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    doukai_kyo

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    doukai_kyo

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    途中/流花

    過つ青を飲み乾して苦い思い出ってのは人生の中で何度も訪れるもんだな、ってのは大人になってから気が付くものだ。親父の時、やんちゃしてた時、天才なのに練習にも十分に参加出来なかった時、全力で戦って負けた時、本気で好きになったバスケの選手生命がどうこう言われた時。もっと、もっといっぱいある。その中でも一つ、学生生活で思い出すのはリハビリ中の事だ。
    その日は、オレはいつもの海岸で週ごとに送られてくる文通に目を通していた。チームメイトの成長、新体制のメンバーの特徴、そんでルカワのこと。後はアヤコさんに出来る範囲でやっておけって言われて、主治医と相談するバスケットの感覚を忘れないための方法とか。そんなんばっかりだったのに、その日は普段よりも紙が多かった。
    「なぬ?」
    ハルコさんの手紙は優しいけれど、過不足が無い。だからこそ、その一枚だけが妙に気になったのだった。ゆっくりと目を通すと、そこにはルカワに振られたという事が綴られていた。
    『桜木君にしか言えないので、こっそり吐き出させてください。私がマネージャーになるにあたって、流川君のことはハッキリさせておきたかったので勿論、実ることなんて期待はしていなかったんです。でもしっかり対面して、告げて、断られて、流川君も桜木君のようにバスケットだけを見ていく生活を送っていく人なんだと思うと腑に落ちる部分が多かったです。それでも気持ちを切り替えるのに、後どれくらい掛かるか分かりません。でも、一つの感情に終着点が見つけられて、良かったのだと思います。それでも桜木君を含め、皆の前ではちゃんといいマネージャーになりたいと思います。聞いてくれてありがとう、頑張ってね』
    微かに涙が染み込んだ便箋を読んでいたら、オレまでもらい泣きしちまって、此処にハルコさんが居たら、慰めてあげられんのにとか思う事もあった。昔だったら、ルカワが告白されたこと対して噛みついていたかもしれねえけど、なんとなく分かっていた。多分、きっと、憶測でしかねえけど、他人に告白されるってのよりハルコさんの告白は本気で、それを断るくらいにアイツはバスケが好きなんだ。ルカワなんてバスケと付き合っちまえばいいのに、そう思いながら、便箋には二人分の涙が染み込んでいた。

