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    bnnbks_nachi

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    bnnbks_nachi

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    気まぐれで身につけるものを贈ったビとヨがハッピーになる話

    はつゆめのそのあと ビーマにとって、それは本当になんでもない、気まぐれとすら呼べないようなことだった。正しく言うなら、不用品を処分した、ということになる。しかしまさか、その不用品がここまで気に入られてしまうとは。
    「お、旦那。またそれか。ずいぶん気に入ってんな」
    「なかなか荘厳な姿をしておるからな。わし様の高貴な髪に見劣りせんだろう?」
    「ああ、似合ってんぜ」
    「ふふーん。そうだろうとも!」
     廊下の向こうからそんなやりとりが聞こえ、ビーマは内心でひやりとした。事の次第がドゥリーヨダナにバレればきっと面倒なことになる。ビーマは二人に見つからぬよう、さっと廊下の角を曲がってキッチンに急いだ。

     ◇

     数日前のことだ。いつものメンバーを休ませたい&キッチン組にもたまには暴れる機会をと連れて行かれた周回先が新宿で、年末だとか在庫売りつくしだとかのセールをやっていて、しかも商店街のいくつかの店でものを買うともらえるチケットを集めてくじ引きができる。ビーマの時代にはなかったイベントだ。特にビーマの興味を引いたのは最後のくじ引きだ。ガラガラと豪快に鳴るくせにぽとりと落ちるのは小さな玉一つ。その色でもらえる景品が分かれているらしい。ふうん、と最初はまったく惹かれなかったその催しの、景品の一覧に視線をやって目についた二等。
    「こりゃあ……」
     その商品名はホッ◯クック。以前ドゥリーヨダナが料理勝負を挑んできたときにヘル◯オとともに持ち込んだものだ。当然ビーマがこてんぱんにやっつけてやったが、道具自体は非常に有用で、負けた悔しさにドゥリーヨダナが破壊したのを惜しく思った品だった。
    「あ、ホット◯ック!」
     近くにいたブーディカも商品に気づいた。その声がなかなかに大きかったため、同じく同行していたエミヤも寄ってきた。
    「これ使ってみたかったんだよね」
    「以前投影を試みたが、複雑すぎて上手くいかなかったな」
     二人の言葉にビーマはうなずいた。
    「このくじ引きってやつを引きゃぁもらえるらしいな」
    「チケットがいるんだ。クリスマスにマスターがやってたね」
    「あれはボックスガチャだからこれとは違うが……異なる三店舗で買い物する必要があるな」
     くじ引きの条件を確認し、三人で顔を見合わせた次の瞬間、すぐ近くから声があがった。
    「一回分ならあるよ」
     にゅ、と三人の前に差し出された三枚のチケット。
    「マスター! 買い物終わったの? いいの見つかった?」
    「うん、おかげさまで」
     後輩へのお年玉代わりのプレゼントを探していたマスターは、どうやら商店街の三店舗を回ったらしい。マスターのおかげでくじを引く権利を得た一行は、次に誰がくじを引くかを話し合った。
    「ここはやはりマスターが」
    「えー、ちょっと自信ないな……こういうのあんまり当てたことなくて」
    「なら、マスター以外で幸運値が高い人にする?」
     確かに、こんなことの責任をマスターに負わせるのも気が引ける。というわけで、三人のうちもっとも幸運値の高いビーマがくじを引くことになった。
    「頑張れ!」
    「頼んだぞ」
    「おう、まかせろ!」
     ガラガラガラガラ……ぽとん。四人の視線が受け皿に集まる。
    「おめでとうございま〜す! 五等で〜す!」
     四人の視線がそのまま景品コーナーに移動する。
    「こちらからお選びください」
     でん、と差し出された発泡スチロールの台座。そこにこれでもかと刺された平打ち簪。その細工には見事な龍の透かし彫り。
    「ほお」
    「格好良いねえ」
    「縁起物だ〜」
     三者三様の感想を背に、ビーマはとりあえず一番手前に刺さっていた簪を引き抜いた。
     そうして戻ってきたはいいものの、誰がこの簪を引き取るかという問題が残った。ビーマは当然ブーディカが持って帰るものだと思っていたが、当の本人は遠慮するという。
    「ほら、普段はギリギリ結えるくらいの長さだしさ。……あとは、やっぱりちょっと、えーと、格好良すぎるっていうか……」
     つまり、趣味ではないらしい。ではマシュにと提案してみたが、これはマスターに却下された。もったいないおばけがとりついているエミヤもさすがに簪は使い道がない。ということで、引き当てた張本人であるビーマが責任を持つことになった。
    「つってもなぁ」
     ビーマは確かに長髪だが、簪一本でどうにかなるようなヤワな髪質ではない。念のためキッチン組の女性陣に声をかけたが、やはり龍のいかめしさが好まれなかった。なんでもこの簪は、商店街に店を出している呉服屋が辰年ということで倉庫に眠っていた逸品を大放出してくれたらしい。つまりは売れ残りである。
    「龍にゆかりのあるサーヴァントをあたってみるか」
     たしか、宿敵とよく食堂でやりあっている幼女のサーヴァントがそうではなかったか。成人済みの男女サーヴァントはどうにも厳しそうなので、ビーマは若い世代に声をかけてみることにした。なんか格好良いとか言って引き取ってくれそうだ。そう考えながら廊下を歩いていると、目的の人物より先に宿敵のほうに出会ってしまった。
    「げえぇ〜〜〜! ビーマがおるではないかあぁ〜〜〜!!」
     いつものセリフとともにのけぞる姿を見て、ビーマの頭にふと浮かんだ。目の前の男が幼女と張り合うのは、こいつが幼女と同レベルだからだ。ならば、案外こういうのが好きなのでは?
    「おい」
    「なんだゴリラ。森へ帰る気になったか?」
     憎まれ口を無視してビーマは簪を差し出した。
    「いるか?」
    「は?」
     目の前の宿敵、ドゥリーヨダナの視線がビーマの手に移る。大きく口を開いた龍の頭がドゥリーヨダナを睨みつけている。
    「やる」
     ぐいとドゥリーヨダナに押しつけると、ドゥリーヨダナは慌ててそれを受け取った。
    「う、うむ。貢物とは良い心がけではないか!」
     何故か頬を赤くしたドゥリーヨダナがふんぞり返ってそう言ったので、ビーマはホッと胸を撫で下ろした。厄介払い──ではなく、有効に活用してくれそうな人物に渡すことができた。ビーマはすっきりした気持ちで自室に戻った。

