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    y0shida_331

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    y0shida_331

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    千ゲン 最終話のその日の出来事
    ガバガバ相対性理論に関してのご質問やご指摘は受け付けません

    亜光速の申し子 ホワイマンの脅威が去った地球には、かつての人々の暮らしが着実に戻ってきていた。農家が目覚めて田畑を耕し、建築家が目覚めて居住区や工場を作り、工場では繊維工業が再開し、石化の解けた人々の衣服や寝具が大量に生産されている。そして、次点で優先的に石化を解かれたのは各国の科学者であった。千空の進めるタイムマシン計画にはあらゆる分野の知識、発明が必要だ。NASAや科学研究所の職員、大学教授などの科学者たちは研究分野によって割り振られ、世界各地につくられた研究センターでタイムマシンの実現に向けて邁進している。中でも、日本に置かれた研究センターは最初に建てられた要となる施設であり、石化装置という21世紀の科学をも凌駕する未知の機械生命体について調査する特別チームが拠点を構えている。
     研究者たちにはセンターの広大な敷地内に建てられた高層マンションの一室が住居として与えられた。石化装置研究所の他に発電所や巨大な電波塔、大型ロケット発射場などの重要な建物が数多く存在するここでは、万が一不測の事態が起きた時にもすぐに技術者たちが駆け付けられるようにしておく必要がある。それぞれが家を持つことも可能ではあったが、研究者たちの多くは独身、または家族が未だ石化から解かれていない状態であったため、このような待遇に関して不満の声はほとんど上がらなかった。そしてその最上階、全てが見渡せる場所に住むのが、この石の世界に文明を築きあげた後に前人未到の科学に挑む科学者、石神千空である。
     
     ゲンは昼間の内に千空に手渡されていたICカードをマンション入り口の端末にかざした。ピピ、と承認音が鳴り、自動ドアが静かに開く。入ってすぐのエレベーターに乗り、定められた順番で階数のボタンを押すと、それがパスコードとなって最上階へたどり着ける仕組みになっている。千空の部屋の扉からは薄く光が漏れていて、ゲンは家主が既に中にいると気付くと少し駆け足でインターホンに手を伸ばした。
    「おっ疲~♪ いやぁ、いい部屋住んでんのね~千空ちゃんったら」
    「んだよ、そこら中でもっといいとこ泊ってんだろ? 外交官サマは」
    「そうね~でも千空ちゃんがこんなオシャレなとこで暮らしてるってことが意外だったのよ」
    「―、杠たちが『トータルコーディネートする!』っつって聞かなかったもんでな」
    「イキイキしてるねぇ……」
     靴を揃え、千空の先導で廊下を進む。黒を基調としたシックなデザインは高級感あふれるもので、杠たちの気合の入りようが伝わってくるようだ。リビングへ繋がる背の高い扉が開き、ゲンは辺りを見回した。旧現代のそれと遜色ないような内装に、新鮮さと懐かしさを同時に覚える。束の間立ち尽くしていたゲンを横目に、千空は一人冷蔵庫を開け、作っておいたコーラを二つのグラスに注いだ。
    「ほらよ」
     ぐいと押し付けられたグラスの冷たさに、ゲンは驚いて振り返った。千空の手元に目をやり、その中身が自分の好物とわかると愉快そうに唇を弧の形に吊り上げる。
    「そうそう、これこれ! 流石は千空ちゃん、わかってる~♪」
    「最近は売ってるところも増えてんだろ? 特にアメリカなんか国民が真っ先に欲しがるモンだろうしな」
    「それでも千空ちゃんのお手製コーラはここでしか飲めないわけだし~」
     ゲンは礼を一つ言ってグラスを受け取ると、ベランダに繋がる窓をカラカラと開けて外へ出た。四月の乾いた夜風が頬を掠め、髪を靡かせる。眼下には科学の灯りが煌めき、空には自然の光が瞬いている。
     グラス半分ほどを一気にあおり満足そうな息を吐くゲンに、千空は目を細めてクク、と笑った。このコーラはあの日、ラボに置いてあったものと全く同じレシピで作ったものだ。一口飲めば、かつての日々が甦る。
    「懐かしいね」
     氷をカランコロンと鳴らしながら、ゲンは静かな口調でそう言った。その瞳は眼下に広がる研究所群に向けられている。千空は歩を進め、ゲンの隣に立って同じようにそれらを眺めた。
    「石神村で竹のフィラメントが光ったことも、あの日ラボで飲んだコーラも、俺は覚えてる」
    「ククク、随分おセンチじゃねぇか。メンタリストが聞いて呆れるわ」
    「ドイヒー! でもまぁ、このコーラとこの景色で少しだけ、ね?」
     残ったコーラを飲み干しながら、藍色の夜空を見上げた。地上で輝く白熱灯の光のおかげで、天文台で見上げた空よりも星はいくらか減ってしまっている。けれど、そこに寂しさは無かった。
    「千空ちゃんも24時間をねじ伏せちゃったのね」
    「……。今はまだここだけ、だがな」
    「時間の問題でしょ?」
    「簡単に言ってくれるじゃねえか」
    「俺は千空ちゃんも科学も信じてるから♪」
    「そーかよ」
     千空は緩む口元を忍び笑いに変えて、「部屋戻んぞ、式のために作ったフランソワ先生の料理貰ってあんだ」とゲンの背中に向かって言った。

