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    蒸しパン

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    蒸しパン

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    酒飲んでる自カプ

     ユーリア君は、多分お酒を飲むのは嫌いじゃないと思う。
     普段の彼は全くと言っていいほど飲まない。お互いの知人からお酒を貰うことはあっても、そのまま常連さんに出すことが多い。俺があり得ないほどお酒弱くて、今となっては飲む必要も感じなくて飲まないから、なのかな。自分だけ飲むのは気が引けるからと、意外とそういう性格だ。別に、気にしないから好きなら飲んだっていいのにな。

     リビングでくつろいでいたら、インターホンが鳴った。この家は何気に郵便物が多い。
     シャワー中のユーリア君の代わりにハイと出て受け取ったのは、割れ物注意の要冷蔵。以前にも、うちに届いた荷物で見たことのある文字だ。それはともかく、とりあえず宛先の名前の彼が来るまで待とうとダイニングテーブルの上に置いておいたのだ。
     その日届いたのは、シードルだった。いわゆるリンゴのお酒。高級そうなラベルに記載されたフランス語。ちゃんと名産地のノルマンディー産のやつだった。
    「また高そうなもの……。まぁいいか、常連さんに声かけてみましょう」
    「いいの? 飲まなくても」
     りんごのジュースが、好きだから美味しく飲めるような気がするんだ。ユーリア君お酒強いし、特産品なら美味しいのだろう。
    「り、りんごすきですけど」
    「家でお酒あんまり飲まないね。何か気にしてることでもあった?」
    「恥ずかしいから……」
     俯いて呟く。酔ってるところなんて恥ずかしいから家で飲むのは嫌だと。確かに外に出かけてきた時はお酒を飲むことも少なくないようだった。
     例えばユーリア君の実家に一時帰宅した時なんかは結構飲まされているみたいだったし、学生時代にパーティに立たされてる彼はシャンパンを片手に持っていた。
     ユーリア君は多分俺の数倍はお酒に強い。味を確かめるために家でひとくちふたくち飲むくらいでは全く酔う気配もない。
     それでも頑なに拒否するのは、正直心当たりしかないんだけど。学生時代のやらかしの数々が頭に浮かんでは、浮かんでは、浮かんでくる。あぁ、そうだよなぁ、そりゃ嫌にもなるなぁ。
    「あ、あなたの失態を見てお家でお酒飲むの嫌なわけじゃないですよぅ」
     あ。失態ってはっきり言った。
    「酔っ払うと気が強くなってしまうから恥ずかしくて嫌なんです」
     これシードルにしては度数高くて、酔っちゃうかも、と。
    「美味しいの好きだけどいっぱい飲みたくなっちゃうし、酔っ払っているとこ見られたら、引きませんか」
    「俺はあれだけ迷惑かけたし……じゃなくて、引かないよ」
     せっかくだし飲んだらいいんじゃない。
    「明日お休みなんだしね」
    「……と、とめてくださいね」
     おずおずと酒瓶を手に取る。こちらに向けられた顔は不安げな反面、楽しみにしている様子も感じ取れた。時間は21時ごろ。まだまだ寝なくていい時間だった。外はもう当然真っ暗だけど、近所の家の灯りはまだまだついてる時間。
     だから彼も節制が緩んだのだと思う。まぁ、俺には君を無理やり止める自信なんてないんだけどね。

