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    シーナ

    @Sheenariarara

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    シーナ

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    準備をする🐯🕒【5/29 幸福の日】
    「黒足屋、どっちがいい」

     唐突にグイッと目の前に提示された二つのゴツゴツした手の甲。円から4本の線が伸びている刺青の彫られたそれを、僅かに首を傾げて眺める。
     時折ルフィやチョッパーが「サンジ、どっちだ!」と楽しそうに片方のグーの中に何かを入れた状態で両の拳を突き出してくるが、それと同じようなものだろうか。
    (コイツ時々よく分かんねえ所で幼い部分見せてくるんだよな)
     左右を見比べて見ても握り方に差がないことから、薄くて小さい物が掌の中にあるのだろうと予想して。
     右の甲に視線を向けて、ローをチラリ。左の甲を見て、またチラリ。
    (ま、ルフィたちのように分かりやすい反応がある訳がねえか)
     単純な船長と獣医は入っている方に視線を向けると分かりやすく反応をしてくれるから、良くも悪くも簡単だ。反応があった方を指してやればいい。ただあまりにもニヤニヤしている時は虫の可能性があるから敢えて外す。これ大事。
    (しっかしまあ、随分とガラの悪い瞳で見下してくれちゃって…)
     11cmも身長差があれば嫌でもおれは見上げ、あいつは見下す形になる。ここだけの話、あいつの首に腕を回して背伸びをして、僅かに屈んでもらったりしながら食われるような深いキスをして、そのまま美味しく食われちまうのが最近は特に好きなんだけど…―ってそうじゃねえ。
    「ソレは良い物ですか、悪い物ですか」
    「…?そうだな、おれにとってはどちらも良い物だ」
     質問されると思っていなかったのか数回瞬きをしたローは、その後ふっと笑いながら答えた。
    「どっちも?両方とも何か入ってんの?」
    「質問は一人一つまでだろう、黒足屋」
     相変わらず両の拳をこちらに向けたままの少し間抜けな状態なのに、背が高くて顔が良いってだけで全てを補えるのだから羨ましい。
    (ローにとっては良い物。つまりおれにとっては微妙ってことね)
     仮におれにとっても良い物ならば、ローは間違いなく自慢気に良い物だと言うはずだ。だってローはおれに嘘を吐かない。
     ビブルカード、は既に互いの物を持っている。
    (あんま考えるだけ無駄か)
     もう一度左右の甲を見比べて「左で」掌を差し出しながら答えると、「ん」と左手の中身がおれの掌にコロンと落とされた。
    「…タイピン?」
     剥き出しのまま渡されたのは、ナイフとフォークをモチーフにしたシルバーのネクタイピン。
     よく見ると真ん中には黒みがかった灰色の、光の当たり具合で蜂蜜色や藍色が混ざる石が嵌め込まれている。
     たぶん宝石なんだろうけど、興味がないからサッパリ分からない。ナミさんに聞いたら確実だろうか。
    (…いや、待てよ。これを渡してくる意図はなんだ?)
     ローがこういうプレゼントをくれるのは珍しい。今日っておれの誕生日だっけ?ってくらい珍しい。
    「もしかしてお前…おれに疚しいことでもあんの?」
    「ぁ?」
     これでもかってくらいに不可解極まりないというのを全面に出した表情を隠しもせずに睨まれた。どうやら疚しいことはないらしい。良かった。
     しかしその反面、余計に分からなくもなった。
    「もうすぐ6月3日だろうが」
    「その日に何かあんの」
    「ベポが、」
     
