リドルさんがオーバーブロットした姿をカメラに抜かれ翌日、僕たちは〝事情を知る者〟として父さんと共に、Ｓ.Ｔ.Ｙ.Ｘ.本部にお呼ばれしてしまった。
　ナイトレイブンカレッジのオーバーブロット経験者が拉致されて以降、秘匿されていたＳ.Ｔ.Ｙ.Ｘ.の名が世に知れ渡り、今では大々的に知られることなった組織であっても、この中に案内されるのは稀だろう。
　その組織から迎えが来て、こうしてアズール達が以前連れてこられた嘆きの島に降り立てば、すぐさま案内された部屋には、随分と見知った顔が並んでいた。
　心配そうに、ともすれば僕なら事情を知っているかもしれないと、話しかけようとして近づく彼らの動きを遮ったのは、ここの所長代理であるイデアさんだった。
「え〜皆さま、本日はＳ.Ｔ.Ｙ.Ｘ.の招集に応じてくださり、実にありがとうございます」
　大型のメインモニターの前、フヒと声を漏らす昔と変わらない彼——イデアさんに焦れて詰め寄ったのは、リドルさんと最も交流があった元ハーツラビュルの面々だ。口々にあのカメラで抜かれた彼の姿が、本当にリドルさんなのか……そして、どうしてあんなことにと言えば、彼ら以外の面々はどうして自分たちがここに呼ばれたのか、　全てにおいてあまりにも理解しかねる現状に、皆がイデアさんにどういった目的で自分たちを招集したのか、薄々思い当たってはいるんだろうが決定的な動機がわからず困惑気味だ。
「その説明をしてくれる人たちが、こっちの人たちだよ！」
　詰め寄られた兄を助けるべく、生贄とばかりに彼に案内されて現れたのは、アズールの義理の父親でありリドルさんの養父であるイヴァーノ・アーシェングロットと、彼の主治医であるフレド医術士と、その妻アルマさんの姿だ。三人とも酷い顔色をしている。
「……私は、キミたちがよく知るアズールの義理の父親で、同時にリデル……いや、リドル・ローズハートに新しい戸籍を与えて、彼の養父になり……私達は、彼や彼の子供たちをanathemaから匿っていた」
「は？　子供？？」「え、ってことは、もしかしてフロイド先輩との？？」
　エースくんとデュースくんが、昔と変わらない鳩が豆鉄砲でも食らったかのような表情をして驚いている。他にも
「それに関しては、あいつの主治医である俺が説明する」
　フレドさんは、リドルさんが女性化して子供を生んだこと、さらにその子供が父親違いの双子だったことが語られ、図書館でリドルさんを強姦したフロイド以外に、誰が父親なんだと後輩に当たる彼らが首をひねっていたので、僕が「アズールですよ」と教えてあげれば、驚いて目を見開いていた。
「で、その肝心のタコとウツボはどうした？」
　夕焼けの草原、伝統的な草木染で染められた布で仕立て上げた侍従の服を纏う、昔よりもずっと立派に見えるラギーさんを後ろに従え、Ｓ.Ｔ.Ｙ.Ｘ.の硬そうな椅子に腰掛けるレオナさんがそう問う。
「anathemaは、俺と妻のアルマ、それとそこのリーチファミリーの構成員の妻子を拉致した後。リドル・ローズハートとその子供二人と旦那も同じ様に捕まえたが、旦那二人……アズールとフロイドの二人は上手く逃げて、俺らを助けた後、子供とリドル・ローズハートを助けに向かっちまった……俺が二人を見たのはそれが最後だ」
　フレドさんは、リドルさんの主治医だ。彼の妊娠初期から出産やその後まで見守り続け、その期間中の全てを知っている。だから彼は、リドルさんがアズールの黄金の契約書イッツ-ア-ディールで子供の呪を引き剥がし、あの赤毛が真っ白くなった経緯も知っている。
　そして、リドルさんがあの赤毛を取り戻した理由なんて、そもそもひとつしかない事も分かっているはずだ。
「アズールは死んだんでしょう？」
　僕がそう言えば、アズールの義父であるイヴァーノさんとフレドさんたちが肩を落とし、レオナさんが「あのタコ」と舌打ちした。
「は？　ぜんっぜん理解できねーんだけど……」エースくんが、分かりたくないと拒否し、すでに頭の中にある答えを拒否している。本当に昔から、信じたくないことから逃げようとする人だ。
「呪を受けた状態で子を孕むと、その子供は母体の中で強烈な呪に晒され、呪子となります。その状態で男のリドルさんが子供を生むにはあまりにもリスクが大きかった……だからリドルさんは、自分のユニーク魔法と魔力を代償に、アズールと契約して子供の呪を引き剥がしたんです」
