休息 岸辺露伴は漫画を描いていてストーリーやネタに困ったことはない。思い立ったらすぐ様出掛けてリアリティーを求めに足を運ばせる。それも漫画家である岸辺露伴であるが故。
しかし、最近気付かされたことがある。自分自身では気付けなかったが、恋人に言われたひとこと。
『先生よォ、集中してんのは分かるけど、呼吸したほうがいいぜぇ』
一息ついたほうがいいという意味でもあったのだろうが、恋人の虹村億泰曰く、言葉の意味通り、露伴は漫画を描いている最中、無呼吸状態で描いていたらしい。通りで描き終えた後に息苦しさを感じていた。
『散歩すっか!』
『なんだよお前、僕とデートしたいだけなんじゃあないか?』
『ち、違えよっ!オーソンのあんまん食いてえの!』
『じゃあ、ひとりで行けよ』
『……っんだよ!じゃあ先生、デートしてえって言ったら着いてきてくれんの?』
『最初から素直に言えばな』
『先生、めんどくせえな』
『どっちが』
面倒なやりとりの後、ふたりは十二月の凍てつくような寒さの中、外へ出掛けていた。
「手袋、邪魔じゃあねえか?」
大人らしいレザーのグローブを付けていた露伴に目を向ける億泰。そんな億泰の手は冷たい空気に晒され白くなっている。
「寒いんだから当然するだろう。お前はしないのかよ、冷えるだろ」
ビルが多く、そのビルの隙間から吹き付ける乾燥した寒風も酷い東京と比べて、海沿いにあるS市は内陸よりは暖かいと言われる。だが、海沿いとはいえ東北。寒いものは寒い。氷点下になってしまえば一度も二度も変わらないのだから。
「暑いし蒸れるから嫌なんだよォ~」
体は大人と大差ない高校生とはいえ、中身は全くのお子ちゃまな億泰。体温もまだまだお子様なのだろう。そんな露伴は大事な仕事道具でもある手を守ろうとグローブをしているが手は冷たいままだ。ならばと、グローブを外してズボンのポケットに突っ込んでいた億泰の手を取り出す。
「おいおい、冷えてるじゃあないか」
「だあからポケットに入れてんだろうがよォ~」
「暑くて蒸れると言ったばかりだろうが」
「ポケットはいいんだよ、すぐに出せるから。手袋は邪魔になんだろォ~」
「仕方ない奴だなお前は」
そう言って億泰の右手を握り締める。
「手袋してた割にめちゃくちゃ冷てえじゃん。それ意味あんのか?」
案外冷たくなっていた露伴の手に驚き、億泰は露伴のグローブを指差す。
「乾燥させたくないんだよ。あかぎれのせいで手元が狂ったり集中出来なくなる。お前の手もだい、じ……その、なんだ、家事で使うんだからもっと気を遣え」
「おっ、なーんかよォ~、心做しか温かいぜぇ。先生の手」
『お前の手も大事』だなんて恥ずかしいことを口にしようとして言葉に迷ったにも関わらず、全く気にもとめていないようだ。挙句、露伴の手で暖められたことに喜ぶ億泰。思ったことをすぐに出すところも相変わらずお子様だが、そういうところも可愛くて仕方ない。
「馬鹿のお前でも知ってると思うが、雪山で遭難して、小屋の中で男女が裸で寄り添い暖をとって助かる話しがあってだな」
「なにそれっ!命がヤベエってのにそいつらセックスしてたのかよっ!」
これだから高校生は。いや、虹村億泰だからだろう。
文字通りに頭を抱えて呆れた。ひとつ盛大なため息を吐いたあとに、直接肌で温めたほうが熱が伝わりやすいのだと説明する。
「なんだよ、急にエロい話すっからよォ~、ちょっとドキドキしちまったじゃあねえか」
「どの辺がエロいんだよ。しいて言うならお前の脳がエロいだけだろう」
目の前に小さくオーソンが見える。あと少しでこの手を離さなければならないと思うと名残惜しい。帰りもまた手を繋いで帰るのに、まだこのまま繋いでいたいと無意識に歩幅が小さくなる。
隣では「カネあったかな」なんて財布の中身を確認しようともせずに真っ直ぐオーソンを見つめる恋人。最初から奢ってもらう気でいたのだろう。
「恋人に金を集るのかお前は」
「人聞き悪ィなぁ。いいじゃん、恋人だろ?」
どうしようもないなお前は、と言いながらも、そんなことだろうとは思っていた。漫画を描くのも楽しいが、プレッシャーを感じずにこうしてふたりで過ごすのも大事なのだと改めて思う。億泰とこんなやり取りをするのが楽しいし、心地がいい。
冬の冷たい空気を吸って、ゆっくりと息を吐いた。
「せんせー、俺あんまんと肉まんとミルクティーがいい」
「……お前なぁ」
fin