不良男子の日常 「そろそろおでんのシーズンが終わっちまう」
週末恒例となった虹村邸でのオール会。空がやや明るくなってきた頃。台詞とは裏腹に、億泰はそれはそれは寂しそうに呟いた。
ズボンは学生服のまま、シャツの上に互いに同じ店で見つけたお気に入りのスカジャンを羽織り、呆れつつも、仕方ないと仗助は億泰を連れてオーソンへと向かった。
早朝のオーソンは仗助と億泰以外、客はひとりかふたりほど。店内のおでんの前へ並ぶ不良コンビに目をやる者もいない。
おでんを眺めてアレもコレもと店員に頼む億泰が嬉しそうで何よりだが、次第に眠気に襲われる仗助は、ひとこと億泰に伝えてから先にオーソンから出た。
「時間の掛かる野郎だぜェ、おでん選ぶだけなのによォー」
オーソン前に設置された灰皿。ため息を吐きながら、眠気覚ましにと、ポケットから煙草とライターを取り出し火を付けた。
コンビニによくある窓ガラスから見える成人雑誌の表紙を一通り眺め、周りに誰もいないとはいえ気まずくなって背を向ける。
次第に明るくなっていく空に白煙を吐くと、足元では可愛らしい声がした。ふと見遣れば、白と焦茶色の猫が、アスファルトの凹凸に背中を擦り付けている。仗助に気付いていないのか、ごろごろと呑気に転がる猫。
なんだかアイツに似ている。
しかし、あまり動物に興味もない上に動物から嫌われやすい仗助は、気にすることもなくタバコを咥えた。
「おー、悪ィな仗助ぇ。最後だと思うと名残惜しくてよォ。とりあえず全種類買っちまったぜェ~」
手にひとつ大きい器を持ちながら、そしてビニール袋も入ったもうひとつの大きな器。それを手首に掛け、割り箸は既に割ってある。もう食べる気でいるらしい。
「家で食えよなァ~」
「バァカ、冷めちまうだろォ」
本日何度目か分からない溜息をもう一度吐き、仗助はその場に屈み、灰皿に灰を落とした。その横で億泰も屈んで、今シーズン最後のご馳走─おでん─を堪能する。
「んんぅ~?猫じゃあねえかよォ」
猫舌のくせに、冷めたおでんより熱々おでんを好む。そのくせ、厚切りの大根にかぶりついて「あちっ」と舌を出すのはもうお決まり。
(馬鹿なんだよなァ~、馬鹿なのによォ、なんで俺はこんなにコイツを──)
可愛いとか思っちまうんだろうな。
「おい、オメェ腹減らねえのかァ~」
自分に話し掛けてきたのかと思い億泰を見るが、億泰は猫に話し掛けているようだ。
「オメェよ、おでん食うかァ?大根?やっぱ猫だからすり身がいいかぁ、さつま揚げ?」
本気で猫に話し掛けてるのか。
猫も、目の前にさつま揚げをぶら下げられ、目線が億泰へと向いている。しかし、近付こうとする様子はなく、寝転んだまま目線だけを寄越すのだ。マイペースで警戒心がない。ついでにナァ~ン、と なんとも気怠い声を出す。
「声低いなァ、オスかぁ?」
「おいおい、餌付けすんなよォ」
しかもそれ熱いだろ。
仗助の言葉を聞いているのかいないのか、億泰は構わず野菜と一緒に練り込まれたさつま揚げをぶら下げたまま。
すると、ぴくりと寝転ぶのをやめて起き上がり、今度はにらめっこを始める猫と不良猫。
どうだよ、美味そうだろォ。と笑みを浮かべる億泰をじっと見つめる猫のやり取りを、なにやってんすかねえと、呟きながら灰を落とした。
しかし、猫はじっと睨み合った後、くるりと背を向けて走って行ってしまう。
「店員につゆだくにしてもらったんだぜェ~」
猫の気まぐれに慣れているせいか気にする様子もなく、今度は仗助に話を振り、自慢したかと思えば、さつま揚げにかぶりつく億泰の姿。猫に見せびらかして冷めたさつま揚げだったが、ひとくちかじれば染みでるおでんの汁にまた「あちあちッ」と騒ぐ、相変わらずうるさい男。
けれど、まだ冷気で肌寒い早朝に、温かなおでんの湯気や匂いは仗助を誘ってくる。
「なあ、億泰。ひとくち、」
「やんねーよ。自分で買ってこい」
分かっていながらもねだってみてみれば案の定。もはやお約束のやり取りだ。
「タバコ一本、……いや、二本でどーよ?」
「……仕方ねえなオメェはよォ~」
「へへ、悪ィな」
タダではくれない億泰との取り引き。器を受け取りながら短くなった煙草を灰皿の上から落とそうとするが、それをスッと奪われる。
「おーっと、まだ吸えんだろォがよ~」
フィルターまで二、三センチもないシケモクを勿体ないと横取りしてきたのだ。
「え、あっ…おい……!」
声を掛けたところでもう遅く、仗助が吸っていた煙草は口に咥えられ、みるみる灰と化す。
「んあ?なんだよ仗助ェ」
そのひとことで、ハッと我に返る。
今までだって、残りの一本をふたりで交換しながら吸うことは何度もあった。それなのに、今更になってどうしてこうも心臓がうるさくなるのか。何故いま、『間接キッス』だなんてワードが浮かんできたのか。
「あ、いや……なんでもねえ」
「変な野郎だなァ。ほれ、二本寄越せよ」
「お、おう……」
片手でポケットから取り出し、ソフトパッケージから器用に指で叩いてやる。
「火もくれよォ」
「っせぇなァ~。ライター持ってんだろ」
「仗助ン家に忘れてきたんだよ」
ひとつ舌打ちしてからライターを取り出し火をつけてやった。
やかましい男を静かにさせれば、あとは温かなおでんを堪能する。億泰ほど猫舌ではないが、つゆに浸っている具はまだ熱いだろう。どの具よりも上に乗っかったままのさつま揚げを割り箸ではさみ、「うめえな」と顔を綻ばせた。
仗助ッ、おまえそれ……っ!
あぁ?何だよ。
い、いやぁ……なんでもねぇ。
了