父水―――互いに、酔っていた。
この男は、ぞっ、とするくらいの冷たい手をしている。水木がむずがるように身を捩ると、集中しろとばかりに肌にふれている爪先がカリリと軽く皮膚を擦るものだから、く、と思わず息を詰めてしまった。
酔っ払いの戯れだ、こんなのは。
本気にしたらこちらが馬鹿をみるのが目に見えている。水木が頑なに唇を引き結ぶと、彼に覆い被さっている男が喉の奥で笑ったような息遣いが聞こえた。
悪戯な指先は、すっかり着崩れてしまっている浴衣から侵入を果たし、水木の胸元へと向かった。指先がまるで踊るように滑ると、肌に刻まれた瘢痕の縁をなぞる。
は―――、と熱い息が漏れたのは、どちらだったのか。
するりと硬い指先がざらついた疵をなぞる。引きつれた古傷は皮膚が薄いぶん、男に触れられると、自分が嬲られていることをまざまざと水木に思い知らせてくる。快感を引き出そうとしてくる男の手つきに負けてたまるかと、水木は息を詰めてぎゅうっと目を瞑った。
男もまた、水木の様子に焦らされていた。
人間よりの中では背も高く男らしい水木が、自らの手でまるで手弱女のように震えるしかできないものだから。男の元来持っている獣慾が、眼前の獲物を喰らいつくせとばかりに鎌首をもたげていた。
あらぬところが苦しくなり、二人とも息が浅く、荒くなっている。視野が狭まり、異様に喉が渇く。真夏でもないというのに汗をびっしょりとかいた二人は、相手が降参するのを今か今かと待ち侘びていた。
でも、どちらも何も言い出さぬまま。
もどかしいような快感と焦れだけが、二人の身体を支配している。いまさら声を上げるのも憚られて、互いに睨み合うようにして、相手が欲に負けて降参するのを待っている。
先に動いたのは、男だった。
男はいきなり水木の胸元に顔を寄せると、ぞぶりと瘢痕を噛んだ。鋭い犬歯がぶつりと肌に突き刺さる音が聞こえたような気がして、水木は思わず悲鳴のような声をあげてしまう。
皮膚の薄い部分を手加減なしに思い切り噛まれたせいで、焼けついたような痛みが水木の思考を攫っていく。引きつれた皮膚はズキズキと痛みだしたせいで、吸血鬼の牙に噛まれたように肌が血を滲ませていた。
男の唇が胸元に滲んだ血を吸うと、れ、と舌で労るように舐める。人間と違い肉厚で長い舌が、まるでミルクを飲む子犬のように、我が子を毛繕いする猫のように。じくじくと痛む水木に刻まれた歯形をねぶってゆく。
舌の動きはいとけないのに、男の舌であると意識した途端に、もうだめだった。いやいやとかぶりを振る水木の髪がシーツに擦れ、パサリと乾いた音を放つ。
もう、たまらなかった。
水木は足を開くと、みずからに覆い被さっている男の胴体を腿に挟み込んで抱き寄せた。
互いの身体が密着し、ぐりり、とあらぬ部分が触れ合う。水気を孕んだそこは、ぐじゅ、と粘着質な音を立てて互いの主張を如実に表していた。挑発するように水木が腰を揺らすと、眼前の男の余裕ぶっていた表情が抜け落ちる。
切れたのは、どちらの理性だったのか。後になって思い返しても、二人にはわからなかった。
―――互いに、酔っていた。
―――酔っていたから、普段は互いに固く閉じていた蓋の箍が緩んだ。
ただそれだけの話だったのだ。
疵痕をねぶっていた男の舌が、性急に喰らいつくように水木の口腔を蹂躙する。浴衣を引き剥がすように這わされたかさついた指先が、互いの理性を剥ぎ取ってゆく。
盛りのついた獣のような浅ましい男のさまを―――可愛い、と思ってしまう気持ちが、いったいどこから来るのか。
これ以上考えないように目を瞑って、水木は男の肩を抱き寄せ口づけを強請った。