     ◇

     さて、件のくじ引きメンバーの幸運値はそれぞれビーマ>ブーディカ>エミヤの順に高かったのでビーマがくじを引くことになったわけだが、それでもしょせんはCである。決して幸運とは言いがたい。だからこういうことが起こると、ビーマは予測しておくべきだったのかもしれない。
    「ビーマじゃねぇか」
     廊下で突然声をかけてきたのは、ビーマがここカルデアで出会い、親交を深めている坂田金時だった。短く切りそろえられた金色の毛先をひらりと揺らしながらビーマの隣まで来た金時は、手に見覚えのある小さな紙袋を持っていた。
    「食堂に寄ったのか」
    「おう! つっても、こりゃオレっちのじゃねぇんだがな」
     金時が手にしている紙袋には午前中に焼いたクッキーが入っている。今日のおやつなのだが、おそらくいつものようにレイシフトで不在にしている茨木童子と酒吞童子の分を確保してきたのだろう。
    「いつもゴールデン美味いもんサンキューな」
     そう言って笑った金時は、なにかを思い出したらしく話を続けた。
    「そういや、さっきドゥリーヨダナの大将も食堂にいたんだけどよ」
     馴染み深い名にビーマの肩がぴくりと動く。
    「九紋竜の嬢ちゃんとやりあってたぜ。あの最近よくつけてる簪のことで」
    「喧嘩でもしたのか?」
     金時の言いように一抹の不安を覚えたビーマが聞き返すと、金時はカラカラと笑った。
    「そうじゃねぇ。いや、ある意味そうか? 大将があんまり簪を自慢するもんだから嬢ちゃんが羨んでな。もっと格好良くて可愛いのが欲しいって燕青を困らせてただけだ」
     金時の言葉にビーマは、失敗した、と思った。あの幼女が好むのであれば、やはり彼女に渡せばよかった。そんなビーマの胸の内など知らず、金時がさらに追い打ちをかける。
    「あの簪、あんたが大将にやったんだって? 粋なことをするじゃねぇか。仲良くすんのはいいことだぜ」
     ビーマの胸に渦巻くもの。それは罪悪感だ。ただの気まぐれが、思いのほか相手を喜ばせてしまった。その相手がよりにもよって自分からの贈り物など喜びそうにない男なものだから、なにやら焦燥感のようなものまでビーマに感じさせるのだ。なんであんなものを、と。
    「あれは別に、そういうんじゃねぇ」
     ビーマはたまらず口を開いた。
    「俺にいらんものをもらっちまったとこに、たまたまアイツが行きあったから押しつけただけだ。仲良くしようとかそういうつもりでやったわけじゃねぇ」
     一気にまくしたてたビーマの様子に金時が目を丸くしている。それを見たビーマは余計なことを言ってしまったと後悔したが、金時はすぐに普段通りの表情に戻った。
    「そうなのか? まぁ、喜んでんだから結果オーライだろ……っと」
     ビーマの発言をフォローしようとした金時の言葉が止まった。その視線の先を追ってビーマが振り向くと、そこには今一番ビーマが会いたくないものの姿があった。
    「ドゥリーヨダナ……」
    「ふん、そんなことだろうと思っておったわ」
     ここ数日、簪で結い上げられていた髪がバサリと落ちる。
    「こんな趣味の悪い簪、もういらん」
     目尻を赤くしてビーマを睨み、ぽいとビーマに向かって簪を放り投げた。それを慌てて受け止めたビーマは、踵を返した背中に声をかけた。
    「お、おいっ! ドゥリーヨダナ!」
    「気安く呼ぶな」
     振り返りもせず告げたドゥリーヨダナは、足早に角を曲がっていった。追いかけなければ。それだけが頭に浮かんだビーマが追い風を吹かそうと全身に力を巡らせた瞬間、ぱき、と小さく音が鳴った。
    「あ」
     金時の間抜けな声がして、ビーマは手の中の簪に視線を落とした。
    「……あ」
     ビーマを睨む顔。壊れた簪。ごめん、と頭の中に響く声。記録──記憶が呼び覚まされた瞬間、ビーマを襲ったのは納得と後悔だった。