    ――『6月3日ってさ、キャプテンの日だよね。ローさんの日』
     ポーラータングの食堂で医学書片手に昼飯のおにぎりを食っている最中に。
     向かいの席に座ってパスタを食っていたベポがカレンダーを眺めながらそう言った。
    (喋りながらよそ見してパスタ食ってたら毛皮汚れるんじゃねえか…?)
     呆れ半分でページを捲りながら適当に耳を傾ける。ここまで騒がしくなってくると内容が頭に入ることはないだろう。
    「そしたら6月32日はキャプテンと黒足の日だな。ローサンジの日」
    「あ、ほんとだ!すごいねえキャプテン」
     目の前で繰り広げられるドライな海賊団からは程遠い呑気な会話に顬の奥が痛くなっていくのを感じて思わず親指でグリグリとそこを押していると「キャプテン偏頭痛?」なんて言われてしまう始末。
    「いいかお前ら。6月32日なんて存在しねえし、おれと黒足屋の日は6月3日でいいだろうが」
    「聞いたかお前ら!6月3日はキャプテンと黒足の日だー!」
     キィンと顬に響くペンギンの声。更に騒がしく盛り上がる食堂。だめだ、誰もおれの話を聞いちゃいねえ。

    「―ってことがあった」
     思い出して再び顬が傷んだのか、眉間に皺を寄せてグリグリと両の親指でマッサージをする【自称クール】なおれの恋人。
     これ自分の発言が記念日制定の決定打だって微塵も気付いてねえんだろうな。
    (ほんと可愛いなあ、おれの彼氏)
     マッサージをしているローの首に手を回して背伸びをしてキスをしてやる。
    「ゆっくり準備していこうな、クソダーリン」

     ――5/29 【ネクタイピン】
     貴方に首ったけ・貴方を支えたい


    【5/30 掃除の日】
    「掃除するぞ」

     ポーラータングの船長室。ノックもなく突然開かれた扉の向こうには黒のバンダナを頭に巻き、黒のマスク。肘まで袖を捲った濃紺のTシャツに【DOSUKOI PANDA】と書かれたピンクのエプロン、右手にはたきを持った―…
    (…ス、ステルスブラック?まさか侵入されていたというのか)
    「おいコラ、何か失礼なこと考えてんだろクソ外科医」
    「…ノリが悪いな黒足屋」
     まあパンダのエプロンの時点で全てが台無しではあるが濃紺のシャツに黒のスラックスなのは高得点だ。惜しむらくはサングラスではなくバンダナという点か。エプロンなんぞいつでも脱がせられるから無視でいい。
     読んでいた医学書を机に乗り切らずに床に積んである本の上に置いて立ち上がると「あ、てめえ!」とズカズカと部屋に入り込んできて、その本と適当に取った数冊を再び押し付けられた。
    「これはなんだ黒足屋」
    「掃除するって言っただろうが」
    「…別に必要ないが?」
     黒足屋から見れば適当に積まれてるようにしか見えないであろうこの本の山は、おれなりの規則性があって置いてある。
     そこは脳、この列は心臓、そっちが十二指腸、ここは頻尿器科。様々な知識を入れておかないとオペオペの実の力は使いこなせないし、常に新しい情報が必要なのだと説明すれば黒足屋は少し悔しそうな表情を浮かべた。

    (なんなんだ、一体)
    「昨日さ、お前タイピンくれただろ」
     はーっと大袈裟に溜め息を吐き、その場でガラの悪い輩のように両肘を膝の間に入れ腰を落として座る。ポーラータングは禁煙だから口寂しいのか下唇を尖らせていて、そのギャップが可愛い。
     丸い頭を撫でてやりながら先を促すと、膝の間に頭を入れて項垂れながら小声でポソポソと続ける。
    「おれ何も準備出来なくて。飯はいつも作ってるし形として残らねえから何がいいか考えたんだよ」
    「それは何の前触れもなく急に渡したおれが悪いな」
     確かに黒足屋の性格を考えれば簡単に分かることだった。自分は無条件で相手に分け与えるくせに、貰った物には倍以上の何かで返そうとする。
     昨日渡さなかった―右手で握っていた物―にジーパンのポケット越しに触れる。タイピンも、コレも。本当は随分前に買っていて、渡すタイミングがなかったからベポたちの会話にを便乗するような形で渡した物だったんだが。
    (…しくったな。重荷になっちまったか)

