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    トキ/em

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    Twitterに載せるのにワンクッション置きたいもの、
    長い漫画のまとめ読み用を置く時とかに使っています。
    ワヒロくんまとめはこちら>https://min.togetter.com/emAKCiR

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    トキ/em

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    【捏造】メインストーリー4章終盤の時間軸。避難所の愛莉沙さんと奈津希さんがスマホで動画見てるだけ。

    『小さな画面の中の世界』「ご覧ください! ALIVE本社ビルから白い煙が立ち昇っています」

     立入禁止制限の規制線ぎりぎりの位置でリポーターが叫ぶ。
     望遠カメラで捉えられた映像には、大型イーターの群れに囲まれたビルが煙をあげる様子が、そして時折閃く金色の光が映っていた。大型イーターは時間をかけて一匹ずつ、身をのけぞらせ、あるいはビルの谷間に落ちて、姿を消していく。
     それでもALIVE本社を中心としたビルの間を泳ぐ大小さまざまなイーターの姿はいつまでも残っている。都心はすっかり彼等の巣になっていた。
     避難所に設置されたテレビモニターではニュースキャスターが数時間前に撮影した同じ地点からの画像を並べ、イーターの数は減っています、と説明している。喰核生命体研究家の肩書きを冠したコメンテーターが、今回のイーター大量出現についてもっともらしい弁を語り、出現したイーターを図鑑どおりに分類してみせる。
     それでどうにか時間を繋ぐ合間に、規制線からの中継が挟まり、現地のリポーターが他のテレビ局や新聞記者たちの声に負けじと大声を張り上げた。

    「未だ、ALIVEからの正式発表はありません。本社であった爆発がイーターの攻撃によるものなのか、それとも他の要因によるものなのか――」

    「当局がある城海区も緊急避難命令の対象となっている関係で、現在はA県の臨時スタジオから情報をお届けしております。ご了承ください」

    「イーターはまるでALIVE本社に引き寄せられるかのように向かって行きます」

    「イーターがこのように統率のとれた集団行動を起こした例は過去にもありますか? スタジオでの解説をお願いします」

    「ヒーローたちが戦う様子をこちらから見ることはできません」

    「ALIVEには現在、エリア代表校を中心とした主力ヒーローが招集されており、イーターの集団攻撃に対応しています」

    「現在発表されている規制線、各地のシェルターや避難所について、ここで改めてご説明します。都内二十二区は東西南北の四エリアに分かれ――」

     テレビ画面に「テロか未曾有のイーター災害に対応するALIVE本社で爆発!」とテロップが駆け抜け、テレビを見上げていた人々の口から不安の溜息が漏れた。
     都内二十二区を対象とした緊急避難命令の発令からどれくらい時間が過ぎただろうか。
     周辺の県の避難指定施設や親類縁者の家に身を寄せた人々が様子を知ることができる情報は、テレビやラジオしかない。
     ALIVE本社を中心とした一定範囲には規制線が敷かれ、報道ヘリも回遊型イーターを誘発しかねないと飛行が制限されている。結果、規制線の外からテレビカメラが映す範囲しか、人々は見ることができない。
     カメラが映す景色は数時間前とほとんど変わらない。
     イーターは変わらず空を漂い、ビルは白煙をあげている。
     事態が今、どうなっているのか。
     これから、どうなるのか。
     イーターの種類を解説するコメンテーターもその点については言葉を濁し、咳払いをした。

    「とにかく一刻も早く、一体でも多くのイーターをヒーローが退治することが大事です。でなければ、街への被害は増える一方ですから。ALIVEの喰対本部もその点を重視して作戦を立てていると考えられています。たとえば――」

     そこでコメンテーターは、過去にイーターが大規模発生した例について語り始めた。
     そのあたりで――足を止めてテレビに見入っていた愛莉沙はその場を離れた。
     避難所の配給エリアで受け取った弁当を抱え、割り当てられたブースに戻る。道すがら、テレビに映る金色の光を指さした子供が首を傾げる。