     ◇

    『……めん』
     声がする。幼い子どもの声がする。
    『ごめんよ』
     謝っている。大事なものを壊してしまったから、謝っている。
    『わざとじゃなかったんだ』
     そう、わざとしゃなかった。きれいだったから、近くで見てみたかった。
    『お前とおんなじ色だったから』
     世界で一番美しい色をした瞳。それと同じ色の玉がついていたから、そこに自分が映るのを見たかった。
    『うるさいっ』
     だってお前は、すぐに俺から目をそらしてしまうから。
    『野蛮人め。どれだけ俺の大事なものを壊せば気が済むんだ』
     父王が用意した晴れ着。王妃が幼いころ使っていた首飾り。師から贈られた棍棒。九十九人の弟たち。俺が触れて壊したものは数え切れないほどある。そのたびにお前は怒っていた。
    『ちゃんと代わりをやる』
    『代わり?』
     でもこれなら代わりを用意することができる。視察先の村でもらったという、紫の玉のついた髪飾り。
    『それよりキレイで、カッコよくて、お前によく似合うやつをやる』
    『お前にそんなことできるわけないだろう』
    『できる!』
     できる。髪飾りくらい、自分にだって用意できる。
    『すぐ、すぐだから。待っててくれよ』
    『……』
     向けられる疑いの目などものともせず。できるしやるのだと思っていた。
    『勝手にしろ』
     振り返らぬまま告げたお前の心の内など知るはずもなく。ただ、一番キレイなものを。一番カッコいいものを。