    「でも、ここに来た時から思ってたんだけどね?」
    「? んだよ」
     ゲンが箸をおいて、ワイングラスに手を伸ばしながら話し始めると、千空は訝しげな目をして食べる手を止めた。
    「ここって建物に入るだけでもすごいセキュリティで守られてるじゃない? 防犯なんて十分なんだから最上階である必要もそんなにないし、『偉い人は最上階』みたいな考え方を千空ちゃんがするとも思えなくて。何かあった時に急いで駆けつけるためにここに住んでるならもっと下の階が良い、ってことにならなかったのかなって」
     ゲンの疑問はもっともなものだった。様々な分野のプロフェッショナルが集まっているとはいえ、万が一の場合最初に呼ばれるのは千空である。階数が高ければ高いほど研究所に着くのは遅くなってしまうし、もし不具合でエレベーターが止まってしまうことなどがあれば階段を駆け下りるだけでも時間を食ってしまう。降りたところから研究所まで走っていくのは、千空の体力では少し辛いところがある。それは千空もすでに周囲の人間に伝えていたことだった。
    「じゃあどうして——」
    「相対性理論だ」
     千空がにやりと笑ってその言葉を口にすると、ゲンの顔がピキッと引き攣った。
    「ちょっと待ってね、千空ちゃん。それって俺でも理解できるやつ?」
    「心配すんな、超~絶シンプルに教えてやる」
    「ジーマーで……?」
    ゲンの心配をよそに、千空は話し始めた。
    「相対性理論っつーのは特殊相対性理論と一般相対性理論の二つがある。特殊相対性理論の方が名前はイカついが内容は簡単だ。アインシュタインのおっさんが見つけた法則でな、物体ってのは速く動いているものであるほど流れる時間が遅くなんだよ」
    「その速く動く、ってのはどれくらいの速さなわけ?」
    「光速。高い低いの高速じゃねえ、光の速さな」
    「そんなの俺らの普通の生活ではありえない速さじゃない」
    「だから特殊、っつー名前がついてんだよ」
     酒が入ったせいか、千空は気分よく饒舌に語り続ける。ゲンは超~絶シンプルなはずがない、と薄々感づいていたが、赤い瞳を輝かせながら話す千空をまだ見ていたくてそのまま話を聞くことにした。
    「テメーの言った通り、実際光速で動く物体なんてそれこそ光しかねえ。でもその『時間の遅れ』ってのは地球上でも観測されててな。30センチくらいの高低差でも実証できた、って研究が、俺が小学校上がるくらいには発表されてた」
    「あー、それでね。地球が一日で一回転するのは地上一階の人も地上50階の人も同じなのに、ぐるっと移動する距離は地上50階に住んでる人の方が長いから、同じ時間で移動する距離が長い人の方が速さは上、と」
    「よーくわかってんじゃねえか、百億満点やるよ」
    「ありがと♬」
     一気に話して疲れたのだろう。千空はパストラミビーフを一切れ口に放り込み、ワインで流し込んだ。
    「で、だ。タイムマシン計画に必要な知識でもあるから、この話をクロムやスイカにもしてたんだが……」
    「あの二人がひらめいちゃったのね、『千空に少しでも長く、若いままでいてもらうためには、出来るだけ高いところに住んでもらったらいい!』って」
    「ー、そういうこった。時間の遅れなんて言っても1秒に対して何億分の1秒とかの世界の話だ、何十年かかってやっと1秒ずれるくらいなんだが……。何もやらないよりはマシ、って考え方が板についてるヤツらだからな。高いところで生活するだけでいいんだからって言って、この部屋を押し付けられた」
    「なるほど~……」
     やれやれ、といったような表情を見せる千空だったが、ゲンはその顔に確かに喜びのようなものが混じっていることに気付いていた。約10年の月日を共に過ごし並び歩く存在となった科学者たちに、そのように長生きしてほしいと思われることが嬉しくないわけは無いのだ。いくら科学というものが人一人で背負う特殊技能などではなく、誰にでも再現可能な道であったとしても、生きている間に少しでもその道を伸ばしておきたいと思うのが科学者であり、石神千空という男なのだから。
     
    「んー、でも俺はクロムちゃんやスイカちゃんとは違う考えかなー♪」
     数十秒の間をおいて、口を開いたのはゲンだった。ゲンは左肘をついて千空を真っすぐに見つめた。そして、少し口を尖らせた千空の鼻尖をチョイと人差し指でつつき、歌うように話す。
    「だーって、千空ちゃんはもうすでに誰よりも速く進んでる人じゃない。あの石の世界で一人目覚めてから今の今までずっと、誰も予想がつかなくて、リームー!って思っちゃうようなものを何回だって作ってきた。そのうえ、これから作ろうとしてるものは、かつての世界でも誰も成し遂げられなかったものでしょ? だからさ」
     片方の口角を上げて作った笑顔はかつてのコウモリ男が浮かべていたそれよりも、腑抜けた優しいものだった。
    「どんな場所にいたって、きっといつまでも若々しいままなんじゃないかって思うよ、千空ちゃんは♪」
     ゲンが仕上げとばかりにパチンとウィンクを決めると、千空は止まっていた息を吐き出して肩を震わせて笑った。
    「ククク、微塵も科学らしい考え方じゃねーな。テメーらしいわ」
    「こういう人間だって一人くらいは必要よ?」
    「ー? だからこうして置いてやってんだろーが」
     春の夜は賑やかに更け、その日、最上階の部屋の灯りは消えることが無かった。
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