幼いボクが呪石を拾ったあの夜、自室のベッドの上でボクは死んだ。
夜、ベッドで寝ていたボクの下腹部が、突然激痛を訴えた。叫んで、お母様を呼ぶことも出来ないほど、呼吸さえままならない体は、ベッドの上で痛みにシーツを掻くことしか出来ず。呪石の力によって強制的に〝何か〟を産もうとする体は、まだ幼く……それも、男の体での出産に耐えきれず、下半身を裂く激痛に耐えきれず、その世界のボクは抗うことも出来ぬまま、あっけなく終わりを迎えた。
二度目の世界は、ボクが呪石を拾った翌日の晩、初めの世界と同じように、〝何か〟を産んだボクは同じ様に激痛にのたうち、その世界のボクも始まりの世界のボクと同じく、あっけなく終わりを迎えた。
その後も……一日ずつ命が延びただけで、結末は変わることなく、ただ理由のわからない激痛にのたうち、ボクは強制的に訪れる死を受け入れさせられた。
三千回目の世界では、あの時よりずいぶん歳を重ねたボクは、とうとうこの激痛に耐える事ができるようになった。
下半身を血に染めて、お腹の底ほどから外に出ようとする力に抗えず、やっとの思いで体から排出したそれは、ボクの股の間、シーツを真っ赤に染めてこぶし大程の塊が転がっていた。人や生き物の姿をしているわけでもなく、精肉店のショーケースに並ぶ赤身肉のブロックにすら見えるそれに、子どものボクはあまりの恐ろしさと、お母様に知られてしまう恐怖に震え上がった。
すぐさまボクの血で赤く滑るそれをハンカチで包み、血に汚れた寝間着姿のまま、月明かりに照らされた庭の片隅に穴を掘って埋めた。
何かの悪夢だと、早く忘れてしまおうとしても、翌日、翌々日と。毎晩のように、ボクはその塊を産み続けた。
あまりの恐ろしい出来事に、家にあった医学書を片っ端から調べても、こんな記述は発見できず。ボクは毎晩
、ひっそりと部屋の片隅で肉塊を産み続けた。
それが何日続いたのか、今となっては、もうわからない。ただその日も激痛の中肉塊を産み、いつものように庭に埋めようと布越しに持ち上げれば、それはほんの一瞬、命の音を手のひらに伝えた。トクン——と弱く伝う音はほんの一瞬で途切れ……それは、この肉の塊が、ボクが産み落とした小さな命だと分からせられてしまった。
もう脈打つ事のないその子や、ボクが何も分からずに恐怖し埋めたその全てが、生命を宿していた可能性に震え。幼いボクにそんなものを受け入れる事ができるわけなく、気付いた時には、その三千回目の世界も終わりを迎えていた。
そしてその次の世界、ボクはいままでのように毎晩あの小さな塊を産むことなく、ミドルスクールに通い勉学に勤しんでいた。その時は確か、屋敷に他人を入れることを好まないお母様には珍しく、ボクに家庭教師の先生が付けられた。
その先生は、何人も有名ハイスクールやカレッジに合格者を送り込んだことで有名な方で、本人も魔法士育成の有名な大学出身者だ。
彼は週二回、ボクの勉強を見に自宅にいらっしゃった。この頃はお母様もお仕事が忙しく、ボクが先生を出迎え、授業が終わればしっかりと礼をして見送る。基本的に先生は無駄を嫌い、勉強の事以外を話すことなど一度もしたことがない。そんな先生が、いつものように淀みなく授業をしていたかと思えば、頭を押さえて地面に膝をついた。
「先生?」驚いて椅子から降りて先生の顔を覗き込めば、普段は茶色い瞳が真っ赤に染まっていた。
「ゔぅ……お前、私に何を……」
そう唸った先生の股間が、服越しにでもわかるほど大きくなっていて、それを見てヒュッと喉を鳴らせば、次の瞬間、ボクは部屋のベッドの上に投げられた。
「私が……こんな子供に……ハァハァ……許さない、こんな、一切の防衛魔法すら効かないなんて……そこまで私に、犯されたかったのか?」
シャツの前たてを左右に引っ張られれば、ボタンが引きちぎられ、スボンもベルトや下着ごと引きずり下ろして脱がされた。
「……ぃや……せんせぃ……どうして……やめて、ください……いや、いやだ……」
