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    岩藤美流

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    岩藤美流

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    蒼の誓約 6

    ##パラレル

    魔法使いは一心不乱に研究を重ねました。三日三晩、眠りもせずにうちこみました。双子たちが心配する声も、魔法使いには届きません。人魚を痛めつけるように言われた彼らは、逆らったりはしませんでした。魔法使いは、恐怖に震える人魚達に魔法をかけ、実験を繰り返しました。
     ところがなかなかうまくいきません。僅かに宿った感情が消えてしまったり、不安定になったりするばかりです。そもそも、感情とは何なのでしょう。人魚である魔法使いには、わからないのです。この背中から湧き上がってくるような落ち着かない感覚や、罪人のことを考えると痛む胸のことが。
     洞窟はしんと静まり返っているはずなのに、いつもザワザワと頭の中で何かが鳴っているような気がします。ひどく不愉快な感じがして、魔法使いは研究に集中しようと思うのに、それもうまくいきません。
     罪人が、食事を口にしない。だから弱ってきている。
     双子たちがそう言ってきた時、魔法使いは腹の奥から熱がこみあげてくるのを感じました。それは人間の世界で言うところの、怒りでした。ぶわぶわと8本の足が揺れ、髪まで逆立ちそうなほどです。魔法使いは双子たちには目もくれず、罪人を閉じ込めた檻へと向かいました。
     暗がりの檻の奥で、青い炎がゆらゆらと揺れておりました。彼は脚を抱いて、膝に顔を埋めて座り込んでいました。声をかけても、名を呼んでもピクリともしません。そういえば、人間を海中で飼うなんて、魔法使いも初めてです。もしかして、衰弱しているか、死んでしまっているんではないか。魔法使いは不安になりました。罪人を罪から救うためにこうしているのです。彼を苦しめたり、死なせたりしては何の意味もありません。
     魔法使いは鉄の檻の入口を開き、ゆっくりと中に入りました。彼の名前を呼んで、そっと触れました。体温は有ります。それに息もしているようです。けれど、顔を上げてはくれません。魔法使いは彼の名を何度も呼んで、それからそっと、彼を抱きしめました。
     その温かな感覚を、何に例えればいいでしょう。魔法使いは生まれて初めて、命を抱きました。人間の体温は思っているよりも熱くて、抱いているのはこちらなのに、何故だか安心しました。だのに、その命が波に揺られる海藻へひっそり植え付けられた卵のように、弱弱しく、儚いものに感じられて、強く抱きしめることには勇気がいりました。
     もし、その手を振りほどかれたり、あるいは彼を潰してしまったり、また彼が死んでしまったりしたら、もう自分も死んでしまうかもしれないと思います。そんなことなら、抱きしめないほうがマシだと思うのに、魔法使いはその手を、離すことができませんでした。
     その時、罪人がゆっくりと手を動かしました。魔法使いの背中に、手を回してきたのです。それで二人は、抱きしめ合う形になりました。その心地よさを、何に例えたらいいでしょう。魔法使いは、自分が許されたような気がしました。一体何に許されたのか? 彼にはなにもわかりません。
     そして、抱きしめる手が一層強くなった時。魔法使いは胸の苦しみを感じ、そして気付きました。
     自分は何か、魔法をかけられている。
     魔法使いは驚愕し、困惑し、そして、激しい怒りにかられました。