    「だからさ、一日お前の家政婦になろうと思って!」
     だめだ。黒足屋の思考回路が分からない。さっきまで落ち込んでいたのが嘘のように「医学書以外は触っていいんだろ?」なんて言いながら楽しそうにベッドのシーツに手を伸ばし、鼻歌交じりでベッドの下を覗き込んでいる。
    「…おい、何をしてる」
    「やっぱエロ本入れるならベッドの下が王道だろ?あ、もしかして本棚派?難しい本で誤魔化せるのいいよな~羨ましいぜ」


    ――昨日の今日すぎて流石に与えられる物がなくて困っていたのは本当。
     それをロビンちゃんに相談すれば「明日はトラ男くんの好きな物を調べる機会にしたらいいんじゃないかしら」という素晴らしすぎるアドバイスをいただいて、今日は掃除してやるつもりで準備万端ローの船に降り立った。
    (男の部屋にはエロ本があるもんなんじゃねえのかよ!)
     まあな?サニー号の面々はほら。色欲より別の欲な奴しかいねえけど、ローは大人の男だし個人部屋だし。絶対あると思ったんだよ、エロ本。
     一応家政婦として馳せ参じたわけだから本棚のホコリを落としたり床を拭いたり。それはもう真面目にエロ本を探したんだよ、おれは。
     

    「クソつまんねえ。エロ本ねえじゃん」
     一通り部屋を掃除して満足したのか黒足屋がベッドに腰掛ける。
    (エロ本、ねえ)
    「ないこともねえな、エロ本」
    「マジで?!」
     目をキラキラと輝かせる黒足屋に、図解付きで見易いオススメの頻尿器科の医学書を手渡してやる。
    「おれのとっておきのエロ本だ」
    「…くたばれクソ外科医!」
     わざと耳元で出来る限りの甘い声で囁いてやると全身をプルプルと震えさせて、それでも本を握り締めて部屋を出ていった。
    「ははっ、しっかり持って帰ってんじゃねえか」

    (おれの恋人は今日も可愛い)

    ――5/30 【本(頻尿器科の医学書)】
    一緒に勉強しような・しねえよ!!


    【5/31 世界禁煙デー】
    「黒足屋、面を貸せ」

     ぴょこぴょこと火をつけていないタバコを咥え、上下に動かしながら皿洗いをしている最中にダイニングを訪問してきたクソご機嫌斜めそうな恋人は。
    突然おれの右手の二の腕を引いて体を半回転させ、無理やり向き合うような形にさせたかと思えば、そのままおれの背中をシンクに押しつけて、勢いそのままに自らの唇でおれが咥えていたタバコを抜き取りシンクに吐き捨てた。
    (は?今コイツなにやった?つーか顔怖ぇー…)
     仮におれがレディなら「やだ、ローかっこいい♡好き好きめろり~ん♡」な王道シチュかもしれないが、生憎とおれは髭の似合うダンディな男な訳で。
    何よりシンクの中には未だ洗ってる途中の皿がある。百歩譲ってシンクの中が空なら許した。いや、許さねえけど許したと仮定しておく。
    せめて三角コーナーに捨ててくれよ…これ全部洗い直しなんじゃねえの。

    「今日が何の日か知っているか」
    「いや、全く」
    「いいか、今日は【世界禁煙デー】だ」
    「ワー セカイキンエンデー ナンダー」
     カタコトでそう返すと更に眉間の皺が深くなった。心做しか蔑むような憐れむような、とにかく残念な奴を見るような視線で見下されてる気がする。
    しかもローの両手はシンクのふちを掴んでいて、シンクとローに挟まれる形になっちまってるから身動きが取れない。逃げ場がない。
    (思ってた以上にクソだるい日じゃねえか…)
     そもそも一日だけ禁煙したところで何になる?昨日吸わなかった分って翌日まとめて吸ったら全く意味がねえよ。ニコ中舐めんな。
     せめてもの反抗としてローの胸元から覗くタトゥーを睨んでいると、カサッと腰の辺りに何かの角が当たった。それに気付いたローが「そこでだ」と少し得意げにその物体―黒いクラフトの紙袋―をおれの目前に翳した。