先生の知らない顔に、この先何をされるのか分からず、恐怖で体が震える。必死に嫌だと訴えても、先生は鼻で笑うだけだった。
「何が嫌だ……お前が私をこう仕向けたんだろ!? いつも大人しいフリをして、大人にこうされたかったなんて、なんて淫乱だ。お前のような淫乱は、君の母親にきっち伝えなくてはね『大人の男を誘惑する淫乱』だって」
なぜこんな酷い事を言われているのか、全く理解できなかった。逃げようにも大人の力で抑え込まれれば、同年代より平均より一回り以上体格が小さかったボクでは全く抵抗できず。過去魂に刻まれた強烈な痛みにも似た何かが、体を外側から内に裂くように押し込まれ、ボクは先生にレイプされた。
その行為は、お母様が帰宅し、ボクが部屋のベッドの上で泣き枯れ虚ろな表情で先生にレイプされる現場を発見されるまで続き。お母様が呼んだ魔法執行官により、ボクは助け出され、救急車でローズハート家に縁近い病院にて、秘密裏に処置を受けた。
そしてズタズタに荒らされたその奥、未熟ながらも子宮が存在することを確認され。万が一にも間違いがあったら困ると、ボクは知らぬ間にアフターピルを服用され、経過観察を受けた。
不同意性交等罪で逮捕された先生は、取り調べを受ける最中、今回のことはあの子供が全て悪い、自分は被害者だと訴え、何かに捕らわれるようにその瞳を赤くする。取り調べをした警察官も、同席していた魔法執行官も、額から大量の汗をダラダラと流し、本来の目の色と違う色に光らせる先生にただ事ではないと、専門知識の高い魔法士を呼び寄せ、先生が呪石の呪の干渉を受けていることがすぐさまanathemaに報告された。
「はじめまして、ローズハート君」
ボクの病室に現れた男は、呪いを受けた人間特有の青い髪(はといっても、白髪でくすんでいるせいか青灰色と呼んだほうがいいだろう)を、まだ本で見たことのない術式が織り込まれた黒い呪よけのローブで覆い隠し、真っ白い何も映さないような灰がかった白い眼球でボクを見た。
「リドル、この方は呪石研究所所長のダーハム・グレイソンさんよ。きちんとご挨拶なさい」
お母様に言われ、ボクは小さく頷く。
「ダーハム・グレイソンさんはじめまして、リドル・ローズハートです。未だ病状が回復せず、この様な姿で大変失礼いたします」
ボクがベッドから上半身を起こした姿でそう自己紹介すれば、ダーハム・グレイソンが大きな口で弧を描いた。
「いやはや、なんて利発なお子さんだろう! これも母君の教育の賜物なんでしょう……ところでローズハート君、君は以前赤い石を拾ったことはないかね?」
その話をきっかけに、ボクは幼少期お母様との週に一度の散歩で、赤い石に触れたことを話せば、彼はニンマリと笑ってボクに『呪石』に関する話をした。此度の事は、すべて呪石が関係するだろうと……
「ローズハート君、私達は君の手助けがしたい」
奴はそう言って、呪石という魔法士でもほんの一握りしか扱うことが許されず、魔法医術士どころか解呪士ですらどうすることも出来ない呪いを解くために、ボクをanathemaに招待するといい出した。
お母様もanathema以外で呪石をどうにかできるとは思えなかったのか、ボクは処置のためにひとり、anathemaに向かうこととなった。
だが、anathemaに向かった先待っていたのは、モルモットのように扱われる生活だった。
「子供ができれば解呪できるだろう」
そう言い放ったダーハム・グレイソンは、無作為に選んだモルモットの男を連れてきて、ボクと強制的に性行為するように命令し、泣き叫ぶボクは、魔法も抵抗も封じられ、孕むまで続くそれは悪夢のようだった。
クスリで性欲だけを高められた相手が、ボクに覆いかぶさり、白目を剥きながらよだれを垂らして腰を動かす姿、強烈な痛みと相手への酷い拒否反応……
自分が何をされているのかも分からない地獄が続いた先ボクは、ここに連れられてきて一週間もしない内に、人の臓器の十分の一以下の臓器が詰め込まれた、ボクの魂に刻まれたあの拳大の塊を産んだ。
