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    mmmori0314

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    mmmori0314

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    桜と蒼真くんと有角さん。桜の木の下には死体、的な怖い美しさってあるよねという話。ほぼポエムです。なんだこれ。

    ##悪魔城ドラキュラ

    血を啜りて花の咲く 桜が咲いている。
     草木も眠る丑三つ時、桜の下で花見を楽しんでいた人々の姿は既になく、静寂が夜を支配している。
     喧騒を忘れた公園はまるで人を拒絶するかのように沈黙しており、錆びた街灯の光は闇を払うにはあまりに弱い。
     今を限りと咲き誇る桜は夜の闇に仄白く浮かび上がり、冬の鋭さを失った風が枝を揺らすたび、はらはらと花びらが降る。雪のように、散りゆく魂のように。
     見慣れた景色のはずなのに、まるで知らない世界に迷い込んだみたいだ、と蒼真は一人桜を見上げた。淡い花の塊が幾重にも連なって現実を覆い隠す。異界に踏み込んだことはあるけれど、こんな美しい場所は知らない。
     我知らず感嘆の息を吐いて、ふらふらと桜に招き寄せられるように近付いてベンチに腰掛ける。見上げれば視界いっぱいの、花の天井。
    「なあ、見ろよ。すごいな」
     視線は花に向けたまま、語りかける。静寂に声が響く。
     周囲に人の姿はない。
    「……美しいとは思うが。夜歩きは感心せんな」
     だが当然のように返ってきた声に、蒼真はようやく視線を桜から外した。
     街灯の光の届かぬ場所。木々の落とす影の中に、いつの間にか黒衣の男が立っている。
     黒一色の輪郭はじわりと闇に滲み、その姿を曖昧に溶かしているものの、見えない程ではない。つい先程までそこには誰もいなかったはずなのだが。けれど、驚きはなかった。
    「やっぱりいたのかよ、有角」
     監視ってのも大変だな、と他人事のように声をかける。夜遅くまでご苦労なことだ。そこまでする必要があるのかという疑いを抱かなくもないが、この男が自分の側を離れるという想定はなかった。
     姿が見えずともいるだろうと思って声をかけたのだ。むしろいなかったら困惑する。 
    「それが役目だからな」
     そして蒼真の予想通り、有角はやはりそこにいた訳だが。ひとつだけ意外なことに、弱々しい光の下へ歩み出てきた有角は私服姿だった。いつものスーツ姿でないということは、本当はもう仕事上がりだったのが、蒼真が深夜徘徊をしたせいで出る羽目になったのかもしれない。だとしたら少し悪いことをした。
     それにしても。
     黒を基調とした服装に、黒いコート。いつものスーツも高級感があるが、私服姿は更に優雅だ。上等なものなのだろうが、蒼真のような一介の学生とは世界が違いすぎて嫌味さすら感じない。
     桜の花びらが降る。
     夜の闇。人の明かり。爛漫と咲き乱れ散る花。それに人間離れした容姿と貴族的な品の良さが合わさった先には、現実感を失わせる程の美がある。
     それは、この夜桜の異界じみた美しさにも似て。
     一瞬、背筋に震えが走る。
     ぞっとするほど美しい、なんてものは単なる誇張表現だと思っていた。そんなものが現実に存在するなんて思っていなかった。
     有角のことは、よく知っているとは言えないが、多少は馴染みがある相手だ。だというのにその圧倒的なまでの美しさは、畏れの感情すら抱かせる。恐怖に縛られたように動けない。目を逸らすことすら許さない美というものは、暴力的ですらあった。
    「……蒼真?どうした」
     訝しげな有角の声に、はっと我に返る。
     どうにも、この景色は幻想的すぎていけない。雰囲気に呑まれそうになる。
    「ああ、いや……あんた、そうしてると桜の妖怪みたいだなって……」
     いや既に呑まれていた。これ言っちゃいけないやつだ。
     うっかり口に出した言葉に、有角の視線がみるみる冷たくなる。先程まではあった心配のようなものも、いまや呆れに取って変わられたようだ。
    「……いきなり他人を妖怪呼ばわりとは御挨拶だな。そんなくだらん事を言うほど頭が働いていないなら、さっさと帰って寝たらどうだ」
    「ご、ごめん……悪かったって」
     流石にこれはこちらが悪かった。ひとつの言い訳も出来ず素直に謝る。有角の視線が痛い。
     だが、その刺々しい態度と不機嫌そうな仏頂面はまあいつもの有角で、馴染んだそれに多少ほっとしたのも事実だ。内緒の事実だけれども。多分これを口に出したら更に怒られる。
     そんな蒼真の心中を知ってか知らずか、有角が溜め息をひとつ。
    「……そもそも、桜の妖怪とは何だ。いったいお前は俺が何に見えている」