    ――【記念日】とは世間一般的に何をするのだろうか。
     自慢じゃないがおれはそういうのから掛け離れた世界で生きてきたし、温かくて柔らかいものに触れたのも両親が生きていた頃で止まっている。直接聞いたことはないが、たぶん黒足屋も似た感じだろうと思う。

     もしかしたら麦わら屋たちと何かしらイベント事をしているかもしれないが、仮にそうだとしても食事の準備はあいつ一人でやっていそうだし、他の準備はナミ屋や鼻屋が指揮を執ってやっていそうだから、黒足屋自身はこういう準備をしたことがないんじゃないか、と。
    (あの頃、ラミが一番楽しそうに準備していたのはどれだったか…)
    『兄様もちゃんと切って!』
    『ラミ、次は何色がいい?』
     ああ、そうだ。おれが唯一ラミと一緒にやっていた準備があった。それにしよう。これなら僅かな時間でもタバコを取り上げることも出来て一石二鳥だ。


     テーブルに並べられた色の偏りが激しい―黄色と青と黒しかない―大量の折り紙。その中の一枚を手に取って見るものの、何の仕掛けもない普通の折り紙だった。
    「まず、これを短冊切りにして輪っかを作る。そしてここをホチキスで止める」
    「ふむふむ」
    「次はこっちの色と組み合わせて…―こうだ」
    「おぉー…!」
     黄色、青、黒の順番で繋がる折り紙の輪。たまに島に上陸した際にタイミング良く祭りをやっていて見たことがある程度だった―実は子供の頃に少しだけ憧れてた―ソレ。
    (ウソだろ。ローの奴めっちゃ切るの下手じゃん…なのに何でこんな自慢げなんだよ)
     手本だ、とテーブルに置かれた輪っかは、紙の切り口がその、なんというか…包み隠さずに言うならば手で破った?!ってくらいガッタガタ。
     そもそもハサミの持ち手が小さいんだ。おれでもこのハサミ小さいから子供用なのかもしれない。
    でも当の本人はひと仕事終えました、みたいな晴れ晴れとした表情でおれを見てくるもんだから、憐れラブコックさんは撃沈するしかない。
    「昔、ラミと…妹と一緒に作ってた頃の記憶で止まってたから。悪い、ハサミ小さかったな」
    「いいじゃん。おれそういう家族の温かい思い出ってバラティエくらいしかねえし。羨ましいよ」
    「…それなら毎年一緒に祝って、おれとおまえで思い出増やしていけばいいだけだろ」
     そう言ったローは、おれの方を見ずに黙々と切り口がガタガタの歪な折り紙の輪を次々と繋げて伸ばしていく。
    (ー、もう。こういう将来を匂わすようなことをサラッと当たり前のように言うんだよなあ、コイツ。)
     タバコがあれば噛んで誤魔化せるのに。
    でもタバコがあったら今頃サニー号が火の海になっていたかもしれない。

    (おれの彼氏はキザな言葉がクソ似合う)

    ――5/31 【ガタガタの折り紙の輪っか】
    なんでこの三色?・どれも二人の色だからだ


    【6/30 牛乳の日】
    「生クリームが…ない」

     冷蔵庫の前で金髪が項垂れているのを、カウンター越しに眺める。今日はメニューを決めると張り切っていたようだが、何やら早々に雲行きが怪しい。
    「牛乳で代用出来ねえのか?」
     稀に見るあまりの凹みっぷりに思わずポロッと口から出た言葉、に。冷蔵庫を両手でバンッと閉めて風を切るように勢いよく立ち上がった黒足屋は、無言でカツカツと踵を鳴らしてこちらへと歩いてくる。

    (まずい、今のは間違いなく失言だった。黒足屋ほどの料理人に素人が代用案を尋ねるなど…―)
    「ロー!お前やっぱ賢いな!天才!!」
    「…そいつはどうも」
    「牛乳で作るならバターも必要だな、うん」
     おれの両手を握って上下に振り、全身で喜びを表現する黒足屋に拍子抜けしながら、ホッと胸を撫で下ろす。