    「あ、これ」
    「どうした、どあほう」
    「リハビリん時にもらった手紙。此処にしまってたんだな」
    時は経ち、大人になって、アメリカに渡って。本場でプレイをして、オレとルカワはルームシェアをすることになった。常に身軽で居たいので荷物は定期的に捨てていた。高いもんみたいに簡単に変えられないもんは別として、あとは思い出として取っておきたいものだけ。荷解きをする時に、久しぶりにあの手紙を持った。青春の残滓を飲み込んだ。とても、爽やかで、苦い。
    リハビリ後はバスケに打ち込んで、引退した後も部に顔を出した。ルカワは早めにアメリカに渡っていて向こうで学んでいるらしいが、オレは引退してからは渡米費用を稼ぐために国内でバイトをしていたのだ。勿論、支援してくれる団体も、チームも、恩人も居た。でも、これはオレがやりたいことで、オレがやり切らなきゃいけないことなんだと思って全部断ったんだ。そんで、卒業式にハルコさんに告白した、遠距離恋愛になりますがお願いしますと。でも、まあ、振られた。
    「ごめんね、桜木君のことは好きなんだけど、まだ切り替えられなくて」
    その言葉の意味に気が付かない程にオレはバカじゃなかった。ハルコさんの心にはまだルカワが居て、オレはそこに土足で入り込んでしまったのだと。しくしくと泣くハルコさんは、オレの事を真剣に考えてくれたのだと思う。酷いことをしてしまったのだと気が付いたのは後悔の二文字と共に押し寄せてきた。ごめん、と抱き締めることもせず、人が、ひとりぶんの距離で頭を下げる。
    「考えてくれて、ありがとう」
    それだけ言った。普段ならオレがフラれてふざける洋平たちも今回ばかりは肩を優しく叩いてくれて、なんか知らねえけどラーメンを奢ってくれた。最後の学園生活を終えて、取り敢えず湿っぽい空気でも変えようとストリートバスケのコートでシュートを何本か決めた。学ランを着たまま全力でゴールと向き合ったら春なのにスゲー汗を掻いちまって、学ランを脱いで、インナーで顔を拭いた。そしたらアメリカに行っていたルカワも流石に卒業式の為に日本に帰ってきたようで、自然と落ちたボールを拾うオレの前に立ち塞がった。
    「1on1、逃げねえだろ」
    「当たり前だろうが、キツネ」
    それ以上、言葉を交わすこともなく、オレたちはずっと日が暮れるまで競っていた。どっちがどれくらい勝ったか、って当時は数えていたけど、今は思い出せねえ。思い出せねえってことは多分僅差で負けたんだと思う。都合の悪い事は流していかないと、心に積もるばかりだ。ボールの弾む音、バッシュじゃないからローファーが滑る音、ルカワの視線、呼吸、シュートリングからネットに落ちるボールの挙動。全部が無心だった。終わった後に、二人で自販機の前に行く。二人ともスポーツ飲料を買って、秒で飲みきった。一息ついた後に、すぐに帰るんだろうなと思ったルカワは何故かオレの隣に座っている。掛ける言葉が特に見つからなかったオレもただ、ルカワの隣に座った。すると、暫くした後にぼそりと。
    「来るんだろ、アメリカ」
    「おうよ」
    「ならいい」
    そんな簡単なやり取りをした。オレから答えを引き出した事で満足したのか、ルカワはそのままチャリで帰っていった。なんだか、その背中を見て、ハルコさんはあの背中がこっちを向いて欲しかったんだろうな。オレも、ハルコさんに向いて欲しかったな。チリチリとした、これ以上は燃え上がることない火が最後に線香花火のように弾けていった。気持ちが切り替わるまでに後、どれくらい掛かるんだろうかと、途方もない歳月を見つめて、夜の公園で
    目を伏せた。オレの思い出の中のルカワはずっとこっちを向いていて、鋭い眼をしていた。ゾクリ、と背筋が粟立つ。その時は気持ちが悪いからだと思ったのだけれど、今思い出せば。

