頭のおかしいどひふ「一二三、好きだ」
「は?」
「は?」
自分の言った言葉に驚いて立ち尽くす。
ここは玄関だ。スーツも脱いでないしカバンも持ったままだ。
目の前に立ったエプロン姿の一二三も驚いた様子で目をパチクリさせている。
「いや、今日いつもの三倍は忙しいしハゲ課長には怒られるしもう何もかもが嫌になって、今やっと帰ってきて出迎えてくれたお前を見たら、ああ飯作って待っててくれたんだなぁって…好きだなぁって……あれ」
自分が何を言っているのか自覚した途端に顔が熱くなる。唇に手を当て止めようとするが言葉は止まらなかった。
「お前を誰にも渡したくない…一二三、好きだ」
時が止まったのかと思うほど微動だにしない一二三をつつく。
「おい…、大丈夫か」
顔を見ると涙をこらえているような表情でぷるぷると震えている。
「なんで……今なんだよぉ……ここ玄関だぞ……?俺っちついさっきまで芋潰してたんだよぉ」
「ありがとう、今日ポテサラだよな。昨日から楽しみにしてた。じゃ食べていいか」
「待てよぉ」
ぐいっ、と袖を掴まれてリビングに行きかけた俺は引き止められた。
「なんだよ」
「なんだよじゃねーよ。今から何食わぬ顔してポテサラ食う気かよ。今の発言どーいうつもりだよ、俺っちを渡したくないって」
「ああ……、だから、恋人になってくれ」
「え」
「え?」
「まじ?」
「……、まじだよ」
ついに一二三の目から涙が溢れた。それを見てはっとする、ああなんてことを言ってしまったんだ。
「って、嫌だったよな。俺なんかの恋人なんて……今の言葉は取り消す、忘れてくれ…」
「馬鹿っ!」
抱きつかれた。
はぁ、と熱い息を吐き出した一二三が、顔を上げて潤んだ瞳で俺を見る。顔を真っ赤にして。
「俺っちも、独歩の恋人になりたい」
「一二三……」
「俺っちも独歩のことずっと好きだったし」
ん、声が上がる。気づけば俺は一二三の唇を塞いでいた。本能のままに柔らかい唇を食んで吸ってそれでも足りなくて口内を蹂躙すれば、一二三の体から力が抜けて崩れそうになるのを支える。一日の激務で疲れ果てていたはずなのに、股間が熱を持って勃ち上がっていて底知れぬエネルギーが前へ前へと急かす。このまま一二三を抱ける。
「はぁ…、一二三、好きだ」
「ひゃァ、どっぽぉ、何するんだよォ…」
唇をずらして首筋に口づければびくんと体が跳ねた。こいつの肌まじまじと見たことなかったけど本当に綺麗だな。これがNo.1の肌か、などと馬鹿みたいな感想が出てくる。
「んあ、やアッ、やめろって、んん…」
もう制止の声も聞こえない。
身体中を撫で回してエプロンを脱がそうとして、ぎょっとした。
「わああん……どっぽぉ………怖いよ………」
一二三が涙を流して、いつもの女性恐怖症を発症したときみたいに怯えきった顔色になっている。全身からサッと血の気が引いた。ここに女はいない。だとしたら誰が。俺が。俺が一二三を泣かせた……。
「あああん………俺っち、まだ心のじゅんびできてない………俺っちちゅーもはじめてなのに、いきなり舌入れて、酷いよ、どっぽぉ………あああん…………」
絶望する。焦りすぎて謝罪の言葉も出てこない。
「びええん……っく………あッ、ぅぐ、っひッ、いいいい……ん……」
「ごめん、一二三を泣かせてしまうなんて…俺はなんて酷い男なんだ…死んでくる…」
くるっと踵を返す。このままベランダにでも出て、身を投げて死のう。
「やめろよォ。俺っちちょっとびっくりしただけだから…」
「ゆ、許してくれるのか」
「うン。へへ、仕方ねーなー、どっぽちんは。好きな子には優しくしないとだめだぞ…!」
「うん、そうする。ごめんな一二三……!」
俺は一二三を抱きしめた。
それから二人でポテサラをお腹いっぱい食べた。