     先に用意しておいたらしい卵黄2つと砂糖、何やら白い粉と白い塊、そしてさっき代用品として提案した牛乳とバター。
    「今日はバスクチーズケーキを作ろうと思うんだ」
    「今からケーキなんて作って腐らねえのか?」
    「これは2日ほど寝かせた方が美味いから、今日作るのが正解なんだよ」
     ボウルに入った白い塊をおれに手渡しながら「ほら、混ぜる!」と腕をクルクルと回して混ぜる動作で指示をしてくる。
     砂糖を入れ、柔らかくなったら卵黄を1つずつ。溶かしたバターと牛乳を入れて謎の白い粉をふるい入れて掻き混ぜて黒足屋に手渡した。
    「おー、すげえ。いい感じ」
     型に流し入れながら「ローってちゃんとお手伝いしてたんだなあ」なんて言ってくる。

    (お手伝い、なんて単語聞いたのガキん時以来だな…)


    ――レシピノートを眺めながら記念日に作る料理を考える。
    (おにぎり、焼魚、海鮮パスタ、紅茶…あれ、おれらってもしかして食の相性悪い…?)
     タバコの変わりにペンを咥え腕を枕のようにして、襲い来る眠気と戦いながらページを捲って。
     手本としてローが作ってくれたガタガタの輪っかに触れる。優しい思い出に溢れたコレに返せる何かはあるだろうか。
    (おれの中の、優しい思い出…)

    『パティ!おれジジイの誕生日にケーキ作りたい!』
    『チビナスが作れるレベルだとバスクチーズケーキくらいしかねえぞ』
     ジジイの誕生日にパティに教えて貰って初めて作ったバスクチーズケーキ。
     混ぜて焼くだけだからおれでも簡単に作れるって言いながら、パティだけじゃなくカルネや他の奴らも見守ってくれてて。

    『おいクソパティ!焦げてんじゃねえか!』
    『これでいいんだよクソチビナス!』
     ギャーギャーと騒いだせいで、結局ジジイに見つかって蹴られたんだった。
    (ローもきっとあの頃のおれと同じ反応をしてくれるはずだ)


    「ロー、そろそろ焼き上がりだから見ててくれ」
     そう言われてミトンを装着した手を胸の前に掲げ、さながら手術前の医師のようなポーズでオーブンの前に立つと、黒足屋が腹を抱えて笑いだした。
     何を笑われているのか分からないが、何となくバカにされていることは分かる。しかしミトンを着けているうえにオーブンが気になるから動けない。
    (後で覚えておけよ、黒足屋)
     ピーーと機械音がして、オーブンを開く。鼻腔を擽る甘いチーズの匂いと…
    「……、黒足屋」
    「ふはっ、なに?」
    「……すまない、焦げてしまった」
     そう。中にあるチーズケーキは見事に上が真っ黒だった。軽く焦げたなんてレベルではない。普段の黒足屋のスーツ並に真っ黒だ。
    「おれの混ぜ方が悪かったのか?どうすればいい。もう一度、そうだ今度は生クリームで…」
    「…ごめん、ロー。おれが、悪かった」
     捲し立てるように必死に言葉を紡ぐおれに、俯きながら何かを堪えるように途切れ途切れ謝罪の言葉を口にする黒足屋。
    (おれの浅はかな提案で黒足屋を傷付けたかもしれない)

    「ぶっはははっ!なんなんだよお前、そこはキレるとこだろ」
    「…は?」
     黒足屋の話によると、どうやらこの【バスクチーズケーキ】というものは上が焦げている方が美味いらしい。おれの反応が見たくてあえて黙っていたのだ、と。
    (こいつ、後で切り刻んでケツだけ持ち帰ってやろうか)

    「これ、おれが初めてジジイに作ったケーキでさ」
    「ああ」
    「そん時はおれ、おまえと違って教えてくれた奴に逆ギレしたんだ。最終的にはジジイも起きてきて怒られるし、散々だったけど楽しかった」
     懐かしむように語る黒足屋に、幼い頃の良い思い出がきちんとあったことに安堵した。もちろん、そうでなければこんなに真っ直ぐ育ちはしないだろうが。
     冷蔵庫で冷やして実際に食べられるのは当日。着々と進む準備に僅かに心が弾む。