     それを見つける前に、毒を喰わされ川に流されてしまったけれど。

     ◇

     懐かしい記録を垣間見たビーマが起きて一番にしたことは、カルデアにあるとある工房を訪ねることだ。
    「ようこそいらっしゃいました」
     出迎えた全身白装束の女サーヴァントは、紙だの布だの糸だの首や手足のない人形だのがひしめく室内にビーマを迎え入れた。そこへ、全身桃色に大きなカバンを抱えた小さなサーヴァントが茶の入ったカップを持ってくる。
    「ちょうどブレックファストでお茶を淹れたところだったんだ。ブラックでいい?」
    「ああ」
     すすめられた椅子に座り、ありがたくカップを受け取る。それを一気に飲み干したビーマを、二人は驚きの表情で見つめていた。
    「それで、此度はどのようなご用件でこちらに? 今の時期ですと紋付きがご入用でしょうか? それとも現代風にスーツ? それともそれともシェルワニだったり? どれもビーマ様の立派な体躯に映えるに違いありませんね! さっそく計測から始めましょうさあ立ってください脱いでください!」
     右側からハアハアと荒い息で迫ってくるミスクレーンに成す術なく腕を取られたビーマを、左側にいるハベトロットが援護してくれた。
    「待ちなよ、ミスクレーン。なにか別の用があるみたいだよ」
    「別?」
     腕を掴んだままのミスクレーンが首を傾げた。ビーマはその体勢のまま、ここ数日間であった出来事を包み隠さず二人に伝え、その上で助力を乞い願った。
    「う〜ん、簪かぁ」
    「私達も衣装に合わせた小物を自作しますから、無論出来ないわけではありませんが、素材をどうするか考えなければなりませんね」
    「とにかくキレイな紫の石を探さないとだね。他のパーツはそれに合わせて考えよう」
     てっきり難しいかと思ったが、どうやら受けてもらえたようだ。ビーマはホッと胸をなでおろした。
    「じゃ、さっそく行こうか」
    「ああ」
     三人は工房を出て廊下を歩き始めた。ビーマが管制室へと伸びる廊下に足を向けると、そっちじゃないとハベトロットに服の裾を引っ張られた。
    「レイシフトするんじゃないのか?」
    「こんな個人的なことでさせてもらえるわけないだろ! 持ってる人に分けてもらいに行くんだよ」
    「持ってる人?」
     首を傾げるビーマに答えたのはミスクレーンだ。
    「金星の女神であるイシュタル様は、大の宝石好きでございます。タイミングが良ければ、イシュタル様のところにたくさんの原石が集まっているのですよ」
    「ないときはほんとないけどねー。ちなみにキミの幸運値は?」
    「……Cだ」
    「「ビミョー」ですね……」
     ミスクレーンに言われる筋合いはないが、世話になっている身なのでビーマは黙って二人のあとについていった。

