人はそれを相思相愛というあの方は随分と柔らかく笑われるようになった。
岩王帝君であった時分に全く笑っていなかったわけではないが、少なくとも声を上げ口を開けて笑うような顔は見たことがなかった。
彼が旧友と呼ぶ故人達であれば、あるいは見ていたのかもしれないが。

3700年続いた重荷を下ろして気が楽になったがゆえか、沢山の趣味をお持ちになった。
花を愛で、鳥を飼い、芝居や講談を聞く。
それらの趣味は人の営みから距離を置く魈には今ひとつ理解し難いものであったが、あの方が心から楽しまれているのであればその生活を守りたいと思った。

千年続く契約として人の世を守るのではなく。
人間はか弱きものゆえに守護してやらねばという庇護心ではなく。
ただただあの方が穏やかに暮らしていけるのならば。
岩神の部下であり仙人であり、何よりも戦火と怨嗟に塗れた自分のことなど忘れられたとて構わない。
この槍を振るうことが貴方の笑顔に繋がるならば、それが何よりの喜びであると。

だというのに
「俺の幸せを望むのならば、どうか俺の側でお前に笑っていてほしい」
などと。
どうしてそのような他で見たこともないような穏やかな笑みを向けられるのか。
手ずから散薬を作り、旅人との交流を勧め、己などを食事に誘われるのか。
甚だ理解し難いが、それも貴方の幸となるというならば。

……それはひどく幸せなことだ、と。そう思った。