今夜は一年で月がもっとも綺麗に見える日です。
そんな朝のニュースで耳にした前情報がなくとも立派な月だと思うであろう、見事な満月が夜の街に浮かんでいる。混じり気のない透き通った光。アパートの二階とけっして眺めはよくない部屋だが、下町だからか周囲の家々が低く、高層ビルも皆無なので視界を遮るものがない。これは上京前には予想外のことだった。東京にも空はある。
あぐらをかいて、ひとり窓の外を眺めていると、脱衣所から出てきた三井がこちらに寄ってきた。
「なんだよたそがれちゃって。ホームシック?」
「違うよ」
バスタオルで髪をがしがし拭きながら、三井が隣に腰をおろす。自分と同じシャンプーの香りがふわりと漂い鼻腔をくすぐった。
1889