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    トキ/em

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    待機している斎樹、透野、武居、浅桐でとりとめのないおしゃべり。

    『ヒーローとテレビの話:雑談の話』(メインストーリー最後までのネタバレを含みます)

     平日、午前中。
     一般的な高校生であれば学校の教室で授業を受けている時間だが、高校生兼ヒーローである斎樹巡は都内某所にある合宿施設でテレビを眺めていた。
     事前申請した公欠だったので課題が出たが、渡された日のうちに片付けたので手元には紅茶のティーカップがある。
     そして目の前にある、食堂兼談話室の大きなテレビ画面では教育番組が流れていた。
     中学や高校で取り扱う内容をわかりやすく解説した番組だ。
     一単元につき二十分というコンパクトな番組時間の設定は、集中力を切らさずに見ることができる。時間帯や曜日で教科が変わるようで、今日は物理だった。

    「なつかしーな。中学ン時よくこーいうの見てた」

     そう言いながらやたら硬いせんべいを噛み砕いているのは武居だ。
     テーブルを挟んだ反対側では浅桐が「キャラ設定もうちょい統一しろよなァ」と、解説内容よりも番組の世界設定に文句をぼやいていた。その隣ではまじめにテレビの解説に耳を傾けていた透野が「共鳴現象…」と静かな声で呟く。
     共鳴現象。
     たった今、終わったばかりの番組で解説していた内容だ。

    「なんか難しかったか?」

     と問いかけるのは、面倒見のいい武居だ。わからなかったのなら解説をしてやろうというのだろう。
     けれど透野は小さな笑みを口元に刷いて首を横に振った。

    「大丈夫だよ、一孝さん。まだ授業でやっていないところだったなって思ったから」
    「あー、物理やんのは二年の選択だっけか?」
    「うん。どれにするかはまだ決めてないけど……」
    「時間あるし、焦んなくていーだろ」
    「でも、どれか選ばなくちゃいけないんだよね。決めるのって難しいな」
    「やりたい科目がいくつかあるのか?」

     少し冷めた紅茶を口に運びながら斎樹が問う。
     透野は「うん」とはっきり頷いた。科目選びに迷うというには少し別の悩みがあるようだった。
     テレビでは次の番組が始まっている。今度はクラシックを演奏するオーケストラの番組だ。武居も浅桐もまるで興味ない様子だけれど、斎樹はテレビに向ける意識を少し強めつつ――透野を見遣った。
     透野はテレビを見ているが、その視線の先は不確かだった。
     透野はとっくに終わった物理の授業映像を思い出しているのだろうか。
     それとも別のものを見ているのかもしれない。
     テレビの中のクラシック番組では進行役が『今日のテーマはショパンです』と紹介する曲名を並べている。

    「物理も、生物も、化学、地学も。全部やってみたいけど、どれかに決めなくちゃいけないんだよね」
    「欲張ってんなあ、光希。そんなに勉強好きだったか?」
    「好き、かな。わからないけど、知りたいなって思うよ」

     この世界を構成する法則についてを、さまざまな現象への理解を。
     生物の生態を、生命の成り立ちを、進化の過程を。
     物質が相互に作用しあう関係性を、そこから生み出されるものを。
     そして――この地球そのものについて。

    「『僕たち』が造られた過程も……環境も。僕たちがリンクする地球についても。僕はちっとも知らないから。少しでも知ることができるなら、知りたいんだ」

     わずかに目を伏せて吐き出される言葉に、斎樹はわずかに目を見開いた。
     武居もせんべいを食べる手を休めて口を引き結ぶ。
     僕たち、と呟いた透野が示す言葉は――かつてBIRTHで生み出された人造人間たちのことだろう。さまざまな生物の要素を混ぜて造られた彼等の存在は、地球の運命からはずれている。
     かつて透野はそのひとりだった。
     様々な経緯を経て、今は皆と同じように高校生兼ヒーローとして活動し、同じものを食べ、飲み、同じ環境で暮らしている。
     春に透野が“思い出して”から改めて調査された内容や、世間には現状公表できない過去の事件、それに失われた時間の出来事について、斎樹たちもひととおり説明を受けた。
     その時に理解したつもりだったけれど、ふとした時に忘れていたことを――それくらい当たり前のようになじんでいたことを、突き付けられる。
     斎樹はカップを持つ手に静かに力を込めた。
     斎樹自身も――明確な設計意図を持ってこの世に命を得た。
     だから透野のそれを、ただの好奇心と呼ぶことはできなかった。そもそも己という存在を、己が生まれた理由を、己が存在する世界そのものへの理解を深めたいという希求は――かつて学問の基礎を生み出した古い時代の人々と同じ発想だ。

    「いいねえ。知りたいってのは大事だぜ」

     ヒヒッと笑い声を上げたのは浅桐だ。
     ぱちぱちとまばたきする透野に、にんまりと笑いかける。

    「全部知りたいんなら、全部やりゃいいさ」
    「いいの?」
    「いいわけねーだろ。テキトー言ってんじゃねえよ浅桐。選択授業なんだから、選べるのは……」
    「はーーーーー!くっだらねえ!!」

