——アズールはこの先、人、殺せる?
「何が言いたい?」
「そのまんまだよ……この先、金魚ちゃんやチビ二人を助けるのに、そ〜いう事が必ず起きる。アズールは、その時躊躇なく動ける? あと、それだけじゃねぇから……ここで金魚ちゃん達を助けるってことは、今後コイツらに何らかの難癖をつけられて、国際指名手配されたっておかしくねぇだろ? それこそ、アズールのママのお店も、義父の弁護士としての立場だってダメになるかもぐらい分かるよね? そ〜いうのもさ、ぜ〜んぶ金魚ちゃんたちのために今ここで捨てれる?」
突きつけられた言葉に、僕はその場で固まった。リドル達と母さんやおばあちゃんを天秤にかけて、今すぐ選べなんて、そんなこと僕が簡単にできるわけ無いだろ……!!!
グッと言葉が詰まる僕を見て「ふぅ」とため息を付いたフロイドが、僕に向けたナイフを下ろした。
「オレぇ、本当はさぁ……金魚ちゃんの〝夫〟なんて立場に収まってるアズール見た時、ぶッ殺したいぐらい最初は腹たってたんだぁ。でもすぐに、今の金魚ちゃんはそれをしたら、絶対にオレの事好きになってくんねぇなってのが分かった……エグすぎねぇ? この五年半のハンデのデカさ、金魚ちゃんと繋がってられたアズールにわかる?」
わかるだと……? そんなもの、フロイドより一年と半年ちょっと遅れてリドルに恋をした僕が、本当にわからないと思うのか!?
「だからオレは、別の方法で金魚ちゃんに好きになってもらわなきゃってそれに……オレとの稚魚を大切に育ててくれてた金魚ちゃんを自由にしてあげなきゃって思った……」
あぁ、そうだコイツは根っからの自由主義で、あれだけ好きだと追いかけ回していたリドルに対してですら〝自分がそうしたいから〟だけで動き、リドルの気持ちなんかちっとも考えていなかった。
それなのに、リドルはそんなフロイドを好きだと言った。だから僕の気持ちは受け取れないと、ずっと……アスターとサミュエルが生まれ『心の全てはあげられなくても、その半分でキミを愛せるように、ボクも努力する……』とそう言った後も、リドルのために僕がどれだけ努力しても、好き勝手振る舞っただけのフロイドのほうが好きだと、リドルはきっと死んでもフロイドを好きなんだろうと思えるほどで……その一途さが、どれだけ僕に悔しい思いをさせたのか、こいつは知らないし分からない。
「最初は、オレ単身で乗り込んで、片っ端からぶっ壊してやろうかなんて考えたけど、確実にコイツらを潰せるとは思えなかった。なら、親父の椅子ぶんどってファミリー全員をぶつけてみようかとも考えたけど、自分のせいで誰かが犠牲になったって金魚ちゃんが知っちゃったら、悲しんで、すごく怒る顔が想像できたからやめた」
あぁ、そうだろう。以前は法律を形どっていたリドルも、今はその苛烈さが鳴りを潜めて、正しく子供たちの親であり母親役であろうと本当に必死で……そんなリドルが、自分のせいでフロイドに犯罪をさせたなんて、きっとコイツの父親や母親の気持ちになって、顔を赤くして酷く怒っただろう。
「で、じゃあ結局、ちまちまやるしかねぇじゃんって、オレが日和った結果がコレ。金魚ちゃんはあんな目にあって、チビ二人も実験材料にされそうで、オレらも抵抗するヒマもなく捕まってさぁ……バカみてぇじゃね?」
あぁ……バカだと思う。昔ならもっと警戒できたはずのうっすらとあった危険性。リドル達と普通の家族のように過ごしていたから? それとも、あの夕焼けの草原、彼らの輪の中で、肩ひじ張らずに生きていたせいで、僕はずいぶんと平和ボケしていたようだ。そのおかげで、リドルはボロボロに傷つき、子供たちも怖い思いをさせた。本当に、父親失格じゃないか。
「金魚ちゃんに嫌われたくなくて、オレはずっと一番の近道を避けてた。でも本当は金魚ちゃんたち以外を全部捨て、金魚ちゃんに嫌われる未来だとしても、オレは金魚ちゃんたちを守るために、腹くくんなきゃダメだったんだ。オレはもう、迷わねぇ……で、アズールはどうなの? 足を引っ張るやつをこの先には連れていけないことぐらい分かる? なんならさぁ、オレが金魚ちゃんたちを助ける間に、ここから逃げるための作戦でも立ててくれたほうが助かんだけど」
本当に、出会ったときからフロイドもジェイドも、ずっと僕が簡単に進めない道も、後先考えずに突き進んでいく。僕がそうありたかった姿をするコイツラに、どれだけムカついてたなんて知らないだろう。
(あぁ、クソ……ッ!! カッコいいと、ボクもそうありたいと思ってしまった!!!)
「で、これ聞いた上でもう一回聞くけど。アズールはこの先、人、殺せる?」
「簡単に……選べるわけ無いだろ……」
白けた表情で「あっそ」と言ったフロイドが、足元で未だ昏倒したままの男の胸に、手にしたコンバットナイフの先端を差し込もうとした、がその腕を掴んで止めれば、フロイドが不機嫌そうにこちらを見た。
「この手なぁに? オレのジャマすんの??」
邪魔するんだったら、アズールのこともここで絞めるよと、本当に昔から発言が物騒なやつだ。話を最後まで聞けないぐらい、お前だって余裕がないじゃないか。
「そうじゃない、僕達はこの施設のマップが全くわからないんだ、だったら安易に殺すより案内役と……ついでの肉壁にしたほうが有用だとは思いませんか? ねぇ、フロイド」
あえてこの言葉遣いでそう言えば、ニタリと笑ったフロイドは上機嫌に「オーケー、アズール」と絶対にリドルには見せないような顔で笑った。
* * *
「う……うぅ」
男が目を覚ましたのはあれから数分後だった。
目を覚ました瞬間、顎を掴まれ、眼球には奪われたコンバットナイフ……それだけで命の危機を感じるには十分だろう。
「オハヨォ」フロイドがそう言って笑えば、びっちゃりと汗を掻いた目の前の男は「へへへ」なんて笑うことしか出来ない。
「オィ、誰が笑っていいって言ったぁ?」
表情を一瞬で変えて、コンバットナイフの刃先を眼球スレスレにまで距離を縮めれば、目が覚めると立場が逆転した事を悟った男は、もう神に祈るしか無かった。人を今まで殺してきて、神に祈るなんて随分と虫がいいとしか思えなかったが。
「私達が、あなた方の生殺与奪の権を握っていることはお分かりですね?」
返事を待つが返ってこないのは、どう考えてもフロイドが突きつけたコンバットナイフのせいだと分かっていたが、「分かったなら、ハイぐらい言えよコラァッ……」と男の顔の近くで唸るように言えば、死にそうな表情で僕に助けを求めている。
ここまで追い詰めておけば、秒で逆らったりなどしないだろう。
「フロイド、分かってくださったようなので、もうおやめなさい」
「はぁい」とこんな時ばかり良い子の見本のような挨拶をするフロイド。全く本当に呆れたやつだ。
目の前の男には、人魚二匹分の圧が加わっている。ただの脅しも、この男の目と耳を通せば、すでに数回死んだ錯覚さえしてるだろう。
さぁ、脅迫の時間だと、僕は目の前の男に微笑んだ。