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    トキ/em

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    トキ/em

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    捏造:矢後家。愛莉沙+勇成+奈津希の話。

    『或る春の矢後家』「なあ。高校行く。そんで、ヒーローやる」

     或る夜、勇成がそう言った。
     中学二年生の三学期。中学卒業まで生きられるかどうかわからないと主治医に言われた期限が、あと一年に迫った頃のことだ。つい先日まで風邪をこじらせて入院していて、退院したかと思えばその日のうちに高校生の不良グループの喧嘩に巻き込まれたとかで、ケガを増やしてから帰ってきた。
     退院直後はいつもちゃんと食欲があるからと多めにごはんを炊いて待っていた母さんとあたしに、勇成は「コンビニ行ってくる」と言う時と同じトーンでそう言った。
     そうしてテーブルに置いてあった漬物をひとつつまんで口に放り込んだ。
     ヒーロー。イーターと戦って、人々を守る高校生たち。
     ヒーローになるには血性が必要で、勇成は確かに小学生の頃から血性値がずば抜けて高かった。けれど本人はヒーローなどまるで興味ない様子だった。実際、少しでも興味があれば――弟はすぐ顔に出る。だから本当に、興味はなかったのだろう。
     それが、ヒーローになるという。
     高校にも行くという。

    「なんで」

     気付いたら、ぽろりと言葉が口からこぼれた。
     今まで弟から、未来の話なんてしたことがなかった。近づいてくる弟の命の期限を数えるのが嫌だったから、家族で予定を確認する時も最低限の話しかしなかった。弟も、自分が生きているかどうかわからない話をするのはごめんだと機嫌が悪くなるばかりだったからだ。
     それが――ヒーローに、なるという。
     人々を守って、助ける、ヒーローに。

    「あんた、人を助けたいの」

     思わず尋ねると、漬物をもうひとつつまんだ勇成は「はあ?」と唸った。

    「ちげーよ。イーター、つえーから。思いっきり暴れらんだろ」
    「はあ?」

     今度はあたしが変な声を上げてしまった。
     勇成がまた漬物の皿に手を伸ばしたので「夕飯前にどんだけ食う気よ」と皿ごとぶんどったら舌打ちされた。腹が立ったので鼻をつまむと「うぜー」と鬱陶しそうに払われる。
     そのまま逃げた勇成は、テレビの前に転がってリモコンを掴んだ。適当にチャンネルを回して、お笑い番組を見始めたふりをする。興味なんてないくせに。

     溜息を吐いて、食卓に出来た料理を並べていく。
     サラダ。味噌汁。今日のメインディッシュはカレーだ。
     母さんが「勇成」と呼ぶと、弟はテレビを消してのそのそと起き上がった。

    「どれくらい?」
    「いっぱい。皿、おっきーやつ」
    「はいはい」

     母さんが尋ねるのは食べる量だ。体調や気分で弟の食欲はころころ変わる。
     ひとくち。はんぶん。ふつー。いっぱい。
     目安はごはん茶碗に盛る米の量だ。言葉どおりひとくち分しか食べない日もあれば、たっぷり茶碗に盛って三杯たいらげる日もある。今日はやはり食欲があるようだった。
     盛った米になみなみとカレーが注がれた大皿を受け取って、勇成が食卓に運ぶ。

    「愛莉沙はどれくらい?」
    「あたしは普通」
    「大盛」
    「勇成!」

     茶化す弟が食卓に置いていた福神漬けの小皿に手をのばしていたのを奪い取る。

    「何すんだよ、バカ愛莉沙」
    「誰がバカよ。ごめんなさいお姉ちゃんって言ったら許す」
    「俺の福神漬け!」
    「あんたのじゃないでしょ」
    「愛莉沙、運んで」

     母さんが盛り付けてくれたカレー皿を受け取って、代わりに福神漬けは台所に置く。睨んでくる弟の視線には構わず、母さんの分のカレー皿も運ぶ。
     あたしの両手がふさがっているうちに、弟はさっと台所に滑り込んで福神漬けを確保してきた。べ、と勢いよく舌を突き出してくる。
     さっき高校に行ってヒーローになるとか言っていたくせに、そういうところはまだまだ子供だ。普通に腹が立ったので、勇成が福神漬けを自分のカレー皿によそおうとしていたところで、先にごっそりとスプーンですくいとった。

    「愛莉沙!」
    「早いもの勝ちでしょ」
    「あら、愛莉沙。母さんにもちょっと分けて」
    「はーい」

     弟はふてくされた顔で、残った福神漬けを全部自分の皿に入れている。
     それくらいは大目に見ることにした。何といっても、今日は弟の退院祝いだ。一ヶ月に五回くらいあるけれど、それでも毎度ちゃんと元気になって家に帰ってくることは嬉しいし、食欲があるのもいいことだ。
     ――――病院から弟が帰ってこない夢を、今まで何度見たかわからない。

     気を取り直して、目の前のカレーを見遣る。
     我が家のカレーはルーを二種類混ぜてチョコレートを入れている。具材を小さめに切っているのは、弟が小さかった頃に食欲がなくても食べやすくしようとしていた名残だ。それも今ではすっかり慣れてしまった。
     いただきます、と手を合わせようとしたところで、母さんが「勇成」と弟の名を呼んだ。
     スプーンを掴んでいた弟が顔をあげる。