     元より、そこまで怒っていた訳でもないのだろう。説教に対するやる気よりも蒼真のたわ言に対する疑問のほうが勝ったらしい。助かった、とこっそりと胸を撫で下ろす。
     と言っても、大した意味のある発言でもないのだが。
    「いや、ほら……桜って綺麗だけどさ、少し怖いだろ」
     儚く美しく、どうしようもなく心を惹きつける。
     蒼穹の空の下で見れば美しいばかりだが、こうして闇を纏えば、まるで此処ではない何処かへと誘うように、狂おしく咲き誇る。
    「どこかに連れて行かれて戻ってこれなくなるような、さ」
     はらはらと花の降る。
     埋もれて、紛れて、帰り道がわからなくなるような錯覚。
     誘われて、引きずり込まれて、それっきり。
     慣れ親しんだ日常には戻れない。
    「桜の木の下には死体が埋まってるとか、切ると血を流すとか、人の血を啜って綺麗に色づくとか、色々言うし」
     血と死を根に抱いて花をつける魔性の美。
     人を惑わし、喰らえば喰らうほど美しく咲く。
     別に信じている訳ではないけれど。この光景を見ていると、そう言いたくなる気持ちもわかる気がする。闇に白く浮かび上がる花には、漠然とした不安のような、焦燥のような、どうしようもなく心をかき乱す何かが秘められている。
    「ただの作り話だろう。つまりお前は俺が人の血を啜る妖怪に見えているということか?」
    「なんでそこピンポイントに拾うんだよ」
     情緒の欠片もない。
     桜を見上げる有角の横顔を眺める。闇に沈み切らない、青白い貌。
     この男の纏う夜の気配。この世のものではないような美しさ。晴れた空の下、雑踏にいることが違和感になるような、非日常的な存在感。
     物憂げに黙っていれば、異界の入り口で手招く隠し神だと言われても信じてしまいそうなのに、本人はいたって現実的な物言いだ。
    「そうじゃなくて。あんたが化け物だとか言う気はないけど、どっちかというとそういう世界に住んでるほうだろ。そういうのにどっぷり浸かってる雰囲気があるからだよ」
     普通の人間が関わることのない魔の領域。詳しくは知らないが、有角がそういった世界で生きていることは知っている。蒼真が片足を突っ込んで、ほうほうの体で抜け出した場所が彼の仕事場だ。
     まあ、同じくそういった場で仕事をしているヨーコやユリウスには感じない雰囲気なので、個人の気質なのかもしれないが。あるいは単純に容姿の問題か。
    「……まあでも、よくよく考えたら逆か。あんたは俺が変なとこに行きそうになったら引きずり戻すほうだよな」
     深い、深い、闇の中へ。蒼真が堕ちて行かないように。
     この魂に眠る魔から遠ざけて、日常という現実へ帰るよう背を押してくれたのは有角だ。それは出会ってから今に至るまで、ずっと変わらない。
    「ああそうだ。俺はお前を踏み込ませない為にここにいる。お前の死から咲く花など見たくはないし、お前の血を啜るのもまっぴら御免だ」
     少しばかり、強めの語気だった。
     有角の冷たい視線と尖った声音はあからさまな不機嫌さを主張していたが、蒼真としては安堵しかない発言である。誘う闇の境界線上。そこに惑わし引きずり込む怪物はいないのだから。帰り道は指し示されている。
     多分、その辺りの心境は見透かされていたのだろう。一応神妙な顔をして聞いていたつもりなのだが、有角は仕方がない奴だと言いたげに溜め息をついて、蒼真から視線を外した。
     ふらりと桜に近付いて、幹に手を当てたその姿はやはり恐ろしいほど絵になっている。
    「……血を啜った果てにこれ程美しい花を咲かせるというなら、それはそれで羨ましくもあるがな」
     有角にしては珍しい軽口は、何気ないようでいて、微かに疎ましげな厭わしげな色が乗っていたような気がした。何かに倦んでいるような。
     思わず口を開こうとしたところで、ぶわりと風を孕んで花びらが舞い上がる。薄紅の花吹雪に視界を奪われ、何を言おうとしていたのかもわからないまま言葉を失った。
     そしてひらひら、ひらひらと。
     花びらが地に落ちる頃には、有角の横顔に差していた翳りは消えていて、いつもの愛想のない無表情に戻っていた。いつも通りの無感動な視線がこちらを向いて──
    「………」
     ──ふっ、と緩んだ。
     基本的に能面のような無表情か、ともすればやや不機嫌そうな顔をしている男だ。ひどく珍しいその柔らかな眼差しは、普段との落差もあって殊更に蒼真の心を掻き乱した。
    「???」
     思いがけない不意打ちに、頭の中が疑問符で埋め尽くされる。
     そんな蒼真の困惑などお構い無しに、静かに近寄って来た有角がついと手を伸ばす。この男、動く時に音がしない。そこにいるのにまるで幻のようだ。夢のようなこの桜景色と相まって、余計に現実感が薄れる。
    「じっとしていろ」
