女装えくすの話「クロムってボクのこと好きじゃないのかなぁ…」
銅田産業のベイブレード練習ルームにて、バトルを終えたシグルとエクス。ひと息ついていると、ソファーに膝を抱えて座っていたエクスがポツリと呟いた。
「そんなこと、ないと思うけど…」
シグルはそんなエクスを立ったまま見詰め、淡々と冷静に返事をした。クロムがエクスを愛してやまなことを知っていたシグルは無表情ながらも内心では驚いていた。
「どうして、そう思うの?」
「だって最近のクロムって仕事ばかりで全然遊んでくれないじゃん…」
シグルはもう何度もエクスのこの不満を聞いている。
「それは…」
エクスの仕事を代わりにクロムがしているから、と言いかけてシグルは止めた。この言葉ももう何度もエクスに言っているからだ。クロムとエクスのことは2人の問題であって自分が口を出すことではないとシグルは考えていた。
すると拗ねていた筈のエクスが急にソファーから立ち上がり
「でもね…、明日は1日中オフだからクロムと2人で出掛けるだー」
と跳び跳ねながら目を輝かせて言った。
「そう、それは良かったね…」
いつもの明るい雰囲気に戻ったエクスを見てシグルは安心して優しく微笑んだ。
しかし再びエクスは表情を曇らせた。
「でもさぁ~…出掛けるってなると変装しないといけないんだよねぇ…」
エクスは大きなため息をついた。
エクスたちの所属するチームペンドラゴンはXタワーの上層階に所属する強豪チームだ。今や知名度も格段に上がり外に出れば瞬く間に人だかりが出来てしまう。
「それでさ、シグルにお願いがあるんだけど…」
エクスは両手を顔の前で合わせ首を傾げ口角を上げながらウインクをして見せる。
その仕草があまりにも可愛いのでシグルは心の中で和んでいたが表情に出すことは無かった。
「私に出来ることなら良いよ。お願いって何?」
シグルの回答にエクスは満面の笑顔を向ける。
「有り難うシグル~あのね……」
エクスのお願いを聞いてシグルはまたもや驚いた。しかし同時に面白そうだとも思った。
「良いよ、やるよ」
シグルは頷いてエクスのお願いを承諾した。
翌日、チームペンドラゴンのメンバーが住む寮から少し離れた野外スタジアムのある比較的大きな公園のベンチでクロムはエクスを待っていた。
本当は寮から一緒に出掛けるつもりだったがエクスから外での待ち合わせを指定された為、公園で待っていた。
平日といえど人がいないわけではない。天気も良く、気温も暑くも無く寒くもない、空も青く澄んでいる。
「まるでエクスのような…」
クロムはエクスをまっている間、ボンヤリと青い空を眺めていた。
ここ数日エキシビジョンマッチや取材を朝から晩までこなし、エクスとまともに会話もしていなかった。久しぶりのオフにエクスと2人で外に出掛けることになったクロムはすっかり緊張の糸が切れていた。
黒色いマクスに黒色の帽子、体型を隠すための緩い白のTシャツと黒いズボン。クロムも変装はしていたが、いつ誰にバレるかと気が気では無かった。
「あーいたいたおーい」
遠くからエクスの声がした。名前を出していないとは言え大きい声でクロムを呼んだ。周りに気付かれるのではとクロムは慌てて声の方向を見た。
「おい、声が大きい………つっ」
クロムは驚いて目を見開いて固まってしまった。そこには色白で清楚な白いワンピースを着た華奢な女の子がいた。彼女は笑顔でクロムに手を振った。
一瞬戸惑ったクロムだったが、その女性が誰かを直ぐに理解した。
「え…えくす…」
そう、その綺麗な女の子はエクス本人だった。
クロムが戸惑っているとエクスは、あははっと声を出していつものように明るく笑った。