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    saibashi255

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    松三小説 同大、付き合ってます。愛の告白についての話。

    #松三

     今夜は一年で月がもっとも綺麗に見える日です。
     そんな朝のニュースで耳にした前情報がなくとも立派な月だと思うであろう、見事な満月が夜の街に浮かんでいる。混じり気のない透き通った光。アパートの二階とけっして眺めはよくない部屋だが、下町だからか周囲の家々が低く、高層ビルも皆無なので視界を遮るものがない。これは上京前には予想外のことだった。東京にも空はある。
     あぐらをかいて、ひとり窓の外を眺めていると、脱衣所から出てきた三井がこちらに寄ってきた。
    「なんだよたそがれちゃって。ホームシック?」
    「違うよ」
     バスタオルで髪をがしがし拭きながら、三井が隣に腰をおろす。自分と同じシャンプーの香りがふわりと漂い鼻腔をくすぐった。
    「今夜は月が綺麗だよ」
    「え?」
    「月が。十五夜だから」
     窓の外に向かって指をさす。
     三井はオレの顔を見て、窓の外を見て、しばし押し黙った。三井にしては静かすぎる反応に若干不安になる。ふだん月を見上げる習慣はないけれど、おー、とか、でけー、とか、あるだろ。なにか。
     オレが横目で様子をうかがっていると、こちらに視線を戻した三井が口を開く。
    「おまえそれ、意味わかって言ってんの?」
     かゆいのを我慢しているような、むずむずした表情にようやく意図を察する。おまえはいま、かの文豪の有名な隠喩を拝借したのか?と問われているのだ。
     そんなつもりはなかった。こっ恥ずかしい奴めとからかわれているみたいで、思わず強い口調になる。
    「わかってるけどそういう意味で言ったわけじゃなくて。シンプルに、純粋に、月が綺麗だなって思っただけだ」
    「ふ~ん、あっそう」
     からかいの種を失った三井はつまらなそうな顔だ。やられっぱなしは性に合わないので、こちらもまぜっ返す。
    「三井がそんな文学的なことを知ってる事実に驚いたよ、オレは」
    「あっ馬鹿にすんなよ、オレそこそこ成績よかったんだぜ。文武両道ってやつ。中学までは……だけど」
     反論がだんだん尻つぼみになる。迷うように視線が外され、三井はふたたび窓の外へ目をやった。
     こういうときの三井は、けっこうわかりやすい。
     このお喋りな男は些細なことでもオレに逐一報告してくるので、最近ノリオが豆苗を育てるのにはまっているとか、ミヤギの愛読書が「ついていきたいと思われるリーダーの思考法」であるとか、三井周りの情報は否が応でも事細かに把握させられている。しかし一方で、三井自身についてはじゅうぶんに掴みきれていないと思う。
     オレに言いたくない、言えない話があるのだろうとはこの数ヶ月でなんとなく察している。それがおそらく三井の高校時代のブランクにかかわる話であろうことも。
     隣に腕を伸ばし、三井の手に指を絡ませる。三井もとくになにも言わず握り返してきた。
     恋人同士とはいえ、ほんの数ヶ月の付き合いだ。それこそ高校時代の友人たちのほうがオレよりずっと三井を理解しているのだろう、と思うと、歯がゆくないとは言い切れないが、なにも言わずにこうして体温を分け合うことができるのは自分だけだ。オレにしかできないやり方で三井を支えられるなら、今はまだ、それでいい。
     話を切り上げるように言う。
    「だいたい付き合ってるんだからどっちの意味だっていいだろ、べつに。好きは好きだよ。実際」
    「まーね、つかそっちの意味かなって思ったオレが恥ずいわ」
     拗ねたような表情がガラス窓に映る。
     ……なるほど。さきほどの反応は、からかっていたのではなく、照れていたのか。期待をもたせて申し訳なかった。
     月は見たままに綺麗だし、いじける三井はかわいい。握った手を引きよせ、あやすように自分の太ももの上で揺すってやる。
    「意外とロマンチストなんだよな、三井は」
    「いやおまえがわかりづらいんだよ、狙ってんのか天然なのか」
    「そうか?オレ本当に思ったことしか言ってないよ。狙うとかできる気がしない」
    「わかってるよ」
     手あそびに視線を落としながら、三井がぽつりと呟く。
    「オレさあ、おまえみたいになりたいよ」
     こいつはときどき、妙に自信なさげなことを言う。オレみたいな三井。想像もつかない。だいたい、自分で言うのもなんだがオレみたいな冗談の通じない男が何人もいたら大変だ。
    「全然、三井のままでいいよ。オレは三井だから好きだし」
    「だからさ~、そういうとこ!」
     怒ったように叫ぶと、まだ濡れた頭をオレの肩にぐいぐい押しつけてくる。オレにしか見せない顔。その甘えた仕草がうれしくて、シャツが湿るのもかまわず、好きなようにさせてやった。
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