    「あれはなあに」
    「ヒーローたちが戦っている光だよ」

     幼い問いかけに、子供と手を繋いだ大人が答えているのが聞こえた。
     ヒーローたちが戦う時の、金色の光。
     それは愛莉沙も知っている。
     いやというほど知っている。
     何せ今、あのALIVE本社がある場所で、愛莉沙の弟は戦っているのだ。

     今から十数時間前。緊急避難命令が発令され、母親共々大急ぎで荷物をまとめながら、弟に「あんたはどうするの」とメッセージを送った。気が向かなければ返事をしない弟に何度かメッセージを送り、しびれを切らして電話を五回かけたところで、ようやく「うるせー。いそがしい」とだけ返事がきた。
     母と自分が避難する予定の避難所の位置を告げ、もう一度、「あんたはどうするの」とメッセージを送った。
     弟はヒーローだ。
     それも東エリア代表校のリーダーだ。
     弟に責任感や使命感というものがあるかどうかはわからない。けれど弟は、常に強い相手と戦うことを求めている。市民を守るとか街のためにとかそういう理由ではなく、ただただ戦いたいという理由で、ヒーローになることを志した弟だ。
     そんな弟の返事はわかりきっているけれど、送らずにはいられなかった。

    (だって、勇成。あんた、昨日まで入院してたじゃん)

     弟には、持病がある。
     十五歳まで生きられるかどうかと言われていたのが、或る春に突然ヒーローになると言いだし、あっという間に三年経った。もしかしてあの余命宣告は医者の見立て間違いだったのではないかと思うほどに。
     それでも時々起きる発作が、母や愛莉沙を容赦なく現実に引き戻した。
     数日前にもヒーロー活動で負った怪我の治療中に発作を起こし、そのまま入院していた。今回の大規模イーター討伐戦だって、参加できる体調ではなかった。
     事実、かかりつけの病院からは避難する転院先について、母に相談の連絡がきていた。それなのに、母と主治医が相談している間に――発作が落ちついたばかりの弟は病院を飛び出し、最前線へ赴いてしまった。
     なんで。どうして。
     あんた、自分の身体のこと、わかってるの。
     そんな言葉を投げたところで顔をしかめて「うるせー」と言われるに決まっている。心配も気遣いも、弟にとってはわずらわしさにしかならないのだから。
     弟は病院のベッドの上で大人しく天命を待つより、外に飛び出して命がけの戦いに身を賭すことを選んだ。
     答えはわかっている。それでも、愛莉沙は祈るように携帯端末を握り締めた。
     ポン、と軽やかな音がしてメッセージが届く。

    『わかった』

     愛莉沙の連絡に対し、弟の返事はそれだけだった。
     母と愛莉沙が避難すること、避難先、それを、了解した。それだけの四文字だ。自分がどうするかとは告げてこない――告げる必要がないからだ。
     弟は自分の足で病室を出ていった。
     それが全てだった。

     しばらくしてから、ヒーローたちをまとめるALIVE本社の喰核生命体対策本部から『ヒーローおよび候補生の保護者のみなさまへ』とメールが送られてきた。
     今回の作戦は任意参加だ。ヒーローや候補生でも参加を見送って家族と避難した者、保護者が許可を出さなかった者たちもいるということだった。
     その上で参加を志願したヒーローと候補生の保護者に向けた一斉連絡だった。
     作戦の規模について、参加対象となったヒーローや候補生の役割について、怪我等の治療にはALIVE本社附属病院の医療スタッフがあたる旨について、作戦中は通信制限がかかるため一切の連絡が取れなくなることなどがつらつらと書かれていて、母と愛莉沙がそれを読んでいる最中に、二通目が届いた。
     代表校のヒーローたちを束ねる指揮官からだった。
    『矢後勇成くんの対応について』
     そう題された個別のメールには、入院中だったのを本人が勝手に切り上げてきた点についての指揮官の懸念が記されていた。本人からの聞き取り内容と、発作が起きた場合の対応予定について確認を求めた上で、電話番号が併記されている。

