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    pandatunamogu

    降新文をポイポイします

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    pandatunamogu

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    素敵なタイトルを恵んでいただいて書いた両片想い降新が酔いに任せてくっつくまでの話

    ##降新
    ##両片想い

    酔って酔わされセンチメンタル「久しぶりにどうかな? いい店見つけたんだけど、この後飲みに行かないか」
    「良いですね!」

     それはとある事件解決直後。
     現在警視正の役職である降谷は、今回優秀な名探偵に要請を出した事件の理事官を担当していた。一週間ほどでスピード解決したその厄介な事件の一番の功労者は、言うまでもなく件の名探偵、工藤新一である。

     組織が無事壊滅し、その三ヶ月後に解毒薬が完成した。
     だが、その薬を日本で服用することが薬事法等の関係で難しいと判断されたため、新一は解毒薬の開発者であり新一と同じ被験者でもある宮野志保と赤井と共に渡米した。
     無事に元の姿に戻り、薬が切れて再び縮んでしまうこともなく、もう大丈夫だと向こうの医師と宮野に太鼓判を押されて帰国したのが組織が壊滅してから半年後のことだ。
     その日のうちに、解毒薬を作る際に必要なデータや薬品などを赤井と協力して集めてくれた降谷に、改めて挨拶に行ったことで再会を果たし、そこから早数年。新一は去年、成人式を終えた。

     お互い嘘つきの仮面を被っていた時には『良い共闘相手』だと思ってはいたが、それ以上の感情はなかった。
     コナンが渡米の前に一度挨拶に来てくれた際も、少しの寂しさは覚えたものの、これからはようやくお互い元の姿で付き合っていけるのだと期待感に胸を膨らませていた。事前に工藤新一の資料も熟読していたし、当然その頃に添付された画像データや、数々のメディアに出演していた頃の彼の小生意気そうな端麗な容姿は頭に入っていた。だから改めて新一が元の姿で挨拶とお礼に行くと前日に連絡を受けた際も、まさかこの後、自分がひと回りも年下の男子高校生に一目惚れすることになるだなんて思いもしなかったのだ。────そう。降谷零はもう数年来、この名探偵に恋をしている。

     今でも忘れられない。
     あれはちょうど新年度が始まる前日のこと。
     桜もあと少しで見頃になるとニュースキャスターが顔を綻ばせながら伝えていた日だった。
     彼に呼び出されて本庁を抜け出して待ち合わせ場所に立っていると、「ただいま、安室さん……じゃないですね、降谷さん」と後ろから声を掛けられ、そのあまりに理想的な美声に勢いよく振り返った降谷は────雷に打たれた。
     資料で散々目にした彼とは比較にもならないほど────生身の工藤新一の美しさの破壊力は、凄まじいものだった。
     決して病弱でもインドアな訳でもないのに透き通るような白い肌も、一体どこのヘアオイルを使っているのかと質問攻めにしたいぐらいに黒く艶めいた髪も、思わず吸い寄せられて触れてしまいそうなほどふっくりとして柔らかそうな薄桃色の口唇も。スラリと長く伸びた真っ直ぐな手足も、キュッと細く括れた腰も、上向きでキュッと引き締まったヒップも。少し近寄るだけで香ってくる甘く爽やかな香りも。下手をするとウッカリ再会三秒で抱きしめて力の限りの告白をぶつけてしまいそうになるぐらいのときめきと衝撃の破壊力に屈したエリート公安警察官は、持ち前のポーカーフェイスで何とか爽やかさと胡散臭さと大人の余裕を匂わせて上場の再会シーンを演じられたと背中にビッショリ汗を掻いたのを今でも鮮明に覚えている。

     そうして今現在、絶賛片想い中である降谷は、新一と良好な友人関係を築いて数年経過した。

     誰に対しても屈託なく人懐っこい彼は、降谷のこともまるで年の離れた兄弟のように慕ってくれて、毎回心臓を破裂寸前まで高鳴らせながら食事や飲みに誘うのだが、その度、弾けるような笑顔で頷いてくれるのだ。


