貰った ある夏の日のこと。
園内のスポーツクラブで遊んだソフトバレーボール。最初は難しく感じていたが、数日経つと俺は見事にそれの虜になっていた。
もっと上手くなりたい、もっとやっていたい。
日に日にその気持ちは強くなって、けどクラブチームに入る勇気は無くて。誰かを誘うとしても仲の良い幼馴染に頼んでレシーブ練習をするのが精一杯。今でもよくあんなに嫌な顔ひとつせずに付き合ってくれたと思う。いやまあ、今もそういうヤツだが。
それから暫く……というか、半年ほどが経ち、もうすぐ卒園、小学校に入学という時期。
20時近くになれば、当時の俺は眠気に取り憑かれてしまい、ソファに座ってうつらうつらと船を漕ぐ。
テレビはついていたが、バラエティに興味はあまりない。ちらりと見れば同年代であろう、やけに美人な子供が出演していたが、それも興味を惹くことは無かった。
下がる瞼に抗えず、されるがままになっていても、まだ音だけは聞こえてくる。
「環くんはおしばい好き?」
「大好きっ」
元気だなぁ、とか、大人にそうやって話せるの、凄いなぁ、とか。そういうことばかりが頭に浮かぶ。明るい声でハキハキと、これが好きあれが好き、これがこうだともっと好き、両親みたくなりたくて頑張るという話をどんどん続ける〝たまきくん〟は、あまりに俺と正反対な様に感じた。引っ込み思案、人見知り。そうやって形容されることが多い俺と、目の前のひと房白い髪が特徴的な彼。
「てつ、もう寝る?」
「んーーーー……」
姉ちゃんにそう聞かれ、言葉になっていない曖昧な返事をすれば、間が空いて「寝よっか」と言われた。ちょっと待ってね、そう準備などをしているであろう姉にまた「んーー……」と返す。
「でもね、いちばんはねー」
とびきり跳ねて、元気で、大きな声。それに思わず目を開き、テレビ画面を見る。その時だった。
「みんなが元気になるのが大好き」
瞬間、目が覚める。言葉と声だけでなく、その笑顔。屈託の無い真っ直ぐで、愛らしい笑顔。すぐさま俺は目が離せなくなる。
「あ、この子……そうだ、小渕あまねの……」
「だ、だれ?」
やることを終えたのか、こちらに来た姉の言葉に反応する。
「昔のすごいアイドル……てつ、見てる?」
「みてる みてる、ちょっとまって」
答えてくれた姉の言葉に大した反応を示さず、聞かれたことにだけ答える。それくらい焦っていたというか、なんというか。「わかった、待つね」と優しい姉は言ってくれるけれど、俺は姉ちゃんに甘えすぎなのではと思わないこともない。
「このまえね、『マキくんのおかげでおともだちができました』っていってくれた子がいてね、すっごいうれしくて、それでね、えっとね……もっと、みんなにがんばれーっ て! おうえん したいです」
出てくる言葉のひとつひとつが本音で、思ったことをそのまま言っているのだろう。所々言葉が淀むところや、彼の表情を見てたら自然とそう思う。
「えっと! だからね、えっと――おれがいろんなことできるみたいに、みんなもできる! おうえんする……します だから、」
いっしょにがんばろう。
その一言は、本当に〝俺〟が応援されてるように感じたし、彼は隣に居るような気分になって……思わず横を見る。姉には「どしたの」なにもないよと言われ、なんだか恥ずかしい。
でも、でも、なんだ、なんだ? なんだか、俺。
「ねーちゃんっ」
俺が滅多に出さない大声。その様子に姉も困惑しているのか、どうしたと俺に聞く声色から驚きが伝わってきた。ばたばたとソファの後ろに立つ姉の方向に身体を動かし、背もたれから顔を出す。
「あのさ えっと、あの」
「落ち着きなさい! ほら、息吸って、ね?」
姉の指示に従いすぅはぁと深呼吸する。それで少し落ち着いたとしても、それは呼吸だけ。胸の高鳴りは、ずっと、
「こんど、けんがく、いきたい……いっていい お、おねがい……」
勢いのまま紡いでいた言葉も尻すぼみに小さくなる。姉はずっと、困ったような顔をしており、俺はとにかく心配だった。だめって言われたら、どうしよう。
ぎゅうと目を瞑り祈っていると、はぁ、と姉の溜息が聞こえる。おねがい、おねがい。おねがい――
「緊張して損した……」
でも、聞こえたのは想像していたのと違うもので。おそるおそる目を開くと、姉は穏やかに笑っていた。
「いいよ! 行こ、一緒に。母さん父さんには話しとくから」
なにかに安心したように、そう俺に語りかける姉。当時はわからなかったが、おそらく〝俺が自分からものを頼み込む〟ということが嬉しかったのだろう。
「ねーちゃんありがとっ……!」
「はいはい」
嬉しさのあまり抱きつく俺を、姉ちゃんは優しく受け止めてくれる。
この日俺は島村環を知った。そして、初めて貰ったのだ。