    『――本人の意志を尊重したいと考えておりますが、保護者の方の同意を得た上で本作戦への参加を許可します。ご了承が得られない場合、対策本部担当職員が付き添い、そちらの避難先へお送りしますので、避難先施設名をご連絡ください。お忙しい中恐縮ですが、本日○時までの返答をお待ちしております』

     母は愛莉沙を振り返ると少しだけ困ったように微笑んで、電話をかけた。
     電話相手の指揮官は作戦準備中の筈だ。すぐには出られないだろうと思っていたら、数コールで繋がった。

    「お世話になっております。矢後勇成の母です」

     母と指揮官は短い挨拶を交わして、すぐに本題に入った。
     母はともかく、電話の相手は今、現場でいっとう忙しい人物だ。時間を費やしていられない。

    「メールを拝見しました。ええ、勇成の好きにさせてください。何と言ったって、自分のやりたいようにしかやらないでしょうから。……はい。ご迷惑をおかけします。よろしくお願いします」

     通話中、母の手はずっと震えていた。愛莉沙はその手を握っていた。
     通話が終わると携帯端末を抱えて俯いてしまった母を抱きしめ、愛莉沙は「勇成のバカ」と呟いた。全部終わったら、弟の顔をひっぱたいてやろうと決めた。
     そんなことをしたところで、愛莉沙の弟は痛みを感じない体質なのだけれど。
     弟の持病の具体的な症状について。服薬内容について。発作の対応について。弟の主治医からALIVE本社附属病院の医療スタッフへの伝達は、母が仲介した。
     そうこうしているうちにあっという間に緊急避難命令の制限時間が来て、愛莉沙と母は大急ぎで荷物を抱えて家を飛び出した。
     地域の集団避難バスの最後の一本に乗って地元を離れる時、街に人は残っていなかった。



     事態が動いたのは、夜十九時頃だ。
     それまでずっと白煙をあげるALIVE本社ビルとイーターの群れを映した中継映像とスタジオを交互に映すだけだった画面に、新しい映像が流れたのだ。

    「本日午後、ALIVE本社ビルで撮影された映像が届きました。イーターに襲われ、爆発が起こったビル内から、ヒーローや候補生によって救出されたALIVE社の職員が仁衛隊の医療テントに運び込まれている様子です」

     その頃、愛莉沙は母と避難所の外にいた。
     気分転換を兼ねて夜空を見上げ、赤く輝く不気味な星を見つけたところだった。テレビで何度も凶兆だと言われていた赤い星は、だんだん大きくなっているように見える。夜で空が暗いから、きっとそう見えているだけだろう。
     それよりも弟たちは無事だろうか――と遠く離れたALIVE本社のある方角を眺めていた。
     ――――そこへ。

    「奈津希さん!!」

     と、一緒に避難してきた近所の住民が大慌てで駆けてきた。

    「奈津希さん、愛莉沙ちゃん! 勇成くん、テレビに映ってたよ」

     ほら、これ、と息を切らせた顔見知りの夫婦が手にした携帯端末を差し出す。
     テレビ局のニュースサイトだ。
     そこでは数十秒の短い映像が繰り返し流されていた。
     ALIVE本社が見える位置に設置された救護テントと武装した仁衛隊。そこに負傷した白衣やスーツ姿の人々を担いだ候補生がひっきりなしに駆けこんでくる。音声はなく、カメラも揺れている。マスコミ用に撮ったものなのだろう。上空のイーターや負傷者が集まるテントの内部などは一切映さず、壁面やガラス窓が砕けたALIVE本社や、救助活動にあたる人々の様子だけを撮っている。
     音声はなくとも、大声で叫び、切羽詰まった様子でやりとりしている人々の様子はわかる。
     その中に、愛莉沙の弟もいた。

    「ッ……!」

     黒い戦闘服に濃黄色のマフラー。背中に怪我人を一人背負い、腕にもう一人抱えた格好で瓦礫が散らばる地面を身軽に走り、救護テントに預けると、あっという間に壊れたビルへと駆け戻る。他の候補生が負傷者に肩を貸してゆっくり歩いてくる中で、颯爽と走る黒いヒーローの姿は異質だった。