    「離せ……っ! 離せ! 僕に! この僕に、何をする気だ!」
     アズールはイデアの腕から逃れようともがいた。8本の足も駆使して、イデアの身体を引きはがそうとしたけれど、彼はその細い人間の体のどこにそんな力が有るのかもわからないが、ぎゅっとアズールを抱きしめて離さない。その間も、背中に当てられた手から何か、魔法が注がれているのを感じて、アズールは尚も叫んで暴れた。
    「離せ! くそ、ジェイド! フロイド! 何処です!? コレを引き剥がすんだ!」
     双子の名を呼んでも、何故だか彼らは助けに来ない。あの役立たず共、と毒づいて、アズールはイデアの髪を掴むと乱暴に引っ張った。それにはイデアも苦悶の声を漏らして、アズールは一瞬躊躇したけれど、彼が声を出したという事実に眉を寄せ、更に怒りが爆発した。
    「僕を! 僕を裏切ったな、この僕を!」
     イデアの声を奪う魔法を、誰かが治したのだ。アズール以外でイデアに接触していたのは、双子だけ。そして双子は今、助けに来ない。裏切った、裏切ったのだ。アズールは怒りで目の前が真っ赤に染まるのを感じた。胸の奥からはどす黒くなにか粘ったものが身を突き破って出てきそうだ。
     あの時、血まみれで震えていた双子の稚魚を助けたのは気まぐれだった。海の命は儚い。人魚など、身をちぎられれば血も出るし苦しみもしようが、死ねば泡となるのだから食っても意味はなかろうに、サメは馬鹿だから襲うのだ。血の味ばかりして腹が満たされないから、執拗に追っている。馬鹿に関わるのは面倒だったけれど、その幼い命があまりに哀れに鳴くものだから、つい手を貸してしまった。
     僕はお前たちの命を助けた。だからこれから命の有る限り僕を助けるんだ。契約書を交わした。長い間その契約は果たされていたのに。ついに破られた。契約違反には報いを。あの時、サメに食い殺されていたほうがマシだったと思うほどに苦しめて、それから泡に帰してやる。
     その前に。こいつを、始末しなければ。
     アズールは怒りに任せて、イデアごと鉄檻に体当たりをした。鉄柱に叩きつけられたイデアは悲鳴を上げて、それで腕の力が緩む。その隙に、イデアの四肢を8本の足で絡めとり、檻に押し付けて拘束する。
    「あう、う、」
     苦悶に眉を寄せるイデアの表情がたまらなく加虐心を焚きつける。無力な人間の姿に、知らず喉の奥から笑いがこみ上げた。もう少し、もう少し力を籠めたら、この哀れな人間の骨は砕けて、命は散る。それは得も言われぬ満ち足りた感覚だった。そう、全てを手に入れる。全てを掌握するのが、アズールの最大の望みであり、その為だけに生きてきた。
    「僕を、この僕を、美しいと、優しいと言いましたね。僕の何も知らないくせに、僕の何もわからないくせに」
     イデアの細い首に、そっと手を重ねる。コレを少し絞めただけで、この命は奪えるのだ。だから、この命は、自分のモノだ。
    「僕の本当の姿を、あなたになら特別に見せてあげてもいいんですよ。海の世界ではね、タコの人魚は珍しくて、気持ち悪くおぞましい上に何の役にも立たないんです。泳ぐのが苦手でしてねえ、それはもう馬鹿にされて、特にウツボの人魚なんて天敵のようなものですよ。僕が子供の頃からなんと呼ばれて、どう扱われてきたか、あなた、知りたいです? ああ、ごめんなさい、そんな話聞きたくないですよねえ、惨めで、みっともなくて、それはそれは醜い話です。あなたが夢見る楽園の物語を壊しかねないですから、やめておきましょう」
     人魚の心は純粋だと、優しいとイデアは言った。馬鹿馬鹿しいにもほどがある。それならどうして、自分は愛されなかったのか。こうまでして、魔法を身に着けたのか。契約で相手を縛り上げて、自分が何をしようとしているのか。
     頭が、胸がグルグル渦巻くようで、おかしくなりそうだ。欲しかった。欲しくてたまらなかった。しかし、それは一体何なのか? わからない。わからないのだ。
     どうしてこんなことになっているのか。全て、イデアのせいだ。イデアが何か魔法をかけて、自分をおかしくしようとしているのだ。アズールは確信して、イデアの首にかけた手へ、ゆっくりと力を籠める。そうだ、殺してしまえば、もう彼が裏切ることも無い、どこかへ行くこともないのだ。ずっとそばにいられる。ずっと、ずっとだ。
     イデアが苦しげに呻いた。その金色の瞳が、こちらを見つめている。憎むでもなく、憐れむでもなく、蔑むでもなく。
     なんだその目は。アズールはその視線を酷く不快に感じた。どういう感情を僕に抱いているんだ。せっかく僕が、この僕が、死の運命から救い出そうとしているというのに。
     そう考えた時、アズールはふいに、身体の中を満たしていたものが冷たくなっていくのを感じた。
     僕は一体、何をしているんだ? イデアさんを助けたいと思っていただけなのに、どうして殺そうとしているんだ。
     己のしようとしていたことに。それまで口にした言葉に。アズールは愕然として、四肢から力を抜いた。
     僕は。僕は一体何を。
     アズールが力を抜くと、イデアの身体がゆらりと崩れる。それではっとして彼を抱き留めた。もしや、彼を殺してしまったのか。アズールは恐ろしくなったけれど、そんな彼の背中に、手が回された。
    「大丈夫。もう大丈夫だよ、アズール」
     よく頑張ったね。でももう大丈夫。大丈夫だからね。
     何度も繰り返しながら、イデアがアズールの背を撫でる。その温もりが、優しさが心地よくて、アズールは何故だか、声を上げて慟哭した。
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    岩藤美流