    (おれの恋人は、いつも心を穏やかにしてくれる)


    ――6/1【バスクチーズケーキ】
    メインは何にするかな~・おにぎりだ


    【6月2日 ローズの日】
     「コンドミニアムの部屋を取った」

     昨日作ったバスクチーズケーキはクーラーボックスに入れて、明日必要そうな物を並んで買いに行く。付き合い始めの頃は合わなかった歩幅も、今では互いの間を取った丁度いい速度で並んで歩ける。
     今が時期だというさくらんぼの味見を勧められて食っているとトントンと肩を叩かれ、視線を向ければ隣のローが少しだけ屈んで口を開けて待っていた。
    (だから、なんでこいつはこう時々幼くなるんだよ)
    「ほら、タネは飲むなよ」
    「ん。」
     ヘタを取って口に入れてやって。もぐもぐと食べる姿を眺めるおれの心境は完全に親鳥だ。これ以上縦に成長されたらキスしにくくなるから困るけど。今回は目を閉じてるから普通なんだろうな、と他の店を眺める。
     ローは《美味い、普通、そうでもない》の表情の変化が分かりやすい。美味い時は一口噛んだ瞬間に少しだけ目を見開く。普通の時は目を閉じて食べる。そうでもないときは何の変化もない。特に美味い時の表情の変化は可愛いと思うんだけど、ハートのクルーですら「不味い時は分かるけど…」と理解してくれない。
     逆におれは《不味い》時の変化をよく知らない。梅干しを食べた時の表情とはまた別の「例えるなら死んだ魚のような虚無な目」と言うのはシャチ談だ。
    (不味い時のローの顔、見たいけど見たくねえなあ)
     恋人の全ての表情を見たいけれど、自らの料理が不味いと思われるのは嫌だし他人の料理だとしても不味い物を食べさせたくはない。つまりおれは、ローのその顔を一生見ることが出来ないということだ。
    「黒足屋、ここを見てもいいか」
    「ん、花屋に用があんの?」
    「テーブルに飾りたいと言っていただろう」
     街の一角の花屋を指差しながら何でもないことのように言う。何気ない会話の些細な一言でもちゃんと覚えていてくれる。ローはそういう奴。

    ――『将来店を持ったらさ、テーブルに季節の花とか飾りたいよなあ』
     まだ互いを意識していない頃。もしも海賊をやめたら、というある種の宴の鉄板ネタのような会話の中で、黒足屋が何も乗っていないテーブルを眺めて少しだけ声のトーンを落として呟いた。
    (テーブルに花だとか、随分と変わった事を言う男だな)
     確かに両親が生きていた頃はテーブルに季節の花があったし、黒足屋が働いていた会場レストランでも、記念日の予約があった際にはテーブルに花を飾ることもあったらしい。それでも男しかいないこの酒の席でわざわざ言うということは、きっとこいつは本心で思っている事なのだろうと、なぜだか心の隅に引っかかった。
     そしてそれを直前の今になって思い出したのだ。
    (季節の花。6月だと紫陽花か?いや、テーブル向きではねえな…6月らしい花…)
     ふと目に入ったポスター。6月らしさに溢れた幸せいっぱいのポスターに、これだ。と思った。もしも花屋に売っていなかったら塗り潰してそれっぽくすればいい。
     
    「何をお探しですか?」
     と笑顔で問うレディにローはたった一言「勝手に見る」と声を掛けて店の奥へと進んで行く。
    「ごめんね、レディ。こいつ愛想はないけど、悪いやつじゃないんだ」
     素敵な店員のレディに謝って、スタスタと先を歩く姿を追うと、キョロキョロと視線を動かしていたローはあるコーナーで動きを止めた。ひょいと背伸びをしてローの体越しに眺めると、そこにあったのは青と紫のバラ。
    「黒足屋」
    「なに」
    「1と全部ならどちらがいい」
    「え、じゃあ…1?」
     おれの返答に「ふむ」と返したローは先程のレディになにやら相談をし始めた。こうやって花の香りに包まれるのも久しぶりかもしれない。もちろんサニーにはロビンちゃんのそれはもう素敵な花畑があるけど、花屋の花はまた違って綺麗だと思う。
    (それにしても、ローと花屋ってまた似合わねえ組み合わせだな)
    「…待たせたな」
    「あれ、買ったの青いバラじゃねえの?」
    「今日はこれで我慢しろ」
     そう言って手渡されたのはピンク色のカスミソウ。訳が分からず首を傾げるおれにローは「今日の花なんだと」と告げる。どうやら先程のレディがくれたようだ。2人で並んで店を出る。