     面と向かって問うたことは無かったが、恐らく強烈な運命の糸ならぬ荒縄で結ばれていたはずの幼なじみの彼女との恋は、終止符を打ってしまったようだ。
     何故それが分かるのかと問われれば、結構な頻度で降谷が食事や飲み、更に言えば何度かホームズ展や脱出系の催し物に誘っているのだが、その何れにも難色を示したことが一度もないからだ。
     ようやく元の姿に戻ることが出来て、恋人と何の弊害もなく交際をスタートさせたのであれば、まず一番に彼女との約束を優先するはずである。
     だが、大体いつ降谷が誘っても二つ返事でOKを出してくれるのだ。予定を思い出すことも無く、彼女にお伺いを立てることすらせずに。
     そうして今も、こうして唐突に飲みに誘ってみても即答してくれる 新一の嬉しそうな横顔をチラリと横目で盗み見て、胸を躍らせてしまう。

    ────まあ……いくら蘭さんと破局していたとしても、俺に脈があるわけじゃないんだけどな……。

     そう。何もこの世に彼の恋愛対象となる人間が毛利蘭しかいない訳では無いのだ。たとえ彼女がそのステージを降りたとしても、まだ五万と対象となる人物は居るのだが、少なくとも今現在、恋愛関係にある相手はいないだろうとアタリをつけていた。
     チャリ、とキーケースをジャケットの内ポケットから取り出して音を立てながら彼を駐車場の方へと誘導しながらも、降谷のその頭の中では、どうにかして今夜、彼の好みや気になる人物が居るのかどうかのリサーチぐらいは成し遂げたいと考えていた。



             ■□■□■


     なかなかままならない。
     新一は想いを秘かに寄せる相手の愛車の助手席のシートにそっと身を沈めながら車窓を眺めるフリをしながら横目で端整な顔を盗み見て内心溜息を転がした。
     元の姿を取り戻してから程なくして、蘭とは関係を清算した。とはいえ別段何があった訳でもない。いざ体が元に戻って工藤新一の日常に戻ってみれば、蘭の自分に寄せる気持ちも自然と冷めていってしまったし、何より新一の心に別の人物が存在感を急速に見せつけ始めたのが一番の要因だろう。
     自分と宮野の身体を元に戻すため、大嫌いな赤井と協力までして懸命にデータと必要な薬品を揃え、危険を冒してまで全てを収拾したものを渡してくれた。思えばあの頃には既に、新一は降谷に惚れていたのだろう。

    ────まあ……多分降谷さんにとっちゃ、俺の体を治すのはオマケみてぇなもんで、本当は初恋の人の娘でもある宮野を元の体に戻してやりたかっただけなんだってことぐらい、分かってんだけどな。

     恐らくは、嘗て淡い想いを抱いていた初恋の女性の面影を色濃く映している宮野志保に対し、降谷が惹かれない筈はないと新一は思っている。不憫な彼女を元の姿に戻すために、嫌いな赤井と協力して奔走して必要なデータと材料を集め、結果として自分はそのお零れに与ったのだ────と。きっと宮野が元の姿に戻れば、程なくして思いを告げ、二人は結ばれるのだろうと思い、覚悟していたのだ、が。しかし、待てど暮らせど二人が仲睦まじくなる様子もなく、たまに顔を合わせても、何故か二人ともそっけない態度であることが、逆に新一には引っ掛かった。

    ────宮野が降谷さんをどう思ってるかは分からねぇけど、降谷さんは宮野に惚れてンだろ? あんなに危険な橋渡って、大嫌いな赤井さんと協力してまで解毒薬のデータと足りない薬剤回収して元の姿に戻してやるぐらいなんだし……。アレかな。誰かの前だと小っ恥ずかしくて素直になれねぇってヤツなんかな。

     どうして想い人──少なくとも新一はそう思っている──に対してあんなにそっけない態度が取れるのか分からないが、まあ、新一とて蘭といい雰囲気であった時は中々思いを素直に告げられずに妙に素っ気なかったりぶっきらぼうだったりもしたので、そんなものなのかもしれないな、とズキッと痛む胸に苦笑を浮かべて再び意識を車窓に移した。