    DONE歌詞から着想を得て書くシリーズ①であり、ワンライの「さようなら、出会い」お題作品の続きです。参考にした歌は「A Love Suicide」です。和訳歌詞から色々考えてたんですけど、どうも予想通りタイトルは和訳すると心中だったようですが、あずいでちゃんはきっと心中とかする関係性じゃないし、どっちもヤンヤンだからなんとかなりそうだよな、と思ったらハッピーエンドの神様がゴリ押しました。イグニハイド寮は彼そのものの内面のように、薄暗く深い。青い炎の照らしだす世界は静かで、深海や、その片隅の岩陰に置かれた蛸壺の中にも少し似ている気がした。冥府をモチーフとしたなら、太陽の明かりも遠く海流も淀んだあの海底に近いのも当然かもしれない。どちらも時が止まり、死が寄り添っていることに変わりはないのだから。
     さて、ここに来るのは初めてだからどうしたものか。寮まで来たものの、人通りが無い。以前イデアが、うちの寮生は皆拙者みたいなもんでござるよ、と呟いていた。特別な用でもなければ出歩くこともないのかもしれない。さて、寮長の部屋といえばもっとも奥まっている場所か、高い場所か、あるいは入口かもしれないが、捜し歩くには広い。どうしたものかと考えていると、「あれっ」と甲高い声がかけられた。
     見れば、イデアの『弟』である、オルトの姿が有る。
    「アズール・アーシェングロットさん! こんばんは! こんな時間にどうしたの?」
     その言葉にアズールは、はたと現在の時刻について考えた。ここまで来るのに頭がいっぱいだったし、この建物が酷く暗いから失念していたけれど、夜も更けているのではないだろうか。
    「こ 5991

    h‘|ッЛ

    DONE #しん風版深夜の60分一本勝負
    お題「放課後」

    遅刻!ワンライ+20分!

    何度書いてもくっつく話は良いよねぇ...
    しん風しか勝たん...マジで...

    ※誤字に気づいて途中修正入るかもかもです。

    ⚠️アテンション
    高校生未来パロ。
    同じ学校通ってる。
    最初付き合ってない。

    3 2 1 どぞ
    しん風ワンライ『放課後の告白』

    ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

    西陽の射す窓。教室から溢れ出る紅に染る廊下。笑い声や掛け声が重なり心地よく耳を掠めていく。
    一般生徒の最終下校のチャイムまであとわずか。

    委員会の集まりが長引き、担当教員に頼まれて資料室に資料を置きに行った。ついでに整理まで行った所までは予定通りだった。そこから更に社会科教師に捕まり、今日提出だった課題を社会科教室前の箱から持ってくることを頼まれ、更にそれを名簿に纏めあげた。あろうことか最後に教頭に捕まって長話に付き合わされてしまった。

    今日もしんのすけと帰る予定だった。社会科教師に捕まった時点でしんのすけには先に帰っていいと連絡した。本当はしんのすけと帰れたのに。きっとしんのすけはモテるから、そこらのJKに絡まれて流されて一緒に帰ってしまったんだろう。

    アイツの隣は僕のものなのに――

    鞄は教室に置いてきた。しんのすけとは教室で待ち合わせていた。明日アイツに彼女が出来てたら、僕はどんな顔をするだろう。泣くか怒るかそれとも笑うか。こんな思いをするなら先に帰っていいなんて言わなきゃ良かったんだ。僕の心はなんて狭く 2725