「それは分かったが、どうしてその……アズールが死んだなんて……」感の悪いトレイさんが、どうか全て勘違いであってくれと、そのような感情をにじませ、すでにここにいる半数が導き出している答えを拒否する。
「リドルさんの髪は、魔力を失ったことで、あの赤毛から白髪へと変わっていました。オーバーブロットしたリドルさんの髪色が元に戻ったなら、アズールとの間にあった契約が無効になったと考えるのが一番妥当ではありませんか？」
「もし、ローズハート寮長が何か別の方法で魔力を取り戻したなんて事は考えられないんですか？」デュースくんも、どうにかこの答えを回避したいようだ。
「考えられないことはありませんが、魔力を取り戻したリドルさんがオーバーブロットしてしまう程の精神的ストレスを受けたと考えれば、アズール以外の人、子供たちだけでなくフロイドもまた死んだと考えたほうがよくありませんか？」
　僕の発言に、隣にいた父さんが頭を抱えた。この人にとっても、息子の死というのは受け入れがたいようだ。あれだけ死と隣り合わせの様な立場でありながら、母さんのことやリドルさんの事も含めて、こういうところはとことん弱く甘い人だ。
「で、私たちはどうしてここに呼ばれたの？」ヴィルさんがイデアさんに問う。
「それはだけど……リドル氏は、英雄の国と陽光の国の山岳地帯にあったanathemaの施設を景気よくふっ飛ばしたけど、どういうことかこのフレド氏とアルマ氏たちだけは巻き込まないように、自宅に転移させたんだよね」
　Ｓ.Ｔ.Ｙ.Ｘ.のモニターには、リドルさんがふっ飛ばしたanathemaの施設があった場所や、カメラに抜かれたリドルさんのオーバーブロットした姿、それにマジカルフォースが撮影した映像には、リドルさんが隊員の首をあの首を刎ねよオフ-ウィズ-ユア-ヘッドで刎ねて、対象を使役するシーンが映っている。
「リドル氏のオーバーブロットは、普通じゃない。呪石の呪いによってオーバーブロット自体も変質して、自我だって目的のためにほんの少し残ってる程度だ。今回のリドル氏が、呪石に何を願ったかは知らないけど、出会う人間の首を容赦なく刎ねては、まるでネクロマンサーみたくその遺体をトランプ兵よろしく使役してる……その中で攻撃対象から外されるのが小さな子供がいた親子と、そこのフレド氏とアルマ氏だけだ」
「イデアくんもしかして、オレらにリドルくんぶつけよって考えてる？」
　眉間に皺を寄せたケイトさんが怒った顔で指摘すれば、ズバリを言い当てられたイデアさんが、ケイトさんの含みのある表情に「ヒッ！」と小さく声を上げた。
「そ……そうだよ。リドル氏が首を刎ねて回った人数は、ざっと見繕ってもすでに一〇〇〇人以上……小さな町ひとつ、オーバーブロットしたリドル氏は滅ぼしちゃったっんだよ。で、町の魔法執行官はもちろん全滅、マジカルフォースも最初偵察に向かった小隊は全滅、その後中隊規模が二回交戦してそれも九割以上が失われ、僕たちのところに要請が来た。その後カローンを中隊規模で送り込んでみたけどそれも全滅、でリドル氏がオフへを使えない可能性のある相手ならと、今回キミたちに白羽の矢が刺さったってわけ」
　もちろん、その作戦に参加しても良いって人限定だけど……と最後に付け足したイデアさんが、この先の作戦概要をモニターに映し出し説明していると、デュースくんが手を上げた。
「あの、その作戦って……最終的にローズハート寮長はどうなってしまうんですか？」
　未だ、リドルさんを自分たちの寮長と呼ぶデュースくんたちにとって、リドルさんは五年以上の歳月が経とうが、いまだ大切な人なのかもしれない。
　その呼び方ひとつで、その存在の大きさを察してしまえたイデアさんは「なんで拙者ばっかり、こんな嫌な役回りまわってくるの！？」と、本当に嫌そうだ。
　それだけで、この作戦の末にリドルさんがどうなってしまうかなんて、イデアさんの心中を察するなど簡単だ。それを察することの出来る人達は、この先の展開を考えてひどく不愉快そうな眉を顰めた。
「リドル氏が最終的にどうなるか、僕が言わなくてもそんなのわかるでしょ？」

　——リドル氏は人、殺しちゃってんだからさ。



2025.04.01
※18:19加筆
※4/3 5:52　呼称間違いの修正