     (おれの彼氏は、おれの何気ない一言を大切にしてくれる)

    ――6/2【カスミソウ】
    そういやタネはどうした?・…飲んだ。


    【6/2 】

     普段黒足屋と泊まるホテルよりランクは劣るが、キッチン設備を重視した部屋。昨日作ったバスクチーズケーキと道中で買った食材を真っ先に入れ、シックな家具が並ぶリビングで「似合わねえ!」と笑い合いながら折り紙で作った輪っかを飾る。
     この絶妙なチグハグ感を普段のおれや黒足屋は良しとしないはずだが、今回ばかりはそのチグハグ感が良いとすら思えた。それすらも自分たちらしいと。
    (あとはこれを渡すタイミングだな…)

     

    「――という訳で作戦会議だ」
    『『『作戦会議ぃ??』』』
     黒足屋の晩メシの準備をしている時間帯を狙って麦わら屋たちと映像電伝虫を繋ぐ。こちらの参加者はおれ、イッカク、シャチそして書記のペンギン。麦わら屋側は鼻屋とロボ屋、そしてナミ屋。ニコ屋と骨屋は黒足屋を見張り、能力を使ってこちらに連絡をしてくれるようになっている。
    (――これは正しく最強の布陣だ)
    『……つまり、サンジくんにさり気なくプレゼントを渡したい、と。そういうことね?』
    「そうだ」
    『はっ!くっっっだらなーい!!!』
     映像の向こうでなぜ内容を正しく理解したはずのナミ屋が盛大に溜め息を吐き、ロボ屋は『トラ男も案外カワイイとこがあるじゃねェの』とケラケラと笑っている。
    「ナミ屋、相談料として百万払う。上手くいけば追加報酬も可能だ。力を貸してくれ」
    『……仕方ないわね。いいわ、任せて!』
    『一気に可愛くねェ話になったなあ、おい!』
     ホワイトボードにペンギンが《第一回 キャプテンの恋愛相談》と文字を書く。
    (なぜ次回もあるような書き方なんだ……?)
     そうは思ったが時間が惜しいので無視しておく。何せ黒足屋は仕事が早い。あれだけの量を短時間で、しかも味を落とすことなく作り上げるのだ。
    『時間なら大丈夫よ。ルフィとゾロを定期的に邪魔させに行かせてるから』
     さすがはナミ屋だ。やはり真っ先にこいつを味方にしておけというイッカクたちの判断は正しかった。……金でなんとかなるのもデカい。
    『それでトラ男。テメェはサンジに何を渡してェんだ?話はそこからだろ』
     ロボ屋の質問も最もだ。作戦会議にはロボ屋と鼻屋を呼んだ方がいいという判断も正しかった。
     普段はアレだと思っていたが、麦わら屋から離れて個人間で付き合ってみれば案外話が分かる奴が多いのかもしれない。今回見張り番のトニー屋と海峡屋だってどちらかといえば常識人……いや、常識獣と常識魚人だ。
    「黒足屋には――……」

     作戦会議の甲斐あって、今おれのポケットには先日渡せなかった方のプレゼントが入れられている。ナミ屋とイッカクの意見である【萎縮するからラッピングはしない】のアドバイス通り、タイピンの時と同じく剥き出しのままだ。

     どうか受け取って欲しい。
    青い薔薇とこの______を。
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    💙💛💛💙💛💙👏💖🙏☺💗🙏😭💜💛💜💛💙☺😭🙏❤❤💙💒💙💙💙
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    recommended works