翌朝、窓から差し込む光で目を覚ました。朝の太陽に白く照らされた海はキラキラと光り、ボクは思わず、眩しくて目を手で覆った。
ナイトレイブンカレッジ時代に、海から来た彼らは、散々面白いものがない、つまらないと言いながらも、決して海が嫌いだとは言わなかった。
「こんなにキレイなんだ、嫌いになるはずがないね」
故郷を愛し、人魚であることを誇りに思っている、そんな海のような自由な彼ら三人を、ほんの少しキラキラして眩しく思ったこともあった。
「……かあさん?」「……どうしたの?」
ボクがベッドから出たせいで、二人がうっかり目を覚ましてしまった。時計を見ると、まだ六時過ぎ。二人がいつも起きるより少し早い。
「なんでもないよ……まだいつも起きる時間より少し早いけれど起きるかい? たぶん、もうそろそろレストランのバイキングが始まる時間だけど……」
「ばいきんぐ?」「なにそれぇ?」
「たくさんのメニューから、自分が食べたいものを好きなだけ選んで食べるんだ。もちろん取り過ぎはいけないけれどね」
好きなものを食べたいだけ……そう聞いてアスターとサミュエルが目をキラキラと輝かせた。
「かあさん! それ行きたい!!」
「好きなだけ、本当に食べてもいいの!? すごい!」
きゃっきゃとはしゃぐ二人に「じゃあ、まずは身支度をしようか」と言えば、いつもの様に走って顔を洗いに行った。
メインダイニングとは違いカジュアルライクな服装が許されるレストランに向かうと、早々に二人は上がりそうな声を口を抑えて我慢していた。
ボクが、大きな声を出したり、周りの人の迷惑になるような事をしてはいけないよと言っていたため、そうやって我慢してくれたようだ。
アスターもサミュエルも、分厚いハムステーキやカリカリに焼いたベーコンとスクランブルエッグを口に頬張り、サクサクのクロワッサンを初めて食べて感動していた。
会場には、バケット、それに輝石の国の北西部で良く食べられるという黒パンも並んでいる。こちらでは珍しい薔薇の王国では良く食べられているティンブレッドまで置いてあった。ジャムや紅茶も何十種類も用意され、流石は豪華客船だと、ボクも薔薇の王国で有名なメーカーのイングリッシュブレックファストをミルクティでいただいた。
ボクが紅茶とクロワッサンを一つ食べたところで、二人は一通りはんぶんこしながら全メニューを制覇する勢いで幸せそうに食べている。
そう言えば以前、食堂でアズールとジェイドの二人と一緒のテーブルになってしまった時。しかめっ面のアズールが、ゆで卵と鳥の胸肉と豆と野菜が盛られたプレートをフォークで突きながらため息を付いていたのを思い出した。
気になって、あの食事量すら食べるのも辛く感じるぐらいアズールは少食なんだろうか? と、ジェイドに聞けば、普段はふふっと笑う彼が、腹を抱えて大声で笑った。
「あれは体型維持のためですよ。そのためだけに、食べたくもない代わり映えしない味気ないメニュを毎日食べて辟易してるだけです。本当はアズールはああ見えて、食べようと思えば僕より食べれるんですよ」と言われ、常に五人前でもペロリと食べ、授業中ですら先生に見つからないようにパンを頬張るジェイドを知っていたから、それ以上食べれると聞いて驚いた事があった。
フロイドも、あのモストロ・ラウンジで使う一日分のフルーツを全て食べてアズールに怒られたと話していたし、人魚は皆大食漢なのかもしれない。
そうならアスターとサミュエルの二人が、一回の食事で大人顔負けの量を食べるのも納得だ。
ボクは二人の食べっぷりにお腹いっぱいになりながら、二人が納得するまで食事の光景を見守った。
食事の後、ボクたちは〝部屋付き〟だと言った昨日の彼に案内され、子供向けのキッズルームで生まれて初めてメリーゴーラウンドに乗った。はしゃぐ二人は木馬に乗り、ボクはスカートを履いていたせいもあって馬車に乗り込む。