     ◇

     ビーマがドゥリーヨダナを捕まえることができたのは、それから一週間後のことだった。
    「…………」
     むっつりと黙り込むドゥリーヨダナの手を無理やり掴み、第二再臨の礼服の内側に隠していた包みを握らせる。
    「なんだこれは」
    「プレゼントだ」
    「は?」
    「……正確には、詫びの品だ」
    「侘び?」
     ドゥリーヨダナは即座に眉間に深い皺を刻んだ。
    「わし様に恥をかかせたことに対してか」
    「違う」
     ビーマはかぶりを振った。ドゥリーヨダナの瞳から視線をそらし、足元を見つめる。
    「……昔、お前の髪飾りを壊したことがあったろう」
    「!」
     ドゥリーヨダナが瞠目した。やはりドゥリーヨダナは覚えていたらしい。ビーマはいよいよ立つ瀬がなくなった。
    「お前はあの簪を、あのときの約束を果たすためのものだと思ったんだろ? 面目ねぇ話だが、俺はお前に簪を突っ返されるまで、お前の髪飾りを壊したことを忘れていた。だからアレはお前が聞いたとおり、俺にとって不要だっただけのもので、たまたまお前を見つけたから渡した。もらってくれるなら誰でも良かった。でも、これは違う」
     ビーマはドゥリーヨダナの手のひらごと包みを握った。
    「遅くなっちまったが、俺はあの約束を思い出した。だからこれを作った。お前のために、……キレイで、あー、カッコよくて、その……お前に、よく似合う、やつを」
     だんだんと自信がなくなって尻すぼみになるビーマの言葉を、ドゥリーヨダナは黙って聞いていた。そして最後まで聞き終えると、ビーマの手を乱暴に振りほどいた。
    「ドゥ、」
    「黙っとれ」
     ドゥリーヨダナの指先が、そっと手のひらの上の包みを開く。
    「……なかなか見事ではないか」
     白い袱紗の中から現れたのは、黒にも見える深い紅色の一本簪に紫色のとんぼ玉がついた、いわゆる玉簪というものだ。作りは簡素だが、簪の先についたとんぼ玉が、外側は暗く、内にいくほど妖しくも美しい光を放ち、どうにも人目を引く逸品だ。ドゥリーヨダナもその光に魅せられているようだ。が、とんぼ玉を見つめるドゥリーヨダナの眉根が少しずつ寄ってきた。
    「お前これ……まさか……」
    「……やっぱりわかるか」
    「おま、マジか」
     ドン引きのドゥリーヨダナの手の中にある簪のとんぼ玉。無論それはとんぼ玉などではなく、ビーマが必要とするリソースの一つ、狂気の残滓がその正体だ。
     一週間前、ミスクレーンとハベトロットを伴って訪れたイシュタルの部屋には、宝石の類いはいっさい置いていなかった。
    「昨日ちょっとね……」
     暗い顔でそう告げたイシュタルの事情を尋ねることはせず、一行は次の候補のところへ移動した。金星の女神と関わりの深い英雄王の別側面だ。キャスターのギルガメッシュに事情を説明すると、そんなことで宝物庫を開けるわけがなかろう、と一蹴された。
    「そもそも、お前の求めるものは我が宝物庫にはない」
     ギルガメッシュは愚か者を見る目でビーマを見上げた。
    「それどころか、世界中のどこを探しても見つかるまい。すでにあるべきところにあるのだからな」
     ギルガメッシュは千里眼をもつという。彼の目にはビーマの求めるものが見えているのだろうか。ビーマ自身にすらわからないというのに。
     ともかく、力になってはくれないということだろう。肩を落としたビーマたちが去ろうとしたとき、ギルガメッシュがその背中に声をかけた。
    「気まぐれに一つ助言をするなら、保管庫に行くがいい。まだマシなものが見つかるはずだ」
     そうして保管庫でビーマが見つけたのが狂気の残滓だったというわけだ。これをパラケルススに頼みただの石になるよう変化させてもらい、とんぼ玉として簪の飾りにした。
    「よりによってこれを選ぶか。もっとマシなものがほかにいくらもあったろうに」
    「……紫だろ」
     呆れたようなため息を聞き流しつつ、ビーマは本当のところ、どうして狂気の残滓を選んだのか、自分でもよくわかっていなかった。ドゥリーヨダナに似合いさえすれば、別に紫色にこだわる必要はないはずだ。菫色の髪につけるのだから、オーロラ鋼や八連双晶のほうが映えただろう。けれど保管庫で狂気の残滓を見たとき、これだ、と思ったのだ。
    「ふん、まあよい」
     ドゥリーヨダナはそう言うと、第三再臨の姿を取ってさっと髪を結い上げた。
    「どうだ」
     くるりと後ろを向いてビーマに簪を見せる。ビーマはとんぼ玉になった狂気の残滓を覗き込んだ。不思議な紫に浮かぶ自分の姿を見て、──なるほど、と思う。
    「おい、こっち向け」
    「は?」
     ドゥリーヨダナの肩を掴んで自分の方を向かせたビーマは、同じ高さにある二つの紫を覗き込んだ。かつてすぐに逸らされていたその光は、じっとビーマを見つめている。
    「あるべきところ、か」
    「なんの話だ」
     頭にはてなを浮かべるドゥリーヨダナの顎をすくったビーマは、さっとその唇に自分のそれを重ねた。
    「……は!? あ!?」
    「ハハ」
     ビーマは愉快な気持ちだった。胸のつかえが取れたような気分だ。なのでもう一度唇を重ねようとしたら、今度はべちんと止められた。
    「おま、わ、わし様が誰かわかっているのか!?」
    「お前はお前だろ」
     ドゥリーヨダナはドゥリーヨダナのまま、ビーマはビーマのまま、このカルデアという場所に召喚された。時代も立場も環境も変わったのだ。二人の関係まで変わったとして、いったいなにが悪いというのか。
    「なあ、ドゥリーヨダナ」
    「ななな、なんだ!」
     目を白黒させたままそれでも離れないドゥリーヨダナに、ビーマはまた笑い出したくなった。けれどそれをなんとか抑えて、ビーマはドゥリーヨダナを抱きしめた。
    「俺はお前を愛するぞ」
    「は!?」
    「だからお前も俺を愛せ」
    「嫌だが!?」
     それでも振りほどかれない腕に力を込めながら、ビーマはもう一度ドゥリーヨダナにキスを贈った。
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    「お、旦那。またそれか。ずいぶん気に入ってんな」
    「なかなか荘厳な姿をしておるからな。わし様の高貴な髪に見劣りせんだろう?」
    「ああ、似合ってんぜ」
    「ふふーん。そうだろうとも!」
     廊下の向こうからそんなやりとりが聞こえ、ビーマは内心でひやりとした。事の次第がドゥリーヨダナにバレればきっと面倒なことになる。ビーマは二人に見つからぬよう、さっと廊下の角を曲がってキッチンに急いだ。

     ◇

     数日前のことだ。いつものメンバーを休ませたい&キッチン組にもたまには暴れる機会をと連れて行かれた周回先が新宿で、年末だとか在庫売りつくしだとかのセールをやっていて、しかも商店街のいくつかの店でものを買うともらえるチケットを集めてくじ引きができる。ビーマの時代にはなかったイベントだ。特にビーマの興味を引いたのは最後のくじ引きだ。ガラガラと豪快に鳴るくせにぽとりと落ちるのは小さな玉一つ。その色でもらえる景品が分かれているらしい。ふうん、と最初はまったく惹かれなかったその催しの、景品の一覧に視線をやって目についた二等。
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