     武居の言葉をわざとらしい溜息で遮って、浅桐は肩を竦めてみせる。何だと、と立ち上がりかけた武居の鼻先に指を突き付け、崖縁工業の悪魔が笑う。

    「狭ッ苦しい枠で考えてンな化石頭。勉強する機会は学校の授業だけじゃないことくらい知ってンだろ。二年までのんきに待つ必要だってねえワケさ。ネットに講座動画は山ほどあるし、本屋にだって図書館にだって入門書は並んでる。ま、内容はピンキリだがな。手にとってまずは読んでみりゃいーんだよ。そうと決まれば本屋行くかァ」

     流れるような勢いで立ちあがった浅桐に、武居が「はあ?」と顔をしかめる。

    「バカかお前 もうすぐイーターが出るから待機してんだろーが」

     平日の昼日中。
     一般的な高校生ではあるものの授業に出ずにせんべいを食べながら斎樹たちが合宿施設にいたのは、イーターの出現予想が出ていたからだ。
     朝のHRだけ出ても良かったが、一度学校に行くより、合宿施設で待機して出現予定地点に向かったほうが効率がいい。ALIVEの移動車両も出るので、学校から直接向かう際より楽もできる。
     イーターに備えて学校を公欠して待機しているのに出掛けるのは、確かに本末転倒だ。

    「本屋まで行かなくたって、合宿施設の図書室でいーだろ」
    「バカはどっちだよ効率悪ィ。今日のイーター出現予想が出ているのは央条区だ。央条駅前にゃ都内トップクラスの大型書店がある。今から出れば、避難警報発令前に本屋のぞいてそのまま出動すればいーじゃねえの。ちょうど夏映画のヒーロー大戦特集号の予備が欲しかったところだしな」
    「てめえの本命そっちだろ」
    「浅桐、央条区といってもイーター出現予想が出ているのは真芝寄りだ。央条駅からだとかなり距離があるぞ」
    「チッ。つっまんねえ指摘すんな」

     露骨に舌打ちしてどっかりと椅子に座り直す浅桐の横で、透野が首を傾げる。

    「そんなに大きな本屋さんがあるの?」
    「透野は行ったことがなかったか? ビル1本上から下まで全部書店だ」
    「すごいなあ。城海区にも本屋さんはあるけど、そんなにたくさんの本を売っているお店もあるんだね。知りたいことがなんでもわかっちゃいそうだ」
    「じゃあ今度、行ってみるか。寿史もいっしょに」

     武居が問うと、透野は嬉しそうに頷いた。
     その様子を眺めながら、斎樹は以前行った央条駅の書店を思い出した。
     欲しい本はいつも通販で直接注文して取り寄せているが、本屋に足を運べば買う予定になかったような予定外の本の出会いもある。そういうものとめぐりあうのも楽しいと、斎樹が知るようになったのは御鷹や久森と一緒に出掛ける機会が増えてからだし、知らないジャンルの本に触れることを覚えたのはいつだったかの頼城や霧谷とのやり取りの中で読んだ児童書がきっかけだ。
     最近はまた専門の薬学関係の論文や関連書籍に没頭することが多かったから、透野のように――新しい知識を入れる意味でも、本屋に赴くのは適度な刺激になりそうだった。

    (御鷹もいるなら、透野たちの本屋に付き合うか……それともひとりで行くか……)

     斎樹の思案を遮るように、不意にスマホの着信音が響く。
     テーブルに置かれていた武居のスマホだ。
     文句を言おうとした浅桐が、画面に表示された名前に口を閉じた。
     すばやくスマホを叩いた武居は、スピーカーをオンにして通話を繋ぐ。

    「武居だ。今日の待機、全員そろってるぜ、神ヶ原さん」
    『こんにちは。みんな、待機お疲れさま。早速だけど、イーターの出現が予想より早まりそうな数値が出ているんだ。予定時間より前倒しでパトロールに出てほしくてね。今、そっちに指揮官さんと移動車が向かっているから、準備しておいてもらえるかな?』
    「あいよ。外に出とく」

     通話が終わる頃には全員立ち上がり、食べかけのせんべいの袋を閉め、飲んでいたグラスやカップもまとめてトレーに乗せて洗い場に運び終えている。
     つけっぱなしだったテレビを消そうと斎樹がリモコンを探すと、浅桐が持っていた。
     テレビではオーケストラがショパンの曲を演奏している。
     斎樹もよく知っている曲だ。
     ――『別れの曲』。

    「ハッ。これから出動って時にはふさわしくねえな。やっぱ出る前にゃテンションがアガる曲のほうがいーわ。移動車両で爆裂戦隊クラッシャーズのOPかけさせるか」
    「テンションを上げ過ぎてイーター以外も爆破するなよ、浅桐」
    「巻き添え食らいたくなきゃテメエで勝手に避けろよ、サイキ」

     静かで穏やかな旋律は、物騒な笑い声と共に立ち切られる。
     浅桐はリモコンを放りだすと、椅子の背もたれにかけていた制服のジャケットを羽織った。一足先に飛び出した武居の「さっさと行くぞ!」と気合の入った声に引っ張られ、透野、浅桐に続いて斎樹も食堂から駆け出す。
     きれいに片づけられた食堂には、静かになったモニターだけが残された。
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