     髪を梳く、軽い感触に目を細める。それは心地好いものではあったが、やはり意図が掴めずただされるがままに過ごす。するりと離れていく指を名残惜しさと共に見送れば、はらりと花びらが落ちて行った。どうやら髪についていたそれらを払ってくれたらしい。
    「可愛らしいな」
     白磁のような手、そのしなやかな指先で桜の花を摘まんで、有角がくすりと笑う。何も気付かずにそんなものを頭に咲かせていた蒼真を微笑ましげに見る、その顔。
     子供扱いされた、といつもなら不満を覚えるところだが、それも吹き飛んでしまった。
     元々、不機嫌そうに立っていても人目を引く程の美貌の持ち主だ。それがこうして、夢のような景色の中で微笑むのは反則だろう。
     人間離れした美しさ。異界じみたそれ。
     いつもの冷たく人を拒絶するような雰囲気が作り出すのが畏れひれ伏し震える美だとすれば、こうして笑った時に生まれるのは蕩け惑わされ狂う美だ。
     どうかこの血を啜ってくれと、首を掻き切って捧げるような。養分となる為に桜の根の下に身を差し出して埋まろうとするような。
     ぞっとする話だ。
     有角は他人に興味がない。
     誰かを支配し従わせることにも、誰かを篭絡し破滅させることにも、関心はないだろう。
     もしもこの男が自分の容姿を悪用するような人間だったら、狂う人間などいくらでもいる。魅入られてしまえば待つのは破滅、人から搾り取った血で咲く花はさぞかし凄絶で美しいだろう。そうなるもならぬも本人の心持ち次第で、その無関心はきっと幸いなことだ。
     もっとも、使う気がない以上、本人にとっては騒ぎ立てられるのは煩わしいばかりなのだろうが。この美しさは有角を幸せにはしない。
     ベンチに降り積もった花びらの上、花ごと落ちていた桜を潰さないようそっと手に取る。
    「有角」
     胸の中にわだかまる考えを振り払うように、勢いをつけて立ち上がる。そのまま有角に突撃すると、どさくさ紛れにその髪に桜の花を挿した。
     闇色の髪に、淡い花が映える。
    「……蒼真。俺はもう流石にこういうのが許される年では」
    「別にいいんじゃないか?可愛いらしいって」
     年寄りくさい断り方をする有角を遮って、先ほど投げられた言葉をそのまま返す。
     自分の内側に渦巻く諸々を誤魔化すような、些細な悪戯。花を払おうと伸ばされた手を掴んで邪魔をすれば、これ見よがしに盛大な溜め息が降ってくる。
    「蒼真」
     けれど、その呆れてげんなりした顔はなんとも人間らしい。神秘的な雰囲気を大いに損なうそれが何だか嬉しくて、邪魔をする手を離すどころか増やせば有角は諦めたように腕を下げた。
     有角は説教くさい奴だが、蒼真が危険に首を突っ込まない限りはそれなりに寛容だ。どうでもいい事にいちいち文句を言うのは面倒くさい、というだけかもしれないが。
     掴んだ手は、夜風に冷えたのか元から体温が低いのか、ひんやりと少し冷たかった。それでも、温度があって質量がある。花の幻ではなく、現実に生きている者の手だった。
    「……。そろそろ帰ろうか」
    「そうしろ。家までは送ってやるからいい加減この手を離せ」
     非現実の匂いが薄くなったところで、ようやく帰路に着くという考えが頭に浮かんだ。今、何時なのだろう。この桜の下にいたのは、随分長い時間だったような気もするし、ほんの僅かな間だったような気もする。
     手を離すと、有角が髪についていた花を払った。ひらりと宙を舞う桜の花を目で追う。ひとひらの花は、降り積もった薄紅の上に落ちて、紛れて、すぐに見えなくなってしまった。
     それが、何だか少し寂しい。
     単なる感傷だと桜から視線を戻すと、蒼真が気を取られているうちに有角はさっさと歩き出していた。足が速い。置いていかれまいと慌てて小走りに距離を詰める。
     どこかで、車の走る音がする。遠くから微かに聞こえる日常の響き、現実の音。
     そうして帰ろうと踏み出したところで、今一度振り返る。

     桜が、咲いている。

     人の血を啜って、絢爛たる花が闇に仄白く咲く。
     はらはらと落ちていくその断片に、切なく狂おしく胸が締め付けられる。まるで食い散らかされた魂でも見ているかのように。
    「蒼真」
    「……あ、ああ。今行くよ」
     未練がましく足を止めるのを咎めるように名を呼ばれて、ようやく桜に背を向ける。
     そうして歩きながら、チラリと隣を盗み見る。
     闇に浮かび上がる白皙の美貌。妖しく咲く花にも似たその姿に、ありもしない血の匂いを嗅ぎ取って、馬鹿馬鹿しいと首を振った。
     夢は覚める。夜も明ける。
     非現実の花、魔性の美。
     血に濡れたそれになお心惹かれるのは、きっと朝陽に溶けて消える幻なのだと。
     夢の終わりを辿るように、蒼真は家へと続く道を踏みしめた。
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