軽やかな曲とともに木馬が上下しながら回ると、二人が嬉しそうに声を上げる。その後姿に、ナイトレイブンカレッジに置いてきてしまったヴォーパルを思い出した。
その後は、プレイルームで大きなトランポリンに乗って跳ねる二人を見守り。空気で膨らませた滑り台を滑り大量の柔らかいボールの中に飛び込む二人は、心配になるぐらいはしゃいで楽しげだ。
昼食を取ると、眠くなった二人を一時間ほど部屋で昼寝させ、起きれば次はシアタールームだと、二人に手を引かれ連れて行かれた。どうやら人気アニメの映画が上映されていて、それをどうしても見たかったらしい。
映画は、兄を失った少年がケアロボットに心身のケアをされながら、最終的には仲間に助けられ成長していくお話だった。二人はアクションシーンに興奮し、ボクは少年とケアロボット、そして亡くなったお兄さんとの絆に少し泣いてしまった。
夕方になれば、昨日と同じスーツとイブニングドレスに着替えメインダイニングに向かうと、昨日と同じ個室専属のギャルソンが対応してくれたおかげで、彼と顔なじみになった二人は、その日の夕食もとって楽しい食事になったようだ。
食事が終わると、ギャルソンは二人にクッキーの入った紙袋を渡し、二人はお礼にと屈んだギャルソンに抱きついて頬にキスをしていた。
ニコリと微笑むギャルソンは「皆様に楽しんでいただけて嬉しい限りです。どうか残り最後の船旅も心からお楽しみ下さい」と一礼した。
その日の晩も、二人はボクと一緒に寝たいと言って布団に潜り込んだ。暖かな体温を感じながら、ボクは波の音を聞きながらぼんやりと天井を見上げた。明日、目が覚めればこの船旅も終わる。
(アズールに明日会うのか……)
数年ぶりの再会は、想像すると少し怖い。アズールのプロポーズのを疑いたくないが、あの時のボクは女性の体だった。もし彼が、今の男の姿に戻ったボクを見て、結婚は間違いだったと考え直してしまったら? 彼がボクと結婚するなんて言った事を後悔したらどうしようと、そう考えずにはいられなかった。
ボクだけなら仕方ないで済ます事ができても、アズールを父親だと慕うアスターとサミュエルが悲しむ姿は見たくない。それに、本当にアズールは、アスターだけじゃなくサミュエルの事も愛してくれるんだろうか?
(今はまだ、アズールに会ってみない事には分からない。ボク一人がグルグル考えたところでどうしようもないんだ)
ボクは部分的に赤みを帯びたアスターとサミュエルの柔らかな髪をゆるりと撫でながら、きっと大丈夫、アズールを信じようと目を閉じた。
翌朝目が醒めて、朝食を取れば下船まであっという間だった。アスターとサミュエルが船で出会った人たち一人ひとりにお礼を言って周り終えると、港に到着した事をアナウンスが知らせた。
「さぁ、二人とも行くよ」
そう言ってトランクを抱え、ありがとうございましたと背を曲げて例をする彼らにありがとうと返し船を降りると、ユニークな曲線美が美しい街並みが広がっていた。
観光地ということも有り、有名ホテルやビーチが近くにあるせいで、歩く人たちの開放的な雰囲気に、ボクは少し腰が引けた。
「すごい! きれい!!」「ヘンテコなのがある!!」
有名な芸術家が多く育ち、美術館も多いその街は、不思議なオブジェがいたるところに立っていて、二人は景色を見るだけで心が踊るのかじつに楽しそうだ。落ち着いたら、観光に美術館に行ってもいいかもしれない。
港近くのバスターミナルから、内陸に二十分程だという新しい住まい。そのバスが出る前に、二人が食べたいと指さしたキッチンカーで、ベーコンとチーズにオリーブオイルを回し掛けたサンドイッチを購入した。
オリーブの栽培が盛んなこの地域では、オリーブを使ったメニューが多く取り揃えられていた。アズールは好きだろうかと、露天に積んであったオイル漬けの小瓶を一つ試しに買ってみた。