分娩台に固定されて、激痛の中必死に産むことを強要されたボクは、汗と涙と血でグシャグシャだった。何度も意識を失いそうになっては、強制的に覚醒されて数時間、朦朧としたボクの視線の先には、ボクが産んだ子を取り上げた職員の持つ銀色のトレーの上に、手足どころか、口も鼻も目も耳も、何も無い血に塗れた二〇センチほどの塊がひとつ乗っていた。
「心拍数低下、急いで処置室に!!」
「心肺停止しました!! 早急に対処を!!」
遠のく意識に、(あぁ……また無理だったんだ)と、ボクではないボクの記憶が、苦しみ酷く落胆する。
その時の子は、延命処置も間に合わず、ボクはその後も、繰り返される強制的な性行為で心をすり減らすと同時に、産まれてくる人の姿をしていない子を、失い続けた。
強制的な性行為と出産を繰り返すボクは、ある日ダーハム・グレイソンの研究室に呼ばれ、彼の部屋を訪れた。
「ずいぶん疲れているようだが大丈夫かね? 君の体は呪石の祝福を受けているんだ、そう簡単には死にはしないだろうが、それでも労らなければいけないよ」
どの口でそんな事を言っているのかと、ボクはグッと奥歯を噛んだ。あれだけ出産を繰り返しても、すべて死産だったせいか、ボクの呪は解呪されないままだ。
「もう……家に帰してください」
奴に向かって、ボクは震えることでそう願う。
「なぜ? まだ解呪出来ていないだろう?? 君には無意識の魅了が掛かってる。こんな状態で元の生活に戻ろうとすれば、また君に対してそんな感情を抱かないような人をレイプ犯にすることになるよ。君の家庭教師の先生だって、不同意性交等罪のせいで人生を棒に振って、先日自殺されたよ」
薔薇の王国の大手新聞社の新聞を投げて渡され、震える手で確認すればだいぶ後ろの面に小さく、先生が自死したことが書かれた記事があった。
ボクに掛かった呪石の呪に巻きこまれただけなのに、仕事も家族も失った先生は、全てに絶望し、ボクを恨んで死んでしまわれた。
「ずいぶん立派な先生だったようだね……君は元の生活に戻るために、また犯罪者を作り上げるつもりかい?」
その言葉は、ボクの罪の意識を大きく膨らませ、絶望の縁に立たせるには十分だった。
「それに、君も自分の産んだ子に会えないのも悲しいだろう?」
ダーハム・グレイソンが、シャッとカーテンを引けば、そこにはボクが産んだあの塊たちが、保存液に漬けられた瓶の中に沈んでいた。
ヒュッと喉が鳴る。恐怖で脚がすくみその場に膝を付けば、「どうしたんだい?」と奴に二の腕を掴まれ立たされた。
「君が産んだ子供たちは、死してなお、呪石の奇跡を帯びている。本当に素晴らしい! これが完成された状態で生まれれば、もしかすればその子供は、呪石と同等の、神に等しい力を持って生まれるかもしれない……だから君には、完成した子供を産むまでここにいてもらわなければならない」
ダーハム・グレイソンが、ボクの手のひらに三センチほどの赤い石を握らせる。
「さぁ、願うがいい。最初からもう一度、君は一体どんな幸せを望んだのかね?」
ボクの手の中、燃えるように熱いその石に、ボクは願った。
——どうか、もし子供を授かるなら、ボクを心から愛してくれる人との子がいい……こんな、知らない相手じゃなく、せめてそこに、愛がほしい……
パキンと、手のひらで呪石が割れた瞬間、死してなお、呪石の力を身の内に宿すという、ボクが産んだ子供たちが、一斉に破裂した。
その衝撃は凄まじく、爆心地の中心点にいたボクは、肉片ひと欠片すら残らず吹き飛び。この世界のボクは終わりを告げた。
その途方もない時間、繰り返される始まりと終わりの果てに、ボクはキミと出会った。
海から来た彼は、失礼で無礼で、誰よりも自由で……ボクのことなんて、ただのおもちゃとしか思っていないような男だった。
フロイド・リーチ——
彼との出会いが、呪石と繋がったボクのこの繰り返される運命の先を枝分かれさせる存在になるとは、彼に出会ったばかりの頃のボクは、思いもよらなかった。