、寮長がボクを見下ろした。
「だそうだ嬢ちゃん、今ここで、オレに土下座して謝るなら、首をハネる程度で許してやらねぇこともないが……その生意気なツラじゃあ、無理そうだな」
「そうですね、元よりあなたに負けるとは、角砂糖一欠片ほども思っていませんので」
「先輩への礼儀を知らねぇお嬢ちゃん、そのかわいいツラに嫌ってほど教え込んでやるよ!!!」
ボクたちの間、スッと時間ぴったりに現れた学園長が、「それではいきますよ」と決闘の口上役を務める。
「これより、ハーツラビュル寮の寮長の座をかけた決闘を行います、挑戦者のリドル・ローズハートくん、前へ!」
皮膚をざわめく程の視線が、ボクの体に突き刺さる。
「私が投げたこの手鏡が地面に落ちて割れるのが始まりの合図です。では……レディ、ファイッ!」
学園長が投げた鏡が地面に落ちてパリンと割れれば、寮長がすぐさま魔法を練り上げる。
「お前、入学式で火柱を6本も上げたと聞いたが、そんなもん俺も出来ンだよ!! どれどころか俺はお前以上なんだよ!!!」
寮長がフレイムブラストの火柱を8本ボクの周囲に立ち昇らせた。これでも2年時で実践魔法の成績上位者……いや、火属性魔法だけなら学年1位なだけはある。けれども——
「ボクの前でそう簡単にいくとは思わないでほしいね! 首をはねよ!!!」
ボクの詠唱とともに、寮長に向かって飛んだそれはキンと音を響かせ、寮長の首にガシャリと枷を付けた。瞬間、その場にあった8本の火柱も消失し、シンと静まり返った場には、誰かがもらした「え?」という声だけが響く。
「な、お前、ユニーク魔法か!? 俺の魔法を打ち消すなんて!!!」
「さぁ、どうでしょうか?」
魔法を打ち消しただけか、試してみればいい。ボクがニヤリと笑って、地面に膝をついた彼を見れば。彼は何度も、魔法を使おうと杖を振った。しかし、体の中で魔力の循環がピタリと止まってしまった体は、非魔法士の様に全く魔法が使えない。
「なんで!? なんでだよッ!!?」
「それはなぜか教えてあげましょう。ボクのユニーク魔法である首をはねよには、対象者の魔法を封じることができるんです。ボクが首輪を外すまで、あなたは魔法が使えません」
ただ首を少し圧迫されて苦しいだけの魔法ではないんですよと、そう付け足せば。魔法士ばかりの学園では、誰であってもこの魔法を恐ろしいと思い、口をつぐむ。だってこのユニーク魔法は、ボクより格下の魔法士なら逆らうことは出来ない、まさに魔法士殺しのようなものだからだ。
「これでは試合続行できませんね。勝者はリドル・ローズハート! 現時点から、彼をハーツラビュルの寮長と認めます!!」
学園長の言葉に、ボクのルームメイトが「ワッ!」と騒ぎ、トレイとケイト先輩も、一安心した顔をしている。この決闘を見ていたギャラリーは、大損だと叫んで投票券を丸めて先程まで寮長だった彼に投げつけた。
ボクは寮長の傍に行き、傍らに転がった王冠を魔法で浮かせる。するとボクに譲渡された王冠は、形をぐにゃりと変え黄金の塊になった。どうやらこれは、持ち主の意思で形を変えるようだ。ボクにふさわしい形……そう思い描いて、あの時フロイドが宙に描きボクの頭に乗せた王冠が意識に過る。するとそれは、すぐさまその形になって、ボクの頭の上に収まった。それは奇しくも、初代寮長と同じ形を取っていた。
「くそ、なんでだよ!? こんな卑怯な手を使いやがって!! 正々堂々戦えよ!!!」
「正々堂々? えぇ、いつでも戦ってあげますよ」
その言葉に続くように、ボクは10の火柱を立ち昇らせた。
「あなたはボクに、自分をそれ以上の存在だといいましたが、ボクはあなたが理解している以上に強い……それはもう、これ以上何もしなくともお分かりかい?」
ボクの出した炎をみて、今度こそ完全に戦意喪失した彼は、地面に伏せて泣き出してしまった。
「2年寮長の横暴に我慢して……やっと、今度は俺が寮長になれたのに……こんな一週間で引きずり降ろされるなんて……」
泣いて文句を言ったところで現実はどうにもならない、なにより自分がルールを守らなかったせいでこうなっているだけなのに、どうしてそれがわからないのか。
「2年我慢したんだ! なのに、寮長から引きずり降ろされて転寮なんて、もう他寮でも下っ端扱い決定じゃねぇか!!!」
悔しがる彼に、ボクが「転寮なんてさせません」と告げると、彼が「はぁ?」とボクを見上げた。
「ボクが寮長になったんだ、この先ボクが寮長でいる間、ハーツラビュルからは転寮や退学者をひとりも出すつもりはありません。全員、ボクがしっかりと躾直してあげましょう」
ふふっと笑えば、彼の顔色が悪くなる。
「リドル!」「リドルちゃん!!」「ローズハート!!!」
皆に口々に名前を呼ばれ、振り返れば、みんながボクを取り囲んで、凄い! 本当にやったな! と肩を叩いてはしゃいでいた。ただ——
「ケイト先輩……ボクとの約束は覚えていますか?」
ボクがニヤリと詰め寄れば、約束を思い出したケイト先輩が「あ」と声を上げた。
「うん、ちゃ〜んと覚えてるよ、リドルくん!」
「大変よろしい!」とボクが満足してそう返せば、ケイト先輩が「リドルくん、オレの事もトレイくんみたいに“ケイト”って呼んでよ」と言ってきた。先輩を呼び捨てにするのは、寮長だからといって正しいのか? 頭の中のルールブックを開いてみてもいまいちわからない。
「ケイトの言うように呼んでやってくれ、こいつはお前と“友達”になりたいんだ」
“友達”……という言葉に、ボクの頬が熱を持つ。ボクの人生で3人めの友人だ。
「なら、遠慮なく呼ばせてもらうよ、ケイト……!」
ボクがそう呼び返せば、ケイトがニコリと笑ってくれた。