     アルコールを楽しむ前に軽く何かを食べようと降谷に連れてきてもらったのは、有名なラーメン店だった。

    「ごめんね、ラーメン屋で。事前に予約しておけばよかったんだけど、尽く目星つけてた店が予約でいっぱいで」
    「ラーメンすげぇ好きなんで嬉しいです。────けど意外だな。降谷さんってラーメンとか食べないのかと思ってました」
    「え。食べるよ普通に。週一で来るよ。君の中の俺はどうなってるの」
    「オーガニック野菜とロカボナッツのサラダとササミソテーとか、鴨肉のテリーヌとかやたらオシャレなメニューを自宅で作ってインステに上げてから食べてるイメージですね」
    「インステ女子かな? そりゃたまに気になった料理があればチャレンジしたりもするけど、どうしても量が多くなりがちでね。それに和食が好きだから定食とか丼物とか日参する勢いで食べに行くよ。ラーメンも」
    「すげぇ親近感……」
    「いや、俺からすると工藤くんの方がフレンチやイタリアンのフルコース食べてるイメージなんだけど」
    「ふは。ないないありえません。俺、週四ラーメン余裕です。一日で三軒ラーメンはしごしたこともザラにありますし」
    「想像ができない」

     そんな談笑を楽しみながら行列が絶えないラーメン店のテーブル席に向かい合い、豚骨背脂ニンニクマシマシラーメンを食べたいところを、グッとお互い相手の顔を窺ってから普通のとんこつラーメンをオーダーし、ペロリと完食してからいよいよ本命のバーへと向かった。
     バー近くのコインパーキングに駐車すると、そのまま降谷にエスコートされるように半地下にあるバーに向かった。

    「車で来ちまったけど帰りは……」
    「代行を頼むから安心して」
    「なるほど。それなら安心ですね」

     階段を降りながらそんなやりとりをして、落ち着いたバーの扉をゆっくりと降谷が開けてくれる。どうやらエスコートは続行されているようだ。
     店内は間接照明が程よいバランスで明るさをまろやかで落ち着いた風合いにしてくれていた。
     一番奥まったカウンターの端に新一を座らせたのは、混みあった際に隣に座ってくるであろう他人に対して気を使わせない為だろう。この手の配慮が恐ろしいほど巧みでスマートなのだ、この褐色のモテ男は。
     カウンターには三名のバーテンダーが立ち働いており、ちょうど近い位置にいたアッシュブラウンに明るめのインカラーを入れ、軽く毛先にパーマを掛けた二十代後半と思しき青年バーテンダーが、二人の前にそれぞれあたたかいおしぼりを出してくれる。それに気づいた二人はそれぞれ「ありがとう」と礼を述べてからほのかにいい匂いのするそのおしぼりで手指を拭き清め、差し出された革張りのメニュー表を降谷が受け取ると、少し身を新一に寄せるようにしてソレを開いた。

    「何がいい?」
    「んー……この店での降谷さんのオススメってどれです?」

     新一も自然と身を寄せるようにしてメニューを覗き込みながらそう問えば、なら最初は軽めのものを頼もうか、と適当に降谷が頼んでくれた。


             ■□■


    「……工藤くん、呑みすぎじゃないか? もうそろそろ……」
    「なァに言ってんスかァ。のんれませんって、ぜんぜんよってません」
    「いや明らかに酔ってるだろ。呂律回ってないぞ」
    「んもォー、ふりゃさんうるさい。ふりゃさんももっとのんれ!」
    「あー……うん。まあ、帰りはちゃんと送り届けるけど。程々にね? じゃあ俺ももう少しだけ呑もうかな」
    「へっへ! そうこなくっちゃあ」

     既にへにゃっへにゃでフニョッフニョになりながらバシバシと降谷の背中を叩いては、もう何杯目になるのか分からないバーボンのロックをグビグビと煽る新一は、ピタ、とおもむろに口を閉じ、チラ、チラと意味深な視線を降谷に送り始めるので、降谷としても落ち着かない。