     愛莉沙が弟の、ヒーローとしての姿を見たことはほとんどない。
     ヒーローが活動する現場は避難警報が発令されていて一般人は立ち入りできないのだから当たり前だ。地域の交流イベントか何かでヒーローの戦闘服を着ているところは見かけたけれど、愛莉沙や母の姿に気付くと弟のほうが逃げた。
     だから最前線で、ヒーローとして立つ弟の姿を見るのはこれが初めてだった。
     弟は生まれ持った怪力で、軽々と負傷者を抱えて駆けていた。
     思う存分暴れるためにヒーローになった弟が、人を助けていた。

     ヒーローとして変身――リンクしていると、身体機能が強化されるという。
     けれど、それだけでは不可能な膂力だ。
     生まれ持った無痛体質と、それゆえ身体の限界を超えて出せる怪力は、幼い頃から悩みの種だった。遊ぶつもりでおもちゃを持てば力加減がうまくできずに壊してしまうし、箸や鉛筆が使えるようになるまでも苦労した。
     弟は怪力だったけれど、身体は普通の人間だ。だから強い力が加減できない分、ちょっとしたことですぐ打ち身をつくり、擦り傷を増やし、骨にもひびが入った。
     無痛体質故に怪我をしても弟は気づくことなく、そのまま動きまわる。
     だから弟は毎日、どこかに怪我をしていた。
     怪我した箇所を悪化させないようにと包帯でぐるぐる巻きにすると、それを嫌がって喚いた。物に触るだけで注意して力加減しなくてはならないのに、動きまで制限されるのは相当なストレスだったらしい。
     叫ぶと今度は喉を傷め、呼吸器の発作を引き起こした。
     何もかもが悪循環だった。
     思いどおりにならない身体とどうにか付き合いながら、弟は成長した。家と病院を交互に行き来する日々だった。

     ――――恐らく、成人するまで生きられない。
     ――――中学校を卒業できるかどうかもわからない。
     ――――せめて少しでも長く生きられるように、治療に専念したほうがいい。

     数えきれないほどの発作を繰り返しながら生きてきた弟が、主治医から提示された道を蹴り飛ばして自分で選んだのが、ヒーローの道だった。
     その怪力でイーターを蹴散らし、暴れ回る風雲児の矢後勇成。
     戦うことに関しては間違いのない強さでイーター討伐数も東エリアのヒーローの中では一等だった。けれど周囲に頓着しない性分のせいで、戦闘の余波で道路や建物に被害を出すヒーローとしても悪名高い。
     戦うこと。壊すこと。それが、風雲児のヒーロー、矢後勇成の代名詞だった。
     けれど今、画面の中に映っているのは人命救助に駆け回るヒーローの姿だ。

    「すごいねえ、勇成くん。二人も担いでこんなサッと走って」
    「他にも映像ってあるのかしらね。ここのニュースだとこればっかりで。ねえ愛莉沙ちゃん、調べられるかしら」

     愛莉沙は急いで自分の携帯端末を取り出した。
     ニュースサイトは最新映像をトップに掲げている。そこからたどって、ALIVEが公開した動画を三つ見つけた。近所の夫婦が教えてくれた救護テントに怪我人を運び込む映像。病院へ移動中の搬送車両を襲うイーターと戦うヒーローたちの映像。半壊した街を巡回するヒーローと候補生の映像。
     そのどれもに、弟が映っていた。瓦礫になったビルから運び出した怪我人を担いで走っていた。救護テントに近づいた小型のイーターを大鎌を振り回して両断していた。候補生に指示を出し、大型のイーターめがけて走っていくところで途切れた映像もあった。
     携帯端末の小さな画面に、ヒーロー・矢後勇成が映っていた。
     動画の上にぽたりと涙が落ちる。

    「ッ……あの、バカ」

     愛莉沙は携帯端末を握り締めて顔に寄せて俯いた。
     母がそっと背中を撫でてくれる。近所の夫婦が気遣うように母に何か告げてから離れていくのが見えたけれど、愛莉沙は挨拶ができなかった。声が喉に詰まっている。
     母の手の温かさを背中に感じながら、愛莉沙はごしごしと目元をこすった。