そうこうしている間に、バスが到着する時間になり、赤く塗られたバスに乗り込むと、三人掛けの席に座った。窓の近くに座りたいと喧嘩が始まりそうな二人を「順番だよ!」と言って間に仲裁に入ったりしながら、二十分観光地から離れるだけで、オリーブ畑や可愛らしい家々が立ち並んで落ち着いた雰囲気に変わった。
「かあさん、ぼくたちここにすむの?」
「おもしろいところ?」
「どうだろう? ボクもわからないけれど、どんなお家か楽しみだね」
「たのしみー!」「とうさんと会えるのもたのしみ!」
ニコニコする二人に、バスの乗客も微笑んでいた。
「あなたたち、この町は初めて?」
ボクたちに話しかけてきたのは、深いシワが刻まれた顔の小柄な女性だった。アルマよりも年齢が高そうなその人は、杖を手に持ち、明るいオレンジの帽子を被っている。人柄の良い温和な顔で微笑む姿は、アズールのお祖母様を思い出した。あの人は、目がシャープなのに笑うと可愛らしい人だった。
「はい、今日引っ越してきました」
「おとうさんとねー! すむんだよ!」
「ここ、おもしろいのあるー?」
二人が会話に割り込んで急に話しかけても、女性は特に怒ることもなく「それは良かったわね」と「この町には遊具がたくさんある大きな公園があるわよ」と二人に返事をしてくれた。
公園と聞いた二人は、また叫びそうになり口を手で塞いで喜んでいる。以前は、歓楽街の近くという事もあり、子供向けの公園なんてなかった。二人はそのせいか、アニメで見る遊具のある公園に憧れていた。
新居がある町のバス停に停まり、女性にお別れを告げバスを降りると、可愛らしいデザインの石畳や白漆喰の街並みが美しく、ボクはしばし景色に見とれてしまった。きっとケイトがいたら、マジカメでの撮影に忙しがったろう。
そこから更にタクシーで十分。着いたのは広い庭にブランコのある家だった。周囲の景観を守ってか、白漆喰の外壁にオレンジの屋根、二階建ての家は、アズールが選んだとは思えない可愛らしい外観だ。
フェリーのチケットと共に送られてきた、紫色の薔薇のキーホルダーが付いた鍵で玄関を開けると、中はフレドやアルマと暮らした家のような、カントリーな内装で彩られた壁紙や家具でコーディネートされていた。
一階、広い玄関から見える廊下突き当り、リビングダイニングになっているそこは、フレドとアルマの親しんだあの家の雰囲気をそのままに、少し上品にまとめられた家具が品良く置かれていた。
奥の対面式キッチンは、大きなオーブンが付いていて使いやすそうだし。冷蔵庫も大きくて食材が沢山入りそうだ。全体的に窓も大きく、リビングには、大きなL字型の生成りのソファーがドンと置いてあり、フレドの家にあった長年使われスプリングが少し壊れたソファーとは違い、ふかふかで気持ちがいい。
リビング横の大きな窓の外は、ガーデンテラスになっていた。そこから裏庭に出ようとすると家の軒下に二人乗り出来る木製のブランコが付いていて、それを見た二人はわっと声を上げる。
「ブランコすごーい!」
「おうちにブランコなんて公園みたい!」
二人はすぐさまブランコに飛び乗って、きゃっきゃと騒いでは、ボクに押して欲しいとせがんだ。仕方ないねと三分ほどブランコを揺らし「さぁ、これぐらいにして、他のお部屋も見ようか」と提案する。
「おとうさんが、二階に二人の部屋があるって言ってたよ。荷物も届いているはずだから見ておいで」
「ぼくの部屋!?」「すごい! おれだけの部屋!!」
先程から凄い以外の言葉が出ない二人は、リビングを出て玄関近くの階段を駆け上がり、部屋に行き着いたのか、ドアを開けて興奮でさらにワーと大きく叫んでいる。
嬉しそうなその声を聞きながら、ボクも二階に上がり夫婦の寝室と部屋の見取り図に書いてあるドアを開けると、そこには大きな体の大人が三人ほど寝ても十分ゆとりのあるサイズのベッドが一つ鎮座していた。
(アズールと、ボクのベッド……なのか?)