    「……どうしたんだい、工藤くん。気分悪くなった? トイレ連れていこうか?」
    「んーん……そうじゃね、けど」
    「そうじゃない、けど?」
    「んー……あんさ、ふりゃさんさ」
    「? うん、何かな?」

     ぐでんぐでんに酔っている割には大変姿勢がいいな、と至極どうでもいいことを思いながら先を促すと、新一の手の中のグラスで、丸氷がカランと高らかに歌った。

    「ふりゃさん、すきなひと、いまふよね」
    「え!? な、なななな、何で?」

     突然想い人に思ってもみない質問をされ、本職に有るまじき動揺を見せてしまった降谷は、体制を立て直すために「んんっ」と咳払いをして己の手の中のグラスを一気に煽る。度数の高いアルコールが、カッと喉と食道を焼く感覚に、我を取り戻す。

    「…………居るよ、好きな人」
    「!!」

     何故か隣で指摘した本人が息を飲み、まるで傷ついたように目を掻っ開いて硬直するのを、少しずつアルコールが回り始めた頭で不思議に感じていた。

    「……いるんだ、すきなひと」
    「いや、君が言ったんじゃないか」
    「カマ、かけてみただけ、なんらけろ」

     相変わらず呂律は回っていなかったが、その声は酷く落ち込んでいるように聞こえるのは、何故なんだろうか。

    「カマかけ? どうしてまた…………あ、すみません。同じものを」
    「あ! おれも!」
    「いや君はもう止めておいた方が……」
    「やら! 呑むぅ」
    「っ!」

     唇を尖らせ上目遣いで「呑むぅ」なんて言われたら全てまるまるっと許してしまうではないか。仕方なく降谷は「じゃあ、あと少しだけな?」と結局許し、降谷はスコッチを、新一はバーボンロックをオーダーし、それぞれグラスを空にした。

    「どぉしてって……ヒック……なんとなァく、ふりゃさん、すきなひといるんじゃねぇかなァ〜っておもって。……ふりゃさんの、すきなひとって、……ッヒク……どんなひとですか?」

     しゃくりあげているのは泣いている訳では無い。彼は酔っているのだ。目が据わるほど。ぐでんぐでんに。

    ────それを聞くのか。選りに選って君が。

     一体なんの拷問だと右こめかみをポリポリと掻きながら降谷はひとつ、空気を吸った。

    「そうだな……負けん気が強くて、我慢強い」
    「まけんき……がまんづよい……」

     オウム返しをしてくる名探偵にクスリと笑いつつ、軽く降谷は頷いて続けた。

    「優秀な人間たちがみな揃って脱帽するほど聡明で、息を飲むほどの美人」
    「あたまがよくて、びじん……」
    「皆を救うためには自己犠牲も厭わないほどに正義感も強くて……目が離せない。放っておけない。素直に人に甘えられなくて────そんな姿を目にすると、抱きしめたくなる」
    「っ!!」

     何故かそこまで答えると、隣の想い人は絶望の淵に蹴り落とされたような顔で固まってしまった。

    ────ど、どうしたんだ工藤くん……。本当に具合が悪いんじゃ……。

     微動だにせず固まっている新一に、このぐでんぐでんに酔っ払っている今なら自分もこのノリに乗じて聞けるかもしれない、と。膝に乗せた手で拳を作り、力を込めた。

    「……そういう君は?」
    「…………?」
    「俺ばかりこんな話、恥ずかしいじゃないか。君もいるんじゃないのか? すきなひと」
    「………………」

     押し黙ってしまった彼の反応に、図星だと悟ると同時に、ズキズキと胸が痛む。だがその前に。新たな恋を知る前に。明確にさせておきたいことが降谷にはあった。

    「…………それは、蘭さんとは別の人?」
    「…………はい」
    「蘭さんとは、いつ別れたの?」
    「もう……だいぶ前。ふりゃさんにあいさつにいって、割とスグ」
    「そんなに前に…………そうか。でも今は、新しく好きな人ができたんだね?」
    「ん……」
    「良かった。────ちなみにそのすきなひとって、どんな人なのかな」