    「きっと、ストバスの後にオメーに声掛けてもらって嬉しかったんだと思う。格好いいとか持て囃されてるオメーが、大事な時間使ってオレにアメリカ行くかってただそれだけを聞いてくれたことを」
    「金がねえから行けないって言われんのは嫌だった」
    ルームシェアの都合上、キッチンとダイニングとリビングはあるけれど、私室はデケえのを二人で半分。ルカワは案外、モノを片付けるのが下手だ。必要なものは手の届きやすい場所に置いて、どうでもいいものはどうでもいいもので括られている。手紙とかダイレクトメールもダイニングの机にあるか、ベッドサイドに置きっぱなしだった。それを片付けるのがオレの休みのすること。
    「まあ、そんな思い出話だよ。飯、何にする?」
    「なんでもいい」
    「本当にテメーは顔とバスケだけだな」
    どうしようもねえと笑えば、真っ直ぐ指をさされた。なんだ、と指の先を見てもそこには何もなくて、左右と後ろをぐるっと見る。
    「なんか居るか?」
    「違う、どあほう。オマエが居る」
    「……オレ?」
    何を言われたかよく分からなくて、頑張って考えてみて、答えが分からないから適当に話を合わせるためにルカワの隣に座った。
    「ああ、そうか。この天才桜木が居ないと生活も碌に出来ないと」
    揶揄うように笑えば、ルカワは真剣な面持ちで頷いた。部屋中に静寂が広がった、徐々に集まる熱は無視して。
    「オマエが居ねえと生活出来ねえ」
    「ルカワ、オメー! オレはオメーの母ちゃんじゃねえだぞ。彼女でもねえ」
    「知ってる、でもオレはオマエが好きだ」
    急に落とされた隕石のような告白を飲み込めず、ルカワから距離を取る。思い出の品の近くに戻って、キツネの眼孔で見つめられないように身を縮めるが、この体躯、隠せるわけもなく。
    「なんで逃げんの」
    「こっちにだって心のヨユーとか、都合とかあんの、てかルームシェア決まってから言うの、ズルいだろ。逃げ場がねえじゃん」
    「逃がすつもりも無かったし」
    しゃがむオレの横にルカワも座り込み、頭を預けるように重みを感じさせられる。生きている人間の熱が伝わってきた。
    「……いつから」
    「気が付いたら?」
    「どうしてオレなんだよ」
    「オマエしか、見たいなって思わなかった」
    訥々と語られる新事実に対して、頭がグルグルしてしまう。冗談のつもりで言ったのに、本気で返されると、なんか何もかもが逆にスッキリしちまって、ストンと綺麗に感情のパスを受けた。だが、オレ達はあの清濁飲み乾すことが出来た青少年じゃない。邪な事も、耳にしちまった大人で。かつて夢だった、一緒に登下校なんて、叶えられない人間だった。だからこそ、何を望まれているのか分からなかった。
    「飯なら、他のヤツだって作れるだろ。日本人が珍しい場所でもない。なんでオレなんだよ」
    「嫌か」
    「……スゲー嫌かって言われると、そこまでじゃねえのが嫌」
    それにかつての思い出にも悪い気がする。だが、ルカワと競うことは嫌いじゃないし、ルームシェアの話も嬉しかった。残念なことに、オレはこのキツネと一緒に居ることが苦ではないのが不純な気がするのです。
    「それはさ」
    ルカワは立ち上がって、自分のベッドサイドに戻り、練習用の鞄からボールを取り出し、くるくると人差し指の上で回す。
    「付き合うって事でいいの」
    獲物を狙う、捕食者の目は何度も見てきた。だが、それは向こう側にルカワが居たからで、隣り合って、好きあって、よく先輩から聞かされる大人のアレソレがコイツと出来るかと言われるかと問われると。
    「……分かんねえ」
    「なんで」
    「オレ、男だし」
    「知ってる」
    「ちゅーとか、そういうの、したことなくて」
    「オレも」
    「だからそれで何かが変わるのが、怖い」
    言葉として口に出すと、ハッキリと分かる。オレはルカワとの今までが変わってしまうのが怖いんだ。オレが変になると、周りにも変が伝わる。そんで全部がおかしくなっちまうのが嫌なんだ。
    「じゃあ、してから考えろよ」
    ボールが床に置かれて、ルカワの体重がオレのベッドに乗って来る。オレは荷解きをしていた場所から顔をあげた。睫毛に縁どられた、雄の顔。思わず目を瞑る。
    「キス待ち、誘ってんの?」
    反抗の言葉も告げる隙すら与えられず、オレの呼吸はルカワに飲み込まれる。触れるだけのちゅーは、なんか優しい味がした。これが、練習の後とかだったら、汗の味だったのかなと思うと身体の奥の男である場所がガスコンロのように着火する。オレのベッドにルカワを押し倒すように、こちらからキスを噛み返す。でも触れるだけだったその感覚に焦れたのかルカワの舌が伸びて、オレの下唇を舐める。
    「なっ……ッ!」
    思わず、押し倒した体躯から飛び跳ねて、逃げようとする。すると、背中を抱きしめられて口腔を犯される。この、ケダモノ! ルカワだって所詮男なんだ! 歯磨きでしか触れたことのない場所に、ルカワの味が広がって、染み込んでいく。飲み込めない唾液がルカワの顔に垂れて、てらてらと輝く。二人で生み出したもんだと思うと、凄く居た堪れなかった。同時に、のぼせるような脳内に、気持ちいいという気持ちが馴染んでいく。一回、二人とも呼吸する為に顔を離して、はあはあと、肩で息をした。
    「こーいうの、鼻で息するとかじゃねえの」
    「知らね、したことねえから夢中だった。それより、テメエは嫌だったのか」
    「……分かんねえ」
    「はぁ? いいか、嫌かの二択だろうが」
    なんとなく、ルカワが苛々しているのが分かった。そんなにオレと一緒に居たいのかと思うと絆されそうになるけれど、先程、抱き締められた感覚を思い出すと、一生逃げる事の出来ない選択にも思った。
    「キスは良かった、けど、付き合うかって言われたら、それってどの位かなとか、思う」
    難しいことはあんまり考えたことのない頭をフル回転していることは伝わったのか、ルカワは上背を持ち上げ、俺と一緒にベッドサイドに腰掛けた。オレはルカワの視線を見ないように指先をクルクルとして悩む。
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