Goodbye Happiness 大きな椅子の上に立って、グランはめいっぱい右腕を伸ばす。紙で作ったピンクの花を居間の壁に飾りつけるためだ。
「やべぇっ! シンクのやつ、もう帰って来たぜ!」
窓から外を眺めていたビィが、あわてて部屋を飛びまわる。
「待って、あと少しでぜんぶ、おわる……」
「あーっ、もう、高い所のはオイラがやるから、お前はロジャーとクラッカーの準備しろって!」
「なになに⁉︎ シンクってば、もう帰ってきたの⁉︎ ケーキの仕上げ、まだ終わってないよ〜っ‼︎」
にわかに騒ぎだす三人をよそに、シンクはグングン丘をのぼっていく。
洗濯カゴを脇に抱えて、ドアノブを回した。
「──ッ!」
パンパンパンッとはじけた大きな音に、シンクの獣耳がピンと立ちあがる。
「せーの!」
「「「シンク、お誕生日おめでとう〜‼︎」」」
赤や金色に輝くモールが、シンクの頭上にキラキラと舞い落ちる。まんまるな瞳をいっそう丸くして、シンクはその場に固まってしまった。
「……誕生日……って、俺の……?」
「ささ、荷物置いて、こっち座って! ここにあるもの、ぜーんぶシンクのために用意したんだよ!」
あふれんばかりのご馳走を前に、ロジャーが明るい笑顔を見せる。
グランは、まだぼうっとしているシンクの手を取って、食卓の席へと案内した。
「はい、どうぞ」
椅子を引いて、シンクに座るよう促す。
「おっ、グランってば気が利く〜! 今日はみんなでシンクをもてなそうって、約束したもんね〜」
「ま、待って。その……、俺、自分の誕生日がいつなのか、自分でもわかってなくて……」
「だからこそだよ!」と胸を張るロジャーに、シンクはますます戸惑う目を向けた。
「シンク、きょうがなんの日か覚えてる?」
シンクのとなりに腰かけて、グランはニコニコと笑いながら尋ねる。
「今日……? わからない、なんの日?」
「一年前の今日は、シンクが初めてザンクティンゼルに来た日だぜ」
テーブルに寝そべったビィが、頬杖をつきながらシンクの顔を見上げた。
「──……」
「誕生日がわからなくても、初めてシンクに出会った日なら、みんなも覚えていられるでしょ?」
グランとシンクのあいだに入って、ロジャーがぎゅーっと肩を抱き寄せる。
「可愛い可愛い子どもたちの誕生日は、何度だってお祝いしたいもんね〜。ほらシンク、ロジャーさんがおめでとうのチューしてあげる!」
「や、やめてよ……、恥ずかしいってば……」
「えー? いやなの〜? じゃあ───……グランにもチュー、しちゃおっかな〜〜!」
きゃあきゃあと声をあげながら、ロジャーはシンクとグランへ交互にキスをした。
柔らかな胸に抱かれたまま、ふたりはぐりぐりと頭を撫でられる。戯れを避ける素振りをしながらも、シンクの口元は楽しそうにほころんでいた。
ロジャーが用意した手料理を食べて、森で摘んだブルーベリーのケーキに蝋燭を立てる。
「明かり消すよ〜」
部屋の中に暗闇が落ちると、ゆらゆら揺れる灯火がシンクの瞳を照らした。
「ほら、シンク。〝ふーっ〟ってして?」
グランの言葉に緊張した面持ちでうなずき、シンクはフッと火を吹き消す。
再びロジャーが明かりをつけると、はにかんだシンクにみんなで拍手を送った。
「はーい。これは、シンクの分ねー」
切り分けたケーキを皿に乗せて、ロジャーは指についたクリームを舐めた。『お誕生日おめでとう』と書かれた板チョコをつけて、シンクにはちょっとだけ豪華なものを手渡す。
「……」
自分のにはないチョコレートを見つめて、グランが少し寂しい顔をする。
「食べたいの?」
グランの表情に気づいたシンクが、優しく笑って顔を覗きこむ。
「えっ、ち、ちが、ちがうよ」
「あれれー? グラン、今日はシンクが主役だから、お兄ちゃんになるんじゃなかったっけー?」
ロジャーのからかいにコクコクと首を振り、グランは魅惑的なチョコレートから目をそらした。「ぼく、我慢できるもん」と、全然我慢できていない表情で言うものだから、ロジャーとシンクは目を見合わせて笑ってしまった。
「だったら、半分こしよう。ね、ロジャー、それならいいでしょ?」
結局、面倒見のいいシンクが折れて、弟分のグランになんでも譲ってしまうのだ。
年上とはいえ、まだまだ小さなシンクの手のひらが『パキッ』と艶のある板チョコを割る。
「はい、これでお揃い」
グランにチョコを取られても、シンクはちっとも惜しそうではなかった。むしろ、満面の笑みで「ありがとう!」と言われて、嬉しげに顔をほころばせている。
ザンクティンゼルの家々にポツポツと明かりが灯っていく。
ケーキを頬張るふたりを見つめて、ロジャーはまぶしく目を細めた。
(……今度こそ、絶対に君たちを守ってみせるからね)
いつか大空へ羽ばたいていくふたりに、どんな未来が待ち受けていようとも。今はただ、最大限の祝福を。