     ドクリ、ドクリと先程から心臓がやたらと煩くてたまらない。聞きたい。聞きたくてたまらないのに、聞きたくない。聞くのが怖くて、傷つくのが怖くて、堪らない。

    「んー……キレイ」
    「キレイ……」

     降谷は気づいていない。
     先程の新一と同じく、オウム返しをしてしまっている事に。

    「あたまがよくて、しごとができて、スタイルもよくて……びじん」
    「はは……完璧じゃないか」
    「うん、そう。カンペキ。だからすんげえモテる」
    「モテる……」
    「ん。すんげぇモテるけど、だれのことも受け入れない。必ず見えない壁つくって、自分と他人をそれぞれ守ってる」
    「…………」
    「やさしくて、面倒見だってよくて……みんなが好きになっちまうような、ひと」

    ────誰だよ……その女。周囲と自分との間に壁作って誰も入ってこないようにシェルターの中に篭ってるなんて……俺みたいなやつ。狡い。狡いぞ。何だってソイツはこんなに工藤くんに思われて、恋焦がれられて、求められてるのに。そんな受け入れてくれないような奴なんか今すぐ止めて……。

     そう。今すぐ叶わない相手なんか捨て去って。

    ────俺にしとけばいいのに。

    ────俺なら…………。俺ならそんな傷ついたような顔なんかさせない。壁なんか今すぐ取っ払って自分のテリトリー内に招き入れて離さない。すぐにだって辛いこと全て吸い込んで笑顔にさせてやる。

     降谷が何かを決意した瞬間、隣で「ゔぇ……ぎぼぢわる……」とえづき始めたので、慌ててその肩を抱き支えてトイレに連れて行った。何とか間に合ったようで、個室に籠ってゲェゲェと吐いている新一を扉の外で待ちながら、両手をスラックスのポケットに突っ込んだ降谷は決意を固めた。

     もし、新一が嘔吐が落ち着いて個室から出てきた時に、誰もこのトイレに入ってこなければ、その時は────。

     そこまで思考を巡らせたところで、個室の扉がゆっくりと開いた。トイレには、新たな客は入っては来ていない。────そう。今こそ決意を行動に移すべきだ。

    「工藤くん、落ち着いた?」
    「……はい。すみません。呑みすぎました」
    「とりあえず口、濯ごうか」

     洗面台に誘導してやれば、素直に何度かうがいをして、口の中を濯いで落ち着いた頃合を見計らい、スゥ、と静かに降谷は酸素を肺に収めた。

    「さっきの話、さ」
    「……へ?」
    「君の好きな人の話」
    「ああ……」

     すべてを諦めたような苦笑に、胸がズキリと痛む。ポケットに突っ込んだ手をグッと握り、渾身の勇気を振り絞る。

    「それ、性別以外は俺に当てはまらないかな?」
    「…………は?」

     突然何を言い出すんだこの色黒オッサンはと思われただろうか。それでも今は構うものか。

    「美人かどうかは分からないが仕事はそれなりに出来る自負があるし、面倒見も悪いほうじゃないと思う。カンペキかどうかは分からないし君の言うモテるがどの程度なのか分からない。ただ、まったくモテないタイプではない、と思う。そもそも性別が違うだろってツッコまれるかもしれないが……一つだけ、その人に勝てるものがある」
    「……勝てる、もの?」

     不思議そうにキョトンと見上げてくるサファイアブルーがあまりに美しすぎて、目眩を起こしそうだ。負けるもんかと目をしっかりと合わせ、続けた。

    「君を好きな気持ちなら、その人にだって負けない。だから……叶わない恋に胸を痛めてそんな顔をするぐらいなら────俺にしとかないか?」
    「っ!!」

     驚きのあまり声も出ない様子の新一に、あと一歩だと勇気の残滓を振り絞る。

    「好きなんだ、君のことが。ずっとずっと前から」
    「!!!」
    「こんな……バーのトイレなんかですまない。でも、酔ったはずみとかノリと勢いなんかじゃないから。だいたい俺は素面だし、鼻毛の先ほども酔っていない」
    「…………ほんとに? 酔ったはずみでついうっかり、とかじゃねぇ?」
    「ああ。この程度で酔うなんてありえないし、はずみなんかで同性の、ましてや仕事でしょっちゅう世話になっている相手に告白なんかしない」
    「………………」

