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    ナタロ

    ナタロのワンクッションいるかなっていうやつ置き場です。

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    ナタロ

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    「フロイド、好きです」

     告白と共にフロイドの眼前に差し出されたのはとれたての大きな魚だった。

    「くれんの?」
    「はい、召し上がってください」
    「え〜」

     稚魚ながら、何となく簡単に受け取ってはいけない気配を察知したフロイドがジェイドの顔をちらりと見遣った。

    「好きってなに?」
    「フロイドのことが好きなんです。番になってください」
    「ええ〜……」

     早い段階で番になる種類の人魚は確かにいる。甲殻類なんかに多くて、雌がまだ幼い内に番って、雄は雌を守りながら大きくなるのを待つらしい。しかしウツボはこの限りではない。

    「……やだあ」
    「嫌なんですか?!」

     ショックを隠しきれないと言った顔のジェイドが珍しく大声を出した。対して振ったフロイドは尾鰭を器用に曲げて、人間で言うところの膝を抱えるようなポーズをとった。

    「だって番になったら自由にできなくなるじゃん」
    「そんな事ありません、僕はフロイドの意思を尊重します」
    「ふーん?」
    「ですから僕と番になってください」

     ずい、と魚が差し出される。これは求愛給餌と呼ばれる行為だ。雄が雌に獲物を与えて、自分が優秀な個体である事をアピールをする。確かにジェイドは優秀だった。同時に生まれた他の兄弟たちよりも成長が早く、身体能力が高い上魔力も強かった。そんなジェイドに選ばれるという事は将来を約束されたようなもので、つまり選んだ相手がフロイドでなければトントン拍子でことが進んだはずなのだ。

    「フロイド、受け取ってくださらないんですか」
    「いらね。腹減ってねえし」

     じゃあね、と泳いで行ってしまったフロイドの揺らぐ尾鰭を、まさかこんなに素気無く振られるなんて想像もしていなかったジェイドは呆然と見つめた。

    「諦めませんからね……!」

     ジェイドは手にした魚に齧り付いて、目元から湧き出る泡には気付かないふりをした。





    「フロイド、好きです」

     告白から始まるプレゼントを贈り続けて早十年。陸に上がってからもジェイドはフロイドを口説き続けていた。手にしているのは最近フロイドが気に入っているブランドの服が入った紙袋だ。

    「中身なに〜?」
    「シャツです。この間出た新作の」
    「ああ!あれイイなって思ってたんだあ」

     それなら、と顔を明るくしたジェイドに、フロイドは笑いながら首を傾げて見せた。

    「でもいらねえ」
    「何故ですか?!」
    「だってもう買っちゃったもん。それジェイドが着なよ」

     分かりやすく肩を落としたジェイドが小さな声でそうですかと呟く様を、フロイドはじっと見つめる。この兄弟は七つの頃から飽きもせず毎日毎日自分を好きだと言う。週に一度はこうやってプレゼントを持ってきて、とても真剣な顔で自分を好きだと言う。

    「なんでオレなの?」
    「え?」
    「ちっちゃい時からずぅっとさあ、毎日毎日、もう何回フったか思い出せねえんだけど」
    「何故って……」

     徐に紙袋を床に置いて、ベッドに座るフロイドの前に膝をついた。

    「ひと目見た時から」

     両手をとって、互い違いの目を真っ直ぐに見つめて、甘く優しく耳をくすぐる声で、ジェイドはフロイドに愛を囁く。

    「ひと目見た時から貴方しかいないと思いました。自由に泳ぐ貴方が好きです。屈託なく笑う貴方も、気分が乗らなくて不機嫌な貴方も、叱られて拗ねる貴方も、僕に呆れる貴方も。フロイド、僕は貴方を愛しています」

     持てる情熱の全てを乗せた告白は、きっとまた相槌ひとつで流されてしまうのだろうとジェイドは思っていたし、応えて貰えるまで何度でも繰り返そうと覚悟を決めていた。けれどフロイドの溜息を聞いた時、ほんの少しだけ怖いと言う感情が湧いてしまった。

    「……フロイド、どうか僕を嫌いにならないで」

     キョトンとした顔でフロイドがジェイドを見下ろした。その目が本当に怯えていたから、フロイドは数回瞬きをしたあとで、取られていた両手の指を絡めた。

    「いまさらじゃねえ?」
    「そう、なんですけど、急に怖くなってしまって」
    「今までオレに嫌われるかもって考えたことなかったの?」
    「なかったです」
    「ヤバすぎ〜」

     ゲラゲラと笑い出したフロイドにつられてジェイドも笑った。気の済むまで笑ってから、あーあと声を上げたフロイドの指に力がこもって、ジェイドの手の甲に食い込んだ。

    「しょうがねえなあ」

     その顔は今までになく穏やかで優しかった。ジェイドが声を出せないでいたら、垂れた眦が蕩けるように細められた。

    「どったの」
    「いえ、その、あの、しょうがないと、言うのは」
    「アハハ、バグってんのかぁわいい。しょうがねえから、ジェイドの番になってあげるって言ってんの」

     ジェイドは口をあんぐりと開けたまま硬直してしまった。頭の中で大爆発が起きているようだった。十年、数え切れないくらい振られ続けたせいで、夢でも見ているのではと言う疑念が拭えなかった。

    「本当に?本当に番になってくださるんですか?」
    「そう言ってんじゃん。なんでそんなオロオロしてんの」
    「だって、だってフロイド、僕ももう何度振られたか記憶にないんですよ。今回も駄目だと思っていたから、何故そんな、急に」
    「えー、だってさっきのジェイドがかわいかったからさあ。嫌いにならないでって、怖い夢見たあとみたいな顔されたらさあ」
    「そんな顔してました……?」
    「してたよ」

     少々バツが悪くてジェイドの方から視線を逸らした。絡めていた指が解けて、フロイドの両手が赤くなった頬を包んだ。

    「浮気しない?」
    「しません」
    「ンフフ、ずっと好き?」
    「ずっと好きです」
    「フフ、だよねえ」

     それこそ今更だったとフロイドが笑った。ジェイドの額にキスが落ちて、これからよろしくねと言われた時、ジェイドの頭はとうとうオーバーヒートして涙腺が決壊した。

     週末、お揃いのシャツを着て出掛けていく二人の姿を見た者がいたとかいなかったとか。
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