その時思い出したのは、ハーツラビュルのボクのベッドの上、覆いかぶさりボクを見下ろすアズールの顔——
「!!???」
とんでもないものを思い出してしまった。苦い思い出のはずなのに、今はなぜか恥ずかしさが上回った。子供たちに見られる前に顔の温度を元に戻さなければと頭を悩ませていると、玄関でインターフォンが押された音が部屋に響く。
アズールかもとモニターで確認すると、そこには大きなふわふわのテディベアが映っていた。
クマにびっくりしているとモニター脇のスピーカーから『リドルさん、手が離せないのでドアを開けてくれませんか?』とアズールの声が聞こえた。
「わかった、少し待っていて」
急いで玄関を開けると、巨大なテディベアだけじゃない、紙袋や包装紙でキレイにラッピングされた箱を器用に抱えたアズールが立っていた。
「お久しぶりですリドルさん」
「本当に久しぶりだねアズール」
数年ぶりの再会にしてはずいぶんあっさりした挨拶を交わすと、声を聞いてドタドタ足音を立てて二階から降りてきた二人とアズールの視線が合う。
荷物を置いたアズールは、床に片膝をついて目線を合わせ、少し緊張した面持ちで初めて二人の名前を呼んだ。
「アスター、サミュエル……元気にしてたか?」
「「とうさん!!」」
父親と認識している人に名前を呼ばれ、嬉しさからアズールの胸元に突進するように飛び込んだ二人に、アズールから「ヴッ!」っと苦しげな声が上がった。が、彼はそれを咎めることなく、自分の事をとうさんと呼ぶ二人の頭を撫でていた。
その光景に、アズールが二人を受け入れてくれたこと、そして二人がアズールを父親ときちんと認識してくれたことに安堵する一方、ボクの心にターコイズブルーの影がひらりと横切り、チクリと胸が痛む。未だ、唐突に思い返すこの痛みに慣れることがない。ボクは、三人に気付かれないように胸元をギュッと手で掴んだ。
「とうさん、これは?」「プレゼント??」
二人はアズールが持ってきた大きなテディベアや紙袋に包装紙に包まれた箱に興味津々なようだ。
「奥のリビングに運んでくれないか?」
「「はーい!」」
アズールに頼まれた事が嬉しいのか、二人は良い子に返事をして、大きな紙袋を引き摺りながらリビングに走っていった。その場に残されたボクとアズールの視線が合う。その彼の瞳に、一時期染められたボクの髪色と同じ事に気づいた。苗字といい色といい、そんなに同じがいいんだろうか?
「そんなに熱い視線で見つけられると照れるんですが」
「熱い視線って……からかうのはおよしよ。ところでアズール……キミ、少し背が伸びたのかい?」
アズールと並んだ時の目線が、記憶と少し違う気がする。
「えぇ、ゴースト花嫁の言う理想的な結婚相手の身長には若干届きませんでしたが……まぁ、誤差の範囲です。リドルさんは、ずいぶん髪が伸びましたね」
アズールの指先が、胸下まで伸びたボクの横髪を、サラリと指で梳いて耳にかけた。
「性転換薬も飲んでいないからね、少しでも女性に見える様に、髪は長い方がいいかと思って」
「髪を伸ばさなくても、あなたは昔から、見た目の性別は曖昧でしたよ」
それはどういう意味なんだいと聞き返した時には、アイツを思い出して胸を刺す痛みが、少しばかり緩んだ。
「もうすぐ昼食の時間ですが、すぐに食べれそうなものを買い込んできました、食事にしますか?」
「そうだね、あの子達は食べることが好きだから、きっと喜ぶと思うよ」
アズールの持ってきた荷物やプレゼントは、彼が運転してきた車の中にも残っていた。それを全て回収してリビングに向かうと、ふわふわのテディベアに突進して抱きつく二人の元気さに、アズールは少し怯んでいる。ほとんど子供と接したことがないアズールにしてみれば、四歳児の全力の遊びは、中々に激しく見えることだろう。
「アズール、あの車……キミ、免許なんていつ取ったんだい?」
