恋のツイスター「ロナルドさん!俺と勝負してください!」
太陽が沈み、一時間ほど経った頃。
ロナルド吸血鬼退治事務所の扉が勢いよく開き、大声がこだます。事務所の机に座り、さてそろそろギルドに顔を出そうかと考えていたロナルドは顔を上げてそちらを見ればニヤリと笑った。
そこには、三ヶ月ほど前にシンヨコに来た新人退治人の姿。
「おー、そろそろ来るかなーと思ってたわ。ちょっと待ってろ」
立ち上がり居住スペースへの玄関を開けると「おーい、ドラ公。ちょっと来いよ」と中へと声をかける。
『何だね。出かけるのか?今日は私は行かないぞ?』
「違ぇよ。いいからこっち来いって」
キッチンでジョンと料理をしていたドラルクは、エプロン姿のまま事務所へと顔を出す。そして入口に立つ若い退治人の姿を認めるや、おや、と声を上げた。
『君は新人の』
「はい!ドラルクさんを俺の相棒にするために来ました!」
『……あー……?……ロナルドくん?』
「いつものやつだな」
『えぇ……全く、君が変な事言い出すからだぞ』
「負ける気ねぇからなぁ。あれ持ってきてくれよ」
『はぁ……分かった。ちょっと机どかしといてくれたまえ』
ドラルクは眉間に皺を寄せて額に指を当てながらため息をつき、エプロンの紐を解きながら一度居住スペースへと戻っていく。
その背中を見送って、ロナルドは改めて訪問者へと視線を向けると大股で近づいた。
「さて、お手並み拝見といくか?」
片側の口端だけを上げたその表情に、新人退治人はゴクリと息を飲み込んだ。
退治人ロナルドとその相棒吸血鬼ドラルク。
いまやシンヨコでその名を知らぬものはほとんどいなかった。
ロナ戦は刊行を続け、累計部数ン百万部のベストセラー。最初は退治人と吸血鬼のコンビなんて長くは続かないと思われていたが、現在まで三十年それは続いていた。
年を重ねて年相応に落ち着いたロナルドの人気は勿論だったが、それに負けず劣らずドラルクも一定数の界隈からの人気がすごかった。
【ロナルドに勝てば、ドラルクの相棒になれる】
いつしかそんな噂が実しやかに囁かれるようになり、自分も吸血鬼ドラルクの相棒になりたいという退治人がロナルドに勝負をもちかけてくるようになった。
最初は挑んでくる彼らに勝負種目は任せていたが、元来フィジカルゴリラなロナルドがそんな簡単に負けるわけがなく。いつしか勝負はギルドのマスターから受け継いだツイスターが種目に定着。しかし今まで一度もロナルドが負けたことはない。
そして今宵も、戦いの幕が切って落とされる。
ソファとテーブルが退かされた事務所の中。
いつもはロナルドが座っている革張りの椅子に座ってドラルクは細い腕を組んだ。
机を挟んだ目の前では、三十年連れ添った退治人と三ヶ月前から時折声をかけていた新人退治人がもつれあってツイスターをしている。
見慣れてしまった光景といえばそうなのだが、見ていて楽しいものでも無い。
ドラルクの役目はジョンが回したルーレットを読み上げること。
『ロナルドくん。左足を緑に』
「軽い軽い」
『新人くん、右手を赤へ』
「っ、負けませんっ!」
『ゴリルド、左手青』
「おいこらドラ公。お前飽きてきてねぇか?!」
『飽きてないよ。新人くん、左手黄色』
机に頬杖をつきながら答えるも、若干飽きてきているのは事実だった。今日は中々に時間がかかっている。新人退治人のポテンシャルが高いらしく、ロナルドに食い下がっているのだ。
しかしそろそろどちらも体勢が厳しくなっている。次のターンあたりで動けなかった方が勝ちであろう。
ジョンがルーレットを回す。その針の動きを眺めて、止まった場所にドラルクは、んふふ、と小さく笑った。
『ロナ造、左手緑』
「げ、マジかよ」
空いている緑の場所は、かなりロナルドにとっては厳しい場所だ。若い頃ならともかくいくらフィジカルゴリラといえど50歳を過ぎた身体がその動きをできるかどうか。
「ギブアップしてもいいですよ。ロナルドさん?」
新人が煽るも自分だってかなりギリギリの状態だ。
『無理するな。おじルドくん。君が動かないなら私は彼と一緒に行くだけだから。ギックリ腰になるぞ』
ドラルクは頬杖をついたまま楽しげに笑う。確実に発破をかけられている事が分からないほどロナルドも馬鹿ではない。
ゆるりと静かに左手を青から浮かせると、腹に力を込めた。
「舐めんじゃねぇぞ、クソガキが。ドラ公の隣を譲るくらいなら、ぎっくり腰でもなんでもやってやるわっ!!」
大声を出すと同時にぐりんと身体を捻り、僅かな隙間から左手を緑の円へと勢いよく叩きつけた。
「っわ?!」
その勢いに新人のバランスが崩れ、ドサッと倒れ込む。
審判をしていたメビヤツが『ぶつかってない』とばかりに首を横に振るのをみて、ドラルクは椅子から立ち上がった。
『はい。ロナルドくんの勝ち』
「っしゃおらぁっ!!」
ドラルクの言葉に、ロナルドもその場所ぐしゃりと倒れ込む。
『というわけで、私は君の相棒にはなれない。またその気になったら来てくれたまえ』
避けられていた新人の退治人コートを差し出して出口を示せば、彼はコートを受け取った後「……失礼しました……っ!」と事務所を出ていった。
手を振ってその背中を見送り、ドラルクは倒れ込んだままのロナルドの横にしゃがみこむ。
『老体に鞭うちよってからに』
「っせぇよ。まだ現役だわ……っいてて」
腹筋を使って上体を起こすも、脇腹あたりの痛みに思わず声が出て手を当てる。
珍しく眉を寄せる表情に、ドラルクはロナルドの手を取った。
「ドラ公?」
『湿布、貼ってあげるよ』
「おー、悪い」
『一緒にお風呂入った後でね?』
そう言って、手を繋いだまま立ち上がり。ロナルドを軽く引っ張る。それに抗うことなくロナルドはゆっくりと立ち上がると、少し身をかがめてドラルクの首筋へとひとつキスを落とした。
「頑張った甲斐、あったな」
『ばーか』
玄関を開けて手を引きつつ風呂場に向かうドラルクの首筋が、いつもより少しだけ血色がよくなったのをロナルドは見逃さなかった。