    「勇成の、バカ。こんなに走ったら、また、咳が出るのに」
    「薬、忘れずに飲んでいるといいんだけど」
    「大丈夫じゃないかな……久森くんがいるし。指揮官さんもチェックするって言ってたんでしょ」

     風雲児の生徒にしてはめずらしいタイプの弟の後輩の顔を思い浮かべて、愛莉沙はそっと息を吐いた。
     動画に映っていたヒーローたちは弟の――風雲児の濃黄色のマフラー以外に、紫、緑、とさまざまな色の戦闘服を身にまとっていた。戦闘服は学校ごとにデザインが決まっている。
     全ヒーロー校参加の大規模作戦だけあって、多彩な戦闘服をまとった複数校のヒーローたちが協力し合う様子は新鮮だった。

    「久森くんは映っていなかったね」
    「担当している場所が違うんじゃないかな。勇成は重式――前に出るタイプだけど、久森くんはほら、遠くからでもイーターに攻撃できる術式だって前に言ってたよ」
    「同じ学校でも別々の場所になっちゃうのね。ああ、でも、さっきちょっと映っていたのは頼城くんじゃない? ほら、道場でいっしょだったでしょ」
    「いた? どれ。どの動画?」
    「ほら、救護テントの。――ああ、やっぱり。頼城くんだ。懐かしいわ。頼城くんが同じところにいてくれるなら大丈夫ね。勇成のからだのことも知っているから、発作を起こしてもわかるでしょ」

     愛莉沙の背中に触れる母の手がかすかに震えている。少しでも安心を掴みとろうとしているかのように、短い動画からわかる情報を拾い上げようと目を凝らす姿に、愛莉沙は小さく頷いた。

    「まあ、勇成のヤツ、頼城くんの言うことは絶対聞かないけどね。小学生の頃からそうだったもん」
    「そういえばそうだったわ。あらいやだ。安心じゃなくなったわね」
    「そうだよ。道場でも散々先生たちの手を焼かせてさあ」
    「稽古以外でもよくもめていたっけねえ」
    「なんべん叱られてもこりなかったんだから、あいつら」

     懐かしい思い出を引っ張り出すと、母の顔がほころぶ。
     愛莉沙もふっと息を吐いて目を細めた。携帯端末を持つ手に力を込める。
     なんだかんだと言いながら弟の暴れっぷりに付き合ってくれる後輩がいる。目を配ってくれる指揮官がいる。弟の対応に慣れている昔馴染みもいる。
     愛莉沙と母がいない場所で、知らない世界で、見たことのない格好をした弟は、かっこいいヒーローの姿をして駆けている。
     病院のベッドで苦しそうに身を縮まらせ、薬や機械に助けられながら必死に息をしていた姿はどこにもない。愛莉沙が物心つく頃から見てきた弟の姿は、小さな画面の中になかった。

     弟が――自分の命を繋ぐためのあらゆる管を引きちぎって病室を飛び出していった理由が、わかる気がした。弟はきっと、生きるために、戦う場所に向かったのだ。
     それでも腹立たしさは変わらない。

    「こんなに無茶して。終わったらまた入院コースだよ。去年みたいに。絶対シメてやるんだから」
    「少しはほめてあげてもいいんじゃない、愛莉沙。こんなにたくさん人を助けて、ねえ」

     ふふ、と笑う母の顔を覗き込むと、目尻に涙が浮かんでいた。
     もう一度、と母の手が繰り返し動画を再生する。充電がみるみる減っていく。避難所の充電待ちは結構長い列なのでうんざりしてしまうけれど、まあそれくらいはいいか、という気持ちになっていた。だって愛莉沙も、もう少し見ていたかったので。
     瓦礫の中で人を助けて駆け回る、ヒーローの姿を。

    「かっこいいわね、ヒーロー」
    「……うん」

     母と二人で、小さな画面を覗き込む。
     何度目かの再生ボタンを押す愛莉沙の手は、もう震えなかった。
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