「レオナさんが専属の運転手が欲しいとおっしゃられたので、僕が〝わざわざ〟免許を取って差し上げたんです」
つまりはレオナ先輩に嫌々免許を取らされ、運転手として働かされたということか……だが、
「レオナ先輩を乗せていた割には、可愛らしい車だね」
窓の外に見えるころりとしたシルバーのコンパクトカーからは、アズールやレオナ先輩のイメージを全く感じない。
「あれは、家族で乗る用の車です。あの車にレオナさんを乗せたら、どんな嫌味を言われるか分かったもんじゃない。それに仕事で向かう先がオフロードばかりだったので、あちらで仕事用に使っていたのは主にクロスカントリー車ですよ」
クロスカントリー車と聞いて、アスターとサミュエルが「どんな車!?」「おじいちゃんの車みたいなの!?」とアズールに質問した。二人は実に男の子らしく、車や飛行機といったおもちゃが大好きだった。
二人に質問されたアズールは、マジカメを操作して自分が使っていた車を見せ、どういった車かを説明すれば、二人は揃って「「すごいカッコいい!」」と声を上げている。
「とうさんは、おじいちゃんの車、しってる?」
「あぁ、トリアイナ社の車だろ。あれとは違うが……」
スススとマジカメの画面を指先でスクロールするアズールに密着して、アスターとサミュエルはアズールの別の車を見せてもらっているようだ。
夕焼けの草原、ライオンのエンブレムが入った高級自動車メーカーの車に、二人は興奮して頬を真っ赤にしながら、それに乗っているアズールの事を凄い凄いと言って褒めている。
子供たちに手放しに褒められるのが嬉しかったのか、アズールは二人に「今度ドライブに行こうか」と誘い、もちろん二人は喜んで、アズールに抱きついていた。
その光景を見ながら、ボクはアズールがデリで買ってきた惣菜やサンドイッチをお皿に盛りつけ直し、一緒にバスに乗る前に買ったサンドイッチもオーブンで温め直し食べやすくカットして、ダイニングテーブルに並べて置いた。
「さぁ、おしゃべりは後にして、お昼にしよう。今日は、お父さんが買ってきてくれたご飯だよ」
二人はアズールの手を引いてテーブルに付くと、見たことのないメニューに目を輝かせていた。
「「いただきます!」」
「しっかり噛んで食べるんだよ」
ボクの注意が聞こえているのか、二人はボクに「これが食べたい」「あれが食べたい」と言い、ボクが二人の取皿にとってあげる姿を見て、アズールは眉間に皺を寄せて「少し過保護すぎませんか?」とボクをたしなめた。
「母さんが食べられないだろ、自分たちで取りなさい」
アズールがそう言うだけで、二人は自分たちの取皿の上に、食べたい惣菜を取っておいた。もちろん二人が自分で出来たことを褒める事を忘れないアズールに、キミの方がボクより親らしいなんてと、この短時間で二人を取られてしまった気がして、ボクは少し唇を尖らせた。
アズールが「余ったら、ディナーにも出しましょう」と言った惣菜は、ものの数十分でアスターとサミュエルのお腹の中に収まってしまった。
その光景にアズールが「そんなに食べて、太るぞ」と言うと、二人はキャッキャと笑って「太らないよー」と笑って見せれば、アズールは複雑な表情で「そうか」とだけ口にしてコーヒーを啜った。
食事も終盤に差し掛かると、お腹がいっぱいになった二人は、そろそろ電池が切れたのか、うとうとと船を漕ぎだした。
「ベッドまで歩ける?」二人の口をペーパーナプキンで拭きながら聞けば、むにゃむにゃと目を擦ってそのままテーブルで寝てしまいそうだ。
ボクが二人を寝室に連れて行こうとすると、ボクの代わりにアズールが同時に二人を抱え運ぼうとしてくれた。
「結構重いんですね」
「そうだよ、毎日たくさん食べて、たくさん遊んで、たくさん寝ているからね。大きくなるのも早いよ」
起きた時にびっくりしないように、二人の部屋ではなく、ボクたちの寝室のベッドに二人を寝かせた。
「いい夢を」
チュッと二人の額にキスをして、ボクたちはリビングに戻った。