    「勇成。高校に行きたいなら、先生に相談しなさいね」

     母さんが言う先生は、学校の先生ではない。病院の主治医の先生だ。
     弟はスプーンを置いて「ん」と呟いた。

    「もー言った」
    「先生はなんて?」
    「治療しろって」
    「あなたは?」
    「高校行って、ヒーローやるって言った」
    「それで?」
    「治療しろって、すげーしつこかった」

     それはさっき、帰ってきたばかりに宣言したのと同じ言葉だ。つまり病院の先生も、勇成の唐突な宣言を聞いたに違いない。

    「どうしても、やりたいのね?」
    「やりたい」

     ためらうことなく返された言葉に、母さんも小さく頷き返した。

    「それじゃあ、今度の通院は母さんも行くから。一緒にもう一度、先生と話しましょう」
    「……いーの?」
    「だってあんた、決めたんでしょ」

     母さんはスプーンを手に取って笑った。
     その顔をあたしは見たことがあった。あたしが進路を相談した時に、相談とは言いながら――決めたことに許可をもらうためになんとか説得しようとしたら、母さんはやっぱり同じように話を聞いて、確認して、言ったのだ。

    「やりたいんなら、やってみなさい」

     あたしに言ったのと、同じ言葉を弟にも言った。
     あたしの、弟の、人生の決断を否定せずに頷いてくれた。
     ダメと言われるかもしれないけれど、やると決めたことは絶対にやろう。そんなこちらの決意を見透かしたかのように、あっさりと許可を手渡してにこやかに笑う。

    「ダメそうな時はちゃんと言うこと。でもすぐあきらめないこと。それだけ約束しなさい」
    「……わーった」

     弟はスプーンを持ち直して、いただきます、と口にした。
     母さんとあたしも口々にいただきますとカレーを食べ始める。馴染んだ味が温かい。弟はカレーをおかわりして炊飯器のお米をたいらげるとさっさと寝てしまった。退院したばかりでケンカもしたというから、よほど疲れていたのだろう。
     食べられる時に食べて、眠れる時にひたすら寝て、弟は身体を維持している。

    「あんな調子で本当にヒーローになれんのかな」

     ヒーローになる方法、とスマホで調べながら顔をしかめるあたしに、母さんはころころと声を上げて笑った。

    「ネットじゃあんまわかんないなあ。誰か、詳しい人を探して聞いたほうが良くない?」
    「そうねえ。勇成が急にヒーローなんて言い出したくらいだから、誰かお友達に教えてもらったんじゃないかしら」
    「母さん、よくわかるね」
    「あんた達の親やってるからね。カステラ食べる?」
    「食べる!」

     母さんが手にしたカステラの小さなパックも、一応勇成の退院祝いだったものだ。けれど当初の予定から二日延びたのと勇成がさっさと寝てしまったのと賞味期限の関係で、母さんとあたしの二人だけで食べることにした。勇成にはないしょだ。ばれると間違いなくふてくされる。
     あたしは母さんの麦茶のグラスがほとんどからっぽなのを確認して、冷蔵庫にとりにいった。二人分のグラスにポットの残りの麦茶を注ぎきる。ポットを洗い、新しい麦茶のパックを放り込んで冷蔵庫に戻す。

    「勇成が起きたら、お友達に心あたりがないか聞いてみましょう」
    「うん」

     テレビをつけると、ドラマをやっていた。学園モノだ。制服姿の高校生たちが文化祭の準備をしてはしゃいでいる様子が映っている。それを見て、母さんが小さく笑った。

    「あのね、愛莉沙」
    「なあに」
    「勇成が高校に行きたい、って。びっくりしちゃったけど、嬉しかったの」

     あたしは思わず母さんのほうを振り返った。
     帰宅した勇成の第一声の時、母さんはずっと無言だった。食事の際、進路に許可を出した母さんに勇成が「いーの?」と聞いたのも、帰宅した時には何も言わなかったからに違いない。
     今まで弟から、未来の話なんてしたことがなかった。近づいてくる弟の命の期限を数えるのが嫌だったから、家族で予定を確認する時も最低限の話しかしなかった。
     弟が高校に進学するのは一年以上先のことだ。
     その夢を叶えるためには、弟はちゃんと治療して準備をしなくてはいけない。
     医者に宣告された命の期限の向こう側に行くために。
     高校に行く。
     ヒーローになる。
     そんな当たり前の夢を、弟がはじめて口にした。

    「あたしも、嬉しかったよ」

     できるだけ明るい声を出したあたしの隣で、母さんが俯いて肩を震わせた。手にしたカステラが皿の上にぽとりと落ちる。その肩に寄りかかって、あたしは麦茶のグラスを差し出して「母さん」と促した。俯いたまま差し出された母さんのグラスと乾杯する。
     今日は弟が、自分で進路を決めた記念日だ。
     もちろん、勇成にはないしょだ。ばれるとしかめっつらをして文句を吐くに違いない。そんなかわいくない弟の未来を祈って、あたしは麦茶を飲み干した。

     そういう次第で、弟はヒーローを目指すことになった。
     弟が中学三年生に上がる直前の、或る春のことだ。
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