     少しの沈黙が、一生続くかのように長く思われた。死刑宣告を受ける被告人は多分、こんな気持ちなんだろう。
     何度か口を開閉したあと、覚悟を決めたように躰ごとこちらに向き直った新一に、いよいよかと降谷は固唾を飲んだ。

    「…………ですよ」
    「え……? 申し訳ない、ちゃんと聞こえなかった」

     肝心な部分が聞き取れずにそう返すと、ガシガシと頭を乱暴に掻いた新一は、グッと降谷の胸倉を掴むとそのまま引き寄せ、こう言った。

    「ーっだから! 俺の好きな人……っ! 降谷さんだって言ってんですよっ!」
    「……………………………………え?」

     思ってもみなかった想い人からの告白に、降谷は初めて、この場所と出来事の直後の告白劇を死ぬほど後悔した。まさかだ。まさか新一の想い人がじぶんであるだなどと、予想もしていなかったのだ。振られる覚悟と言うよりも寧ろフラれる前提で勢いに任せて口にした告白が、こんな場所で! 更にゲロゲロと思い切り新一が吐いた直後に!! うっかり恋愛成就してしまうなんて!!! なんてこった!!

    「あー……え? えー……あ? え? 工藤くんの好きな人……俺?」
    「そうですよ……。ふるやさんはてっきり宮野のことが好きなんだとばかり……」
    「っはあ!? なんだその斜め上にぶっ飛びまくった勘違い!」
    「だって……っ! だってふるやさんの初恋って宮野の母親なんでしょう?」
    「あー……まあ……うん」
    「だからてっきり母親の面影を色濃くうつしてる宮野を元の姿に戻してやりたい一心で、苦手な赤井さんと協力して解毒薬作成に力を貸してくれたのかと……」
    「全部君のためだよ!」
    「え……」
    「君を元の姿に戻してやりたい一心でやった事だよ。あの頃はまだ、君にこんな感情を抱くことになるだなんて思いもしなかったけどな」
    「俺を……元に戻すため……?」
    「そうだよ。それが君の望みだったし、蘭さんの望みでもあったから。……でも君は元に戻っても蘭さんと永遠の愛を誓い合うことなく、その運命の赤い糸は断ち切れてしまった。俺が君に一目惚れしたのは、君がその姿に戻って改めて挨拶に来てくれたあの瞬間だ」
    「!」
    「世の中にここまで自分の好みのど真ん中の顔とスタイルと美声の持ち主が居るのかと思うぐらい────一ミリの疑う余地もないぐらい、一目惚れだったよ」

     そこまで伝えた瞬間にトイレの扉が開き、客が入ってきてしまったことで、そそくさと自席に戻った二人は、何だかお互いモジモジと落ち着かない。何となく、この後どうするのかと聞きたくて聞けずにいる新一の手をカウンターの下でそっと握ると、弾かれたようにこちらを見る彼の澄み切った蒼色をしっかりと見つめ返したあと、そっとその耳に口を寄せて、こう囁いた。

    「悪いんだけど……このまま帰したくない。飲み直さないか?────俺の家で」

     その誘いの意味に気づけないほど、新一は子どもではない。みるみるうちに赤らんでいく頬を隠すようにそっと俯き、コクンと小さく頷いた。それを確かめてから、またその耳に「ありがとう」と告げると、すぐに顔を離して前に向き直り、二席隣の客と談笑していたバーテンダーに声を掛けた。

    「すみません、チェックで。代行もお願いします」

     畏まりました、と品よく一礼して会計の準備と代行の連絡に向かうバーテンダーの背中を逸る気持ちで見送ってから、今一度しっかりとカウンター下の手を握り直した。



               Fin
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