     結局1人では嫌だと、俺はコーラを開けた。机の上にお菓子を並べて、晩酌というか夜食というか。切ったバゲットをガーリックバターで焼いたりチーズをお皿に盛ってみたり。テレビではよくある番組が流れていたけれど、あまり見てはいなかった。
    「それでね、うちに飾るお花の話してたんですけどね。通りかかったみたいで、植木鉢、綺麗だねって」
    「花咲いたもんね、や花って意外と手間かかるんだなぁ」
    「園芸品種は手のかかる子多いですよね、それもまた可愛いんです」
     ユーリア君の手にあるのはシードルの入ったコップ。甘めで美味しかったらしい。もう先に2回注ぎ直している。お酒に強いからだろうな、それでも酔い潰れる気配はまったくなかった。でも、白い肌のいろんなところが赤くなっている。頬や、耳や、首なんかも。皮膚が薄いから透けやすいのかな。
     手を伸ばして、顎に触れる。俺の手よりずっと熱かった。
    「……。にゃー、?」
     小首を傾げて、頬を緩める。いつも猫みたいだと思っているのがバレてるのか、それともただのお遊びなのか、ユーリア君はこうして猫の鳴き真似をすることが時々ある。それもかなりご機嫌な時だけだ。酔ってない、わけでもない。きっと。
     いつも、酔っ払っている状態で帰ってきた時はどうだったかな。すぐに寝かしつけてしまうから、彼の酔ったところをちゃんと見るのは、本当に初めてなレベル。
     手に持ったコップが斜めになっているのが危なくて、取り上げた。ユーリア君は少し不服そうな顔をして、それを追ってくる。膝に乗り上げる形になる。
    「返してぇ」
    「あぶないあぶない、もう終わりにしよう?」
    「いやだぁ」
     片膝に跨って座るような体勢。俺が右手でコップを遠ざければ、ユーリア君が左手で追う。肩幅と腕のリーチの分俺の方が有利。けれどユーリア君はそれを奪い返そうとするから、体がゆらゆら揺れる。
     2杯目あたりからもうそろそろ寝かしてあげた方がいいとうっすら思ったのだけれど、彼はまだ話していたいらしい。
     おさけかえして、まだねませんよ、と繰り返す。普段は鈴を転がすようなその声は甘ったるくて、長い舌がもつれているようだった。
     バランスを崩した体を片腕でぎゅうっと抱きしめたのち、コップを机に置いた。
    「明日頭痛くなっちゃうよ」
    「なりませんよぅ。じゃあコップにはいってたやつだけ、」
    「どうしようかなぁ」
     だって、二日酔いになってしまったら可哀想じゃないか。あと気分を悪くしてしまったり、色々。抱きしめて気付いたんだ、熱が出ている時と同じくらい体温が高くなっていて心配になってきた。あと、そろそろ眠いんじゃないかなって。

     誤魔化すように肩を優しく抱きしめてみても、背中をたたいてみても、不満げな声をもらすばかり。
    「玄関とか庭の方ももう少しなにかやってもいいかもね」
    「あ、ごまかそうとしてるでしょう」
    「、花壇だと虫出るかなぁ。ユーリア君虫ダメだっけ」
    「……あんまり得意ではないです。手についたりしたらひゃあってなっちゃうかも」
     よし。乗ってくれた。
     玄関横の花壇、今のところは何も植ってはいない。ユーリア君が不在の休日に暇で植木鉢の世話ついでに少しスコップで掘り返してみたら、そこには虫がいた。だからそんなに悪い環境じゃなくて、植えたら何か咲きそうだと思ったんだ。多分だけどね、そんなには詳しくない。
    「、でも、お花のお世話するの俺好きです」
    「そうみたいだね」
     座りづらそうにしていたのをずらして座り直させる。
     ユーリア君のジャージに軍手で土を触る姿なんて、学生時代には想像もつかなかったと思う。花は好きだと前から知ってたけど、花束や花瓶の状態で飾っているイメージがあったから。園芸仕事は意外と力を使うものばかりだし、俺がやる作業も多いけれど、楽しそうに世話をしているみたいでよかった。

