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    pandatunamogu

    降新文をポイポイします

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    人のものを欲しがるイケない新ちくんと、ウワテな降さんのお話第4話

    ##降新

    つみ の みつ          4.


    「意味を理解した上で口にしたのなら────おいで」

     そう言ってオレの腰を緩く抱き寄せた彼は────見たこともないほどに悪い顔をしていた。

     その表情に、少なからずオレはゾクゾクとさせられた。
     が、しかし。街頭でタクシーを呼ばれ二人で乗り込み、運ばれた目的地で、オレは目が点になった。
    「え……」
     静かに後部座席のドアが開き、降谷さんは「着いたよ」とオレを追い立てた。目の前には、見覚えがありすぎる、洋館。オレの家の前。それならば彼も降りるのかと思いきや、彼は腰をあげる素振りも見せず、ほのかな笑みを浮かべて「おやすみ」と手を振った。
    「……クッソ。図られた」
     去っていくタクシーのテールランプを睨みつつ舌打ちして、グシャグシャと髪を掻き回す。

     てっきり脈ナシかと思われたものの、それからも定期的に降谷さんから食事や呑みに誘われ、しっかり家の前まで送り届けられる日が続き、気がつけば彼と交友を始めてから半年が過ぎていた。
     仕掛けても仕掛けても軽くあしらわれるのに、また何事も無かったかのように誘いのメッセージが届く。もうその頃のオレの頭には、ターゲットを変更する発想もなく、ひたすらにこの男を何としてでも籠絡してやるという気概しかなかった。

    「ずいぶんコワい顔をして手羽先を食べるんだな、工藤くん」
    「へ……あ、」
    「この店はお口に合わなかったかな?」
    「あ、いえ。おいしいです」
    「でもまるで親の仇みたいな顔してたよ、今」
    「それは……イジワルですね、降谷さん。本当はその理由ぐらい、見当がついてるでしょう?」
     拗ねて唇を尖らせると、可笑しそうにクツクツと目の前の男は笑った。
    「さあ。何のことかな」
     そう笑いながらも、ちゃんと確信している顔だったからこそ、余計に口惜しい。
    「────そう言えば、あれから君のウワサは耳に届かないな」
    「オレのウワサ、って?」
    「クラッシャー」
    「…………ご存知だったんですね」
    「ふふ。これでも情報収集のプロだからね」
     取り分けたコブサラダを口に運びながら涼しい顔でそう言ってのける正面の男に、だから余計に引っ掛からないのかと臍を噛みたくなる。
    「……で? どうなの? 今、狙ってる人は居るのかい?」
    「……本人目の前にしてそういうこと聞くのは中々の悪趣味だと思いますけど」
     完全にブスくれて外方を向き、チラリと横目に降谷さんを睨めば、またしても可笑しそうに破顔した。
     その少しあどけなさを感じる笑みに、不覚にもドキリとさせられる。
    「悪趣味? だとしたら人のものを欲しがる君と対等でいられるかな?」
    「……そういう返しします? いい性格してますね」
    「君も大概ね」
    「……ちぇ。あの日、おいで、なんて思わせぶりなこと言うから期待したのに、全然なんですもん。筋金入りの愛妻家で奥さんさぞかしお幸せでしょうね」
     イヤミを存分に込めてそう言えば、一瞬、ほんの一瞬だけ虚無の表情になった降谷さんを、見逃さなかった。だがすぐに彼はニコリと笑い、「さあ。どうだろうね」といつものお得意の曖昧な言葉でお茶を濁した。
    「オレがあれからずっと狙ってるのは降谷さん、ただ一人ですよ」
    「……本当に? それは俺が妻帯者だから?」
    「……さあ、どうでしょう」
     彼の常套句であるはぐらかしを真似てみると、可笑しそうに笑い、追加の日本酒をオーダーした。
     その日は何故か、追加で飲み直そうという話になり、彼に促されるままタクシーに乗り込むと、聞いたことも無い住所を運転手に告げる彼の声に、必然的にオレの目がその整った横顔に向く。降谷さんはオレの視線が向けられていることを知りながらも、行き先を教えてくれることはなく、そのままオレがいざなわれたのは────彼のセーフハウスだった。否、彼の口から『セーフハウス』だと告げられたわけじゃない。ただ、オレがそう判断しただけだ。判断材料なんてご大層な言葉を口にするのも烏滸がましい。妻帯者である彼の自宅であれは、当然細君がいるはずだ。だがそこは、どう見ても独身者の居住空間だった。ただ、それだけだ。
     まあ、ただのセーフハウスにしては些かセキュリティが本気のソレだとは思ったが、ただのセーフハウスとはいえ、警察庁の、ましてや公安の中でも花形とされる警備局警備企画課のエースの住まいだ。そんじょそこらのセキュリティでは心許ないと、万全にするに越したことはない。
     一度トイレを拝借してから酒宴が彼のリビングで再開され、簡単なツマミだとやたらに洒落たアヒージョだのピンチョスだのシーザーサラダだのを出されて上機嫌で酒が進み、気が付くと────何故か、彼に唇を奪われていた。

    ────え……、

     一体全体、何がどうなって降谷さんがオレにキスしているのか全くそれまでの経緯が思い出せない。それでも、今現在、彼の男らしく整った唇が、オレのソレに重なっているのは紛れもない真実だ。驚きすぎて出来ていなかった瞬きを漸く行うと、その唇は、まるで何事も無かったかのようにス、と離れ、本当に何事も無かったかのように酒を飲み始めたので、うっかりそのまま流されかけたオレは、いやいやオイオイオイおかしいおかしいとようやくそこで正気に戻った。
    「え……?」
     言いたいことは色々あったものの、口から飛び出たのは戸惑いの声だけだった。色男はチラリと目の端をこちらに向けて、意味深にニコリと笑みを送ってからすぐに正面に向き直り、他愛もない話を始めた。
     くちづけられたのはその一回きりで、その日はそれ以上の接触もないまま、オレはキレイに酔い潰された。万が一、翌朝目を覚まして互いに裸であったりしないか……などと言う淡い期待は、翌朝無惨に打ち砕かれることになる。結局、あの一度きりのくちづけは何だったのか、どう言うつもりなのかを聞けないまま、その日はブランチをご馳走になってから彼のセーフハウスを辞した。彼は何故かご丁寧にも、最寄り駅まで送ってくれた。おかげで帰りの電車に揺られていたオレの脳内には、見事に降谷さん一色になってしまって、非常に困った。

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