     いやいや、俺まで雑談に引っ張られてどうする。危なかった。
     ユーリア君、本当にお酒が強いらしい。シードルにしては強い度数で、飲んだ量にしては意外とケロッとしている。
    「ふふふ、」
     なんて、思ったのも束の間。ぐ、と顔を掴まれて、唇が重なった。ふわりと酒らしい風味が口の中で香る。
     案外キス魔だからなぁ、と彼のご機嫌と一緒にくせを理由にしてある適度自由にさせようとした。けれどいつもの子猫が噛み付くような軽いものだけでは留まらず、驚くほど熱い舌が柔らかく唇をこじ開けてきた。流石にここまではしない。
    「ん"!? 、んぐ、」
     舌の長いことは、知っていたけれど。引っ込んだままじゃない様子は知らなかった。
     でも、不慣れなのは同じ、息が続かなくなるとパッと離して整え始めた。口の中にりんごの酒の味が残る。
    「は、っはぁ……。っふふふ、顔が真っ赤になりましたね」
     そんなこと言って、真っ赤な顔で見つめられる。じぃっと見つめられて、顔も掴まれているから逸らすことも叶わず。
    「あは、かわいい。好きですよ、ディーディリヒさん、」
     すき、かわいい、溢れ出るような声色で繰り返し囁く。そこで、ユーリア君の顔つきがいつもと違うことにようやく気がついた。普段の力が抜けている時の彼の眉尻はいつも困ったように下がっている。イタズラっぽく笑う時も、拗ねた時も少し顰めるだけ。けど今は、目元に力が入ったみたいになってる。
     気が強くなるタイプか!! なるほどな。そうだ、いつもの何気に恥ずかしがりで遠慮しいなところがないんだ。やっとわかった。
     ユーリア君は乱れた呼吸が整ったのか、引き続きご機嫌に唇を重ねようと顔を近づけてくる。

    「っひゃぁ!? な、んですかぁっ」
    「寝よう!!」
     膝の上にいるなら、抱き上げてしまうのは簡単だ。だって落ちないように支えて立ち上がるだけだもん。
     なんというか、多分もう寝た方がいい。これ以上はダメな気がする。酔った状態って正気ではないし、その状態の子に流されるわけにはいかない。後から後悔したら可哀想だからね。
     とはいえ、あまりに唐突だったのだろう。ユーリア君は抱き上げられながら不服を動きで表現する。
    「離してっ。い、いくじなし!」
    「その通り! 早く寝よう! ちょ、あぶな、」
    「1人で歩けるよぅっ」
     ジタジタと足が暴れて、頭やら背中やら肩やらぺしぺし叩かれている。あまり痛くはないけれど、落としてしまいそうで怖い。
     リビングから寝室って意外と遠い。あとこの時間になるともう寒い。急いで行ってしまおう。
    「いや! 俺まだ寝ないから、お話しよう、」
     寝室の半開きのドアを足で雑に開ける。ベッドのそばまで辿り着いてもまだ、抵抗は緩まなかった。
     今の状態で降ろすと落っことしてしまいそうで本当におっかない。だからと言ってはい分かったもう少し付き合いましょうというわけにはいかないのだ。明日休みとはいえ。あとずっとあの調子でいられると満足していらっしゃるようになるまでに心筋梗塞とかになりそう!
     降ろすこともできず、どうしようもなくなった。俺は一切酒を飲んでないのに、なんで思考はダメになっているんだろう。背中をとりあえず、ぽんぽんたたいている。不満を口にされるのにうだうだ言い訳しながら、背中をたたいて、うろうろして。

    しばらくそうしていたら、肩に頭を預けてきた。あれ、これでいけるのか。もしかしたら。
     そうだよな、酔っ払うと眠たくなる。そうだ、寝室は明かりがなくて暗いし。

    「ね、きいてる、」
    「聞いてる聞いてる。明日はもう昼まででも寝ちゃおう」
    「そういう話じゃないよぅ」
     眠気のあまり丁寧な口調が剥がれ落ちている。多分もうほとんど頭が動いてない状態で喋っているんだ。さっきまで飲んでいたのはお酒なのに、もう幼い子みたい。
    「、夜更かしするのたのしかった、から、」
    「またやる? いいよ。土曜とかね」
    「あなたもお酒のむ?」
    「俺は、うーん……。わかんない、飲む、かも」
    「うふふ」
     ゆっくりとベッドに腰掛けて、ゆっくりと体を横にする。膝とかぶつけないように気をつけて、慎重に。もう抵抗はされなかったし、短く笑った後に声は聞こえてこなかった。
     片付けは、……いいか。明日ユーリアくんが起きる前にやってしまえばいい。腕の中、半分俺に乗り上げるようにして眠る寝顔はやっぱりあどけなかった。

     翌日。机を片付け終わった頃。少し遅い時間に起きてきたユーリア君は、一切の二日酔いも起こさずにぴんぴんしていた。お酒飲んだからよく眠れたとむしろご機嫌で。
     二度寝にもつれ込ませるのもやや苦労した。
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